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1.王太子の求愛


すぐに終わる茶番です。

ゆるりと気楽にお読み頂ければ幸いです。






 エリシアは聖女である。

 高貴なる王家の血をも受け継ぐ公爵家の令嬢にして、魔の物から国を守護する結界を張る事の出来る聖なる乙女。国中の少女達の憧れの的。

 それがエリシア・ウォーランドだった。


 婚約者候補は王太子から魔法騎士や神官子息など、類稀なる力を身に宿した者ばかりだ。

 彼女が彼らの婚約者候補なのではない。国を守護する結界を張る事の出来る唯一の存在として、王太子ですら彼女の婚約者候補の一人にすぎない。


 唯一絶対無二の存在である筈の彼女は、今、呆然と目の前で繰り広げられている出来事を眺めていた。

 いや、眺めている事しか出来なかった。


「勇敢なる乙女、勇者アナスタシアよ。貴女を心から愛している。どうか、妻になってはもらえないだろうか」


 魔の物の殲滅に成功した勇者を労う慰労会として開かれた夜会で、エリシアの婚約者筆頭候補である王太子ラファエルが勇者の元に跪き、愛を告げたのだ。

 今朝までエリシアに愛を囁いていたその口で。


「え、無理。なんで? 勇者、こいつ無理」


 そして、思いっ切りフラれていた。


「何こいつ頭おかしい」


 しかも、めちゃくちゃドン引きされていた。






「えー。わたしが悪いんですか? 悪いのわたしですか?」


 不満げな声が東屋に響く。

 悪夢の慰労会から三日、王宮の片隅でエリシアは救国の勇者アナスタシアと茶会を開いていた。二人だけの小さな茶会だ。


 アナスタシアは魔の物を滅した勇者である。

 世界唯一の存在だ。

 そんな勇者と気軽に茶会が出来るのは、エリシアとアナスタシアが親戚関係にあり幼い頃から仲が良く、そして何よりアナスタシアがとてもとてもエリシアに懐いているからに他ならない。


「世界各国からの要人の方々が集まった場に相応しい言葉遣いではなかったわね」

「いやだってそもそもですね? 何をとち狂ったのか知りませんけど、謎の夜会を勝手に開いた挙げ句に勇者に向かって参加を強制。お前らは何様だ。勇者は討伐で疲れている。気遣いをくれ。からの人前での突然の求婚。しかもほぼ挨拶しかした事が無い相手。何あいつ頭おかしい揃いも揃って世界中みんな頭おかしい」


 アナスタシアはこれでも貴族である。貴族であるがしかし、幼い頃から類稀なる力を発揮していた事もあって、誰にも止められず自由に生きてきた。

 甘やかされて止められなかった訳では無い。言って聞くような子ではなかったし、物理的に強過ぎて力尽くでは誰も止められなかったのだ。

 故に普段の言葉遣いは些か乱暴である。

 可愛らしい少女の口から飛び出すのはいつだって配慮の無い思うがままの言葉ばかり。


「こら。それでもこの国の王太子殿下よ」

「話の要点そこじゃなあい〜〜。お姉様の王太子贔屓が相変わらず尋常じゃなあい〜〜」

「手足をじたばたさせないの」


 そしてエリシアはその王太子が好きだった。正しくは、今でも好きだ。

 誰にも言った事の無い秘密だが、それでも彼への想いは本物だから、心はギシギシと軋んで圧迫されているかのように痛い。

 あれからずっと痛い。今でも痛くて堪らない。


「魔の物を殲滅したわたしのが、間もなく廃嫡される王太子より立場は上ですもーん。文句言うのがいたら廃太子もろとも殲滅しますもーん」

「まだ彼は廃嫡されていないわ」


 バキッと派手な音を立ててクッキーを噛み折りながら、アナスタシアは舌打ちをした。当然エリシアに対してではない。ラファエルに向けてである。

 アナスタシアはラファエルが嫌いだ。だってエリシアがラファエルを大好きだから。

 大好きなエリーお姉様の唯一だから。


 ちなみにこのクッキーはエリシアお手製だ。

 魔の物の殲滅中、「軟弱なクッキーはもう嫌だ。ばりっばりに硬いクッキーが食べたい。硬いクッキーを食べさせて貰えないなら討伐止める!」等という謎の要求を爆発させ、地団駄を踏むアナスタシアの為にエリシアが作り出した物だった。

