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2.勇者の推理




 夜会の後、直ちに国王や王妃だけではなく第二王子や王女達等の全王族、エリシアの両親と兄も一室に集まってラファエルを取り囲んだ。

 そこで彼が口にした言葉はエリシアに更なる衝撃を与え、そして絶望に突き落とした。


 曰く、何百年も聖女が結界を張るしか無かった魔の物を僅か一年足らずで殲滅した勇者こそ次期王妃に相応しい。


 曰く、アナスタシアの稀なる美は他の追従を許さない。


 曰く、エリシアはアナスタシアが現れるまでの繋ぎであった。


 などなど、今思い出しても腹の立つ悲しい言葉の数々を彼は平然と口にしていた。

 誰もが疑惑の目で呆然と彼を見ても、何の疑問も無く当然と言わんばかりに自信満々だったラファエル。

 これにいの一番に怒りを爆発させたのはアナスタシアだった。


「たかが一国の王太子如きが世界唯一の勇者の評価をするなど、至極おこがましい。お前程度が何様だ。身の程を知れ、一般人」


 静かに、そして徹底的に拒絶した。

 大声を出す事など無く淡々と、けれど確実に激怒しているであろう事は容易に伺い知れる程の怒気を放ち、勇者としての威厳を見せ付けながらアナスタシアは言葉を続ける。


「聖なる乙女の加護を与えてくれるエリシア様の神々しい光が無ければ、魔の物の殲滅などわたしなどには到底成し得なかった。わたしはトドメを刺したに過ぎない。全ては聖女エリシア様のお力添えのお陰。勇者の力や功績の全ては聖女に起因する。その聖女の意向を汲めない者など魔の物以下の愚物!」


 そして、嘘八百を並べたて一瞬にしてエリシアを神格化した。挙げ句彼女に向かって深く頭を垂れる始末。

 各国の王にすら頭を垂れない勇者による最敬礼の効果は抜群だった。

 エリシアがラファエルの言葉に心を打ちのめされて呆然としている間に、次々と謎の言葉をかけられてさらにあ然とした。


 まさか勇者の力にそんな秘密が!? とか言っている国王は完全にアナスタシアに騙されている。

 確かにエリシア様からはいつも清廉たる空気が放たれておりますわよね、等と王女達までもがありもしない現実を想像で付け足して過去を歪めていた。


 エリシアの頭の中はもう既に真っ白だった。

 何も言えなかった。



 そして現在。

 王太子は沙汰が決まるまで、王族の罪人が収監される北の塔に入れられている。だが、恐らくこのまま出られる日は来ないだろう。

 今や世界の救世主たる勇者の怒りを買い、その勇者の力の源と(アナスタシアの嘘で捏造)されている聖女を貶した彼には、既に世界中から批難が集まっていた。


 王家としては多少の隠匿はしたかったようだが、ラファエルがやらかしたのは世界各国の要人が集まった勇者を労う夜会。

 更にアナスタシアが怒りに任せて、夜会に出席していた各国の要人や密やかに忍び込んでいた他国の暗部に事の全容をぶちまけ、誰もが暗部の存在に驚いている間に世界中にまで拡めてしまったのだ。

 最早、誰にも何も隠せない状況となった。

 勇者の魔力は尋常でないと証明された瞬間でもある。何でも出来る、勇者。


「確かにね、ラファエル様のしでかした事はとんでもないわ。とても酷い。でもね、私は……彼以外の人にも腹を立てているのよ」

「それは誰に?」

「全員よ。血の繋がった家族だと言うのに彼をあっさり見放した王族、彼があんな事を言い出すような性格になってしまった環境を作り出した王家、それを当然としている貴族、この国の民達。そして、あの一件しか知らないのにこぞって彼を批難している世界各国。全人類が腹立たしいわ」

「それから?」

「……それ、から…………」

「ねえ。言って?」


 まだいるでしょうと言わんばかりにアナスタシアは先を促した。

 一度は口を閉じたエリシアだったが、全てお見通しだとでも言いた気な様子のアナスタシアを見て、ゆっくりとまた口を開く。声が、少し震える。


「それから……。貴女」


 言いたかった訳ではない。これは隠し通すつもりだった。

 こんな八つ当たりを可愛いサーシャにするつもりも、妬みや嫉みを表に出すつもりも無かった。それなのに。勇者の視線一つでエリシアの決意は脆く崩れ去った。

 けれどアナスタシアは微笑む。そう言われると分かっていたかのようにアナスタシアは小さく笑った。それはとても綺麗な、そして満足気な笑みだった。


「わたし?」

「そう。彼の心を奪っていった、彼の愛を一身に受ける貴女が一番憎いわ……」


 憎くて、でも愛おしい。可愛い可愛い妹のように大事にしてきたアナスタシア。大事にしてきたからこそ、可愛くて堪らない思いの分だけ憎くて妬ましい。

 エリシアはラファエルが好きだ。今でも好きだ。

 誰よりも大切で、大事だった。

 だからアナスタシアが羨ましい。妬ましい。けれど、彼の願望を叶えられず幸福を願えない世界も腹立たしい。


「お姉様、お姉様、エリーお姉様。サーシャの大好きなエリーお姉様」

「なあに」

「無理に言わせてごめんなさい。サーシャは盲目的なエリーお姉様が大好き。言葉にしてくれてありがとう」

「お姉様も貴女が大好きよ」


 だから、酷く憎い。

 己が一番憎い。防衛の結界を張れても想い人一人の幸せすら願えない狭量な自分自身が、この世の何よりも最も腹立たしい。

 笑ってラファエルの恋路を応援なんて出来なかった。嘘でも彼の心を尊重できない。


「サーシャ、嘘は吐いていません。サーシャはエリーお姉様の為に魔の物を滅しました。エリーお姉様の笑顔と心の安寧と魂の自由がサーシャの望みであり、希望であり、原動力です」


