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みっつめの話 3


 ふと気が付けば、目の前には石造りのU字枠にはめ込まれた木製の扉があった。

 ……私は部屋で寝ていたはずなんだが。

 突然状況が変われば、誰だって戸惑うものだ。

 部屋で眠った後に目が覚めたと思ったら、見知らぬ場所に立っていた――というのが現実に起きたら、恐慌状態に陥ったとしても不思議ではない。

 環境や状況の急変に対して容易に順応できる、というのは一種の才能だと言っていいと、そう思うくらいにヒトの環境適応能力は低いのだ。どちらかと言えば、ヒトは周囲の環境を自分好みに書き換えることによって繁栄してきたのだからさもありなんというところではあるのだけれど。

 ……落ち着こう。

 そう自らに言い聞かせるようにして、思考を中断し。手で顔を覆うようにしながら目を閉じて、吐息をひとつ吐いた。

 全く関係ない上に壮大なテーマに思考が走っている時点で、私も相当混乱しているようである。当たり前だけど。

「…………」

 そのままの状態で固まることしばし。

 極力何も考えないようにすることで、どうにか、ほんの少しだけ冷静になることは出来た気はするが――だからと言って現状を理解する情報があるわけでもない。

 さて、どうしたものやらと途方に暮れていると、

「佐藤茜さん、入ってくださーい」

 扉の向こうから、そんな声が聞こえてきた。

 ……名前が把握されているっていうのが、すごい怖いんですけど。

 とは思ったものの、このままここに居続けても状況に進展が無いことは明白だし、世の中なるようにしかならないのだ。

 仕方ない、と自分に強く言い聞かせて諦めの吐息を吐いてから、扉のほうへと近づいていく。

 すると、ある程度近づいたところで扉が自ら開いていって、扉の向こう側にあるものが視界に映るようになった。

 扉が開いた先にあったのは広い空間だった。円形のフロアに、いくつかの机と椅子が置かれている。

 私のほかにも人間らしきものが居るようで、机に座った者達が、彼らに対して何かをしていた。

 ここがどこで、彼らが何の目的でどんなやり取りをしているのかは、正直なところを言えばさっぱりわからなかったけれど。私が感じたこの場の雰囲気だけで判断するならば、なんとなく、空港などの入場場所が適当であるような気はした。

「…………」

 そして視線を目の前に戻すと、そこには一人の女性が立っていた。

 桃色の髪に、同色の瞳。背は私より頭一つ分程度高く。体型は出るところは出て、引っ込むべきところは引っ込んでいる――同性から見ても非常に羨ましく思うプロポーションであるようだった。

 服装は白いシャツの上にパーカーを羽織り、タイトなミニスカートを身につけ、膝下まである靴下の上に編み上げブーツを履いている。

 特に目を引くのは、肩からななめがけで少し大きめの鞄をかけているが故に強調されている体の一部だろうか。

 思わず彼女と自分を見比べるように視線を往復させてしまったくらいだから、相当だと言っていい。そして思う。

 ……くっそー。持ってる人は持ってるものだよなぁ。

 私は私の体型に十分満足しているつもりではいるけれど、ここまで差を見せ付けられると流石に妬ましく思う気持ちも多少は湧いてくるので困ったものである。

 まぁそんな個人的な感情はさておき。

 私と視線が合ってから不躾な視線を向けてしまっている間でさえ、笑みを浮かべ続けていた彼女は、こちらが彼女の言葉を待つ状態になるやいなや、それを見計らったように口を開いた。

「はじめまして、佐藤茜さん。私はあなたのナビゲーターです」

「ナビゲーター?」

 思わずオウム返しのように口にした私の言葉を肯定するように、彼女は頷きをひとつ挟んでから言葉を続ける。

「はい、私はあなたがこの世界で問題なく過ごせるように派遣された、案内役となります。

 なぜ案内役が必要なのか。その理由は単純です。

 この世界が、あなたの世界とは異なるものであるからです。

 ――ようこそ、夢世界へ。私たちはあなたを歓迎します」

 そう言って、彼女は浮かべた笑みを更に深めた。

 邪気のなさそうなその笑顔につられるように、私も思わず小さく笑った後で言う。

「歓迎ありがとう――と言っても、正直状況がよくわかっていないんだけどね。質問をする時間はもらえるのかな?」

「あなたが望むのであれば、そのように。

 ――であれば、まずは場所を移動しましょう。ここは他の方も使用する場所になりますので」

 理由を説明されても、その言葉が意味するところもよくわからないのだけど。ひとまずは頷きを返しておくことにた。でないと、話が先に進まないからね。

「わかった。案内をお願いする」

 私がそう言うと、彼女はひとつ頷いた後で、先導するようにこちらの様子を伺いながら歩き出した。

 彼女の足が向かう先は、私が入ってきた扉の対面にある扉だった。

「どうぞ、こちらです」

 彼女はそう言って、扉を開いてみせる。

 そして、彼女が開いた扉の先にある光景を見て――目を見開いて驚く羽目になった。

 つい先ほどまでは、ぶっちゃけ彼女の言葉を全くと言っていいほど信じていなかったのだけれども。

 この光景を目の当たりにしてしまっては、納得するしかなかった。

 ここは私が普段過ごしている世界とは、全く異なる世界なのだと。

 なぜなら。

 そこに広がる景色が、私の生きている世界では決して見られないだろうものだったからである。

「…………」

 まず目に飛び込んでくる空の色からして全くの別物なのだから驚くしかなかった。

 空の色と言えば快晴の青か、夕刻の赤、あるいは夜空の黒を連想するけれど。ここに広がる空はどの色でもなく、あえて言うならクリーム色というか、曇り空の色彩を明るくしたような、そんな色で満ちていた。

 次に特徴的な違いが見えるのは建物だろうか。

 おそらく日本のどこかがベースだろう見覚えのある町並みが、その輪郭だけ全体的に丸くなっている上で、普通なら建物に使わないだろう色が増えているのである。

 もっと具体的に言ってみると。

 例えば鉄筋ビルであれば、屋上側に行くにしたがって逆向き瓢箪のように丸くなっており、その外壁がマーブル模様で色彩豊かに塗りあげられているのだ。

 しかも、それが当たり前と言わんばかりに、目に付く建物の殆どがその状態なのだから、驚くべきか笑うべきかというところである。

「こちらに」

 私が目の前の風景に驚いていると、そんな声と共に手を引かれた。

 手を引いたのが誰なのかは、見ずともわかる。

 光景に心底驚いてしまっている私は、彼女の手に引かれるまま、その場を離れる形となった。




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