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第3章 召喚魔術師の厄災

<悲劇と喜劇はよく似ているが、悲劇の方が感動が大きい事が多い、それならば、悲劇で行けばよいものを、この物語は喜劇に向かうことが多い>


「あたしは暗殺者なの。ウィル、わかる?暗殺者よ、暗殺者」

 ララのわめく声を、オレは右耳から左耳に流す。

「護衛も護送もあたしの仕事じゃないの!」

 ムーを真ん中に、右にララ、左にオレ。

 3人で北西に延びるノォダプ街道を、だれ~と歩いていた。

 目的地はラルレッツ王国の北にあるエンドリア王国の飛び地。そこにある小さな塔。

「どうしてこうなるのよ」

 オレはララの悲痛な呻きを聞き流した。

 いま、叫びたいのはオレの方だ。


 ムーが黒ミミズを呼び出したあとは、思い出すのも悲惨な事態をむかえた。

 両手を使えないムーは、黒ミミズを異次元に帰せない。強力な召喚魔術師が数人がかりで儀式を行えば帰せる可能性はあったのだが、多くの召喚魔術師は尻尾に張りついて離れられない。他の召喚魔術師も近寄るとつかまる可能性があるために近寄れない。

 次元のゆがみを自動修復する機能が働いたとかで、召喚3日後、黒ミミズが帰っていった。その間、ムーと尻尾に張りつけられた召喚魔術師達は身動きできず、食事からその他諸々の世話一式、オレやニダウの人々がせざるおえなかった。

 黒ミミズが帰った翌日、オレとムーはエンドリア王国王都保安部に呼び出され、王都を騒がせた罪により、エンドリア王国の北、ラルレッツ王国とシェフォビス共和国の境にある王国の小さな飛び地の塔に幽閉を言い渡された。期間は無期限。いつエンドリア本国に戻れるかわからない。

「だから、護送はあたしの仕事じゃないのよ」

 わめき疲れたのか、ララが力無く言った。

 オレとムー。わずか2ヶ月の間にゴールデンドラゴンの卵を盗み、ホワイト・マンドラゴラを大繁殖させ、聖ストルゥナ教団の事件に関わり、巨大黒ミミズを王都に出現させた。

 トラブルメーカーのオレ達の護送を誰もやりたがらなかった。

 保安部は軍にも依頼したが断られたらしい。

 しかたなく、外部に依頼。やはり、引き受けてくれるところはなく、オレ達と一緒に行動した経験があるということで、ララに押しつけられた。

 ララも断ったが、組織の下っ端の悲しさ。魔法協会が王国と暗殺組織の間に入って、依頼を成立させたらしい。

「ウィル」

 ララが足を止めた。

「ムーの様子が」

 振り向くとムーが立ち止まっていた。前屈みの姿勢で、うつむいている。

「大丈夫か?」

 戻って、ムーの顔をのぞき込んだ。ふっくらとした頬が紅潮している。

 オレはムーを小脇に抱えると、街道脇に流れる川辺に連れて行った。

 落ちないように支えて、両手を川の流れにつけさせた。

 オレが今回の事件の結末で一番腹を立てているのは、エンドリアを離れた遠い地で幽閉されることでもなく、期間が無期限であることでもなく、このムーの件だった。

「どうかしたの?」と、聞いてきたララがムーの手の甲に目を見開いた。

「これ、なによ」

「魔力を封じる刺青」

「魔法協会がやったの?」

「いや、エンドリア王室づきの魔術師。安全装置のない爆弾は放置できないそうだ」

「もう、召喚魔法が使えないの?」

「使えない。それだけじゃなく、魔力そのものを放出できなくなるらしい」

「そんなことをして、ムーは大丈夫なの?」

「ダメだそうだ」

「えっ」

「ムーほど魔力が大きいと体内に溜めきれず、定期的にかなりの量を放出しているらしい。この刺青はそれまでも押さえてしまうため、体内に溜まった魔力が身体に害を及ぼすそうだ」

