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ひとつめの話 7


 私は弁当のおかずとごはんをどういう分配で口に運ぶか悩みながら箸を進めつつ、黛の声に耳を傾ける。

「まぁ、朝のことなんだけどさ。話はすごい単純なんだ。結果も過程も、全部俺一人が悪いんだ」

 そう話し出した黛の声色は随分と暗かった。どうやら随分と悪いことをしたという自覚があるようだし、己の所業を顧みることが出来るというのはいいことだ。そのこと自体を否定する気はさらさらない。

 もっとも、その話題に微塵も関係がない私からしてみれば、楽しい食事の時間を邪魔されているだけなので適当に相槌を打つだけだった。

「ふぅん、そう。じゃあ、私の推測は当たっていたんだな。

 ……それで、具体的には何をやらかしたの?」

「それを話す前に、もう一個話さないといけないことがあってさ。

 三年の高嶺先輩って知ってる?」

 言われた苗字はどこかで聞いた覚えはあったが、具体的に誰を指しているかはわからなかった。

 と言うか、仮に知り合いとして、あるいは耳にした噂の対象としてその苗字を持つ誰かを知っていたとしても、私の知っているそれが黛の説明しようとしてる相手だと同定しようがないので頷きようがない質問だと思うのだけれど。

 ……まぁ会話を円滑に進めるための慣用句と、そう納得しておくことにしようかな。

 内心で溜め息を吐いてそう自分に言い聞かせた後で、黛が話しやすいように言葉を選んで口を開く。

「知らない。見ての通り、知り合いは多くなくてね」

 黛はこちらの言葉にそうか、と残念そうな表情を浮かべて頷いた後で、

「綺麗でかっこいい、女の先輩さ。俺、その人のことが好きで……昨日告白したんだよね」

 何の前振りもなく、そんな言葉をぶっこんできた。

「…………」

 口に含んだものを噴き出さなかった自分を褒めてやりたかった。

 大して親密にしているわけでもない相手に色恋の話を自ら暴露するとか、こいつの頭はどうなっているんだと、その思考回路の不可解さにいっそ恐怖すら感じる。

 とは言え、そんなことを指摘しても話は進まない。

 冷静になれ自分、と念じつつ少し時間を置いてから、慎重に言葉を選んで口にする。

「……そ、草食系がはびこる昨今、すばらしい肉食さ加減だとは思うけれど。告白すること事態は自由でしょう。

 ――ちなみに、結果はどうなったのか聞いてもいいの?」

「振られたよ」

 返ってきた答えは、まぁ予想通りではあった。

 むしろ、今朝の事態にどういう経緯で至ったのかが少し想像できたので納得さえできたくらいである。

 そして、想像できた答えが正しいかどうかを確かめるべく、一番わかりやすい反応があるだろう言葉を続ける。

「振られる理由に、うちのクラスの誰かの名前を出されたのかな?」

 私の言葉に、黛は驚きの表情をこちらに向けて固まった。

 この反応を見る限り、私の想像した内容はどうやら当たりだったようである。あまり嬉しくもないけれど。

 だって別段難しい連想でもないのだ、これは。

 もしも彼の想いが報われていたならば、彼の声は暗くなることはないだろうし。

 なにより、そうであった場合に今朝の赤神が怒気を発していた理由が見当たらなくなってしまう。

 普通、想い人に自分以外の恋人が出来たら、腰越のように悲しむ方が自然な反応だろう。ヒスが酷い傾向にあるなら別だが、赤神は――少なくとも傍目で見ている分には、であるが――そのような性格ではない。

