118:一つのパーティーで魔剣六本は異常だそうです
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王都セントリオが誇る国の象徴、白き尖塔を束ねたような気高き王城。
夜、国王の執務室には三人の男性が集まっていた。
国王ジョバンニ・フォン・ジオボルト。
宰相マーベル・フォン・ベーラム公爵
そして暗部【幻影の闇に潜む者】頭領ロートレク・フォン・ストライド公爵である。
三人はローテーブルを挟みソファーへと腰掛け、ワイングラスを傾ける。
昼間ならば居るであろう文官や執務を補佐する王太子の姿はない。
そこは執務室でありながらまるでバーのようで、国の重鎮たちはまるで気の合う仲間たちのようにも見える。
「いや~、まさかあいつら【七色の聖女】を引き入れるとは思わなかった! 見目麗しいポロリン、希少たる固有職の【魔女】であるネルト、そこまではまぁいいわい。そこからダンデリーナとサフィーを引き込んだだけでなく、まさか聖女ソプラノまで入れるとは! ったく、ピーゾンは人材磁石か!?」
三人の中で一番年齢の高い、初老とも言えるロートレクは他の二人よりも生き生きと話す。
こんなに面白い事はないとばかりに満面の笑みで、酒を飲んでいる。
「全くですね。彼女はもう、何から何まで異常すぎて到底理解が及びません。悪い人間でないのが唯一の救いと言った所ですか……まぁ職だけ見れば極悪ですけど」
落ち着いた様子でチビチビ飲むマーベル。
ロートレクとは正反対の仏頂面だ。
「それはそうだが、その極悪な職に助けられただろう。報告はちゃんと読んだか? エビルクラーケンの」
「ええ、それも含めて理解が及ばないと言っているんですよ。ダンデリーナ殿下が加入する時からずっと報告を受け、その異常性は分かっていたつもりなんですがね。だからと言って十歳の少女がSランクの魔物を倒せるだなんて、理解しろと言う方が無理です」
『禁域』の氾濫についてはもちろん国でも把握していた。
だからこそ騎士団や暗部を投入したのだし、王都の守護を最優先にギルドや衛兵とも連携をしていた。
しかしいざ氾濫が起きてみれば、地表に現れて早々に討伐。
海の魔物でありSランクであるエビルクラーケンが出現したと聞いて、益々防備に奔走したのだが、それが活かされる事は終ぞなかった。
上がって来た報告に耳を傾け、報告書類に目を通す。
そこには冒険者や騎士団、神殿組織の奮闘についても書かれていたが、誰に聞いても「一番貢献したのは【輝く礁域】であり、飛び抜けた活躍を見せたのはリーダーのピーゾンだ」と言う。
英雄譚のように語られるその戦いぶりは国王や宰相からして訝しむには十分だった。
もちろんピーゾンが理外の強さを有しているのは知っているし、現に一人で闇ギルドのプロ暗殺者を四人も倒している。
とは言え、今回は名立たる大手クランや騎士団と共に戦っている中で、ピーゾンばかりが称賛されるのはおかしいだろうと。
「まーな。本人の資質・才能・努力、元から色々と揃っている上に、【毒殺屋】という物騒極まりない職と魔剣の性能が合わさった。そういうこったろうよ」
「簡単に言えばそうですね。理解出来ないのは相変わらずですけど」
「その戦いもあって聖女が加入したって事だろう。聖女も見る目があるじゃないか。見る者次第では恐れ、敬遠してもおかしくはない」
「聖女が【輝く礁域】に、か……」
呟いたのは、黙ってワインを飲んでいたジョバンニ国王。
その表情は至って真剣で、酒に酔っているという雰囲気ではない。
「ダンデリーナを守るという意味では、聖女ソプラノの加入は大いに歓迎だ。あれ以上に優秀な回復役はおらん」
「彼女以上となりますと神殿でも役職持ちですからね。冒険者となるのは無理でしょう」