 アナスタシアは世界がどうなろうと、人類が魔の物に蹂躙されようとどうでも良かった。

 辺境に住んでいた幼い頃から魔の物を見てきたが、街に住む人間達や森に居る動物達との違いが分からなかった。何故、魔の物は滅せられても良いのに、人間は絶滅してはいけないのか。アナスタシアには今でも分からない。

 それでもエリシアがそれを望むならそれで良いと思っている。


「何故、貴女はそんなにも私に一生懸命なのかしらね」

「自分の為ですよ。昔からエリーお姉様のお傍に居ると落ち着きました。夜会後の話し合いの場で言った事は強ち嘘でも無いんですよ」

「私の力が貴女の力になるという話のこと?」

「はい。サーシャは心穏やかに過ごしたい。けれど身の内の力が破滅を希う。何をどんなに破壊しても治まらない。……でも、お姉様の力の宿った光は目にするだけで心が穏やかになるのです。だからわたしはエリーお姉様のお傍に居たい」

「そう……、そうだったの。国境警備団の訓練に参加するだけでは飽き足らず、気付けばあちこちで魔の物を狩っていたのはその衝動を抑える為だったのね」


 初めて聞く話だった。

 それは勇者の力の代償だろうか。アナスタシアはずっと一人で耐えてきたのだろうか。

 こんなに幼い少女がずっと、独りで。


「……私が貴女の傍にずっと居たらその衝動は消えるかしら?」

「でもお姉様は憎いサーシャの傍には居たくないでしょう? だからね、王太子に何のつもりか聞きに行きました」

「何のつもりかって……私との婚約を破棄して貴女を妻に迎えるつもりなだけでしょう?」

「そう、それ。それがおかしい。あの時は腹立たしさのあまり冷静さを失っていました。けれど寝て、一晩経って朝になって、冷静になって。それから思い返してみたのです。彼は一度足りとも『自らの妻にわたしを』とは言っていません」

「……そう、だったかしら?」


 ラファエルの台詞を思い返してみるが、アナスタシアの言うようではなかったように思える。

 何より、彼は確かにアナスタシアの前に跪いていた。


「彼は『この国の』王妃に相応しいとも、『自分の』妻になってほしいとも言っていなかった」

「だけど私は貴女が現れるまでの繋ぎだと言っていたわ。それこそ、何より確かな言葉ではない?」

「いいえ、それもです。自分の、とは言っていません。全てにおいて彼は主語を省いていた」

「けれど、そう取れるような発言だらけだったわ。彼は貴女の前に跪いたのよ」


 あえて皆が勘違いをするような言葉選びをしていたとして、けれどそれでもラファエルは確かにアナスタシアの前に跪いた。

 彼女に視線を向けていた。

 あれで他の者に向けた言葉を紡いでいたと言うのは無理があり過ぎる。

 だが、アナスタシアの表情は自信に満ちていた。


「わざとそう取れるように言葉を選んだのでしょう。嘘は吐かずに真実を隠蔽した。しかも跪いただけです。あの時、彼の目に情熱なんて欠片もありませんでしたよ。一度としてわたしの目を見る事すらありませんでした。……まあ、だからこそ気持ち悪くて暴言が飛び出したんですけどね」

「そう……なの?」

「そうですよ。こんな感じでした」


 言いながらアナスタシアは、真っ直ぐエリシアの目を見ていた視線を僅かに反らした。顔の向きは変わらない。ただ、視線だけが極僅かにズレている。

 周囲の者には分からなくとも、目の前で相対した者だけがはっきりと分かる視線の動きだ。確かに向き合っているのに視線が合っていない。


「あの時、彼の視線は僅かに反れていた。その先に居たのはお姉様、貴女です」

「わ、たくし……?」

「跪いた彼からも、わたし達と少し距離を置いてわたしの後方に居たお姉様からも、きっと互いの顔が見えなかったでしょう。けれど、もしあの時お二人の間にわたしが居なかったとしたら。間違いなくお二人の視線は絡み合っていました」


 確かに見えなかった。

 けれど、その前のアナスタシアに向かってラファエルが歩み寄って行ったのも、華奢なアナスタシア越しに体格のいいラファエルの肩も見えていた。

 ああ、だけど。それでも視線どころか表情すらも見えていなかったのも確かだ。


「だから夜会の翌日……一昨日ですね。一昨日、起きてすぐ北の塔へ行ってみたんです。朝起きてやっぱ変だなって思ったから。わたしを間に挟んで何ぞのラブロマンスをやられていたかも知れないなんて意味が分かりませんからね。善は急げです。

 だけどまーあ、口が堅い堅い。このクッキーよりも堅い。何も言わない。しかも、他に誰も居ない所なら演技の必要は無いとばかりに態度も悪い。鼻で笑ってろくにこちらを見もしない。話を聞きもしない。腹が立った勇者は自白の魔法を骨の髄まで流し込んでやりましたよははははは」

「貴女何をしているの!?」

「それでもね、絶対に口を割らないんですよ。魔の物を滅する勇者の本気に抗うとか尋常じゃない」

「彼は? ラファエル様はご無事なの!? 精神に異常は!?」

「別に毒じゃないのですからご安心を。そこんとこは調整しましたし自白魔法の種類も選びましたし一晩ぐっすりお休みで元通りですよ」


 安堵のあまりエリシアは泣きそうだった。何をしているんだこの勇者は。

 けっけっけ、と笑っている声も相まって邪悪過ぎる。悪魔かこいつ。




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