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大人になれない







いつか、この部屋を彼にみてもらいたかった。









貴方から贈られた花たちに囲まれて私は生きてきたのに。

もう、言葉を交わすことも許されないのだろうか。









『アル、好きよ』



そう言えたのは親が婚約させようと口約束をした次の日のことだった。

まだ、6歳だった私はそう言って彼に抱きついた。

初めて会った日から、事業開拓のために来ていたアルの父に連れられてアルフォンスは我が家に来るようになった。



思えば初恋だったのだろう。

アルと会えるのが嬉しくて仕方なかった。

2つ年上のアルは私の兄とも仲良くなっていたが、いつも彼はまっすぐ私の元へ来てくれた。











『エミリア、愛してるよ』



10歳になった頃にそう言ってくれたのは彼の方だった。

二人きりの時のこと。

私をそっと抱きしめて、彼が耳元で囁くように。

顔を真っ赤にさせながら私がなにも言えないのはこの頃のお決まりだった。

彼の腕の中で小さく頷くまで彼は抱きしめた手を離さない。

半分はからかわれていたのだろう、でももう半分は、確かな愛情だと感じていた。










『キスしていい?』



13歳になる頃、彼が聞いてきた。

思春期真っ盛りの私が素直に返事を言えるわけもなく。


『ち、ちゃんと婚約者になったらね!』


いつものように顔を真っ赤にさせながらそっぽを向いて言う。

成人して社交界に出るまでは正式な婚約が結べないということは二人とも理解していた。

彼も本気なのか冗談なのか、そう言った後は笑いながらもぎゅっと抱きしめ、頬か額、もしくは指か髪にキスをそっと落としていく。


『約束だよ』


という一言も添えて。

私はこの頃の軽い触れ合いですらどぎまぎとしていた。

余裕のない子供だというのは理解していてもだからと言って大人になることもできない。

彼からの視線に年々熱がこもっていくのにも嬉しく思っていたくせに気がつかないフリをしていた。






いつか返せると思ったのに。





彼から向けられる愛情を素直に同じだけ。





私だって愛してるのに。


















今夜の雨はとにかく酷かった。

隣町では川が増水し、決壊の恐れもあるとあって父は使用人の男手を率いて手伝いに行った。

兄は屋敷に残り、母と私と一緒に避難してきた母の親友家族を迎えている。

我が家の領地ではない所だというのに父は昔からそうだ。

行ける範囲内で大変なのだと知ってしまえば手伝いに行ってしまう。

おかげで領民からは慕われ、周囲の貴族たちからも頼られてはいるものの家族としては心配でならない。




だが忙しさは良い。

心を亡くすにはうってつけの鎮痛剤だ。





母の親友家族は子供が多い。

ルナマリア・サンダース夫人、長女で、10歳のリサ、8歳の次男ティム、3歳の次女リナ、1歳の三女マリア。

長男のダニエルと家長のゴードンおじ様は父と共に川で作業をしているはずだ。

父親と兄が心配なのか、幼い子供達は騒ぐこともはしゃぐこともなく大人しくいつもの明るい笑顔は見受けられない。

代わる代わるお風呂に入れてやると彼らは直ぐにベッドに入った。



夜も更けてきた頃、父たちは帰ってきた。

玄関に近いダイニングのテーブルには私の他に母と兄、それから子供を寝かしつけて帰ってきたルナマリアおば様がいた。



「あー、つっかれた!」



まず入って来たのはダニエルだ。

私が用意していたタオルを手渡すとガシガシと濡れた頭を拭いた。

次いでおじ様と父が入ってきた。

同じ様にタオルを渡すと父は「ダニエルを風呂へ案内してやりなさい」と告げておじ様と二人で暖炉の方へと向かった。




「久しぶり、エミリア。」

「ええ、本当にお疲れ様。大変だったのでしょう?」

「川自体はもう大丈夫だと思うよ、バカみたい土嚢積んできてやったからな。」



ニカッと笑う彼につられて私も笑った。

良かった、冗談を言うくらいならば氾濫などにはならなさそうだ。



「お風呂行こっか。」

「一緒に入る?」

「バカ、そんなわけないでしょう。」



昔はよく一緒に入ってたのに、とにやにやとするダニエル。

アルフォンスが父親繋がりの幼馴染だとするならば、ダニエルは母親繋がりの幼馴染だった。

ダニエルはアルフォンスと同じ年齢で、同じ黒髪で、二人とも高身長ではあるが、背は若干ダニエルの方が高い。



「そんなこと言ってると熱湯にしちゃうわよ?」

「エミリアが責任取ってくれるなら喜んで入るよ。」



彼はいつもこんな感じだ。

のらりくらりとふざける彼との会話は楽しい。

楽しいがこれ以上は風邪を引かせてしまうので私は「もう!」と彼の腕を引っ張って風呂へと連れて行った。












翌日、昨日の雨が嘘の様によく晴れた。

だがダニエルの屋敷は少しばかり床上浸水してしまったらしく、綺麗になるまでしばらくは我が家に留まることが決まった。


(アルが知ったら怒るだろうな)


アルフォンスがエミリアとダニエルが仲良しなのは気にくわないと言ったのは一度や二度ではない。

それも年齢を重ねるうちに言わなくはなったけれど拗ねたような顔をするのはいつものことだった。


(アルはもう、関係ないと思うのかな)


ふいに暗い影が落ちてくる。

アルは私との婚約がなくなったことをどう思っているのだろう。

しかしアルと会うことは許されない。



本当に?

話し合うのもいけない?



あの話があってからは私の父が向こうの屋敷に出向くようになった。

私がついていくことなど出来はしない。

私に対し申し訳なさそうにする父にそんなことを頼めるわけもなかった。

あの話が全てなかったことになるのなら私にはもう紡いでいい言葉などないのだろうか。

そもそも言葉でどうにかなる話ではない。

わかっている。

でも、出来るならばアルから直接聞きたかった。

アルの将来のためと思えば私だって身を引くことができる。

私は邪魔なのだ。

出世にも事業にも、姫様の気持ちを考えたって私のことを伏せた方がいいに決まっている。

子どものような我儘で彼の将来や父に迷惑をかけるなどあってはならないのも理解していた。

今ならなかったことにできるのも。



「アル…」



風がふわりと吹いた。

誰もいない庭を見つめながらぽつりと呟く。

足元は昨日の雨の影響ですこしばかり緩いが一応は芝生の上なのでそこまで気にはならなかった。



『 』



ハッとして振り向いた。

アルに呼ばれた気がしたが気のせいだったのだろう。

振り返った先にはダニエルが立っていた。



「どうしたのダニエル。」

「んー、なんとなく。」



近くまで来た彼は庭を眺めて不思議そうな顔をした。



「花も咲いてない庭で何をしてたんだ?」

「散歩よ。せっかくこんなに晴れたのだもの勿体無いじゃない。」

「その割には湿っぽい顔してたぜ?それに風も出てきたし寒いだろ、中に戻ろう。」



彼はそう言って私の手を握る。

弟妹にも優しい彼の自然な仕草。

私は大人しく従うことにした。
















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