百合ing A cup of love 〜ゆりんぐ・あ・かっぷ・おぶ・らぶ〜
「……なに、見てるの」
「なんでも」
「……そう」
◆
「……ふぃ~終わった終わった」
アタシは巣原椎名。星花女子学園に通う華の女子高生だ。
ひょんなことからアタシと同じくバスケ部の倉田楓に恋し、ひょんなことから失恋し、そして……。
ひょんなことから、バスケ部の顧問である緒久間明梨と同居している。
そんなアタシは今、高等部の小テストが直前に控えていることによって早めに部活が終わり、学園から程近い喫茶店で一杯のブラックコーヒーを啜りながら勉強に……ちょっとだけ励んでいるのだった。別に緒久間明梨を置いて先に家に帰ってもよかったが、あんなタバコ臭い部屋よりも、たまには洒落た場所で勉強するのも悪くないと思ったわけだ。
「はぁ~。……さすがに、ちょっとジロジロ見すぎたか。ユニフォームから制服に着替える倉田楓の姿」
「……未練タラタラなんですね」
「……認めたくないけどな……って、え……?」
その声に……いや、発せられた内容に驚いたアタシは、声の発信源である正面を見やった。
「……相席、いいですか?」
「あ、ああ……」
本職の人間と比べれば少し身長が低いながらも「モデル体型」といって差し支えないフォルムの少女。高二のアタシと同い年か、それよりやや年下くらいのその少女には、どこかで見たことがあるような面影があった。それも、アタシのよく知っている……。
「……先ほどの答え、教えますね。…………わたし、未来から来たんです」
「……はぁ?」
アタシの思考を打ち砕くような、すっとんきょうなことを少女はのたまった。
「……ふざけるならよそでやってくれ。アタシはそこまで暇じゃないんだ」
「自分の身体を傷つけるのがそんなに忙しいんですか?」
「……っ! お前、それを誰から……!」
「……ふふっ。いわゆる禁則事項というやつです。……信じてくれましたか? わたしが未来人だってこと」
「……なにが目的だ」
「目的……ですか?」
「……わざわざ未来からおいでなすったんだ。相当重要な使命を任されたんじゃねーの?」
「……お母さん達の顔を見にきたんです」
「……ほー、それはそれはご苦労なことで。……で? それがアタシになんの関係が?」
「わたしのお母さん達が、椎名さんのよく知っている人達だからです。だからこうして寄り道して、会いに来たのですから」
「…………はっ! なにが『椎名さんのよく知っている人達だから』だ。おもわせぶりな態度とっちゃって」
「……本当は、気づいているんですよね?」
「さあ? どうだか」
「……いいですよ、椎名さんが認めてくれなくても。……ただ、この写真を見せたかっただけですから」
そう言って、少女は見覚えのある肩提げポーチから一枚の写真を取り出し、アタシに見せた。
「教会のステンドグラスをバックに、花嫁が二人。素敵な写真ですよね」
「……ああ。……すごく、綺麗だ」
否定したくても、否定しきれない。
なぜなら、その写真に写っている花嫁の一人は、アタシが恋い焦がれた人だったから。
「……この一枚しか、持っていないんです。お母さん達が二人とも写っている写真は」
「……」
「その事情は話すと長くなるので、割愛しますね」
「もうちょっとマシな言い方あったろ」
「すみません、不器用な上に人見知りでして」
「そんなところばっかり受け継ぐんじゃねぇよ!」
「……さてと。わたし、そろそろ行きますね」
「待てよ」
「なんでしょう?」
「……どうして、アタシにコレを見せる必要があったんだよ」
「……薄々わかっていると思いますが…………この光景を、椎名さんは見ることが出来ないからです。ですからせめて、今のうちに見てもらおうかと思って」
「……そうか」
「……はい、そういうことです。……それでは」
そうして、少女は去っていった。
……徒歩で。
「……はぁ……。あいつが、ねぇ……。……随分と小洒落たことしてんじゃねーか。……これも、あいつの影響か………………」
『……死を望む者達に、静かな眠りを』
「……さてと、帰って煙でも吸うか」
脳裏に響いた声に耳を傾けながらも、アタシは会計のために伝票の付いたバインダーを手にした。