23 都心戦線⑤ 生態系の一端
討伐した3体の3級異生物から器官増幅因子 を得ようと振り返る。
だが少し考えてから鬣犬に近づく事をやめる事にした。
俺は周りの雑居ビルを見上げてこの場所を監視できる建物をみつける。
ビルの横の階段を昇り、踊り場から外が見えるので2Fから隠れて気体化していく 鬣犬の死体を監視していく。
ギガントレス以降、俺は転移分布の調査のために何度か現地へ乗り込み討伐を繰り返していた。
戦闘のカンはその実戦によって研ぎ澄まされた形だ。
3級は討伐しても得られるマドプラズムはわずか。
それでも異粒子内包量は上がるが塵を積もらせる程度の効果。
目の前にあるプラズムも取得したい所だが、それよりも大事な知りたい事があった。
プラズム化現象を起こしている時間はおよそ10分間。
それを過ぎると骨の一部だけを残して消失し切る。
それまでに間に合えばいいが・・・・
よし・・・来た!
そこに現れたのは別種の異生物だ。
虚層塔の眩しい光から描かれる建物の影の中を
漆黒の体を持つ存在が闇夜を渡るように近づいてきている。
黒豹のように漆黒で四足の獣、クロドヒョウガだ。
報告では2級異生物として指定されていた。
黒豹は鬣犬の死体に近づいた。
その場に座り込み周りを警戒する姿勢になる。
そして・・・なんと鬣犬のマドプラズムは黒豹へと流れていった。
「そういうことか・・・・」
体からは光子が浮かびあがる。
黒豹は表情を変えていないが、この行動が彼の本能の中で最も優先度の高い行動である事が伺えた。
人間が異生物からマギド細胞を得られたように、この異生物達も個体間で細胞を共有できるのだろう。
エヴァの会社が得た、【魂を失ったギガンドレス】を研究している際に内蔵や消化器官がその巨体に対してやけに小さい事が判明した。
そしてエネルギー補給手段が経口摂取以外の独特なものがあるという事が考えられた。
人間を襲う事から肉食かと思われたのだが、人間の死肉にほとんど手を付けずに世界中の人間や生物をひたすら蹂躙している理由がこれでわかった。
彼らは他者の気体化細胞をエネルギーとして取り込むのだ。
この地球の生物がプラズム化しないため、その細胞を求め続けた事がこれまでの大量殺戮の理由なのだろう。
今まで単体行動のみでしか存在を確認できなかったため確証に至る事が出来なかったが、この大規模転移によって複数の種が同じ場所に集う事でその生態がひとつ判明していった。
三体の鬣犬はマドプラズム化を終えて、その姿を地上から消し切った。
黒豹は食事を終えたかのように立ち上がり、その場を去ろうとする。
ここまでの事象からいくつかの確証が得られた。
と同時にさらにいくつもの仮説も生まれた。
まだ・・・足りない。
俺がこの世界を生きていくための情報が。
この終末大転移を乗り越えて彼女達の無事を約束するための知識と力が。
俺は階段の踊り場でリュックを開き、現状で使える道具を選ぶ。
取り出したのはズシリと重い鋼の球だ。
工業製品で使われるベアリング用のボール。その手のひらサイズのもの。
エヴァの会社、『T - SERA』の重工業部門から流してもらったコイツを武器として使う。
「身体強化発動」
ベアリングボールを右手に持ちピッチングフォームをとる。
距離は約70M。ビル2階の階段踊り場からこのまま狙撃することにした。
そして左膝を上げて、振りかぶって・・・投げる!
「感覚ブースト、展開!」
時間感覚の加速によってボールと指先の接触が離れる瞬間までミクロ単位で調整が行われる。
それが超高精度の命中補正となり100M以内なら外す事はない。
さらに身体強化が鋼という重質量であっても超高速の投球を生み出す。
野球ボールの時とは威力が違うこの攻撃は黒豹への体へと命中した。
まともな生物であれば骨に達する威力、だが黒豹は向かってくる鋼球を察知し
衝突の瞬間よりも前に反応を見せていた。
おそらく鋼の金属表面が虚層塔からの光を反射していたのだろう。
咄嗟に体をひるがえそうとして致命傷を避けた。
俺は右手に警棒と、リュックに入れていたサバイバルナイフを左手に持った。
ここからは白兵戦となる。
今持っている最も殺傷力の高い武器を両手に持ち、ビルの二階から身体強化で飛び降りる。
ヤツも俺の事をターゲットにしたようだ。
こちらへ走り出す。
低く、地面に顔がこすりつくくらいに低く走ってくる。
俺は着地した姿勢から咄嗟にジャンプをした。
攻撃を避けるために5Mを超えて高く飛んだつもりではあったが、黒豹の身体能力は高く
こちらと同じ高さまで飛び込んできた。
空中戦になってしまった。
感覚ブーストは展開したままだが、空中での行動は制限されてしまう。
1手でも間違えればアウトだ。
俺は引いていた左手を前に突き出した。
ナイフは血を纏うほど切れ味が落ちるので使い所を選んでいたが勿体ぶっている時ではない。
口を大きく開けて牙を見せてくるその口内にナイフを突き立ててやろうとした。
だが黒豹はここで理解不能な動きを見せる。
俺よりも低い位置で跳躍の軌道を描いていた筈だった。
放物線のピークに達しようとした時、そこからさらに跳躍軌道をとってきたのだ。
『空中跳躍』
こいつ、異能持ちか!
一段目のジャンプよりもさらに高く、高速な二段目ジャンプは俺の胸部めがけて突進をし、正面衝突となった。
身体強化を防御側に瞬間的に振ったおかげで牙からの致命傷は避けられたが、異生物も身体強化を使っており俺の心臓にまで衝撃が届いてきてしまった。
後ろへ吹きとばされた俺は、感覚ブーストによって姿勢を整えれた事もあり無事に着地できたが・・・・・
「ぐ・・・ぐほっ、ぐほっ」
苦しい。
息ができないほどに胸の打撃が体の芯に届いている。
息が出来ないせいで新たに異粒子を取り込む事ができない。
内包する異粒子エネルギーを回復側に回したとして、数手分の不利な戦局となってしまった。
呼吸器への攻撃は対異粒子エネルギー戦において重要な急所となるわけか。
お互いにダメージを追った形となった。
どちらの方が重症か予測がつかない。
少なくとも黒豹側に動きの悪さは感じられない。
対して俺は呼吸がまだ正常ではない。
こちらの方が分が悪いだろう。
手詰めに至る中、黒豹は俺の顔色を察したのかフっとその姿をビルの影に溶かした。
ベアリングボールのダメージが大きかったか?
それとも腹が膨れていて戦意が削がれていたのか。
その存在はこの場から離れていったようで再びその身を表す事はなかった。
「ぐほっ、ごほっ・・・はあ、はあ」
緊張が解けて傷みが大きくなってくるが、なんとか呼吸を整えて異粒子を体に取り込む事にした。
苦しい。
俺もなるべく影に身を潜める。
そして虚層塔を背にして、ここまで来た道をゆっくりと戻っていった。




