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よっつめの話 5


 目的地である空き教室の前に到着すると、扉を開いて斉藤さんが先に入るよう促した後で、周囲に人影がないことを確認してから私も中に入った。

 後ろ手で扉を閉める。大きく息を吐いて、扉にもたれかかるように背中を預けて言う。

「すまないね、斉藤さん。忙しいところをわざわざ呼び出してしまって」

 彼女はこちらの言葉を聞いて、特に気分を害した様子もなく首を横に振ってから言う。

「いいえ。気にしなくていいですよ、茜さん。

 ……それにしても、なんでそんな格好を?」

 ただ、私の普段と異なる服装はやはり気になったらしく、そんなことを聞いてきた。

 私は小さく笑ってから聞いてみる。

「似合わないかな?」

「そんなことはないですけど。いつもの格好の方が、らしくはありますね」

 そりゃそうだ、と笑ってから続ける。

「私もこの格好は落ち着かないね。拙いながらも、変装をしてみたんだよ。

 普段の私と比較するとイメージが随分と違って、多少は誤魔化せていると思うんだが。どうかな?」

「ばっちりです。一瞬誰だかわかりませんでしたもん、さっき。――でも、なんだってそんな真似を?」

「私と接触があったと思われると、面倒事に巻き込んでしまう可能性が高くてね」

「……何かあったんですか?」

 彼女の心配そうな表情から出てきた問いかけに、私は肩を竦めて吐息を吐いた後で、ああと頷いてから言う。

「ちょっと厄介事に巻き込まれそうな可能性があってね。事前にお願いしたいことがあって来たんだ。

 ……自分でも矛盾した行動だとは思うんだけどね。

 巻き込みたくないと思っているのに、わざわざ変装までして頼りに来てるんだからさ」

 彼女は私の言葉を聞いて、困ったように笑いながら言う。

「私はむしろ、そうしてくれる方が嬉しいですよ?」

 返ってきた言葉にありがとうと礼を言ってから、吐息を吐いて気持ちをリセットした後で、本題に入ることにした。

 あくまで可能性に過ぎない話ではあるのだが。

「……実は私、いじめの標的にされる可能性が出てきてね。

 だから、証拠固めとかに協力してくれないかな、と思って来たんだよ」

 先ほど起こった教室内ヒエラルキー上位の女子グループからの呼び出し、その際に告げられた内容と彼女達の様子から、頭を過ぎった予感の内容をそのまま口にするとそうなった。