 加えて、この三人は学年中の噂になるレベルのリア充だ。

 ここまで条件が揃えば、馬鹿でも答えは導き出せるだろう。

 その答えを、黛が表情を消すように吐息を吐いてから口にした。

「佐藤さんの言う通りだよ。二人の名前を出された。

 俺が好意を向けられる状況に甘んじていると、そんな感じでね」

 多くの異性から好意を向けられる男が主人公の話は実に多く、現実にもそうなっている人間がいないとは言わないけれど。

 当事者あるいは事情を知っている人間以外からすれば、その好意を向けられている側の男に対する評価は低くなるものだろう。

 優柔不断と、そう言って拒絶されるのは当然のことだ。

 しかし、状況を考えれば当然だと仮に頭で理解できていたとしても、人間の感情というのはままならないことが多い。

 二人を理由にして振られた後で、その当人と出会ってしまえばどうなるか。考えるまでもない。

 つまり、

「そして、その後に会ってしまった二人につい当たってしまったわけだね。

 随分と仲良くしていたようだし、日ごろの小さな不満も色々あっただろう。それも、ついでに言ってしまったわけかな」

 そういうことである。

「……佐藤さんって、まるで見てたみたいにずばずば当ててくるね」

 黛は私の言葉を聞いて感心しているような目を向けてきたけれど、これは私を褒めるべき場面ではない。

「自分の単純さを嘆いたほうがいいんじゃないか。大した予想でもない」

 思ったことをそのまま口にすると、黛は降参といわんばかりに両手をあげた後、がっくりとうなだれた。そして言う。

「どうすればいいと思う?」

 素直に聞けるのはいいことだが、その問い方はダメだろう。そう思って、思わず苦笑が漏れる。

 黛の視線がこちらを向いたので、笑みを消してから言う。

「それを聞くのはまだ早いなぁ」

「……どういうこと?」

 少しは自分で考えろよ、と思ったものの、この不毛な会話を続けること自体がナンセンスだと思い直し、少し考えた後で言葉を続ける。

「君が百パーセント悪いのはわかった。それはいい。

 では、悪いことをしたら普通どうする? ――そんなのは、聞くまでもなくわかっていることだろう。謝るのさ。

 そう、例え許してもらえなくても、自己満足と罵られようと、謝罪の言葉は口にしなければならない。そこが関係修復を始めるスタートラインだからだよ。

 でもね、黛。謝るという行為は、ただ行えばいいというものじゃない。

 謝る相手に対して、自分がどんな悪いことをしたのか、自分の行いが相手にどんな嫌な気分を味わわせることになったのか、それを把握しないまま謝っては意味がない。

 君がまずやるべきは、それだ。

 彼女たちに対して何を言い、何を行ったのかは聞かない。私には関係がないからね。話さなくていい。

 だけど君は、彼女たちに対して何を言い、何を行ったのかをもう一度思い出し、考える必要がある。そしてその上で、何に対して謝るのかについて、考えるといい。

 もしそこで誤りがあってまた喧嘩になってしまったとしても、そのプロセスを続けていけばいずれ誤解もすれ違いも解消できると、私は思う。

 ……個人的な見解で申し訳ないけど、私に言えるのはこれだけだよ。

 何にせよ、君に出来ることは、謝ることだけだろう? だったら、謝ることについて考えればいい。それだけの話さ」

「……謝っても許してもらえなかったら?」

「先のことばかり心配しても仕方ないだろうに」

 その心配は杞憂だろうと思わなくもないが、まぁ沈んだ相手だ、少しは気の利いた言葉でもかけてやるべきか。

「でもまぁ、もし食事を一緒にする相手がいなくなってしまったなら、気が向いたとき限定で付き合ってあげるよ。そして、私にできる協力はこれが精一杯。しかし――」

 私は溜息を吐いて、

「まずは自分で考えて、謝ってからの話だと、そう思うけどね?

 ……私から出来る助言はこのくらいだね。あなたはもう昼食は済んでるのかな? まだなら早く食べに行ったほうがいいよ」

 ごちそうさまでした、と空になった弁当箱に両手を合わせた後で、手早く片付けて立ち上がる。

 黛もこちらの様子を見て、これ以上はないと感じたようで、同じように立ち上がったものの、動く気配が見えなかったので、

「はよいけ」

 肩のあたりをひっつかんで方向転換させて背中を押してやる。すると勢いに負けて、とぼとぼと歩き出した。

 そしてガラス戸を黛に続いて通った後、私はすぐに自分の席に座る。

「…………」

 至福の時間とは到底言えない昼食タイムではあったが、おなかも膨れたのだから、次の授業までの時間は有効に使わなければならない。

 具体的に何をして過ごすかと言えば、大抵の場合は持ってきた文庫の続きを読むことが多く、今日もそのつもりでいた。

 実は昨日の夜、ちょうどいいところで就寝時間になってしまったから、朝から続きが気になっていたんだよね。どうなるかなー。楽しみ。

 うきうきしつつ机の中から文庫を取り出し、栞を挟んだページを開く。

 そんな私に、黛から声がかかる。

「また相談してもいいかな?」

 既に目は文章を追い始めているので、視線は向けずに声だけで答える。

「とりあえず謝ってから出直しなさい」

「……厳しくない?」

「普通でしょう」

 黛の言葉にばっさりと即答を返すと、諦めたのかどうかは知らないが、近くに居た気配は離れていった。

 そのことに満足しつつ、

 ……懸念事項はまだ残っているけれど。

 とりあえず今は楽しい時間を過ごすことにしようと、物語の読破を進めることにした。



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