「だな。少なくとも国内で動ける回復職じゃ最高峰だろうよ」
「しかし、だ」
ジョバンニの顔が険しくなる。
ダンデリーナの安全と何かを天秤に掛け、苦悩しているようだ。
「注目度がより増すではないか! 周囲の目を引き、男どもが群がってくる! そうなれば近くに居るダンデリーナも危険だ! 安全性を高めたつもりが危険性を高める結果に――」
「おちつけ、おちつけ、それは問題ない」
「問題ない、だと?」
「おう。そもそも聖女が入る前から目立ち過ぎているからな」
「ぐっ……」
ロートレクがジョバンニを嗜める。マーベルもうんうんと頷いている。
動物モフモフシリーズを着た五人組というわけで王都中から注目の的。
それに加えて見目麗しい少女ばかりで、冒険者としての活動にしても派手な活躍。
これで目立たないわけがない。それはジョバンニも認めざるを得ない所である。
「さらに言えば、その目立った集団にダンデリーナが居ると知っているのは貴族と商人の一部くらいなものだ。一般都民であれをダンデリーナと気付くヤツなど少数だろう」
「はあっ!? 都民はダンデリーナの可愛さに気付いていないと!?」
「ダンデリーナ殿下の噂は轟いていますが、あの装備を着た殿下を見て、それが殿下だと気付く者は少ないでしょう」
「それにあいつらが歩いてても街の男どもの視線は、まずポロリンに向けられているらしい。ダンデリーナ以上に男どもの目を奪っているのがポロリンだ。これ以上ない盾役だな。ジョバンニ、お前はポロリンに感謝すべきだぞ」
「ぐぬぬ……」
ジョバンニはもちろんダンデリーナが誰より可愛いと思っている。
しかしロートレクは事実として、ダンデリーナ以上にポロリンの方が「男にモテル」と言う。だからこそダンデリーナが余計な注目を集める事なく過ごせていると。
しかし感謝しろと言われても……ダンデリーナよりポロリンの方が可愛いと言われているようで……って言うかあいつ男だろ? というのがジョバンニの悩ましい心中である。
「これで聖女ソプラノが加入しさらに注目は増すでしょう。しかし周囲の目はまず聖女とポロリンに向けられます。ダンデリーナ殿下が下手な輩に目を付けられるという事態は益々遠のくのではないでしょうか」
「すげえ話だよな。ダンデリーナもサフィーも普通だったら気軽に街を歩ける身分じゃない。ところがあいつらに混ざればただの『変な装備着た冒険者』で終わりだ。得難い経験してると思うぜ?」
「はぁ、それはまぁそうかもしれんが……」
慰められるような公爵二人からの言に、何とも言えず、ジョバンニはワインをぐいっと飲みほした。
■ピーゾン 【毒殺屋】 10歳
「ええっ!? 聖女様まで加入したのかよ! どうなってんだ嬢ちゃんのパーティーは!」
特訓に行く前に南西区の魔剣屋に寄って、メンテをお願いしに来た。
自分たちでも磨いたりはしてるけど、やっぱり本職に見て貰った方が良いし。
エビルクラーケンと戦ってからまだ来てなかったしね。
んで、初めて六人で来てみれば店主のハゲ親父(名前不明)が驚いていた。
ソプラノの【魔杖アルマス】についても以前に見た事はあるらしい。
しかし杖のメンテはほとんど意味ないので、ソプラノが魔剣屋に来るのはかなり久しぶりとの事。
「はぁ~、パーティー六人全員が魔剣所持者とか……夢だな。前代未聞ってレベルじゃねえぞ」
「そこはまぁリーナが居るおかげって事で」
「国で何本も保管してるってのは知らなかったがなぁ……ま、宝物庫で眠ったままより使われた方が武器としちゃいいだろうさ」
別に宝物庫で眠ってたわけじゃないけどね。
そこら辺を説明すると面倒になるので言わないけど。
「『禁域』潜って大量に魔物狩ったり、エビルクラーケンとも戦ったんだろ?」
「よく知ってるね」
