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番外1.王太子の呼び出し


ここからずっと入れ代わり立ち代わりお茶会します。皆でお茶会ばっかしてます。


勇者は相変わらず口が悪いです。






「ねえ、なんでわたし呼び出されたの?」


 開口一番に勇者は不満を溢した。

 それもそのはず。

 魔の物を滅した救世の勇者。その勇者の力の源たる聖女の願い、という形で王太子が幽閉塔から出されて三日。勇者はその王太子から呼び出しを受けていた。何度も。

 だから無視した。何度でも無視した。


 すると『来るまでエリシアに会わせない』と脅された。

 たかが王太子如きにそんな事が出来るかよと、それでも無視していたら本当に会えなかった。聖女は本当にどこにもおらず、会おうとしても会えない。

 だから仕方なく呼び出しに応じて指定場所に来てみると、ラファエルはエリシアを膝に乗せてテーブルについていたのだ。

 エリシアを支える左手が無駄に下過ぎないか? 普通は腰を支えるのではないか? そこはもうほぼ腰ではないぞふざけるなむっつり野郎。

 勇者は王太子に殺意すら覚えた。


「そんなもの、用があるからにきまっているだろう。ほら。茶だ。座れ座れ」


 しかもめちゃくちゃ偉そうだ。腹が立つ。

 アナスタシアは何故エリシアに会えなかったのか悟った。こいつがエリシアから一時も離れなかったからだ。


「よく来てくれたわね、サーシャ。貴女が好きなミルクティーを用意したの。どうぞ座って」

「はい、お姉様! ありがとうございます。大好きっ」


 アナスタシアはミルクティーもお姉様も大好きである。嬉しいととても喜んだ。


「沢山召し上がってね」

「はい。ありがとうございます」

「エリシア、私がやろう。そんな重い茶器を持つ必要はない」

「そんな……、ラファエル様こそゆったりと寛いでいて下さいな。私、ラファエル様にもお茶を淹れたいわ」

「……エリシア。感動だよ、君の淹れた茶が飲めるなんて」


 アナスタシアはミルクティーに砂糖を入れた事を悔いた。甘い。周囲の空気があまりにも甘過ぎる。


「王太子さんさ、お医者さんになれば?」

「医者? なんだ、突然」

「王太子を廃される事は変わらないんでしょ? それでもエリーお姉様を娶るんなら手に職を持たなきゃ」

「それはそうだが……何故、医者なんだ?」

「王太子、廃されたお前、廃太子」


 ここで一句。そして字余り。


「廃太子……はいたいし……。まさか……吐いた、医師?」

「せいか〜〜い! おら。吐けよ」

「ふざけてやがるっ!」

「お前の顔よりマシだね! 勇者、廃太子の所業を一生許すつもりないから。一生イジり倒してこけにするから。嘔吐しろ」

「鬼畜の所業」

「サーシャ。ラファエル様はまだ廃されていませんよ」

「直にされますって」


 エリシアにここの所よくされるようになったいつもの注意をされ、アナスタシアは不貞腐れてミルクティーを啜った。甘い。美味しい。


「それでも、今はまだです」

「エリシア……。良いんだよ、肩書きなんて」

「そんな、ラファエル様……。エリシアは、いいえ、シシィはラフィー様こそが最も誉れ高いと思っております」

「シシィ……。それは私にとっては君だよ」

「ラフィー様」

「あまーーい!! 甘いよ、甘過ぎるよ、この空気! 勇者何で呼ばれたのか分かんない帰らせて二人っきりになってからやって!」


 アナスタシアはテーブルに突っ伏して嘆いた。

 ここ数日、慣れないやりたくもない応対や書類仕事をこなしにこなしまくっていたのにあんまりだ。

 あのアナスタシアが我慢をして王宮事務仕事をしたのだ。世界は驚嘆していい。


 まずラファエルを幽閉塔から出した。並行して仕方なく法に則ってマルネロの廃嫡と処罰を行った。

 更に並行して文句ばかりの人間共を脅して回った。偉い奴と偉そうな奴から順に。上を黙らせれば下もある程度は黙る。それでも声を挙げる者は一番大切なものを目の前で壊そうとした。壊す前に黙った。残念である。


 こんなに頑張っているのにエリシアと会えないし、やっと会えたと思ったら目の前でめちゃくちゃイチャつかれているとか拷問か。何故だ。勇者は泣いていい。


「すまない。お前が居た事を忘れていた」


 これは怒っても良いのではないだろうか。


「てめーの脳味噌はチーズか。腐ってやがる」

「お前の根性よりマシだ」

「莫迦言ってんなボケ。わたしの根性は腐ってんじゃねえ。捻れてんだよ」

「堂々と言う事ではないだろ」

「エリーお姉様。コイツの日記を諳んじますね」

「あら?」

「待て待て待て待て待て待て。待て。待て。何故私の日記の中身を知っている」

「盗み見したからに決まってんだろ」

「最低だ」

「最悪と言え」

「ラフィー様、日記を付けていらしたの?」


「そうですよ」知られざるラファエルの習慣にエリシアが思わず尋ねたが、返事をしたのは当の本人であるラファエルではなくアナスタシアだった。「と言っても、こいつの日記の十割はお姉様の事ですからね。今ここで諳んじたらとても愉快な事になりそう」


