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第4章 召喚魔術師と厄災の来訪

<旅人のAが3つの町を訪れた。Aが訪れると町で事件が起きた。3つの事件の原因はAではなく、Aは事件とは無関係である。だが、Aが訪れたことで、町の空気が動き、人の会話の内容が変わり、食物が減った。Aが町を訪れなければ、事件が起こらなかったかもしれない。それでも、Aは無関係だと言えるのだろうか?>


 オレは豪華な宿屋の豪華な寝台で眠りをむさぼっていた。

 眠ってはいたが、外の騒ぎには気がついていた。

 早朝から祭りなのかと思うほど、人々のざわめきやどよめきが耳に届いていたが、オレは起きなかった。

 昨日の夜、豪華な夕飯を山のように食った。そのあと、泉のようなでかい風呂にたっぷり張られた湯船にはいった。

 ふかふかの寝台で気分良く眠っているオレが起きるはずがない。

 タタタッと軽い足跡のあと、「ウィルしゃん!」とムーが飛び込んできても、眠っているふりをした。

 そのあと、「起きているんでしょ」とララの声が頭上からしたとき、オレは横に転がってベッドから落ちた。

 ほぼ同時にララがオレの寝ていた場所に、長針をつきたてていた。

「オレはまだ寝ていたいんだ!」

「大変でしゅ!」

「その台詞は聞き飽きた!」

「そんなこと、言っている場合じゃないのよ!」

 ムーだけでなく、ララも真剣な表情だ。

 オレのささやかな願いはかなわなかったらしく、また、事件が起こったらしい。

「あれを見てくだしゃい!」

 窓の枠の外に広がる青い空。

 その空を分断するように、巨木がそびえ立っている。昨日、オレ達がこの宿から外を見たときにはなかったものだ。

「木、だな」

「木じゃありましぇん」

「木に見えるぞ」

「あれは王宮の地下庫に封印されていたグレマルキンでしゅ」

「グレマルキン?」

「元々は弱っちい使い魔でしゅ。2百年前、医療の魔術師が回復系の使い魔を作ろうとグレンマルキンとトネリコの木と掛け合わせようとして失敗したんでしゅ。その時、部屋で栽培していた薬草や毒薬を取り込んだグレンマルキンは、巨木となって花を咲かせ、胞子をまき散らしたんでしゅ」

 オレはその話に聞き覚えがあった。

「教科書に載っていたデトラの災害に似ているな」

「そうでしゅ、デトラの災害の話でしゅ」

 デトラの災害。

 このラルレッツ王国の南に位置する小国。2百年前までここラルレッツ王国を越すほどの魔法王国だったが、魔法事故で魔術師が死滅。現在は魔法に頼らず農耕を産業としている。

「あれは魔術師が全員死んだんだよな?」

「グレンマルキンは胞子をばらまいていましゅ。魔力に寄生して発芽しましゅ。発芽したら魔術師は木になりましゅ。助かりましぇん」

「魔力に寄生するなら、魔力ゼロのオレは大丈夫だよな」

「はい、でしゅ」

「ならいいか」

 喉元につきつけられる長い針。

「ムーを見殺しにする気?」

「本気で言っているのか」

「違うに決まっているでしょ!あたしが木になりたくないだけよ!」

 学校にいる頃、魔力のあるヤツが羨ましかったが、ムーとララを見ていると無くて良かったという気になってくる。

 デトラの災害の結末は悲惨だった。原因が胞子と知った周囲の国々は、デトラ王国を炎の壁で囲った。木が枯れ、胞子が空気中からなくなるまで、デトラ王国から誰も出ることはできず、誰もはいることはできなかった。

 胞子の死滅が確認され、各国から救護隊が入ったときには、デトラの魔術師を含め魔力のある人々は全員死んでいた。

「なあ、ムー」

「はい、でしゅ」

「助かる方法はあるのか?」

「問題が3つありましゅ」

 ムーはオレを窓辺に引っぱっていった。

「1つ目は時間でしゅ。

 木が実体化した時点で、魔力のある人間は全員感染していましゅ。感染の拡大を防ぐ為にスイシーはすでに結界で覆われていましゅ」

 空を指さす。

 青い空の手前に薄いベールのような膜が見える。

「スイシーの門もすべて閉鎖して人の出入りを止めまましゅたから、外に胞子がもれる心配はないでしゅが、感染してから発病するまで3日間でしゅ。この間にすべてを終わらせられなければ死が待ってましゅ」

