第2章 召喚魔術師も厄災も多すぎる
<旅に出ることになる原因の話 第2部の初めの方に数行書かれているが、読み飛ばすとぎりぎり物語が通じなくなる、かもしれない>
ムーが封印を解いて一週間。
チェリースライムがでたという噂はあっという間に広がったらしく、大量の魔術師がこの町に押し寄せてきた。
右を向いても魔術師。
左を向いても魔術師。
世界中の魔術師ほとんどが、このニダウの町にいるんじゃないかと思えるほどの魔術師だらけだ。
「あいつらも大変だな」
ムーを引き渡せとやってきた戦士達は、いまも、この店の少し先の路地でオレ達を見張っている。
自分たちを襲った魔物が人畜無害とわかったらしく、すぐに戻ってきてムーを引き渡せとオレにせまったのだが、その最中に数人の魔術師が店に飛び込んできたことで引き上げざる得なくなった。それからもチェリースライムが出た店ということで魔術師がひっきりなしに店を訪ねてくる。
「いい気味しゅ」
ムーはいつもと同じにオレの足元で非売品の高価な魔術書を読みふけっている。
店内には客が3人。全員、魔術師。
並んでいる品物を物色していた客のひとりが、カウンターにやってきた。
真っ白い髪とヒゲ。
枯れ木のように細い指や腕からすると、研究専門の魔術師に見える。
「この縄でチェリースライムを捕まえることができると思うかね」
金貨2枚の魔法のロープ。
「柔らかいので命じるだけだと難しいかと思いますが、使い方次第では可能かもしれません」
無理だと思うが、そこは商売。
当たり障りのない答えをする。
それに魔術師が本当に欲しいのは魔法のロープじゃないこともわかっている。
「では、これをもらおう。それと、例のものもくれるのだろうね」
「これになります」
差し出したのは一枚の紙。
あのとき、ムーが唱えた封印解除の呪文。
この店でアイテムを買ってくれた人に、プレゼントしている。
「君が聞いたとおりだろうね」
「聞いたとおりに書いたつもりでしたが、突然のことでしたので多少は聞き違いがあるかもしれません」
「ふむ、これを見た限りでは、やはり、パンテス殿の封印のようだな。封印で石化して捕獲した後、賢者の石を作らせたのだろうか」
紙を受け取った客は、ぶつぶつと言いながら店を出て行った。
それを聞いた別の客達が「やはり、本物のチェリースライムなのか」とざわめいている。
パンテス。
歴史上、賢者の石の精製に唯一成功した魔術師。
賢者の石は死者の蘇生や不老不死も可能な回復系最強アイテムだが、パンテスが作った石も現存しているのは2個。それも軽い病気の治療が限界の不完全な石らしい。
ムーの説明によると、パンテスは精製方法を書き残したらしい。だが、材料の1つ、深紅の魔石、ブラッディストーンを作るのに必要とされているチェリースライムは突然変異でしか生まれないレアな存在らしく、大抵の魔術師はここでつまずいてしまうらしい。
待ち望んでいたチェリースライム出現に、大勢の魔術師がこの町にやってきたが、捕まえに来た魔術師達は別の問題に突き当たっている。
《チェリースライムをどうやって捕まえるか》
剣も魔法も効かない。
マジックアイテムも触れた途端に効力を失う。
町中をピョンピョンと跳ね回っているから、目にすることはたやすいが捕まえる方法は見つからない。
手がかりを求める客のおかげで、店は大繁盛だ。
「石化していたそうだが、封印はどうやって解いたのだ?どんな封印だった?」
「申し訳ありませんが、それにはお答えできません」
そう言って、店に貼ってある紙を指す。
『お買いあげの方には、もれなく封印解除の呪文をさしあげます』
客達にはこれですむが、チェリースライムが出現した日、オレの店主のガガさんにどうやって封印を解除したのか厳しい顔で詰め寄られた。
その時のオレの説明。
オレが店番をしていると、客の魔導師が石版を片手に呪文を唱えた。すると、石版はチェリースライムになった。スライムをそのままに男は立ち去った。男はマントを目深に被っていたので人相はわからない。
ガガさんはオレの話を聞き終わると、こう言った。
「で、ムー・ペトリはどこにいるんだね?」
「すみません。ここにいます」
足元にいたムーの襟首を捕まえてつきだした。
「ペトリ殿、急いで旅立ってください。新学期に間に合わなくなります」
