試される愛
「アルフォンス、エミリアが来た。入りなさい。」
殿下は私を見据えたまま告げる。
アルの名前にどきりとして反応してしまいそうになったがこれは上手くごまかせたと思う。
殿下の後方にある扉がゆっくりと開き、夜会のためか正装のアルフォンスが入って来た。
髪は全体的に後ろに流しオールバックにしているせいか、普段は髪を下ろして隠れ気味な鋭い目が強調されている。
全体的に深い藍で統一された服は以前アルフォンスが殿下のパートナーを務めていた時と違うものだ。
(あれは…)
一瞬目を奪われるも殿下の視線を感じてすぐに見るのをやめた。
王女殿下が少しばかり口角を上げ笑った。
彼女に見つめられていると全てを見透かされそうな気がしてくる。
流石は王族に必要な資質を全て持って生まれたと言われるだけのことはある。
力強い存在感。
微笑みながら相手に決して主導権を取らせないという空気に気圧されそうだ。
でも萎縮するわけにもいかない。
のまれてしまわないようにせねばと私は重ねた両の手をぎゅと握った。
「そなたに聞きたいことがあって呼んだ。大体は…想像がついておろう?」
殿下の声は女性にしては低く響く。
そしてこちらを試すようでありながらどこか楽しげに聞こえた。
王女殿下が足を組む。
深紅のドレスがゆらりと揺れた。
「申し訳、ありません、私ではわかりかねます。」
「そうか、では率直に聞こう。」
王女殿下は私の返答に目を細め、とてもゆっくりとした動作で肩肘で頬づえをついた。
蛇に睨まれた蛙とはこういうことだ。
暑くも無いのに背中に冷や汗がつたう。
殿下は一体どこまでご存じで仰っているのだろうか。
「そなたは、アルフォンスの何だ?」
私は目を逸らしたくてたまらなくなった。
しかし今はダメだ。
一度どくんと心臓が強く脈打ち、全力で走ったあとのように早鐘がなる。
だがこの質問は想定の範囲内。
私はにっこり笑ってみせてから答えた。
「私の父と、アルフォンス様のお父様は旧友なのです。昔から家同士の行き来もありました。でもそれだけですわ。私の兄とは仲良くなさっている時期もあったようですけれど、最近ではそういった話も聞いておりません。」
よし、言い切った。
喉はカラカラだが、上擦ることも噛むこともなく言えたことに私はひとつ乗り越えた気がした。
殿下はおもしろくない返答にきっとつまらなそうな顔になると思っていたが、そこは予想外に笑みを深くしていらっしゃった。
(なぜ…笑ってらっしゃるの…?)
その様子に私は少なからず動揺した。
警戒心は今や最上級。
頭で何かがガンガンと警鐘を鳴らしている。
「嘘をつくと…そなたのためにも家族のためにもならんが、それで良いのだな?」
瞬間、殿下の笑みにぞっとしヒュっと息をのんだ。
(殿下は私を試していらっしゃる…!)
肝が冷えるとはこういうことを言うのだと身を持って実感させられる。
バクバクといよいよ煩い心音が静かな部屋に聞こえてしまいそうで恐かった。
落ち着けと言い聞かせながら私はゆっくりと息を吐き、強い意志を持ってはっきりと答えた。
「はい。」
たったこれだけを答えるのが精一杯とは情けない。
けれどもこれ以上の言葉を足すことはできなかった。
一滴の汗が頬を伝い、首筋を一気に駆け下りる。
殿下はため息を一つ零し、眉間にしわを寄せた。
(もう終わりだわ…)
私は絶望を感じた。
殿下はきっと何もかもご存じなのだ。
その上で私を試された。
そして私は嘘をつき通した。
口約束の婚約を照明するのは本人たちの言葉以外に手だてはない。
私たちは幸い指輪や記念品の交換も行ってはいない。
今までもらった装飾品だって最悪友人としての贈り物と言えばそれまでだ。
殿下が口を開くのがわかった。
私はぎゅっと目を瞑り、どうか、アルフォンスがこれ以上何も問われませんようにと神に祈った。
「貴様の勝ちだ。」
目を開け、殿下を見つめると先ほどの威圧感たっぷりの笑みはどこへやら。
面白くなさそうな、子どものようにひどくふてくされたような顔をしていた。
殿下の後ろで立ったまま控えていたアルフォンスは「だから言ったでしょう。」とぶっきらぼうに答えている。
目をぱちぱちとしてみる。
一瞬なにか悪い夢でも見ているのかと思ったがつねった掌は痛い。
なんだこれはどういうことが起きているのだろう。
「王女殿下、これは…一体なにが…」
「ああ、すまぬなエミリア。貴殿を試したことはまず詫びよう。」
「い、いえ…そんな、滅相もございません…」
混乱に加えて王族に詫びられるなどさらに頭が混乱する。
つかつかと歩いてきたアルフォンスはエミリアの隣にぴったりと触れるほど近くに座ったことでエミリアはさらにわけがわからない。
「そのドレス似合ってるよ、エミリア。」
耳をほんのり赤くしながらうっとりとした声でアルフォンスは言う。
いつもの、昔のアルフォンスだ。
その様子を見た王女殿下はやってられないとばかりに目をぎょろりと回し、少しの間天を仰いだ。
空気を読まないアルフォンスに赤面しながら私は慌てて王女殿下に問う。
「お、おおおおお王女殿下…!これは一体!!」
「ああ、すまぬ。事の次第を説明せねばな。」
王女は姿勢を正し、座りなおした。
「賭けをしていたのだ。そこのアルフォンスとそなたのことで。」
「賭け…?」
私は首をかしげよくわからないという顔になる。
王女はやわらかく微笑む。
その微笑みに先ほどのような威圧感は微塵もなく温かいものだった。
「そなたが、今宵着てくるドレスの色を当て、アルフォンスを守る言動を貫いたら私の負けだという賭けだ。」
「…そんな、何故、お二人がそのような賭けを…」
「いや、私が悪いのだ。爺共の暴走を止め切れずことが大きくなってしまった。」
「全くです。」
「アルフォンス…貴様は人を利用しておいて良く言えたな…」
「悪条件でも言い当てたのは僕ですよ。僕を信じない殿下の負けです。」
全く話が見えてこない。
アルに呆れたような視線を送る王女殿下はその後、いろいろとこれまで数カ月のあらましを話してくださった。