 いつものように春の日溜まりのみたいなポヨ~ンとした顔で話を進めるムー。

「2つ目は術をかける場所でしゅ。

 木と胞子を同時に消滅させる魔術はありましゅが、それはこのラルレッツ王国の外からかけるんでしゅ。スイシーの外にいる魔術師に連絡って、かけてもらうしかないんでしゅ」

「連絡は取る方法はあるのか?」

「ありましゅが、3つ目の問題がその魔術師の問題でしゅ」

 ムーはポシェットから、蝋石を取り出した。チラリとみえるのは、深紅のチェリースライム。

 相変わらず、ムーのポシェットに住んでいるらしい。 オレの視線に気づいたのか、ムーがポシェットの中身をのぞき込んだ。

「あ、チェリースライムがいるでしゅ」

「ムー、いままで、気づいていなかったのか?」

「しりましぇんでした。研究したいでしゅが今はこっちが先でしゅ」

 蝋石でムーが壁に書いたのは、知っている名前だった。

 賢者カウフマン→ラダミス島

 賢者ダップ→ハーン砦

「胞子消滅魔法を知っている魔術師でスイシーに3日以内で来ることができるのは、この2人しかいましぇん。でも、こっちはダメでしゅ」

 賢者ダップに横線を引く。

「まだ、腰が悪いのか?」

「違いましゅ。魔力が足りないんでしゅ。

 カウフマンの爺ちゃんも足りましぇんが、ゴールドドラゴンの魔力を借りることができれば、可能でしゅ。でも」

「また、でも、かよ」

「カウフマンの爺ちゃんに連絡を取って、ドラゴンさんを呼んで、魔術を行う。3日では難しいしゅ」

「難しいということは……消滅魔法をかけることはできないのか?」

「そうなりましゅ」

「今まで話していたことは、なんだったんだよ」

 オレがあきれる隣で、ララの手に長針がずらりと並んだ。

「…つまり、あたしは木になるしかないのね」

 ムーに一歩前に進む。

「木に、なるしかないのね?」

 もう一歩、近づく。

 微笑んでいるララの顔が、もの凄く恐い。

「ま、待ってくれだしゅ。ウィルしゃんが頑張れば、木にならなくてしゅみましゅ」

「ウィルが?」

 ララがオレを見た。

「オレ?」

「はいでしゅ。ウィルしゃんは魔力ゼロでしゅ。だから、できる方法があるでしゅ」

 まず、ミニ結界を作り、オレの身体の外についた胞子を焼く。胞子が外に漏れないように、オレを魔法でコーティングした状態で外に出す。オレがムーの指示通りに外で木と胞子の消滅魔法を発動させる。

「これならば、ばっちりでしゅ」

「質問!」

「はい、ウィルしゃん」

「オレをどうやって外に出すんですか?

 外での魔力の発動はどうやるんですか?」

「外に出る方法は、ララしゃんに聞いてくだしゃい。

 魔力の発動は、ボクしゃんが消滅魔法を内包させたマジックストーンを作りましゅから、それでしてくだしゃい」

「ララに?」

 ララを見ると、ララが驚いた顔でムーを見ている。

「ララ、ここから外に出る方法を知っているのか?」

「…知らない……いえ、知っているかもしれない」

 困った顔でオレを見た。

「裏社会が使う見えない通路。特殊魔法で隠されている道があるの。ただ、その道によって胞子が外部に漏れたとなると見えない通路の存在が問題視されるから、すでに閉鎖されていると思うわ」

