3.とある女の子と鳥と猫の潜入
「おっはよーー!!」
例えそこが自分の生まれた世界ではないとしても朝の澄み渡った空気は気持ちが良いものである。
しかし、その気持ちの良い空気をぶち壊してノックも何もなくずかずかと入って来る少女がいれば話は別だ。
「で? どこに不思議な事件が転がってるか分かった~? って名無し! 何時までも寝てないで起きる起きる!」
そのあたりにあった椅子に丸まって眠っていた名無しはキッカによって文字通り叩き起こされている。
それにしても、空き缶じゃあるまいしそんなに不思議な事件がごろごろ転がっているわけないだろう。
「まぁ、どっちにしてもまずは食事よ、ありがたくもサンドイッチを持ってきてあげたわよ。
ついでにコーヒーも……。ところであんた達サンドイッチとかって食べられるの?」
名無しを起こし終えると、適当な机の上に何かを広げている。
よく見てみればキッカは昨日と同じ学生服に鞄、それにバスケットと水筒を持っていた。
「アア、私は一応雑食に分類されるから大丈夫ダ。デ、名無しは「我輩に不可能はない!」……ダそうダ」
「ふ~ん。じゃあ、ハイ、コーヒー」
キッカがコーヒーをカップに注ぎ名無しに差し出す。名無しは不器用にそのカップを両手で受け取り、湯気の立つコーヒーを飲み下す。
「%$&#"&$%#""?%$!!」
案の定、名無しはコーヒーのあまりの熱さに吹き出してのた打ち回っている。普通は湯気が立っている時点で気付くだろうに。
「へぇ~、やっぱり猫って猫舌なんだ~」
「イヤ、ソいつを一般的な猫だと思わないほうがいいだろウ」
とりあえず、のた打ち回っている名無しを外に私とキッカは食事をしながら談笑する。
……もちろん、私は冷めるまでコーヒーには手を付けない。
「デダ、私も世界を旅しているだけでどこに異世界から来た者がいるかは判らなイ」
「ひゅむ、ではどうひゃってしらべりぇばいいかにょう」
「……名無し、火傷が治っていないなら気が抜けるから黙っていてくレ」
「にゃにおう!」
「はいはい、バカ猫は置いといて、問題はこれからどうするかよ」
「ソうだナ、手当たり次第調べるしかない訳だガ……。トころでキッカ、今日は一日付き合えるのカ?」
「えっ? ……あーー! マズイ!」
キッカは腕時計に目を向けると焦ったように叫び出す。
「ドうしタ?」
「学校があるのよ。時間がないから私はもう行くわよ!」
「学校とは何なのだ?」
キッカの学校という言葉に、舌を出して火傷を冷ましていた名無しは好奇心丸出しの顔で問い掛けてくる。
「コの世界での教育機関だナ。成人してからの必要知識を教える所ダ」
「と言っても、実際の所、社会に出ても全然必要にならないんだけどね」
そう説明すると名無しは目を輝かしてこちらを見ていた。
あまりいい説明をしていないにも関わらず、あからさまに行きたそうな顔をしている。
「我輩も学校に往くぞ!」
やっぱり、言うと思った。
「駄目よ! なんかあんた達が来るとろくな事が起きそうにないもの」
あなた達って、私も含まれているのだろうか?
「往く!」
「駄目!」
またこれか……。
「往く!!」
「駄目!!」
「ストップ!!」
「なんだ!」
「なによ!」
一般人なら引きそうな形相の二人に睨まれ、言葉に詰まりながらも何とか打開策を進言してみる。
「キッ、キッカ、時間がないのだろウ? コのまま名無しを放って行けば勝手に付いて行くゾ。ソれよりは一緒に行って監視した方がいいと思うガ?」
時間を気にしながらも暫し考えると、決意を湛えた顔で頷く。
「……確かにその方がまだマシかもしれないわね。しょうがない……か。だけど! 条件があるわ。それを守れるなら二人共連れて行ってもいいわよ」
「私は行きたいとは言っていないんだガ」
「行きたくないの?」
付いて来られるのは嫌なのに、なぜそこで疑問系で聞いてくるのだろう?
