第43話 落涙! こぼれる涙の理由!
何が起きているのかは分からないけど、俺は氷上を背に隠し、男の前に立つ。
「俺達は下駄箱に来たばかりです。それ、誰かが氷上の靴に悪戯しただけです。普通、吸殻を自分の靴に隠したりなんかしませんよね?」
男は俺と目を合わせず、返事すらしない。
女が化粧まみれの顔にへらへらと笑みを浮かべながら男の肘を引っ張る。
「ねー、持ち物検査した方が良いですよー。バッグの中とかー」
「待てよ。何でピンポイントで氷上の鞄を疑うんだよ」
「君は黙っていてくれないかな。氷上君、バッグの中を見せてくれるかな。潔白なら見せてくれるよね?」
「さっさと見せろよー」
女が、氷上から乱暴にバッグをひったくる。
さらに俺が止めるまもなく、女はバッグを逆さまに振り、中身を床にばらまいた。
「おい! 止めろよ!」
缶ペンケースやスプレー缶、小さなお弁当箱の包みと、色違いのやや大きめな包みが硬質な音を鳴らし、最後にジャージが音もなく広がる。
女は、自分の靴に当たった大きい包みを蹴飛ばした。
包みは靴箱にあたり、グチャリと鳴った。
包みに染みが、じわりと滲み出した。
「何やってんだよ。お前! 返せ!」
女子に掴みかかるわけにはいかないので、俺はせめて怒りをアピールしようと、バッグを力いっぱい奪い返す。
「タバコなんて何処にも無いだろ。氷上に謝れ!」
俺は散らばった荷物を拾おうとしてしゃがむと、男がいきなり大声を出す。
「おっとー。たばこがあったぞ。喫煙の動かぬ証拠だ」
「は?」
見上げると、確かに男の手にはたばこらしき小さい箱がある。
「一年A組の氷上君、どうやら学校でたばこを吸っていたのは君のようだね。生徒指導の先生に報告させてもらうよ」
「おい、待てよ。氷上の荷物はこいつが床にばらまいたので全部だろ。お前、今、鞄じゃないところから取りだしただろ!」
「さっきから何だ君は。一年のようだけど、先輩に向かってお前呼ばわりしやがって」
「あんたさー。いったい何なの。まさかミミズの友達ぃー?」
「つっ……!」
缶ペンケースを拾おうとしていた俺の手に、踵が潰れた上履きが乗っかってきた。
手の下でケースがギチリと軋む。
「えーっと……。風紀委員の先輩。ツレの足癖が悪いみたいですけど、注意してあげたほうが宜しいんじゃないでしょうか」
「ごっめーん。こんなところに人が這いつくばっているなんて気づかなかったしー」
糞女は靴をぐりぐりと捻ってきた。
なんだ、こいつら、頭、おかしいのか?
こんなことしてたら、すぐ騒ぎになるだろ……と思うんだけど、様子が変だ。
何人も俺たちを気にもせず素通りしていく。
誰かが周囲の注目を引かなくなるような能力でも使っているのか?
「ミミズ、お前のツレがタッくんに迷惑かけてんだからさ、謝れよ。つうかミミズに友達なんてありえなくね。あ、そっかー。こいつもホモ漫画好きのキモオタか」
「おい、氷上、こいつら何なんだよ。いつもの毒舌で言い返してやれよ!」
氷上は言い返しもせずに俯いている。
……え?
かすかに見えた瞳が、泣きだす寸前のように弱々しい。
さっきから氷上は怒って震えていたんじゃなくて、怯えていたのか?
「氷上……?」
返事はない。
俺は缶ペンケースで切ってしまったらしく、手の中がぬるっとしてきた。
糞女が俺の前にしゃがみ込み、ニヤニヤと笑いだす。
「キミってさー、別の中学から来たんでしょ? だったらミミズのこと知らないでしょー。こんなキモオタのブスと友達してると、キミまで友達なくしちゃうよ」
「納豆臭い足をどかしてくれて、どうもありがとう。俺の前にしゃがむな。汚いパンツが目障りだ。臭くて鼻が曲がる」
俺は立ち上がると風紀委員の男に詰め寄って睨み付ける。
先輩らしいが、ヘラヘラ顔を見ていると、まったく尊敬する気になれないな、こいつ。
「温厚な俺でも、そろそろキレるぞ!」
「水取、いい」
いつも通りの平坦な声が割り込んできた。
まるで、目の前で起きていたことなんて何も見えていなかったかのようだ。
「何がいいんだよ! お前の代わりに――」
氷上の目元を押さえた手の隙間から、涙がぽろぽろとこぼれていた。
「反撃、駄目、敵、増えるだけ」
ちょっと待ってよ。
何で泣いてるの?
お前、嫌なことがあったからって、泣くようなキャラじゃないだろ?
いっしょにこいつらぶん殴ろうぜ?
「嫌われたくない、から、水取には、知られたく、なかった。……高等部、なれば、終わる、思った。でも、終わらなかった……」
「どういうことだよ。氷上、ずっと、こんな嫌がらせをされていたのかよ」
意味が分からない。
さっきから何が起きているんだ。




