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ふたつめの話 15


 そして翌日、月曜日。

 休日の後に来るもっとも憂鬱な日、週の始めがやって来た。

 ……一生休みならいいのになぁ。

 そんな風にせん無いことを考えながら、定刻通りに鳴り響く目覚ましのアラームを止める。

 その後はいつも通りに、母が作ってくれたた朝食を食べてから、授業開始に間に合うように家を出て。予定通りの時間に学校へと到着した後で、特に面白くもない授業の時間が過ぎるのを耐えれば。

 誰もが待ち望んでいるだろう、昼休みの時間がやって来るわけである。

 ……今日のごはんは何かなぁ。

 そんなことを考えながら、うきうきした気分で母が用意してくれたお弁当をさあ食べようと開かんとしていた、まさにその瞬間。

「――あの、佐藤さん。ちょっといい?」

 なんて言葉が横合いから飛んできて、思考停止状態に陥ってしまった私を誰が責められるだろうか。

 思考を停止した頭が状況を認識して再起動するまでに数秒の時間を待って。

「…………」

 最高に最悪なタイミングで声をかけてきてくれやがった相手に対して、我ながら不機嫌さが隠れていないことがわかる視線を向けてみれば――そこには見覚えのあるクラスメイトの一人が立っていた。

 まぁ同じクラスである以上見覚えのある相手なのは当たり前なのだけれど。

 目の前に立っている相手から話しかけられるような用件に心当たりがあるかと言われると、全くと言っていいほど思いつかなかった。と言うかぶっちゃけると、このクラスで会話をするほど親しい人間はいないんです。

 ……悲しくなる事実は忘れよう。それがいい。

 嫌な事実を思い出した悲しさと楽しい時間を邪魔された苛立ちを溜め息と一緒に吐き出して。

 気持ちが落ち着くのを待ってから、こちらの視線に怯えて口を開けずに居る相手に用件を尋ねてやると――どうやら教室の外に居る誰かから、私を呼んできて欲しいと頼まれたということだった。

 八つ当たりをする形になっていたことを理解して、まずはそのことについて謝罪をしてから。次に伝言を頼まれてくれたことに対してお礼を言って、呼び出し主が居ると教えられたほうへと向かう。

「…………」

 そして自分の席から扉のすぐ外に出るまでのわずかな時間で考えるのは当然、自分をわざわざ呼び出すような物好きの正体についてだ。

 ……まさかなぁ。

 真っ先に脳裏に浮かんだ相手は、一人の女子だった。

 それは過去に私の命を救ってくれた恩人で。おそらく大部分の人間に知られることなく、誰かの命を襲い掛かる外敵から守っている正義の味方の一人なのだけれど。

 ……自分のことながら、馬鹿な期待をしていると笑わざるを得んな。

 彼女が自分に関わる理由はもう無いだろうと、首を横に振って自分の考えを否定する。

 彼女と私の立場を例えるなら、創作におけるヒロインとその他大勢、ネームドとネームレスである。多少話す機会があったからと言って、彼女が私なんかに興味を持つ可能性はほぼゼロだろう。

 とは言え、だったら他に心当たりがあるのかと言われれば、それもない。

 だいたい、私が友人だと認識している相手であればこちらも連絡先を教えているのだ。用事があれば誰かを通す必要はなく、直接電話なりメールなりで呼び出してくることだろう。

 ……会えばわかるか。

 色々と考えてはみたものの、結局予想を立てることができずにそう結論づけながら扉を抜けると。

「……っ!」

 その直後に横から肩を掴まれて、思わずびくりと体を跳ね上げて驚く羽目になった。

 続く動きで、いきなり何をするんだという、抗議の気持ちを込めながら肩に置かれた手の持ち主に視線を向けると――意外な人物がそこに立っていて更に驚くことになった。

「意外と素直に出てきたわね、あなた」

 そう言って小さく笑う彼女が、もう二度と関わることは無いだろうと考えていた相手であれば、驚いてしまうのも当然のことだろう。

 そう、つまり。

 そこに立っていたのは正義の味方である二人組、その片割れであるアヤコその人なのであった。

「……そのままだと他の人の邪魔になると思うけど?」

 こちらが驚いて身動きを止めていると、彼女からそんな言葉がかけられた。

 はっとして視線を動かすと、確かに迷惑なものを見るような視線が向いていることがわかったので。慌てて人の流れを邪魔しないような位置に――彼女の隣に並ぶような位置に移動してから、問いかける。