焦って言うガガさんに、ムーは落ちついた口調で答えた。
「ガガ殿、私はチェリースライムの封印解除の呪文だけでなく封印する呪文を知っております」
取引成立。
ムーはこの店に住む権利を手に入れ、ガガさんは封印解除の呪文と封印の呪文を手に入れた。
現在、店内の客は2人。
封印解除の呪文目当てに店内の物を物色している。安いものは売れてしまって、残っているのは意味不明の高額商品がほとんどだ。
静かに扉が開き、数人の客がはいってきた。
先頭にいるのは、旅行用の長いマントの下に白と水色のローブを着た老人。右手には乳白色の宝石をはめ込んだ杖。貴石をふんだんに使った豪華な胸飾りが高位の魔術師であることを示している。
「はじめまして、ウィル・バーカーだね」
変わり者が多いと言われている魔術師にしては、常識的な挨拶だった。
「私はムーの祖父のケロヴォス・スウィンデルズ。遠きラルレッツの地より孫を迎えにきた」
大仰な仕草で両手をあげると、オレの方にさしのべる。
「さあ、孫を引き渡して欲しい」
もちろん、オレの叶う相手じゃない。
それなのに、なぜムーを引き渡さなかったのか、オレにもよくわからない。
「すみませんが、お帰りください」
言い終わると同時に、身体が天井に叩きつけられた。
すぐに落下がはじまり、カウンターに叩きつけられる。受け身を取ったが、衝撃で一瞬息が詰まる。
「ウィルしゃん!」
「出るな!」
オレの制止を聞かず、ムーがカウンターに飛び乗った。
「やはり、ここにいたのだな」
余裕の笑みでオレ達を見るケロヴォス。
ムーはキッとにらむと、側にあった香炉を投げつけた。
白い灰が舞い上がる。
「穢れた息、二十四の羽、黒き渦巻き
方向は右にて、地を踏む」
舞い上がった灰が、無数の小さな羽虫となり、ケロヴォス達に襲いかかった。
オレはムーを脇に抱えると、店から飛び出した。
次の瞬間、店は真っ赤に染まった。
オレはムーを抱えたまま、大通りを目指して走った。人目が多くなれば、攻撃されにくいだろうという思ったからだ。
オレの考えが甘かったのは、すぐにわかった。大通りにでる道に、ケロヴォスが浮かんでいたからだ。
ふわふわと浮かんでいるケロヴォス。
その時、オレが抱えていたムーが叫んだ。
「我はムー、我が声にこたえよ、レンタゥラ!!」
「わっ、やめるんだ、ムー!」
ムーの召喚成功率、10%。
失敗したときの恐ろしさを、オレは知っている。
「我はムー、我が声にこたえよ」
ドォーンと音がした。
オレ達の後で。
振り向いたオレは、念のためにムーに聞いた。
「呼んだのは、あれか?」
「ちがいましゅ」
「そうだよな」
直径2メートル厚みは10センチほどの丸い板、
木製の薄い円盤が宙に浮かんでいた。
前方にはケロヴォスが浮かんでいて、突破できない。道を戻っても、おそらく先回りされる。
オレはムーを抱えたまま、そっと足を乗せた。
思ったより硬く大丈夫そうだ。
「だ、だめっしゅ!」
オレが乗ったことに、気がついたムーが慌てた。
「降りるでしゅ!」
間に合わなかった。
円盤は浮き上がって、ケロヴォスに突進をかけた。
「わっ!」
オレは振り落とされないよう、空いた片手で円盤の端をつかまった。
ケロヴォスは高速飛行で逃げているが円盤の方がわずかに早い。ジリジリと差を詰めていく。
「どういうことなんだ、ムー」
「エップは魔力が好物でしゅ。爺、魔力大きいでしゅ、追いかけてチューするでしゅ」
「エップ、っていうのはこの円盤の名前か?」
「そうでしゅ」
「魔力が好物なら、どうしてお前を吸わないんだ?」
しがみついているオレとムーは、身体が円盤に密着している。
「エヘン」と、咳払いしたあと、
「ボクしゃんの魔力多すぎてエップ吸えましぇん」
「なに言っているんだ?」
「蓋のついた10リットルの器に100リットル流し込んだら、どうなりましゅ?」
「壊れるだろうな」
「そうでしゅ。ちょっと吸うつもりでも、ドバッでバタンでしゅ」
「ちょっと待てよ。爺さんも魔力は多いんだろ?」
「爺、ボクしゃんの10分の1くらいでしゅ」
「そうか、10分の1ならしょうがないよな……って、おい、ムー」
「はい、しゅ」
「爺さんの10倍あるってことか?」
「はい、しゅ」
賢者の10倍。
いったい、どのくらいの魔力量なんだ?