「ウィル。なんで、刺青の邪魔をしなかったのよ」

「できなかったんだよ!」

 保安部に呼び出されたとき、オレとムーは別々の部屋に入れられた。その間の出来事だ。

「いま、スウィンデルズの爺さんを中心にして、カウフマンの爺さんや養成学校の先生が必死に対処方法を探してくれている。出発の日程が決められてなければ、ニダウでみんなの報告を待ちたかった」

「刺青を消すことはできないの?」

「できなかった。王室づきの魔術師が下手だったんだ。その為に本来含まれない要素が混じってしまい、正規の方法では消えなかったんだ」

「魔力を吸い取るアイテムとか、呪文とかあるじゃない」

「アイテムはいくつか試したが1秒ともたずに壊れた。魔力吸引呪文は、ムーの体内に溜まっている魔力が厖大すぎて、ムーが制御できない今の状況ではスウィンデルズの爺さんでも無理だそうだ」

「そんな、じゃ、ムーは」

「スウィンデルズの爺さんが、必死で探してくれている。きっと、何か方法を見つけてだしてくれるに決まっている」

 ハアハアと苦しそうなムー。

 何とかしてやりたいが、今できることは、熱を持った手を川で冷やすことくらいだ。

「…ウィルしゃん」

「どうした?」

「もし、ボクしゃんが…」

 ララの白い指がムーの右頬をギュッとつねった。

「いたいでしゅ」

「それ以上何か言ったら、左もつねるわよ」

 本気で怒っているララ。

「いま痛み止めを調合してあげるから待ってて」

 少し離れたところで、服の間から薬を取り出して調合し始めた。

 ムーは疲れたのか目を閉じた。

 その時だった。

 ムーのポシェットから、赤いものが飛び出した。ピョンピョンと跳ねると、うつむいているムーの襟首に飛び乗った。

 チェリースライム。

 ムーについてきたらしい。

 襟首にペッタリと貼りついたチェリースライムは、みるみるうちに色を変えた。ピンクから赤にそして濃赤に。

 プルプルと細かい振動をはじめて、ぐにゅうと変形すると、ピョンと高く飛び上がり、ポシェットの中に戻った。

「ウィルしゃん。首…」

「首が痛いのか?」

 オレは平静を装って、首に手を伸ばした。

 そして、そこにあるものを素早くオレのポケットに入れた。

「ちがいましゅ、首から魔力が抜けたような気がしましゅ」

「そ、そうか、よかったな」

 うつむいていたムーが、顔を上げた。

 頬の紅潮は消え、表情も明るくなっている。

「魔力がなくなったしゅ」

「そうか、それは……なくなった?」

「はいっしゅ。溜まっていたの、ゼロでしゅ、ないでしゅ。気分いいでしょ」

 オレは驚愕の表情を隠せなかった。

「ムー、痛み止め」

 いつの間にか来たのか、ララがムーに薬を手渡した。

「ありがとうしゅ」

 素直に飲むムー。

「気分、さっきより良さそうね。よかった」

 素直に喜んでいるララ。

 犬猿の仲の2人だが、ムーの体調不良により一時休戦らしい。

 オレはため息をつきながら、ポケットの中の物を握りしめた。

 追加された憂鬱の種。

 ムーの魔力を吸い取って作られた塊。

 真っ赤な血のような固形物。

 おそらくこれが、賢者の石の材料のひとつ。

 魔石、ブラッディストーン。


 オレ達はノォダプ街道をノロノロと北西に歩いた。

 幽閉の塔についてしまうと、スウィンデルズ爺さんとは会えなくなるかもしれない。爺さんに会えなくなると、ムーの刺青はそのままになってしまう。

 オレ達は爺さんがムーの刺青を消す方法を探す時間を稼ぐ為に、ひたすらゆっくりと塔を目指した。

 チェリースライムは、2,3日に1回、ムーが眠っていて、ララがいない時に、ムーのポシェットから姿を現し、ムーの魔力を石に変えてポシェットに戻っていった。旅に出て12日目、スウィンデルズ爺さんが刺青解除の呪布をもってオレ達を訪ねてきてくれた時には、オレのポケットには大小5個のブラッディストーンが収まっていた。