「……まさかまた呼び出されることになろうとは思っていませんでしたが。

 何か伝え忘れたことか、確認しておきたいことでもできましたか?」

 この期に及んで彼女から私と接触する理由があるとすればそのあたりだろうかと、そんなことを考えながら投げかけた言葉には。

「そんな大層な理由じゃないわよ。

 ……単に、昼食を一緒にどうかと誘いに来ただけだもの」

 予想外の答えが返ってきたのだけれど。

 ――まぁそれは、ほんの少しだけ期待していた内容でもあったから。

「あなたの職業とは無関係で?」

 今度はさほど驚くこともなく、小さな笑みとともに、そんな言葉がすぐに出た。

 彼女はこちらの笑みを見て、ふんと鼻を鳴らして視線をそらしたけれど、こちらの言葉を肯定するような言葉をくれた。

「ええ、そうよ。――何か問題でも?」

「いいえ、別に。ただ、意外だっただけですよ。それ以上にありがたい言葉でもありますが。

 ……それで、どこで食べるんです?」

「中庭。前と同じところよ」

「となると彼も一緒ですかね」

「あいつが一緒だと嫌なら、席を外させるけど」

「単に思いついたことが口から出ただけですよ。問題ありません」

 そう言ってから、自分が今昼食を手にしていないことに気付いて言う。

「すみません、弁当は自分の席に置いたままでした。場所はわかっているので、先に行っててください」

「それくらいだったら待つわよ。私はどれだけせっかちだと思われてるのよ」

 彼女はこちらの言葉を受けて、呆れたような吐息を吐きながらそう言った後で、

「――あとね、さん付けなんて不要よ。呼び捨てで構わない」

 小さく笑いながらそう付け足した。

 その言葉を聞いて、私は視線を彼女から外してから口を開く。

「あなたがいいのであれば、そうしましょう。

 ――では、アヤコ、少しだけ待っていてください」

 流石にこれは、その、私でも少し照れくさかったからです。

 もっとも、顔を見せなくても彼女にはばれていた様で。

「急がなくてもいいわよ、茜」

 その場から離れる瞬間にも、くすくすと笑う彼女の笑い声が聞こえていた。







 私はアヤコと別れて教室の中に戻ると、急いで開きかけていた弁当箱を包みなおして、再び彼女の元へと向かう。

「お待たせしました」

 そして、先ほどまでと同じ位置で待っていた彼女にそう声をかけると、

「別に待ってないわ。行きましょう」

 彼女は何でもないことのようにそう言って、中庭に向かって歩き出す。

 私も彼女に続いて歩き出して――道中が暇だったから、彼女に話かけることにした。

「それにしても、本当に意外でしたよ。こうして昼食に誘われることになるなんて、夢にも思っていませんでしたから」

「あなたはそれだけのことをしてくれたじゃない」

「……王様の話ですか?」

「私たち二人の盾になってくれた方よ」

「それは、まぁ、結果的にそうなっただけですけどね。それも、あなたが治してくれるのをアテにしただけですが」

「……その言葉が、自己評価が低いから出ているのか、それとも謙遜で言っているだけなのかはわからないけど。

 あなたがあの時に動いていてくれなければ、今こうして居られなかったことは間違いないわ」

「……感謝の気持ちで誘われただけ?」

「きっかけは、まぁ、そうなるけれど。

 でも、きっかけが何であるかは関係ないじゃない。

 なんにせよ、今私があなたのことを知ってみたいと思っているのは本当よ、茜」

「……そう言われると、うれしいものがありますね」

「あとで連絡先を交換しましょうね。

 ……私、割とメール魔だから。もしかしたら、あのバカの愚痴が多くなるかもしれないけど」

「別にいいですよ。そういうことを話すのもまぁ――友人らしいやり取りでしょう」

「じゃあ、また後で、そういう話もしましょう」

 言って、彼女はこちらを見ながら笑ってみせた。

 ――ああ、そうだ。友人ができるのは悪いことじゃない。きっかけがどうであったとしても、だ。

 そう思って、私も彼女の笑顔に笑みを返した。



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