 斉藤さんはこちらの言葉を聞くと、しばらく何を言われたのかわからないといった表情を浮かべた後で、確認するように聞いてきた。

「いや、あの。……いじめられるって、茜さんが、ですか?」

 飛んできた質問に私が素直に頷きを返すと、彼女は信じられないといった表情を浮かべた。

 私は彼女のそんな反応に肩を竦めてみせた後で言う。

「あくまで私がそう感じたというだけの話であって、確定ではないけどね。

 ……まぁ、いじめが起こることが確定している状況というのも尋常ではないとは思うけれど」

「……そう感じるに足る経緯があったんだとは思いますが。具体的に何があったのか、聞いてもいいですか?」

「勿論だ――と言っても、大した話でもないんだけどね。

 つい先ほど、私のクラスに居る女子たちに呼び出されてね。呼び出された先でこう言われたんだ。坂上恭二と親しくするな、と。

 その際の雰囲気がちょっと危うかったから、目を付けられた可能性が高いと判断したわけさ。

 ……正直なところを言えば、何でこんな難癖を付けられる羽目になったのか不思議で仕方ないんだけれども」

「……茜さん、本気で言ってます?」

「……うん? ああ、そうだよ。なんで恭二のことが出てきたのか、私にはさっぱりわからないが」

「多分、嫉妬だと思いますよ」

 彼女の言葉を聞いて、私はきょとんとしてしまった。また意外な単語が出てきたものだ、と。だから聞く。

「嫉妬? 嫉妬って、いったい何に」

 彼女は私の質問に、当たり前の事実を話すように答える。

「坂上くんは、私たちの学年では異性に人気の高い生徒ですよ。

 茜さんに絡んできたその子は、彼が好きなんでしょう。そして、仲の良い相手――茜さんを邪魔だと思ったのではないかと」

 彼女に言われて、件の女子連中が何の意図でこちらを呼び出したのかがやっと理解できた。

 とは言え、理解は出来ただけだ。納得できたかと言えば、それはまた別の話である。

 私と恭二は友人関係ではあるが、そこに恋愛感情は皆無と言っていい。

 なぜなら、

「……恭二には綾子という相手が既に居るんだが」

 彼には既に、彼に相応しいだろう伴侶が居るからである。

 私にとってそれは知っていて当然の事実であったのだけれど――どうやら周囲にとっては違ったらしい。

「……そうなんですか?」

 斉藤さんは意外な事実を聞いた、という表情を浮かべて確認するようにそう聞いてきた。

「あれ、知らない?」 

「殆どの人が知らないと思います」

 彼女から返ってきた言葉は、こちらの言葉を肯定するものだった。

 そんな彼女の反応に、えぇー……と戸惑う気持ちを隠せない自分が居た。

 いやだって、昼食を一緒に摂ってたりとかしてあれだけ公然といちゃついてたのに、そういう仲だと思われないことってあるか普通? それともなんだ、あの女はそんなところにまで干渉していたと、そういうことなのか?

 ……だとしたら、この上ないほどの無駄遣いだと思うが。

 当人に確認するのも気が引ける話題なので、この話題について考えるのはやめることにして。

 外れつつあった思考の方向を、現実の問題へと向けなおす。

 ……受け入れがたい事実ではあることに変わりないけれど。

 周囲にとっての事実がそうであるのなら、あの女子連中の態度にも納得できた。だから、話を本題に戻すべく口を開く。

「まぁそこは本題ではないので置いとこう」

「私的にはちょっと詳しく聞きたいことなんですけども」

「……それはまた別の機会にな。なんなら本人に繋ぎを取ってもいいし」

「是非!」

「お、おう。忘れないようにしておくよ。

 それで話を戻すが――要は惚れた腫れたの話になるわけか。

 ……それでもまぁ、仲の良い相手を蹴落とそうとするやり方は、あまり褒められたものではない気はするけれどね」

「私もそう思います。……それで、茜さんはどうするんですか?」

「私の性格は、君もよく知っているだろう?

 ――敵対者には然るべき手段でもって相手をするとも」

「私は何をすれば?」

「依頼したい内容は二件。

 一件目は君にひとつ記事を書いて欲しいという依頼だ。いじめが起こっていること、ただその事実のみを書いた記事が欲しい。

 二件目は、可能であれば、いじめをしている場面の写真か動画を確保して欲しい」

 提示した依頼内容に対して、彼女の回答は早かった。

「前者は喜んでやらせてもらいます。情報さえあれば、記事を書くなんて造作もないですから。でも後者は――急に言われると対応が難しい内容ですね」

 彼女の回答内容は簡潔でわかりやすかった。だから言う。

「後者については、あくまで可能ならという話だ。私だけでやるよりも協力者が居る方が証拠を確保できる可能性が上がる。それだけの話でしかない。

 前者だけでも引き受けてくれれば十分だ」

「……ちなみに、どうするつもりなんですか?」

「うん? まぁ、私の席は窓側だからね。反対側の校舎屋上に定点カメラをセットしておくとか、やりようはいくらでもあるさ。うまくいくかどうかは賭けだけど」

 彼女は私の言葉を聞くと、少し思案するような間を置いてから言う。

「……茜さんの席が窓際にあるのなら、私の方でもなんとか出来るかもしれませんね」

 彼女の言った内容は、私の立場からすれば非常に助かるものではあったけれど。

「……いいのかい? 無駄足になるかもしれないけど」

「そのときは何か奢ってくれれば、それでチャラにしますよ」

 こちらの確認に、彼女は笑いながらそう応じてくれたから。私も小さく笑いながら言った。

「それくらいなら、喜んで。――というかまぁ、手伝ってくれたお礼として、それくらいはするよ。あんまり高いのは厳しいけどね」

「ふふ、楽しみにしてます」

 それから少しの間、沈黙が降りて。

「迷惑をかけてごめんね。協力ありがとう。嬉しいよ」

 その後でなんとか、私はその言葉を口にすることができた。

 本当にあるかどうかもわからないことに協力を求めて。それが起こらなければ無駄足を踏ませることになり、もしもそれが本当に起きてしまったたとしても彼女を自分の問題に巻き込んでしまう。

 それが申し訳なくて。だけど、協力してくれるのも嬉しくて。

 その気持ちを口にすることが正しいのかわからなくて。

 ――それでも、そんなごちゃまぜの気持ちをなんとか言葉にして伝えておきたかったという、自分の我が儘でしかなかったのだけれど。

 彼女は私の言葉に少し驚いたような表情を浮かべた後で、再び笑顔を浮かべて言う。

「気にしないでください。私も、茜さんの力になれたら嬉しいですから」

「うん、ありがとう」

 そう言ってくれた彼女に、私はお礼の言葉を返すことくらいしかできなかった。



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