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よっつめの話 17

 玄関先での騒動が収まった後、また揉めるのかなぁいやだなぁ――なんて戦々恐々としつつ部屋に引篭もっていたものの、夕飯だと呼ばれてから部屋に戻るまでの間に、その件についての話題は出てこなかった。

 父が何かを言ってくれたのか、あるいは母自身で考えて何かしらの結論を出したのか。そのあたりは、私にはわからないことではあったけれど。

 ……まぁ、言い合いにならなかっただけいいか。

 そう思うことにして、お風呂に入った後で、明日に備えていつもより少しだけ早い時間にベッドに入ることにした。





 そして次の日。

 やってきてしまった週の始まり、平日は月曜日。

 長く休んでいたこともあってか、より一層強いブルーマンデーな気分にうんざりしつつ、私はいつも通りの時間に家を出た。

 若干しんどい上り坂を越えて、下駄箱で上履きに履き替えて。さぁ教室に向かおうか――なんて考えたところでふと思う。

 ……そういえば、あの後結局、ここはどうなったんだろうなぁ。

 父と母が任せろと言うのですっかり忘れていたが、私がやったことはこの学校全体に少なくない影響を出しているはずである。

 なにせ、地域全体にこの学校で起こったいじめについて知らせて回る真似をしたのだ。それを知った誰かのうち、無駄に声の大きい行動力のある数人が騒ぎを起こしただろうことは、想像に難くない。

 もっとも、実際にどういう行動を起こしたのか、その内容まで当てろと言われれば難しいのだが。それはさておき。

 この場合において重要なことがあるとすれば、それは学校生活に影響を与えた可能性があるという点だ。

 授業がいくつか休止になったとか、部活動がしばらく出来なくなってしまったとか――まぁ内容は何でもいいのだけど、もし起こってしまった出来事を気に入らないと思う人間がいたら、彼らはどんな行動を起こすだろうか。

 特に、騒動の原因について心当たりのある人間は、どんな判断を行い、どのような行動に出るのだろうか。

 こればっかりは、私にもわからないことだった。いくつか取りうる可能性を想像することはできるけれど、私ではない誰かがどれを選択するのかなんて当てられるはずもない。

 そんな私に出来ることがあるとすれば、

 ……一層ひどくなっていなければいいけどね。

 そんな風に淡い期待をすることだけだろう。

「……はぁ」

 面倒くささが増してなければいいなぁ、と溜め息を追加しながら教室の扉を開いた。




 

