表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/65

ふたつめの話 6


 昼休みになった。

 いつもなら自分の席に座ったまま、鞄から昼食となる弁当なりパンなりを取り出して食べるのだけれど。

 今日はそうするわけにはいかない事情がある。

 正確に言えば、現時点においてその事情というのは予想に過ぎないが、面倒事に関わる可能性があるというだけでこの場から離れる理由としては十分だろう。

 とは言え、慌てて席を立つような真似はしない。目立つ行為をして、他の誰かにその様子を覚えられた上で、私を訪ねてくるだろう誰かにその旨を伝えられても困るからだ。

「…………」

 だから可能な限り、意識できる範囲において自然な動作を心がけつつ、行動を開始する。

 まずは鞄の中から今日の昼食を取り出し。次に椅子から立ち上がって、教室の外に向かう周囲の流れに乗って教室を出る。

 あとは昼休み時間が終わるギリギリまで人気のないところで過ごして、放課後も同じ要領で颯爽と立ち去ってしまえばいいと思っていたのだが――

「ハロー、佐藤さん」

 そんな言葉と共に教室から一歩出たところで右肩を叩かれて、夢想から現実へと引き戻された。

 ……ですよねー。待ち伏せ、してますよねー。

 知ってた。そうじゃなきゃいいと思ってただけです。

 正直なところを言えば無視するという選択肢もあったのだけれど、それはそれで印象が悪くなってあとに響くだろうことを考えれば、得策でないことは明らかである。

 そしてそうであれば、選ぶべき選択肢は当然ひとつしかなかった。

「…………」

 仕方ない、と溜め息を吐いてから、肩を叩いてきた人物を見る。

 視線が合うと、相手は少しも楽しくなさそうに笑った。そして言う。

「昨日はしてやられたけれど、今日はそうはいかないわよ。

 ――用件はわかってるわね?」

 案の定というべきか、そこに居たのは昨日私の部屋で会った女子だった。

 私は追加の溜息を吐きつつ、他のヒトの出入りを邪魔しない位置に移動してから、彼女の言葉に応じるように口を開く。

「こんにちは、どこの誰とも知らない人。昨日はお世話になりました。

 ……用件と言われても、私のほうに心当たりはありませんけどね」

「とぼけるのはやめてちょうだいな。それとも、改めてはっきり言わないとダメかしら? 

 じゃあ、はっきり言うわ。いいからこのまま付いて来なさい。しなきゃならない話があるから」

 断る余地もなさそうな言葉と、何よりもこちらを見据える目が怖くてどうしようもなかったので、内心で降参するように両手をあげながら言う。

「……昼食を摂りながらでよければ」

「それでいいわ。中庭に行きましょう」

 私の提案を二つ返事で了承すると、彼女は私から視線を切って歩き始めた。

 ……中庭と言うのは、おそらくこの四角い校舎の中央部分を言っているのだろう。となると、上履きでは出られないから向かうのは玄関か。

 そんなことを考えながら、彼女のあとを追うように私も歩き出す。

 彼女の歩みは速くて、ついていくのがやっとだったけれど。沈黙のほうが耐え難くて、ふと覚えた疑問を口にする。

「……もう一人の、男子の方はどうしたんですか?」

「先に行かせたわ。私のほうが当たったから」

 彼女の言葉から、教室の前後にある扉それぞれで待ち構えていた事実を理解して絶句した。そこまでして私を捕まえようとしてたのかと、彼女達の本気具合に驚いたからだ。

 ……でも、どうせなら当たるのは男子のほうがよかったかもしれないなぁ。

 あれを誤魔化すか煙に巻くのは楽そうだと、なんとなく感じているからかもしれないが――今更の話なので考えないようにして。

 とりあえずは、二人がそうしている様子を想像してから、追加で浮かんだ疑問をぶつけてみることにした。

「……それ、私が教室から出なかったら徒労になってましたよね」

 しかし、彼女は私の言葉に堪えた様子もなく言葉を返してくる。

「出たからいいのよ。

 それに、ある程度人が居なくなっても見かけないようなら、それこそ教室の中を見ればいいだけでしょうが」

「それもそうなんですけどね。

 私からすれば、そこまで労力を割いて話をしなければならない案件だとは、とても思えないものですから」

「……口が減らない子ね。私たちにも都合というものがあるのよ。

 もっとも、貴方を見捨てておけば生じなかった都合だけれどね」

 そんなことを言われてしまっては、私は口を噤むしかない。これ以上刺激するわけにはいかないなと、これ以上余計なことは言うまいと、口をつぐんで彼女についていくことにする。

 そのまま黙って歩き続けることしばし。

 彼女は一階まで階段を下りると、予想通り下駄箱の方へと足を向け。下駄箱が見えてくるところまで来ると、

「靴を履き替えてきて」

 それだけを言い残して、彼女は上級生――三年生の下駄箱に向かっていった。

 ……この間に逃げてしまうのもありかな。

 彼女の行動を見てからそんなことも考えたけれど。

 先ほどの軽口にも滅茶苦茶怖い言葉が返ってきたことを思い出し、後が怖いからやめておこうと思い直す。

 ……なんでこんなことになったんだろうなぁ。

 そしてそんなことを考えた後で、彼女の言葉通りに靴を履き替えるべく、自分の下駄箱へと向かうことにした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