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よっつめの話 14


 ――母が部屋を出て行ってから、どれくらい時間が経ったのだろうか。

 やはり時計がないと時間経過がわからなくて困るな、なんて、そんなことを考えていたところで扉が開く音が聞こえてきた。

 入ってきたのは父と母の二人だった。

 母の手には、私が用意した封筒も見えた。だから言う。

「ありがとう。……それと、父さんにも迷惑をかけたよね。ごめんなさい」

 父はこちらを少しの間じっと見つめた後で言う。

「それはいい、気にするな。やってしまったことに文句を言っても仕方がない。しかし、どうしてこんな真似をしたのか説明が欲しい。母さんもそう思っているはずだ」

「うん、話すよ。全部話す」

 父の言葉にそう応じてから、母に視線を移して手を伸ばす。

 母はこちらの意図を察してくれたのか、手に持っていた封筒を差し出してきた。礼を言ってから封筒を受け取って、封筒の口を開いて中身を出す。

 それらをベッドの上に並べながら、説明を始める。

「私ね、意識を失う数日前からいじめられてたんだ。

 まずはこの写真を見て。

 一日目は机に落書き、二日目は菊の一輪挿しを飾られて、三日目はゴミを入れられた。四日目は机だけでなく椅子にも落書きをされて、最後の日には鞄を捨てられた」

「……学校の先生には相談しなかったの?」

 母が写真から視線を動かさないまま、聞いてくる。

 私は母の質問に肯定の頷きを返してから続ける。

「うん、したよ。授業の始まるときなんかに、何度も聞いた。

 これを見てどう思いますか、ってね。

 ……誰一人として、私がいじめに遭っているとは思わなかったみたいだけれどね。全部が全部、私が周囲の気を引くためにやっているということにされていた」

 続けた私の言葉、その内容を聞いて、母は憤りを隠せないようだった。ベッドの端を叩いて、大声で言う。

「そんなのおかしいでしょう!?」

 父はそんな母を宥めるように、肩の上に手を置いた。その後で視線を私に向けると、聞いてくる。

「それで、犯人の目星はつけてあるのか?」

「犯人を特定するのに十分な証拠は、手に入れてあるよ」

 私は封筒からUSBメモリと、主犯や教員の名前が書かれた紙を取り出して、父に渡す。

「そのUSBメモリにはいじめを実行しているところを撮った写真と映像、そして教員が私の問いにどう答えたかを残した音声データが入っている。

 そっちの紙には、いじめの主犯や傍観したクラスメートと教員の名前が書いてある」

 父は資料の内容をひとさらいするように見てから、私に視線を戻して聞いてくる。

「茜。君はどうしてほしい?」

 私は父の視線をまっすぐ受け止めてから言う。

「お金がかかるけど、弁護士にその資料を持って相談してきてほしい。

 その資料だけでは名誉毀損か侮辱罪にしかならないけど――今回の私の自傷を絡めれば自殺教唆か殺人未遂も付けられる筈なんだ。

 勿論、私は法律の専門家ではないから、実際に相談してみて判断してもらわないと、その罪がつけられるかはわからない。

 だけど、もし事実を犯罪として構成できるのであれば、弁護士と一緒に警察に行って被害届を出して欲しい。

 あと一緒に、いじめの主犯に対して損害賠償請求の内容証明も出してくれれば嬉しい」

 私の言葉を聞いて、母が目を見開いてこちらを見ながら言う。

「……茜ちゃん、もしかして今回手首を切ったのは」

 非常に言いにくいが、それでもここは答えなければならないところなのだろう。だから応じる。頷く。

「……うん、そうだよ。自殺教唆をつけるため、そのためだけに私は自傷した。ただし、この部分は弁護士には言わないようにして欲しい」

 母の髪がざわっと逆立ったように見えた。

 ……やばい、超怒ってる。当たり前かもしれないけど。

 そんな言葉を思っている間に我慢の限界が来たのか、母がこちらに一歩近づいてきたけれど。

「茜ちゃん、あなたね――!」

 しかし、言葉を続けようとする母を父が制した。

 母さん、と一言呼ばれて――母は動きを止めて押し黙る。

 母の様子を確認した後で、父はこちらに視線を移してから言う。

「茜、君のやったことは褒められたことじゃない。

 しかしそれは、他人を罰する程度のことをするために自分の体を傷つけたからだ。自分のことを、大事にしなかったからだ。わかるか?」

「…………」

 父の口から出てきた言葉に、私は思わず驚いてしまった。

 てっきり叱られるかと思ったのに――いや叱られているのは確かなのだろうけれど、窘めらる言葉の内容が思っていたものとあまりにも違ったからだ。

 視界の隅に移る母の表情も、私と同じような驚きで固まっている。

 父は私たちの反応を他所に、言葉を続ける。

「次からは公務員が頼れなくても、私たちを、親を頼りなさい」

 続いた言葉に、私はああと頷きを返してから応じる。

「わかった。もしも次があれば、必ず相談する」

 次なんて無いのが一番だけどね、と続けると、父は小さく笑った。

「よろしい。……他に何か要望はあるか?」

「ううん、ないよ」

「学校には何も言わなくてもいいのか?」

「そっちには、私が既に手を付けてる」

 私は封筒から斉藤さんに作ってもらった記事を取り出して、父に渡した。

「これと、名前をちょっとぼかした名簿、それと音声データや映像データを取得できるURLを書いた紙をひとまとめにして、近所に配ってある。

 だから、私が動かなくても、声の大きな大人が学校や役所に電話を入れてるはずだよ」

「動かなかった場合は?」

「この封筒を教育委員会宛に送ればいいだけ」

「じゃあ私が出しておこう。ついでだ」

「……うん、お願いします」

「では私はいったん帰るよ。母さんも一緒に、弁護士のところへ行くようにしよう」

「迷惑をかけてごめん」

「謝る必要はない」

「……じゃあ、動いてくれて、お願いを聞いてくれてありがとう」

「子どもが気にすることじゃない。

 ――母さん、こういうのは取り掛かるなら早いほうがいい。行こう」

 父はそう言うと、こちらに背を向けて病室の外へと歩き出した。

 母は父の対応に不満そうな表情を一瞬だけ浮かべたものの、置いていかれないことを優先してか、吐息を吐いた後で、

「……あと一日は安静にってことだから。その時間を使ってちゃんと反省しなさい」

 それだけをこちらに向かって告げると、父に続いて病室を出て行った。

 扉が完全に閉まって静かになってから、私は起こしていた上半身をベッドに下ろし、誰にでもなく言う。

「……もうちょっとスマートに物事を進められるようになりたいものだね、本当に」

 そして、大きな溜息を吐いてから目を閉じた。


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