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かぐや  作者: 米沢サユリ
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姫は月に帰らない

 忘れ草。そのにおいをかぐと、自分が何になやんでいたのか、全く分からなくなってしまうと言われている。私がまだ月にいた頃、とても小さいときだが、祖母に教えられた記憶がある。

「その草を見つけても、絶対に近づいてはだめよ」

 見た目も香りもユリのようなその花は、とても恐ろしい花なのだと、小さかった私に何度も何度も言っていた。祖母といちばん一緒にいたはずなのに、なぜか、そのことしか思い出せないくらい、何度も。

そして、その意味がようやく分かったのは、月の使者がやってきたあの日だった。

私が手紙を壺に入れて、頭中将に渡したまさにそのとき、月の使者の一人が私に天の羽衣を掛けた。以前とちがい、なんかユリのような香りがするな……。そう思ったときには、もう遅かった。今にして思えば、あれが忘れ草のにおいだったのだろう。視界が急に真っ暗になり、意識がどこかに引きずられていく。そして、自分の周りだけ急に明るくなった。

そこは、小さな鳥かごのような檻の中だった。しかし不思議なことに、周りを見回してみても、出口らしきものはどこにもなかった。

檻の外に1カ所だけ、窓のようになっていて、月の使者たちの後ろ姿が見える。ここはどこなのだろうか……。

どこか遠くから、父上と母上の泣き声が聞こえる。

「かぐや!」

 泣きながら私の名を呼んでいる。しかし、その姿は見えない。

「父上! 母上!」

 私は、声を必死に出した。しかし、どうやら私の声は届いてないらしかった。父上と母上の泣いている声は変わらずに聞こえてくる。

やがて、使者たちが何か合図をだした。すると、どうやら私が乗っていた船が動き出したようだ。すこしだけ父上と母上の声が大きくなったかと思うと、あっという間に聞こえなくなってしまった。


 いやだ。


私は、まだ帰りたくない。


月に帰りたくない。

地球にいたい。

父上や、母上の近くにいたい。


なんで私は帰らなきゃ行けないの? なんで私はいつも自分のやりたいことができないの? 風習なんて、伝統なんてどうでもいいじゃない。私は、月よりも、地球の方がすごしやすい。

 たしかに、地球の過ごし方も窮屈ではあったけど、あっちよりこっちのほうが居心地がいい。

出して。

私をここから出して。


つよく私が強く思ったときだった。

突然足下の床が、音もなく無くなって、私は真っ暗な穴に落ちていく。深く、深く、私はどこまでも落ちていく。どこまでも、どこまでも落ちていく。風を切る音は全くしない。なにもない暗い穴をどこまでも落ちていく。

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