 エリシアはその時、生まれて初めてクッキーに向かって軟弱だと罵る人間を見た。そんな事を言うのは後にも先にも彼女一人だけである。


 ゴリゴリと、とてもクッキーを咀嚼しているとは思えない音をさせながら、アナスタシアの咀嚼も毒吐きも止まらない。

 ついでに苛立ちも止まらない。クッキーは固い。美味い。最高。


「王太子なら自らの立場を弁えろって話ですよ。誰が何の為に開いた夜会なのか分かっているんですよね、あれ」

「王家主催の夜会ですからね。主催側でしょうし分かっている筈よ。……たぶん」


 流石のエリシアにもあまり自信は無い。


「分かっている上であの茶番をやったんなら、何を考えているのかわたしが納得できるまで説明して欲しい。絶対に納得してやらねぇから」


 アナスタシアの数々の我儘を聞いてくれたのは、親戚の綺麗なお姉さんの聖女エリシアだけだった。初めて会った時から綺麗なだけでもう好きだった。

 それなのに優しい。

 その上クッキーまで作ってくれる。


 公爵令嬢だぞ。唯一無二の聖女だぞ。王太子ですら彼女の婚約者候補でしかないんだぞ。

 そんな彼女が少し困ったように苦笑しながら「仕方ないわね」と言って、自分の為だけに何かしてくれる事がアナスタシアにとっての最大の幸福だった。


「目立つのは嫌だって言ってるのに聞いてくれないし、討伐で疲れてるって言ってるのに休ませてもくれない。不安で仕方がなかった皆を安心させろだ? 王家、それはお前がやれ。わたしは魔の物を殲滅したお前は何をしたこれ以上まだわたしに縋るかくそが」

「こら。こら。お口が悪い」

「いやだってホント腹立つ」

「サーシャ。私の可愛いサーシャ。乱暴な言葉を口にするのはお止め」

「はい、止めます。汚い言葉をエリーお姉様のお耳に入れてしまって大変申し訳ございません」


 一見すると小柄で華奢なアナスタシアは、色素の薄さも相まってとても儚げだ。まだ十二歳だと言うのに完成された美貌を持ち合わせている。

 ただし中身は苛烈。

 あまりにも苛烈。

 虫も殺さないような顔をして魔の物を滅した上に一国の王どころか泣く子も騙す。邪悪だ。


 元はこの国からだけでなく、各国から魔の物の殲滅隊として選りすぐりの兵が集められ、彼女と共に旅をする筈だった。

 だが、彼女はその全員を置いて一人で事を成した。

 理由は単純。単に兵達が馬で駆けるよりも、アナスタシアが自力で魔の物を倒しながら歩く方が早く、物理的に置いてきぼりにしただけである。


 一人で大丈夫。他は邪魔。

 魔の物の討伐へ出る前の彼女が言ったのはそれだけだった。そして本当にその通りであった。

 王命により討伐に出たアナスタシアであったが、王命ならやらんわたしはわたしの意志で行くと、国王すらその絶大な魔力で脅したのは、被害者である国王とアナスタシアを止めたエリシアだけの秘密である。


「殿下には困ったものね。止められなくてごめんなさいね」


 大人ぶって言ってはいるが、エリシアの心は未だ荒れ狂っているし怒りもある。

 そして、何より哀しみが大きい。


 小さい頃からラファエルだけが好きだった。


 他の婚約者候補なんて要らないくらいに。

 それでも、何とかして聖女を取り込みたい者達の暴走を防ぐ為、各派閥の上位の家の者から一人ずつを婚約者候補とした。


 王家の王太子ラファエルを始め、反王政派の公爵家子息、聖女神話の立役者である教会の神官子息、結界補強や魔の物の討伐に尽力している魔道士団長の子息、強い魔力と最も優れている剣の腕を持つ辺境伯の子息である魔法騎士。

 長年心はラファエルにあってもそれをひた隠し、五人いる婚約者候補達と順に定期的な面会をこなした。

 他の者と会っている時も、ラファエルに会いたくて仕方がなかったのを懸命に堪えて。


 だが、ラファエルが選んだのは勇敢な少女アナスタシアだった。

 国を守護する聖女の結界も、魔の物が殲滅された今では無用の長物。エリシアの力はもう必要無い。

 それでも、ようやく自由の身となって好きな人の傍に居られると、希望だと思っていた。


 あの夜会までは。






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