「……マァ、興味がないと言えば嘘になるガ」
「で、条件とは何なのだ? 何でも言うがよい」
その名無しの言葉に、臣下を見下ろす女王のように尊大に言葉を紡ぐ。
「昼休みまで大人しくしていること、それが条件」
「むぅ、つまらんが行く為には仕方あるまい。フォルもそれでよいな?」
「アア」
行きたいとは言ってないんだが……どうせ拒否権はないだろう。
グシャ
……私は今、苦痛と疲労を感じている。先程の音は私と私の下敷きになって伸びている名無しが墜落した音である。
何故こうなったのか?
経緯はひどく簡単な事だった。
学校に向かった私達三人はこっそり忍び込もうとした。しかし、運が悪いことに教材か何かの搬入作業をやっており、この学校の教師も手伝っていた。
名無しは堂々と正面から入ろうとするが、いつ喋り出すか分からない猫と見た目派手なオウム(失敬な事だ)は目立つと、キッカによって無理矢理名無しを抱えて塀を飛び越えさせられたわけだ。
その後は当然といえば当然の如くのこと。猫一匹を抱えて飛ぶなんて重量的にもバランス的にも無理である。
それでも私は努力した方だと思う。名無しを抱え、塀を飛び越えた所で力尽き墜落したのである。
「なんとか無事入れたわねー」
笑顔でこんな無茶な事をさせた張本人が悠々と歩いてきた。
大体、地面で潰れている私や名無しを見てよく平然と無事だったなどと言えるものだ。
「こっ、小娘―!」
何時の間にか私の下から這い出した名無しがキッカに食って掛かって行く。
「何よ! ちゃんと学校の中に入れたでしょ! 丁度いい感じに体育館裏であまり人もこないわ。
もうすぐチャイムがなるから昼休みまで大人しくここで待っててよ! 分かった!?」
キッカは速射砲のようにそう言い残すと校舎に向かって歩いていく。
名無しは怒鳴ろうとしたようだが一気にまくし立てたキッカに圧倒されて口をパクパクさせている。
というかこれがこの世界でいう逆ギレというものか……。
キッカが行ってから暫くして鳴ったチャイムの音で放心状態から回復した名無しは、キッカの言った台詞が効いたのか大人しく体育館の階段に腰掛けた。
あの、名無しが大人しく言う事を聞くとは思えないんだが。まぁ、名無しが大人しいうちに周りの建物の配置を確認しておこう。
学校への道すがらキッカから聞いた話によるとこの学校、私立麻紙学園は正門が北にあり中央に校舎、東に運動場、北西にプール、南西に体育館があるらしい。
実際、キッカがやって来た方向(校門が北なので多分北から来たのだろう)を見るとプールが見える。
次に東側を見ようと振り返ると――
ん? 何か違和感を感じる……。
違和感というより、明らかに名無しがいない!
もう飽きてどこかに行ったのかと思いながら東側を見ると……居た! 手前に校舎と奥に運動場があり、おそらくここの生徒達が運動場に集まっている。
そんないつ見つかるとも知れない中、名無しは校舎に向かって短い二本足で歩いている。せめて四本足歩けば普通の猫に見えるのに堂々と二足歩行している所が更に憎い。
バサッバサッ
「マテ、名無し!」
私は急いで飛び立ち名無しの前方へと回り込む。
「ん? なんだフォル、お主も見物に来たのか?」
「イや違ウ、トいうかお前さっきのキッカの話聞いていただろウ。スぐ近くに人もいる。戻った方がいイ」
「何を言っている! ここで探検せずして、何時すると言うのだ!」
「イや、しなくていいんだガ……。
コの世界には二足歩行する猫なんていないんダ、学校まで来たようにセめて四足で歩くようにした方がいイ」
「我輩はこのままが楽なのだ! あの小娘を見つけて驚かしてやる! フハハハハ」
やっぱり根に持っているのか……。
「ハハハハハ」
さて、どうやってこいつを止めるか。ここで止めないと後でキッカに文句を言われるのは私だろう。めんどうな話だ。
カキ――ン!
「ハハハハ『ドガッッ』ゲハァ――!」
哄笑を続ける名無しの顔に、飛んできた白い球体が突き刺さり、そのまま名無しごと吹き飛ばしていく。
飛ばされた名無しを見るとピクピクと痙攣しピクリとも動かない。
どうやら、気を失っているようだ。名無しにぶつかり転がっている白い球体が飛んできた方を見ると棒を捨て走っている者やグローブ片手にこちらに向かって来る者が見えた。
……なるほど、あれが野球というスポーツなのだろう。
名無しを止める手間が省けたと思いながら、私は誰かに見つからないように名無しを引きずりながら体育館裏に戻った。