物語が完結したときの充足感とロス症候群
ドラマやアニメなどで最終回を見たくない人というのは一定数いるそうだ。
ラノベについても同じことが言えるんじゃないだろうか?
お気に入り作家さん達の作品の一端の区切り。最終章宣言。そんなのを立て続けに受けて僕は最近そんな事を考えている。
毎回更新されるたびに、ワクワクして読みに行っていた作品が終わってしまう。
物語が完結してしまうと取り残されたような、自分の中のルーチンが消滅したような、なにか大切なものを失ったような喪失感にとらわれるんだ。
だったら終わりの数話を読まないようにする、というのも一つの選択肢ではあるだろう。
でも、それまで物語を見てきたものとしては、物語の行末を、作者の選んだ結末を、見届けたい、見届けて充足感を得たいという思いもまたある。
思いはちょうど天秤のように釣り合っている。
うん?
待てよ?
本当にこの思いは半々か?
釣り合っているのか?
ちょっと計算してみようか。
物語を完結まで読んだとき、『僕が満足感を得られる確率』を計算してみる。
精度は目安レベルだけどね。
ざっくり、『50%以上か否か』がわかればいいのだ。
満足感が得られるラノベの終わり方は、『エンディングが納得の行くものだった場合かつ完結まで読んだとき充足感があるもの』とする。
それじゃあ、場合分けしてみよう。
1.ハッピーエンドかつエンディングが納得行くもの。(充足感あり)
2.ハッピーエンドかつエンディングが納得いかないもの。(充足感あり)
3.打ち切り。ハッピーでもバッドでもないもにょるエンド。(充足感なし)
4.バッドエンドかつエンディングが納得いくもの。(充足感あり)
5.バッドエンドかつエンディングが納得いかないもの。(充足感あり)
エンディングを5つのパターンに分けてみた。
うーん。ハッピーとバッドで分ける意味はあるか? 納得いく・いかない・どっちでもないの3つで良かったかな? そっちも後で考えよう。
1は、マザー2とか。祈るような気持ちでエンディングまで見ざるを得ない系。めっちゃ尊い。最後まで見てよかった。やったことない人はぜひやるべし。
2は、やっとの思いでヒロインを救出したと思ったらヒロインが木になりましたとか、負けたと思ったら全部夢でした、よかったねとか、いきなり暗転して拍手が始まっておめでとうおめでとうとか。時間返せ系。一応読み終えたことによる充足感はあるよ? 作者の茶番にもうこれ以上付き合わないで済むんだっていう。
3は、エンディングまで見ても見なくても変わらない系。俺たちの戦いはこれからだ、みたいな。終わった感じがしないので充足感がないのが難点。
4は、タクティクスオウガのLルート暗殺エンドのような系統。バッドではあるが、もとより覚悟の上だし、そらそうなるわやり遂げたって感じ。納得がいくから好き。
5は、ピースオブシット。魔王退治にでかけたら勇者が最初の町付近の山賊に負けて目の前でヒロインがレ○プされたあげく何故かヒロインとレ○プした山賊との間で純愛が始まって山賊とヒロインがイチャラブして幸せに暮らしましたとか。ぎゃーす、読みたくねぇw でも、『糞みたいな物語が終わった』という充足感だけはあるな。
えーと、『エンディングが納得の行くものだった場合』が5分の2。
さらに、『完結まで読んだとき充足感があるもの』が5分の4。
物語を完結まで読んだとき、『僕が満足感を得られる確率』は、40-8で32%。
やっぱ、50%は切るよねー。
納得いく(充足感あり)・いかない(充足感あり)・どっちでもない(充足感なし)の3つに分けた場合はどうだろうか?
『エンディングが納得の行くものだった場合』が3分の1。
さらに、『完結まで読んだとき充足感があるもの』が3分の2。
うぇーい。さらに下がっちまったよ。22%だ。
あがいてみても、50%の壁は厚そうだな。
結論を言うなら、僕は、物語を最後まで見ないほうが幸せでいられるっぽい。
そうは言いつつ見るけどね! 僕にとって、ハッピーエンドかつ納得のできる終わり方だったときの充足感は、負けを覚悟で見に行くに値するものなのだ。




