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みっつめの話 12


 ナビくんのナビゲーターとしての能力はかなりぽんこつらしい、ということがわかった以上は、引き続き先導役を任せるわけにもいかないので。仕方なく、私自ら周囲に居る人間に声をかけて話を聞くことにしたわけだけれど。

 その聞き取り調査の結果として、どうやら心底見当違いな方向に進んで来ていたらしいことがわかってしまい、思わず口から溜め息が漏れてしまったのは当然の反応だったと言えるだろう。

 ……まぁとりあえずは、無事に目的地への行き方を聞きだせた事実を喜んでおくとしようかね。。

 そう考えてから話を聞いてくれた人に礼を言って別れた後で、教えてもらった通りに目的地に向かおうとしたものの、

「…………」

 なぜか彼女は不満げな表情で足を止めたまま、ついてこようとしなかった。

「……何をしてるんだ、ナビくん。道はわかったんだ。あとは歩くだけだぞ」

 彼女が足を止める理由に見当がつかなかったので、そんな風に声をかけてみると。

「でもー、ナビゲーターとしては来訪者の方を自力で案内したくてですね……」

 うじうじとした様子でそんなことをのたまった。

 どうやら自分の仕事が取られたと感じていじけているようである。ただ、それはもう自業自得であるとしか言いようがない上に、いちいち構うのも面倒に感じられたので、思ったことを端的に言うことにした。

「もう一度叩くぞ」

「イエスマム! どこまででもついていきます!」

 先ほど背中を叩かれたことがよっぽど効いていたのか、彼女は直立不動で敬礼をした後で足を動かし始めた。

 彼女が横に並ぶのを待ってから、やれやれ、と溜め息を吐きつつ、私も止めていた足を動かした。

 そのまましばらく歩いていると、沈黙を嫌ったのかどうかはわからないが、彼女がこちらに話しかけてきた。

「それにしても佐藤さん」

「なにかな」

「どうしてスカイツリーなんですか? 他にも色々と、有名で楽しそうな場所は多そうですけど」

「別に大した理由はないさ。単に、一度は行ってみたかったってだけでね。日本人が頑張って作った、今までにないくらい高い電波塔なんだから」

「そういうものですか」

「……まぁ、わざわざお金をかけて遠出してまで見たいものでもないし、一度見れば十分そうだから。いい機会だと思ったのは確かだけど」

「うわぁ、正直」

 そんな下らない会話をだらだらと続けながらしばらく歩いていると、目的地である建物の前に辿り着いた。

 そして、目的地であるその建物を見上げながら思う。

 ……近くで見ると怖いなぁ、これ。

 スカイツリーという建物は非常に背の高い建築物なので、ある程度遠くからでもその姿は確認できたわけだけれど。近くで見ると見上げるほどの、いっそ威容と言っていいはずの姿は、現実にある本物と違ってこの世界にある建物の例に漏れず歪んでいるのである。

 スカイツリーは基本的には電波塔だから、本来であれば、三角錐を高くしたような直線で外観が構成されているはずなのだが――この世界では頂上に近くなるほど、形が丸くなっていくわけで。

 背の低い建物ならいざ知らず、これほど高い建物が丸みを帯びてバランスよく立っている事実がいまいち受け入れづらく。なによりも、丸いものは柔らかい印象があって、これの上の部分が折れて落ちてくるのではないかという嫌な想像が働いてしまい、妙に不安な気持ちになってしまうのだった。

 ……大丈夫かなぁ、本当に。

 そんな風に思いつつも、来てしまった以上は目的を果たして帰りたいという強迫観念じみた考え方にしたがって、まずは案内用の掲示物を確認する。

 スカイツリー観光のメインとなる展望台は二箇所あり、ただ高いところから景色を見ることを目的とした場所と、食事等を楽しみながら景色を眺める場所の二通りあるようだった。

