信じるか信じないかは貴方の自由です
アルに会った日からしばらくが経つ。
結局私は少しも変わらなかった。
(お別れの言葉を言えば、忘れられると思ったのに…)
情けない自分にため息をつく。
どうしてこう余裕がもてないのか。
会ってスッキリするどころか会った後の方が寝ても覚めてもアルの顔が浮かんできてしまう。
うじうじとした気持ちのままねじねじと髪を編み込み、アップスタイルにする。
今日の私はお友達の家が主催のお茶会に出向く予定だった。
そんな気分ではないが、気晴らしにはなるかもしれない。
今日何度目かのため息をはきだしてから私は部屋を後にした。
「ねえ、姫殿下のこと知っていらっしゃる?」
「なんだか揉めているらしいわね。」
身を乗り出さん勢いでそう言ったのは双子の令嬢、リンとランだ。
薄紫の髪を三つ編みにして二本垂らしたスタイルは彼女たちのトレードマーク。
目の下のほくろの違いがなければ私たちはおろか彼女たちの両親ですら見分けがつかないというほどそっくり。
彼女たちは噂話が好きで大抵のゴシップならなんでも知っている社交界の情報ツウである。
ただ嘘もほんとも拾ってきてしまうため信憑性は薄く、それでもたまに掘り出し物の情報があると彼女たちの父親は重宝しているらしい。
彼女たちはそっくりな顔をキラキラとさせながら興奮気味に言った。
「なんかね、お城の侍女の話では爵位がどうのとか、取りつぶすとか聞こえてきたんですって。」
「こわーい!」
「とりつぶす…?」
穏やかでない話に口を出すつもりのなかったエミリアも思わず眉をひそめる。
隣にいる赤毛が美しいキャシーは興味がなさそうに小さくあくびをした。
「私の考えでは姫様が嫉妬で癇癪を起こしたんじゃないかと思うの!」
「あら、なんの嫉妬?」
キャシーは皿からクッキーを取り、リンは紅茶をすすった。
私はあの日のことを思い出す。
胸騒ぎがした。
アルと話した日、やはり誰かに見られていたんではないかいう心当たりがあるからだ。
「んー、その侍女が言うには姫様の縁談相手の方が一人で夜会に出てるのがバレたからじゃないかって言ってたんだけど…」
「そんなの貴族なら普通じゃない?」
「「そうなのよねー。」」
みんなが不思議に思うのも無理はない。
だがエミリアの考えは違った。
確かに貴族ならば夜会のひとつやふたつなど一人で出席していようと当たり前のこと。
だがもし、その行動に意味があったとするならば…?
(アルがもし私を探していたとしたら…?)
自意識過剰な、自分に都合のよい妄想だとは思う。
でも姫君の嫉妬をかうとすれば私なのではないか。
むしろそれ以外にエミリアの思いつく理由などはなかった。
そのことが姫様に露見して縁談がこじれているとしたら…。
(ああ、なんて軽率だったのかしら…)
エミリアは心の底から悔いて心が痛んだ。もっとしっかり線引きをするべきだった。
自分の想いを優先させてアルのためと割り切れなかったことを後悔した。
しかし、あの夜はすんでのところでちゃんと思いとどまった。
一瞬抱きつきはしたが縁談が完全になくなってしまうような話ではないはずだ。
「でも、姫様が結婚となったら王子たちどうするだろうね。」
「え?」
「あ、エミリアは知らないか。王子たちったら姉である姫様にすっごく憧れているのよ。だってその辺の王子よりうちの姫様は顔も綺麗だし頭も良いし、狩りも得意でたいていのことはなんでもできちゃうんだから。私だって憧れちゃう。」
「人望がおありなのね。」
「でも、大臣達は困ってるわ。姫でありながら政略結婚向きじゃないんだもの。当たり前っちゃ当たり前よね。」
「それ以外の思惑もあると聞くけれどね。」
「どっちにしろ姫君にはこの国にいて欲しいわ。」
その後はたわいもない話に移り、本当か嘘かわからない話が延々と続いた。
もちろん私の心は上の空。
アルの心配で大半のことは頭に入っては来なかったが特に気づかれたりはしなかった。