 よい復讐が出来そうだとアナスタシアは笑んだ。

 塔から出て最愛のエリシアと相愛になってから調子に乗り過ぎである。とても殴りたい。


「止めろ」

「止めない。――王国歴五百四年! 四月十日! 今日は待ちに待ったエリシアとの茶会の日だ。先日の顔合わせから一月が経つが彼女は」

「待て待て待て待て待て待て。どこからどこまで読んでどれだけ覚えている」

「全部」

「全部、だと……?」

「全て読んで全て覚えている」

「なんで……」

「エリーお姉様が好きな奴ってどんな奴なのかなって気になったから、とことん調べ尽くしてやろうと決めた」

「私が日記を付け始めた時、お前はまだ六つだった筈だぞ」

「誕生日前だったから五つだね」

「尚恐ろしい」

「サーシャ、貴女その頃には辺境から王都へ来ていたの?」

「はい。当時はまだ弱かったので片道三時間ほどかかりましたがお姉様の婚約者候補達は全員調べ尽くしてありますよ」


 勇者の弱いの基準はあまりにも桁違いだった。


「うん? 待てよ、その頃と言えば私がシシィの婚約者候補になったばかり、初対面の頃だな?」

「そだね」

「つまり、君はその頃から私を好いていてくれたと……そういうことか?」

「それは……まあ。はい。一目惚れでしたもの」

「シシィ……、ありがとう。私が君の虜になっていた時、君もまた同じようになっていたと思っても良いのかい?」

「勿論ですわ、ラフィー様……」

「あまーい!! 甘いよ、甘過ぎるよこの空気! 勇者ホントになんで呼び出されたのか分かんなーーい帰りたーーい二人っきりになってやれってばーー!」


 アナスタシアは再びテーブルに突っ伏した。もしかしたらミルクティーが少しこぼれてしまったかも知れないが知ったことかと嘆く。


「すまない。これからの事を相談しようと思っていたのだが、久方振りにシシィに会えたものだから」

「昨日も会っとったやろクソが」


 だからアナスタシアはエリシアと会えなかった。


「今すぐ結婚して四六時中傍に居たいのにまだ本婚約前だから同衾を許されていないせいで九時間振りなんだ。許せ」

「ラフィー様……。嬉しい」

「あらやだー、お姉様かーわいい〜〜。そだよね、今迄の反動もあるよね〜〜。分かった分かった。良いよ、ちょっと待っててね」


 頬を染めるエリシアを見て勇者は復活した。酷くご満悦である。

 ちょいちょいと指を軽く振り、何事かを成してゆく。

 ラファエルにもエリシアにも、魔力の名残りの粒子が微かに視える程度である。何をしているのかまでは分からない。分からないがしかし、それでも勇者がこうしている所を何度か目にしてきた。

 この後、大概何か起こる。


「まだ何も相談していないが、何をしているんだ?」

「お前の事は禿げながら海に沈めって思ってるけど、エリーお姉様の幸せにはお前が必要不可欠だから致し方無いけど勇者は力を貸してやんよ」

「恨みが凄まじい」

「ったりめーだろうが。禿げろや」

「暴言も凄まじい」


 何をしているのか話す気は無いようだ。

 だが、それでもその言葉に嘘は無いのだろう。ラファエルは有難く勇者の力の恩恵を受け取ろうと決め、礼にとアナスタシアのカップにミルクティーを注いだ。

 十分に残っていたミルクティーが注ぎ足されて並々としている。


「どうせ廃太子の今後でしょ。うちの辺境近くに魔の物が多く生息していたせいで手付かずの地があるから、そこあげるよ。今回の魔王討伐の褒美、そこの土地にしたんだ」

「国境沿いにある不毛の地か?」

「うん。一応、名目上は勇者の領地になってるから全世界から余計な手出しはされないよ」

「したら魔王の二の舞だろうからな」

「あは。まさか! 魔王には恨みなんてなかったからあっさりしたもんだったよ。手出ししてくる奴とか恨みしかねぇから魂ごと一族郎党を呪うよね。簡単に死なせてたまるかよ」


 簡単に死なせない。

 いとも容易く命を奪える勇者の口から語られるにはあまりにも恐ろしい言葉だった。


「悪の権化だぞ、この勇者」

「移民、大歓迎! 領主は勇者。領主代行は廃太子。代行の嫁はお姉様」

「最高か。感謝するぞ勇者」

「敬え」


 ラファエルは勇者の言葉に従ってミルクティーをアナスタシアのカップに注ぎ足した。


「まだ廃されてないわよ、サーシャ」

「も〜〜、お姉様なんでそこ拘るんですかあ」

「私は今でもラファエル様が国王に最も相応しいと思っております」

「シシィ……。私は国より君一人を取った。一国の主には相応しくない」

「わたしは世界より自分の楽しみを取り続けていますけどね! 他人とかクソ喰らえだ自分の事は自分で何とかしろ」


 いつの間にか並々としているミルクティーをアナスタシアは飲んだ。飲んでも飲んても注ぎ足される。いつの間に。


「見よ。世界を救った勇者がこれだ。これより悪党も中々いまい」

「さり気にディスってんなよ廃太子」

「事実だサイコパス」

「誰がサイコだてめぇこの野郎。お前のが余程パスみ強いだろ」

「何の事だか。シシィ、おかわりはどうだい?」

「まあ、ラフィー様。ありがとうございます」


 アナスタシアは激怒した。

 北の塔に幽閉されていた時もそうだったが、ラファエルは勇者に対してとことん不遜な態度を取る。

 業腹だ。


「しらばっくれやがった。ムカつく。――王国歴五百十年! 七月一日! 思いがけない事に月一の茶会でもないのにエリシアに会えた。不意に会えた今日の彼女も可憐で愛らしく」

「あらまあ」

「待て待て待て待て待て待て待て待て待て!! 人の日記の朗読止めろっ!」

「誰が止めるかクソ莫迦。魔王と同じ目に遭わないだけ有難いと思え」

「もう嫌だこの邪悪勇者」

「魔王も最後、そう言って泣いてた。蹲って」

「今めちゃくちゃ魔王に同情した」




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