「この呪布で消えるはずじゃ」

 細かい記号がぎっしりと書かれている古ぼけた布。

「ありがとうしゅ」

 ムーがぺこりと頭を下げた。

 チェリースライムが抜いてくれるようになるまで魔力を体内に溜めていたムーは、ダメージがまだ残っていて体調はよくなかった。

 爺さんに反抗する気力は残ってない。

「両手を図の円の中に入れて」

「こうでしゅね」

 布に乗せたムーの手を、爺さんはそのまま包み込んだ。数秒後、布を広げてみると、甲に刻まれた刺青は綺麗に消えていた。

「きれいっしゅ」

「よかったね」

 ララがムーの頭をグリグリとなぜた。

「はい、しゅ」

 そうとう嬉しいらしく、ムーは涙目で自分の手を何度も見ている。

「ムー」

 爺さんが重々しい声で言った。

「お前が引き起こした事件の重さを少しは理解したか?」

「…はい、しゅ」

「魔術というのは両刃の剣だ。使うのには覚悟がいる」

「はい、しゅ」

「お前は魔術には詳しいが、魔術の使い方というものを理解しておらん」

「はい、しゅ」

「魔術の使い方にはルールがある」

「ぼくしゃん、守りましゅた。デアガは人を傷つけないモンスターでしゅ。いつ、どこで、呼んでもOKでしゅ」

「ムー、それは世界魔法協会のルールじゃ。ルールには2種類あり、協会が定めたルールと明文化されていない暗黙のルールがあるんじゃ」

「暗黙のルールでしゅか?」

「お前は独学で勉強した為に、この暗黙のルールを知らん。だから、このような事態になるんじゃ。お前はこの暗黙のルールというものを習得していかなければならないんじゃ」

 目の前で繰り広げられている情景は、悪さをした孫に教育的指導をしている祖父なのだけれど。

「ちょっと待てよ、爺さん」

「いま、ムーと大事な話をしている。話があるののなら、あとで聞こう」

 片手をあげてオレの話を切り、ムーに向かって話を続けた。

「暗黙のルールは他の魔術師と交流することによって、習得することができるんじゃ。お前はたくさんの魔術師とたくさん話をしなければならないんじゃ」

 オレ達が捕まったのは王都を騒がせた罪だ。魔術師も魔法協会も関係ない。

 一般常識で”やってはならないこと”の部類だ。

「エンドリアのような小国には魔術師が少ないのでしかたがないが、これから向かうお前の故郷ラルレッツ王国は国民の半分近くが魔術師という魔術王国じゃ」

 オレ達が向かっているのはラルレッツ王国、じゃない。ラルレッツ王国の西のシェフォビス共和国の境にあるエンドリア王国の小さな所領に立つ塔だ。

「多くの魔術師と語らい、学びあい、お互いを高めることができる。そのことにより、お前は魔術師として」

「待った!」

 オレの大声に、さすがに話を止めた。

 不愉快そうに眉をひそめている。

「爺さん、ムーを助けてくれたことは礼を言う。でも、オレ達が向かうのは罪を償う為のエンドリアの塔だ。ラルレッツ王国じゃない」

 爺さんは、オレを見て、ふふふっと笑った。

 小馬鹿にした笑いをしているつもりだろうが、見ている者が脱力するような間の抜けた笑いはムーそっくりだ。

「これを見るんじゃ」

 つきだしたのは、さっきの呪布。

 一回限りのスクロールだったらしく、書かれていた文字が消えている。

「これがどうかしたのか?」

 爺さん、呪布を見て、慌てて別の布を取り出した。

 間違えたらしい。

 それでも、コホンと咳払いをしたあと、別の布を広げてオレの前に垂らした。

「これを見るんじゃ」

 羊皮紙に書かれていた長い長い文章を要約すると、

”ラルレッツ王国に3ヶ月間の滞在を許可する。エンドリア国王”だった。

「ムーは私と共にラルレッツ王国に向かうんじゃ」

 勝ち誇ったように言った爺さんに、オレは聞いた。

「なあ、爺さん。ムーはラルレッツ王国に行くんだよな」

「そうじゃ」

「そうすると」

 オレは一呼吸置いた。

「先にオレがひとりで塔に行くということで間違っていないな?」