 そして教室に入るやいなや、

「茜さん!」

 と名前を呼ばれて驚くことになった。

 何事だと思って視線を動かすと、そこには私の席があり――二人の人影もあった。

 一人は斉藤さんで、もう一人が恭二である。

 ばたばたと駆けて来るのは斉藤さんの方で、先ほど私の名前を呼んだのも彼女の方だったようだ。

 恭二は私の席に座ったまま動く気配もなく、私と斉藤さんの様子を眺めているだけだった。

 斉藤さんは私のところまで来ると、両手を私の肩に置いて顔を近づけながら言う。

「よかった。……突然学校に来なくなったから、心配してたんですよ」

 私は彼女の言葉にどう応じたものかと、曖昧な笑みを浮かべるしかない。

 彼女がどこまで事情を把握しているのかわからないが、もしも私のやったことを聞いていないのであれば、手首を切って入院してました、とは口が裂けても言えないからである。

 それでも、こちらの言葉を待ち続けている彼女に何も言わないというわけにもいかなかった。だから言う。

「いやまぁ、なんだ。――ああ、ほら、流石に心労が祟ったみたいでさ、ちょっと体調を崩してしまったんだよ。心配させていたとは、思わなかったけれど」

「そんなの、心配するに決まってます! 当たり前じゃないですか!」

「そ、そうか。ありがとう。

 だけど、もうこうして学校に来られるくらいには体調が回復してるんだ。大丈夫だよ、心配は無用だ」

「……それなら、いいんですけど。

 ひとまずは、顔を見ることが出来て安心しましたから」

「それはいいことだけど。……でもよかったの? ここに来ちゃって。

 私と友達だなんて知られたら――」

 こちらの言葉を中断させるように、斉藤さんが私の名前を呼んで、顔を近付けてきた。

 私は彼女から向けられた視線の強さに、思わず言葉を止めてしまった。

 そうして無言で見つめ合う形になった後で、一息の間を置いてから彼女が口を開いて言う。

「茜さん、私を見くびらないでください。そんなのはどうでもいいことです」

 視線と同じく、強い意思を感じる彼女の声音に、その言葉が本当であると思えたから。

 私は力を抜いた笑みを浮かべて言った。

「……そっか。ありがと」

 斉藤さんもこちらに笑い返すと、満足したように一度頷いて、こちらからその手を離した。

「茜さんの無事も確認できましたし。私は自分の教室に帰りますね」

 そう言いながら私の横を通り過ぎる彼女に、私は視線を向けながら言葉を続ける。

「今度また電話するよ。以前言っていた通りに、一緒に何か食べに行こう」

「楽しみにしてます」

 彼女はこちらの言葉にそう応じると、教室を出て行った。

 その背中を見送った後で、私は自分の席に向かう。

 私が机の傍に立っても、恭二は相変わらず私の席に座った状態で視線を向けてくるだけだった。

 黙ったままでは埒が開かないなと、私の方から口火を切ることにして。

「……恭二。君がこんな時間からここに居るのは珍しいな。どうした?」

 名前を呼び、声をかけてやると、彼は機嫌が悪そうに閉じていた口を開いて言った。

「机、替えておいたから」

 彼の言葉に、ふと机に視線を移してみれば、机に書いてあった悪罵の文字が消えていた。

 ……いや、新品になってるから書いてないだけだなこれ。

 更によく観察してみると、そんな感想を得た。

 椅子の方は恭二が座っているのでわからないが、おそらくそちらも替えてあるのだろう。

 普段使うものが汚いままであるというのは、なんだかんだで気に障るものだ。

「そうか、面倒が減ったよ。助かった」

 だから、彼の気遣いに感謝の言葉を送ったわけだが。

 そのおかげか、少しは機嫌が良くなったようで、彼は硬くなっていた表情や雰囲気をわずかに緩めてから言う。

「……もう問題は片付いたのか?」

「ああ、おそらくな」

「……なんだよ、随分曖昧な返事だな」

「対応が親任せになったから、私はもう関知していないんだよ。だから、進捗が殆どわからないんだ。そうとしか言えん。

 とは言え、弁護士も挟んでいるし、手続きは粛々と進んでいるのは確かだからな。そのうち、何らかの形でケリは着くだろうよ」

 こちらの答えを聞いて、そうかい、と彼は溜め息を吐いて頷いた。

 しかし、用件はそれだけでは無かったらしく、更に問いかけを続けてきた。

「何で先週来なかったんだ?」

 ただ、追加された質問は先ほど斉藤さんに聞かれたものと同じ内容だったので、

「さっきの会話は聞こえていただろう? 体調を崩していたんだよ」

 彼女に答えたものと同じ内容を返してやったわけだが。

「それはウソだろ」

 恭二はそう言うと、はっと鼻で笑って見せた。

 普段見せないような彼の態度に、私は若干戸惑うような気持ちをこめながら言う。

「……なんだ、随分絡んでくるじゃないか。綾子と喧嘩でもしたのか?」

「してねえよ。……あのな、おまえが居ない間、この学校じゃ大変なことになってたんだぜ」

「近隣から苦情ばかりが入って自習だけになってた、とか?」

「よくわかってるじゃねえか。その通りだよ。

 ――おまえ、何やったの?」

 それをここで聞くのかと、相変わらずの察しの悪さに思わず溜め息が漏れてしまったけれど。

 聞かれたからには言うしかないか、と自分にそう言い聞かせながら、彼の言葉に応じる。

「恭二、君も私の机の惨状を知っているだろう。

 だから私は、この学校はそういうことに対して何も対応を行わない公務員が多い学校だぞ、と喧伝しただけだ。

 いつか自分が、あるいは自分の子どもが通う環境の悪い部分についてはあらかじめ知っておきたいものだ。そうだろう?」

「……えげつねえ。やっぱり、おまえは怖いな」

 そんな風に言葉を返すと、恭二はやっと椅子から腰をあげた。続く動きでこちらの横に並ぶように立って、耳元に口を近付けて言う。

「綾子から伝言だ。次に何かをするときは私も混ぜなさい、だってよ。

 ――あと、命を投げ出すような真似はもうやめて、とも言ってたぜ」

 告げられた内容に、目を見開いて驚いた後で聞く。

「……どこまで知ってる?」

 恭二はこちらが驚いたことに気を良くしたかのように表情を緩めてから答える。

「俺たちの事情はよく知ってるだろう。だから、病院にはそれなりに伝があるんだよ」

 私は返ってきた答えに、なるほどなと納得してから言葉を続ける。

「……その件については、親にも釘をさされたからな。もう二度とやるつもりはないさ。私だって、自分の命は惜しい」

「本当に?」

「少なくとも今のところは、そう思っているとも」

 そう答えてやると、恭二は笑いながら言う。

「いやホント、おっかねえ女だよな、おまえは。こんなのに喧嘩を売るなんてのは馬鹿のやることだぜ」

「失礼なことを言うな。私ほど温厚な人間もそういないだろうが」

「冗談にしちゃ出来が悪いな、それは。

 ……ああ、ただな。綾子には俺からも伝えるけど、おまえからも連絡をしてやってくれよ。滅茶苦茶心配してたからな、あいつ。なんなら、俺が怪我したときより心配してたくらいだし」

 ――いや、それはないと思うぞ。

 恭二の言葉、その後半部分に思わず内心でそう突っ込んでいると、彼は言葉を続けてきた。

「……体は本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃなかったら登校なんてしてないよ。

 ……それと、綾子にはあとで必ず連絡を入れるようにしておくから」

「頼むわ」

 恭二はこちらの応答にそう返すと、私の肩を軽く叩いた後で教室の外へと歩き出した。

 私はその背を追うように視線を動かしながら言う。

「ああ。わざわざ来てくれるほど心配してくれてありがとう」

 恭二はこちらの言葉を聞いて、足を止めて視線を向けてから言う。

「は、馬鹿言うんじゃねえよ。俺は綾子に言われたから来ただけだ。心配なんてしてねえよ」

「……捻くれ者め」

「どっちが」

 そしてそんな風に言い合って、どちらからともなく小さく笑った後で。

 恭二は手をぷらぷらと振って見せながら、今度こそ教室を出て行った。

 私はその背中を見送ってから、鞄を置いて席につく。

 そのまま教室前方にある時計に視線を向ければ、もう少しで朝のHRが始まる時間となっていた。

 だから、少しだけ急ぎ気味に授業を受ける準備を進めつつ考える。

 さてさて、教室に入ってきた教員は、私の顔を見たらいったいどんな顔を――反応を見せるのだろうなぁと。

「……まぁどんな態度であれ、思い切り嘲り笑ってやることに変わりはないけどな」

 誰にともなく、小さくそう呟いた後で。

 今日の始業を告げるチャイムがスピーカーから鳴り響いたのだった。





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