「ストレイオとミルローゼがこないだ来たばかりさ。揃って嬢ちゃんの事褒めてたぜ」
あー、あの二人もちゃんとメンテしに持ってきたのか。
まぁSランクと戦ったんだから当然と言えば当然なのかな。
おそらく『禁域』深層の調査もまだ続くんだろうしね。
しかし私の事って……なんか余計な事まで言われてそうで怖いな。
「ともかく見せて見ろ」との催促を受け、全員の魔剣をカウンターに乗せる。
ネルトとソプラノの杖は別に見せる必要ないかもしれないけど一応ね。
ちなみにソプラノの【魔杖アルマス】はネルトの【魔杖プレシューズ】のように異様に長くなどない。
先端は三つの輪をつなげたような形状で、何となく『錫杖』っぽく見える。
真っ黒なのには違いないけどね。魔剣だから。
ハゲ親父は順々に見て行き、所々叩いたり、磨いたりを繰り返す。
しかし私・ネルト・ソプラノは、やはりざっとした確認だけで終わり。
ポロリンはトンファーの形状が変わった事により″受け″をミスる時があるらしく、それを指摘されていたくらい。
問題はリーナとサフィーらしい。
「殿下は包丁の扱いに苦戦中ってトコですかい?」
「はい。恥ずかしながら試行錯誤の毎日です」
「短剣でもない、忍刀でもない、それに慣れつつ二刀流でしょ? それで最初から上手くいくヤツなんて居ないですよ。むしろ丁寧に扱っているとは思いますがね」
「ありがとうございます。わたくしもピーゾン様のように扱えれば良いのですが」
「ハハッ、まぁ長年鍛冶師やってる俺の目から見ても嬢ちゃんの扱いの上手さは異常ですぜ? それこそAランク冒険者より剣の扱いは上手い。身近にある好例って事で参考にはなるんじゃないですかね」
「はい、まさしくその通りです」
やめとくれ。私のは『クリハン』でクリティカル入れる動きに慣れてるだけだから。
ただの廃人ゲーマーのPSですから。
幼い頃から真面目に剣の練習しているリーナとかの方が素晴らしいと思いますよ。
「サフィー嬢さんは……歪みがひでえな。ちょっと叩かせてもらうぜ」
「お手数おかけしますわぁ」
「こりゃ間違いなく<射出>の影響だろ。普通に″斬る″のとは訳が違うって事だな」
<射出>は遠距離から刀身を飛ばして突き刺すような攻撃だ。
MP的にも非常に低コストで、魔剣の攻撃力の乗った刺突が出来るという優秀なスキル。
しかし普通に剣で斬りつけるのと違って、『身体を使った斬撃』が出来ない。
身体の回転だったり、体重を乗せた斬撃、というのが出来ない。
<射出>の速度と魔剣の攻撃力、ただそれだけだ。まぁその″ただ″が強力で使い勝手も良いのだが。
で、そうして飛ばされた刀身を遠距離から当てる……もっと言えば『適切な箇所に的確に当てる』というのは非常に難しい。
いくらサフィーが<必中投擲>を持っていても、ほんの少しタイミングがずれれば、急所を外したり、骨に当たったりという事が起こる。
それは剣を正しく使えていないという事、つまりそれが剣の歪みに繋がる……ってハゲ親父が言っている。
「パーティー戦闘で自分も動きながら<射出>するんだろ? それが出来るヤツの方が珍しいんだろうが、せっかくこういう性能の魔剣を手にしたんだ。やれるように練習するしかねえな」
「精進しますわ!」
「なるべく見せに来いよ? 歪んだ剣を使ってると、もっと当てにくくなるからな?」
サフィーは誰よりも魔剣屋にご厄介になりそうだ。
でも定期的なメンテは大事だからね。
ついでに私たちの武器全部見て貰えるし。
そう考えると全員が魔剣で良かったかも。一つの店で全部済むから。
さて、武器も元気になった事だし、特訓に励みますか!
国としても神殿としてもギルドにしても、どう対処していいものか悩ましいパーティーになりつつあります。
いやもうなってるか。ある意味当初のピーゾンの目論見通りではありますが。