 ……折角だし、両方とも行っちゃおうかな。

 そう考えてから、私は彼女にお願いして、受付のお兄さんからお金を払ってチケットをゲットしてもらおう――と考えたわけだけれど。彼女曰く。

「来訪者の方は基本的にいろいろ特権がついててですね。入場料や入館料は基本無料なんですよ」

「……そういうのを先に言えといったんだよ!」

「あいたっ!」

 まぁ楽しまなければ損なので、彼女へのお仕置きはこの辺で切り上げておくとして。

 館内を進むと、エレベーターはすぐに見つかった。彼女と一緒に乗り込んで、まずは展望回廊――ひとつ高い位置にある展望台へと向かう。

「どうして先に上からいくんですか?」

「景色を見ながらゆっくり食事をしてから帰ろうと思ってね。だから、景色のすごいところを見るのが先。ナビくんは逆の方がいいのかい?」

「私はその辺、特に拘りはないのでお任せしますー」

「そうか。なら合わせてくれ」

「はいー」

 しばしの沈黙を挟んで、エレベーターは展望回廊へと辿り着いた。

 エレベーターを出て、窓の近くにある柵へと寄りかかって外を見る。

 そこから見える景色は、異世界の特殊性も相まって思わず口笛を吹いてしまうほどの絶景だった。

 眼下に広がる建物は小さいし。水平線も遠くに見えて。山の稜線だってはっきり見える。

 けれども、私がそれらのどんなことよりも凄いと思うのは――視界に広がる、何もない空間が実感できる点だった。これこそが、本来であれば決して見ることのできないはずの、遠い距離を最も実感できる特徴だろうと、そう思うからである。

 ……椅子でもあれば、のんびり眺めていられるんだけどね。

 人によっては、こういう景色を怖いと感じるという話もあるし。そういう気持ちが微塵もないかと言われれば、それは否だ。私にも、そういう風に感じる部分はある。

 しかし怖いと感じるほど遠く広いこの視点を作るのがどれだけ難しいことかをわかっているからこそ、感嘆するのだとも思うのだ。

 そんな風に、見える景色に感動しつつ楽しんでいたところで、

 ……そういえばナビくんはどこに?

 ふとそんなことを考えて周囲に視線を巡らせて見ると、彼女はところせましと窓際を駆け回り、外の景色をいろんな角度で見ようとしていた。

「…………」

 いやまぁ景色を楽しんでいることは純粋に良い事ではあるのだが、ここに居るのは私たちだけではないのだから、周囲に迷惑をかけるような楽しみ方は控えるべきである。

「……ナビくん、ちょっとこっちに来なさい」

 私の言葉を聞いて、びくりと体を震わせた彼女は、何かを諦めたかのように静かに私のところに寄って来た。

 潔い。でも駄目。

「ぎゃん!」

「私の傍で大人しく見てなさい」

「わかりましたぁ」

 その後は大人しく二人で景色を堪能して。満足した頃になってから、ひとつ下にある展望デッキに移動することにした。

 この展望デッキは、景色と食事を一緒に楽しむためのエリアになる。

 さてどんなものが置いてあるのかなと、店に入ってメニューを開いたわけだけれど――案の定と言うべきか、料理の内容が全く想像できない名前ばかりが並んでいた。なんぞこれ。

 仕方が無いので、とりあえず値段だけを見て今の所持金で足りるかを彼女に確認し、問題なさそうなものだけを注文するようにしておく。

 料理が来るまでの間は、やっぱり窓の外に広がる景色を眺めて楽しむわけだが。

「佐藤さん。やっぱりちょっと近いですねぇ」

「そうだね。仕方の無いことだけど、ちょっと残念な気はするね」

「そうですねぇ」

 やっぱり一階層下にあるから、そんな感想しか出てこなかったのが少し残念だった。

 そうして雑談をしながらしばらく待っていると、

「――お待たせしました」

 そんな言葉と共に、給仕の人が料理を運んでくる。

 注文したのは確かコース料理だったはずだけれど。

 ……食べた気になるような料理じゃない気はするなぁ。

 そんなことを考えながら、目の前に置かれた料理に手を付けるのだった。




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