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姫様と晩餐会




















穢らわしい。
















この国の第一王女である女は苦虫を噛み潰すかのようにその美しい顔を歪めた。




















「爺共も諦めの悪い…このようなことをあと何度繰り返せば気が済むというのだ。」

「姫様、そのようにおっしゃっては大臣達がまたがみがみと申しますわ。」

「ならば飾り程度の耳に刻んで欲しいものだな。ナターシャもそう思わぬか。」

「ふふ、残念。目の保養になりますから私は好きですわ。」






まだ閉まっている幕。

姫君の後ろに控える侍女は愉快そうに笑い、味方を得られず姫はさらにふてくされたような顔になる。








この日、会場は若い男達でひしめきあっていた。



『若人のための晩餐会』

今日この日の表上の名目。

しかし、蓋を開けてみればなんのことはない。年頃になっても結婚に興味どころか異性にすら興味を示さない姫君の婿選びの場なのである。



見目麗しい者、血筋や学力が優秀な者を集めたそれはほぼ強制参加。

王族が目をつけるほどの人材なせいかそのほとんどには婚約者などがいたが、招待されたのはその中でもまだ公になっていない非公式の婚約者がいる者たちだった。

つまりは表向きフリーの貴族男子達なのである。

やって来た青年たちは皆今日がなんのためのもの晩餐会かを瞬時に理解し、出世に目をぎらつかせ、姫にこぞって挨拶に行った。

姫はこの鬱陶しい会に辟易している。

マーメイドラインの淡い銀糸で誂えたドレスは美しく気に入ってはいたが先ほどから代わる代わるやってくる参加者たちの目が姫はたまらなく嫌だった。

気分は最悪に近い。




(この男は先月婚約したばかり)




(この男は幼い頃から)




(この男は確か縁談を断り続けていたな)






暇つぶし程度に調べ上げたデータを本人と照らし合わせ、掌返しぶりを見るぐらいしか楽しみが無い。

悪趣味な楽しみだと言われようがその矢面に立たされているのは姫自身。

ここでは人間の汚く気色の悪い一面ぐらいしか見えないのだ。

無理やり座らされている姫に冷めた目で見る他に何ができただろう。





その中で一人。

珍しくも私とはまた違う意味で冷めた目をする男がいた。

どこまでも礼儀正しいくせに私とは一歩離れた距離を保つ不思議な男。

他の連中はこぞって私の手の甲に忠誠心のかけらもないキスをさせるように求めたというのに。

今思えば末端の貴族に王族と関わりたいという気が無かったのだと推測できるが、その時はただただ私の目に面白く映った。




(顔に早く帰りたいと書いてあるかのようだな)




事実奴の順が回って来たというのに挨拶もそこそこにその男は私の前から去ろうした。

手入れのされた黒髪、切れ長の目。

悪くない。



「アルフォンスと言ったか、待ちなさい。」




気になる者がいれば声をかける、ということになっていたため、周囲はざわつき、主催に関わった大臣や側近連中の目が光った。

呼び止められた男は眉ひとつ動かさずに振り返り私の目の前に戻る。

しかしその目には焦りの影が見えた。



「殿下、何かございましたか。」



この場で呼び止められることの意味を知りながら男は白々しく言う。

良い態度だと姫は思った。

誰であろうと姿勢を変えぬのは大変好感が持てる。

信用できる人間はこうであらねばならない。



「貴殿のことを気に入った。」



姫は不敵な笑みを浮かべ、女性にしてはハスキーなハリのある声でそう告げた。


















その後の大臣達の仕事ぶりは凄まじく速かった。


王家からは早速使者が送られ、アルフォンスを姫の婚約者として迎えたいと打診があったのは翌日だというのだから驚きである。






アルフォンスの両親は慌てた。

晩餐会でお声掛けがあったのはすでに周知であったがまさかこんなにも早くことが動くなどとは思っていなかったからだ。

ただでさえ晩餐会に対しやる気のなかったアルフォンスに姫が一体何を考えているのか。それよりなによりもエミリアを差し置いてアルフォンスが了承するとは到底思えなかった。

王族直々の縁談を断るとなるとそれなりの覚悟もせねばならないと思った両親であったが、当のアルフォンスはどういうわけか話を受けてしまった。

なにかあったのだと思った両親が話を聞こうにも、彼は何も語ることはなく、ただひとつ父親には「これまでのエミリアとのことは周囲に知られぬようにお願いします。」と頼んだという。

父も息子の考えをなんとか汲み取り、親友であるエミリアの父に話をしに行った。









アルフォンスの父は誰よりもアルフォンスを心配し、エミリアの父は誰よりもエミリアのことが気がかりだった。



しかし相手は王族。



ましてやアルフォンスを望んでいる姫は正妃の娘。

王族としての気質に恵まれたものの、勝気過ぎるが故に外交目的の成婚も諦められたような姫君。

そんな人間を相手にしようと思えば両家が国を出るぐらいの覚悟をせねばならない。

だが今までついて来てくれた領民や使用人、その家族のことを思うとそこまで思いきれないのが領主である。





「あの子の言うことはわからないではない。」





王家から何らかの圧力があるのは間違いないというのが父親たちの見解だった。

社交界デビューを控えたエミリアを守るならば今情報を有耶無耶にするしかないのも理解できる。




「だが、あのアルフォンス君が…?」

「そうなんだよ…それがどうしてもわからない…」




圧力なりなんなりと、何かあるとはわかりつつもアルフォンスは口を開くことはないだろう。

父親たちの疲れ切ったため息が応接室にこぼれた。
















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