〈 終わり行く世界で 〉
終わり行く世界で、いったいどのような希望を抱けば良いのか。
今日も僕は廃墟化したビルに登り、この世界が終わったあとの事を考える。そうした時間が、最近の僕の日課になっていた。
終わった世界で僕はどんな事を考えるのだろう、誰もいない世界で僕はどんな事をするのだろう……。 そんな空想に浸りながら。
もちろん今現在の地球の状況ではゆっくりと衰退しつつあるものの僕が衰弱死するまではその形は崩れる事がないだろう。だから僕は終わった世界というものを見届ける事ができない。だけど、空想する自由は与えて欲しい。
ふと遠くからコツコツとリズミカルに響き渡る足音が聞こえた。そしてその足音の主は僕に聞こえるように独り言をつぶやく。
「まーたこんな廃墟でひとり妄想を膨らまして時間を持て余す馬鹿がいる」
「それ嫌味?」
「当たり前でしょう、人出が少ないの知ってるくせに他力本願なんだから」
この終わり行く世界の各地にまだひっそりと名を残す僕らのこの〈街〉は、数年前までは3桁ぐらい人口がいたこの時代で名高い有名な地だった。しかし今や人口の数が減少し2桁にすらやっと届くという状況に陥っていて、とてもこの時代といえど繁栄しているとは言いづらい。
決められていないが先代達がやってきた伝統によるとそのような街にいる住民は各地もっと繁栄している街に移動していってしまうので、その地域は地球の中でも人間の手の届かない無法地帯として記憶の彼方に行き忘れ去られるのだ。
「ほら、さっさと荷物まとめてよ。それとも全部思い出と共に置いていくつもり?」
僕は今先人達が残した伝統に縛られようとしてる。なんだよ、この街を離れるって。思い出と共に全部置いていくって。そんなにこの地に思入れがない薄情な人間なのか。
「私だって本当はいつまでもここにいたいよ。この街の人が好きだった、美味しい林檎のなる木の下が好きな場所だった、この街を流れる風が何より大好きだった」
でも、私達は行くんだよ。
振り向き彼女の顔を見た。その瞳は真剣で、そしてすこし悲しそうでもあった。
「行かなくちゃ前に進めない。この時代自分の思い通りにならないことだって沢山あるよ。それに両親に迷惑かけたくないし…。」
僕は前を向いた。地上5階から眺める衰退しつつある街の風景をもう一度見渡すために。
「なぁ、決めた。」
「進む事を決めたのね、君はこの景色が好きだったんだよね。もう少し見ていく…?」
「いや、いいよ。お別れ言わなくちゃな。」
彼女は微笑んだ。僕は振り返りそっと呟く。
「ーーーーーーーねぇ、僕はここに残るよ。最後までこの場所にいたいんだ。」
だから一緒に行くことはできない、と。
あれから何時間ここにいたのだろう。彼女はもうこの街を去って行ったのだろうか。
この広く何もない終わり行く世界になぜ自分がここに留まろうとしたのかはわからない。
ただ、この場所と共に世界を空想したいと思ってしまったのだ。
隙間風、というかカタカタと割れた窓ガラスを揺らす風が直接あたるため少し肌寒く感じられる。僕は一旦家に帰ることとする。
我が家に着くと物などはすべてそのままであり、何ひとつ変わらない風景があった。あたりまえだ、何を期待していたのだろう。
ドンっと机を叩くと飲みっぱなしにしていた水が波立つ。僕は毛布を取り肩にかけたまま部屋をあとにした。
この街を世界に例えるならば、そう今まさに誰もいない世界ということになる。僕は今ここでようやく初めて、1人は寂しいんだと気がついた。
見上げた空はそんな世界をただ赤く色付けて美しく煌めいている。
「なぁ、見ろよ。ほら、すごい夕焼け」
もう会うことのないであろう誰かに呟いた。でも返事はやはりなく、この景色をこれからも1人で見なくてはいけないのかと空虚な気持ちが僕を包み込んだ。
「やっぱり寂しい?」
あぁ、寂しい。強がってただけで本当は寂しいんだ。
「だと思った、だから帰ってきちゃった。」
僕は振り向いた。そこには暖かな太陽のような微笑み。辺りはもうすでに闇に染まりそうになっていたけれどその微笑みは心を照らした。
「ただいま。」
と、はっきりとした声は辺りに響き渡る。そんなあたりまえの世界が僕には嬉しくて、不覚にも涙を流してしまった。
だけどちゃんと彼女の顔を見て「おかえり」と伝えることができた。
誰ががいてくれれば、いくらでも強くなれる。