 閉鎖されているとなると、別の道を探さなければならないが、時間は3日しかない。

「ララしゃん」

「なによ」

「死にたくなければ、頑張ってくだしゃい」

 ララの平手が、ムーの両頬を高速で移動した。

「…痛いでしゅ」

「わかったわよ!かけあってくるから、待っていなさい」

 吐き捨てるように言うと、部屋を飛び出していった。

 あの様子なら、なんとかするかもしれない。

 オレは赤くなった両頬を押さえているムーに向き直った。

「あとはマジックストーンだけだよな。いつできる?」

「魔力さえ集まれば、一時間くらいでしゅ」

「魔力?」

「大量の魔力がいるでしゅ。爺に頼んで魔術師数十人を集めてもらうしゅ」

「魔力…魔力…」

 思い出したのが、魔石ブラディ・ストーン。

 ムーの魔力の結晶のはずだ。

「これの魔力は使えないか?」

 ポケットから1個だして、ムーの前に差し出した。

 ムーは手を伸ばして石を握ると、自分のポケットにしまった。

「ムー」

「はいでしゅ」

「オレ、石を出したよな?」

「はいでしゅ」

「使えるか?」

「使えましゅが、これはボクしゃんが貰っておきましゅ」

 見つめ合って、1秒。

 オレはムーのポケットに手を突っ込んだ。

「こら、出せ」

「いやでしゅ、いやでしゅ」

 抵抗するムーのポケットから石を取り返す。

「返すでしゅ!ウィルしゃんには使えないっしゅ!」

 泣きながらオレに飛びついてきた。

「これはオレの石だろ」

「ちょうだいでしゅ。石欲しいだしゅ」

 腐っても鯛、農民志望でも魔術師。

 ブラッディ・ストーンは欲しいらしい。

 オレは汚いと思いつつ、奥の手を使った。

「ムー、これを見ろ」

 オレの首にかけてある小袋から取り出した石。

 うっすらと緑に輝くダイオプサイド。

「ブラッディ・ストーンはみんなを助ける為に使えるよな?」

「ウィルしゃん、卑怯っしゅ!」

 ダイオプサイドはムーの母親の記憶の一部が入っている。ムーの母親は死ぬ直前まで、人の命を救おうとしていた。その石の前でブラッディ・ストーンを独り占めできないだろうというオレの読みだ。

「さあ、どうする?」

「ひきょう、しゅ」

 声が小さくなり、肩をおとして、しょぼんとなった。

「…わかったしゅ。その石を使って、マジックストーンを作るっしゅ」

 涙を浮かべながら、蝋石で床に図形を書き始めた。

「欲しいっしゅ、欲しいっしゅ、ブラッディ・ストーン。欲しいっしゅ」

 欲望をむき出しにして、図形を書き続けるムーに頭が痛くなった。

 オレのポケットには、あと4つもブラッディ・ストーンがあるのだ。



 マジックストーンの準備は、きっかり1時間で終わった。

 書いた細かな図形の中央にブラッディ・ストーンを置くと、ムーは長い長い呪文を唱えた。ブラッディ・ストーンは霧状の光になって、数秒後、黄色い石になって床に転がった。石を光にかざしてみると、中で文字のようなものがグニグニと動いている。

「消滅魔法を内包させていましゅ」

 マジックストーンを作った図形の中央にムーは手を置いた。短い呪文のようなものを唱えると図形は一瞬で消えた。

「次の陣でウィルしゃんの身体についている胞子を焼きましゅ」

 小さくなった蝋石をムーが握りなおしたところで、部屋の扉が開いた。重々しい足どりで入ってきたのは、ムーの爺さん、ケロヴォス・スウィンデルズ。

「ムー、これからわしと一緒にスウィンデルズの家に行こう」

「はぁ、しゅ???」

「時間がないんじゃ」

 ムーの腕を握ると、部屋から連れ出そうとした。

 とっさにオレが逆の腕を握った。

「おい、待てよ」

「離せ」

 飛んできた火の玉を手で受け、気で散らす。

「爺さん、部屋でファイヤーボールを無茶だろ」

「時間が」

 そこで、ムーが腕を振って、爺さんの手をほどいた。

「魔力不足でしゅか?結界破損でしゅか?」

 爺さん、驚いた顔をしたが、すぐに真顔になった。

「後者だ」

「わかったでしゅ。ボクしゃん、スウィンデルズの家には行きましぇん」

「ムー!」

 顔を紅潮させて怒鳴った爺さん。

 その爺さんを前にムーは、目をつぶって大きく深呼吸をした。

 すぐに目を開いたが、ムーの表情は珍しくキリリと締まっていた。

「ムー・ペトリがケロヴォス・スウィンデルズ殿にお聞きします。結界破損の場所と状況をお教え願いたい」

「ムー、時間がないんじゃ!死ぬ前に一族に会いたくないのか!」

「ケロヴォス・スウィンデルズ殿。結果破損の場所と状況、及び、ラルレッツ王国が今回の事件に対して行う対処事項をお教え願いたい」

 引く気のないムーに、爺さんは早口で答えた。

「結界破損は正門にある。ここ数百年システムを稼働しなかった為、気づかなかったようじゃ。サブシステムで胞子の流出を押さえているが2時間が限界と見ている。先ほど王国は他国への感染を押さえる為、2時間後に城壁内をヘル・ファイヤーで焼き尽くすことを決定したんじゃ」