 たかが3ヶ月、されど3ヶ月。

 ムーと離れることができる。

 怪しげな異次元モンスターや幼児言語と関係ない生活ができる。

「言っている意味がよくわからんのじゃが」

「行き先が、ムーはラルレッツ王国。オレは幽閉の塔。 ここでお別れだよな?」

 爺さんは、うんうん、と頷いて言った。

「ムーはラルレッツ王国。ウィル・バーカーもラルレッツ王国、そなたのことも国王に頼んでおいたから、安心してラルレッツ王国を楽しむがよい」

 かかかっと笑った爺さん。

 ムーと一緒。

 オレは膝から力が抜けていくのを感じていた。


 ムーの爺さん、ケロヴォス・スウィンデルズは体調の悪いムーを気遣って、召喚魔術でブルードラゴンを呼び出してくれた。

 爺さんとムーとオレとララ、4人を乗せるとブルードラゴンは大空に羽ばたいた。

「すぐ、ラルレッツ王国につくからの」

 ケロヴォス爺さんは先頭に座ってドラゴンに行き先を指示していた。

 爺さんの次にララ、ムー、オレの順番で座っていた。 上空にあがって空気が冷えてきたので、預かっていたマントをムーに掛けてやった。

「ありがとでしゅ」

 ムーの顔色はずいぶん良くなっていた。

 気分も悪くなさそうで、オレは前から気になっていたことを聞いた。

「なあ、ムー」

「はいでしゅ」

「召喚魔法以外は使えないと言っていたのな?」

「はいでしゅ」

「でもよ、チェリースライムの封印を解いたり、香炉の灰に呪文を唱えて虫にしてたりしたよな。あれって、魔法だろ?」

「違いましゅ。魔法じゃありましぇん」

「魔法じゃないのか?」

「チェリースライムは封印に解呪を魔力で流し込んでいるだけでしゅ。香炉の灰は元々魔法がかかっていたものを魔力で発動させただけでしゅ。どちらも魔力を使用しただけで、魔法じゃありましぇん」

「魔力で、魔法じゃない…」

「魔法というのは魔力を意図的に変質させたものでしゅ。元々もっている魔力の性質で炎系が得意とか、呪術系が得意だとかになるわけでしゅ」

「すると、お前は魔力の変質が召喚系しかできない、でいいのか?」

「違いましゅ。魔力は力でしゅから、どの魔法も可能でしゅ。魔術師がもっている魔力の性質で、発動する魔力が大きくなったり、小さくなったりするわけでしゅ。ある魔術師は1の魔力で炎の壁ができるのに、同じ1の魔力でも氷が1個ということになるわけでしゅ。もちろん、炎と氷の両方の魔術を習得しているということが前提でしゅ」

「つまり、ムーは、魔術は習得している、魔力もある、原因はわからないが、召喚魔法以外は使えない、で、いいのか?」

「はい、でしゅ。もちろん、魔力のみで発動するもの、たとば、魔法ではない魔法陣、マジックアイテムを介在させての魔法とかは、可能でしゅ」

「そういえば、石を使ってできたよな」

 教団事件の時、ムーの母親の記憶が残っているダイオプサイドで白魔法を使った。

 ムーがこくりと頷いた。

 寂しそうな表情をしたムーの頭を、オレはコンとこづいた。

「安心しろ。持ってきている」

 オレの言葉に、ムーの顔がパッと明るくなった。

 ダイオプサイドは魔力を持つ者に依存性ができる。魔力が大きいムーはもてない。しかたなく、魔力ゼロのオレが預かっている。

「ほれ、あれがラルレッツ王国の王都スイシーじゃ」

 爺さんが指の先にあったのは、白亜の都市。

 一辺が数キロにわたるだろう正六角形。そびえる高い城壁に囲まれた純白の都市。

 中心には巨大な尖塔がそびえ、塔を取り囲むように王城や教会らしい建築物が建ち並び、さらにその周りを研究施設や学校らしき建物が取り囲む。

 城壁も屋根も壁も道も、道を歩く人々の衣装も白、白一色で彩られた魔法都市。

「綺麗!」

 感嘆の声を上げるララを見ながら、オレの思うことはただ1つ。

 この国では何もおこりませんように。

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