「2時間後、この町を丸ごと焼いちまうってことか?」

「そう言っているじゃろ!」

「わかりました。教えて頂いてありがとうございました」

 ムーは礼を言うと、焦っている爺さんに背を向け、床に図形を書き始めた。

「ムー!最後は一族と共に…」

「死ぬなんて、ごめんでしゅ」

「ムー、わかってくれ。これだけの胞子が外に漏れたデトラの数倍規模の災害が発生する」

「だから、魔術師はダメなんしゅ」

 蝋石でカリカリと複雑な図形を書き続けている。

「ペトリの爺ちゃま、言いました。人はものすごーーーく小ちゃな存在だから、できることなんて、ちょっとしかない。できないことだらけが、この世界なんでしゅ」

 図形を書き終わったらしいムーは立ち上がると、顔を上げて爺さんと眼を合わせた。

「ケロヴォス・スウィンデルズ殿にお願い致します。王国と交渉してヘル・ファイヤーの発動を、今から2時間20分後の午前10時にしていただきたい」

「ムー、何を」

「正門の結界はその時刻までこのムー・ペトリが責任を持って維持します」

 普通に話すムー。

 おそらく、姓をつけることで、自分はペトリであり、爺さんは王国の権力者スウィンデルズであることを伝えようとしている。

 焦っていた爺さんも、ようやくムーの態度に気づいたらしい。

「時間を20分遅らせることに意味があるのか?」

「あります」

「方法を」

「詳しい説明は時間がないのでできませんが、このウィルを使います」

 目を細めてオレを見る爺さん。

「なるほど。今、このスイシーにいる唯一の魔力ゼロ人間じゃろうな」

 悪かったな、魔力ゼロが魔法都市にいて。

「スウィンデルズ殿、賭けにのりますか?」

 爺さんがニヤリと笑った。

「のるしかなかろう」

 20分の延長を約束して爺さんがでていくと入れ替わりにララが入ってきた。

「そこでスウィンデルズの爺さんに会ったわよ」

「いままでここに居たんだ」

「何かあったの?」

「今日の午前10時にこの町を焼き尽くすそうだ」

「今日の10時…」

「あと2時間ちょっとだな」

 ララの目が据わった。

「急ぐのよ、ウィル。通路までの案内はあたしがするわ」


 ムーに差し出した一枚の紙。

 特殊な魔法関係の言語らしく、オレにはミミズが踊っているようにしか見えない。

「わかったしゅ。これから、ウィルしゃんの胞子を焼いて、コーティングをしましゅ」

 そのまえに、と、部屋の隅に置かれていたホウキを渡された。

「なんだ?」

「ウィルしゃん、通路でると正門前でしゅ。そこから、そのホウキでこの町の外を一周するよう線を引いてくだしゃい」

「このホウキで?」

「ホウキの頭の方で、ズズズッっと書けばいいでしゅ」

「掃く部分はいらないのか?」

「はいしゅ」

 オレはホウキの先端のボキッと折って、掃く部分をゴミ箱に捨てた。棒となった柄に、ムーは先ほどララが貰ってきた紙を結びつけた。

「これでウィルしゃんの書く線は消えなくなったでしゅ」

 王国の周りには幾重も魔法がかかっていて、それを利用したものらしい。ムーがこれから行おうとしていることを察した地下組織がララに持たせてくれたわけだ。

「一周した線の端と端を重ねた部分に、この石を置けば終わりでしゅ」

「置くだけでいいんだな?」

「はいでしゅ」

 線を引いて置くだけなら、なんとかできそうだ。

「次に図の真ん中にはいってくだしゃい」

 蝋石で書かれたムーの図形は怪しげ過ぎて、命の危機が迫ってなければ、絶対に入りたくない代物だ。

「胞子の焼却、マジックメイルの装着、同時にしましゅ。いいでしゅね?」

「わかった」

 ホウキの柄を握りしめて、ムーの呪文の詠唱を待つ。

 詠唱に入る直前、ムーが小さい声で言った。

「ちびっと、熱いでしゅ」

「お、おい!」

 オレが図形から出る前に、光の壁が出現。

「ムー、やめてくれ!」

 光に取り囲まれたオレの足元からは、真っ赤な炎が吹き出した。

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