オレ達がのんびり話している間にも、エップは爺さんとの距離を縮めていた。
「大丈夫か、追いつかれたら爺さん、魔力吸われるんだろ?」
「一時的に気を失う程度でしゅ。すぐに元気でしゅ」
あと1メートルに近づいたとき、爺さんの声が響いた。
「我はケロヴォス、我が声にこたえよ」
召喚魔法だと思ったときには、爺さんの前の空気の壁が割れていた。割れ目から現れたのはブルードラゴン。爺さんは素早く飛び乗った。
「召喚魔法とはこのようにして使うのだよ」
形勢逆転。
ばさばさと羽ばくドラゴンは羽の長さだけでも4,5メートルはある。
「我はムー、我が声にこたえよ」
「はぁ?」
オレは思わず、アホっぽい声を出してしまった。
まさか、ムーが召喚呪文を2連続で唱えているとは思わなかった。
おそらく、異次元召喚。
何が来るのわからない。
オレは円盤の端をグッと握りしめた。
ケロヴォスの爺さんもドラゴンの首に手を掛けて、身構えている。
そのまま、約一分。
何もおこらない。
イヤな予感で背中が冷や汗をつたう。
空気の壁がゆっくりと割れはじめた。
「来るぞ」
ケロヴォスの爺さんの声を合図にしたかのように割れ目は一気に広がった。
「あぁっ?!」
20メートルほどの裂け目。
そこから、黒い触手のようなものが伸びてきた。それに続いて本体と思わしきものが現れた。
「今度のはデカイな」
「はい、でしゅ」
予想通り、地上に存在している生物じゃなかった。
一般的に知られている生物で似ているものを例にとって説明するならば、
紐のような細い手足をつけた漆黒の巨大ミミズが直立歩行している。
身長20メートル超、王城よりかなり高い
「デアガを召喚したのか」
爺さんの声が震えている。
「はい、でしゅ。成功でしゅ」
にんまりと勝ち誇った笑顔のムー。
「急げ!」
爺さんは青い顔でブルードラゴンを急かせると、町の外に方向を変えた。ドラゴンの青が急速に遠ざかっていく。
「デアガ、ここにくるだしゅ」
召喚成功モンスターである巨大ミミズは、ムーの命に従い、オレ達の前に頭を垂れた。
オレが頭だと思うものだが。
「いい子でしゅ」
ムーがオレの腕から抜け出して、ピョンと乗った。
「ウィルしゃん。こっちのほうが安全でしゅ」
召喚失敗の木製円盤。
召喚成功の巨大黒ミミズ。
オレはためらうことなく、ミミズの頭に飛び乗った。召喚失敗のモンスターは制御不能だ。いまは大人しいがどうなるはわからない。
弾力性のある黒い皮膚は表面がゲル状のものに覆われていた。だが、滑りやすいわけではないようだ。頭を両手で押さえると、足場は固定した。
オレがミミズに乗り移ると円盤はどこかに飛んでいった。魔力多すぎのムーと、魔力ゼロのオレの側にいても食事はできないのだから当たり前だ。
「デアガ、行くっしゅ」
ゆっくりと頭を起こした。
直立歩行に入るデアガ。
細い足で器用に家や人を避けて歩いている。
どうやら、ケロヴォスの爺さんのあとを追っているようで、町の外に向かっているようだ。
「この高さから見ると、町がよく見えるよな」
王城を中心に放射状に道が広がっている。色とりどりの屋根が道に沿って並んでいる。家々は小規模な店舗や住居が多く、王都というより町といったほうがしっくりくる。
「ムー、このモンスター、人には危害加えないだろうな」
「大丈夫っしゅ。大人しくて、いい子しゅ」
人々がデアガから遠ざかろうと、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
戦うつもりだったのか、集まった魔法使いや戦士は遠巻きにして見ている。オレとムーが乗っていることに気がついているらしく攻撃はしてこない。
「ほら、見てくだしゃい」
町の外、街道から離れた場所の丘の上空にケロヴォスの爺さんがブルードラゴンの上からこっちを見ている。
「オレ達を待っているのか?」
「チャンスでしゅ。爺と取り引きするでしゅ」
黒ミミズにしがみつきながら、ムーが真剣な顔で言った。
その間もデアガは大股で、町中を移動している。害を及ぼさないモンスターだとわかったのか、騒ぎはかなり収束してきている。
このまま、爺さんのところまで行けるかと思ったオレ達は、前に飛び出してきたブルードラゴンに遮られた。
「そこの者、モンスターを制止させよ」
ドラゴンの背に乗っているのは、鈍色の鎧を着た竜騎士。
「デアガ、止まれ」
ムーの声に黒ミミズは足を止めた。
「私の名はレナルズ・ガードナー。エンドリア飛竜隊副隊長を勤める者だ」
ドラゴンにつけられた緋色の搭乗鞍にエンドリア国の紋章の刻まれている。
「モンスターを直ちに町中より退去させよ」
そのつもりで歩かせていたのを、とめたのはお前だろ!と思ったが、もちろん、口には出さない。
王家直属の兵に喧嘩を売っても、損するだけだ。
「わかりました。このまま、町の外に連れ出します」
神妙に答えるムー。
「町の外に出るまで、私も同行する」
そう言うと、オレ達の横の方に移動した。
ムーが黒ミミズに命をくだして歩き出すと、同じ速度で竜騎士はついてくる
オレは竜騎士に聞こえないように小声でムーに聞いた。
「取引って、何するんだ?」
「ペトリの家の子になることでしゅ」
「でもよ、お前がペトリの家に養子にいったら、スウィンデルズの家を継ぐ人間がいなくなるんじゃないのか?」
「いっぱい、いっぱいいましゅ」
賢者ケロヴォス・スウィンデルズには子供が5人いるらしい。ムーの父親は3番目。最も魔術師の才能に恵まれたムーの父親が跡を継ぐはずだったが10年前の事件で生死不明となり、この間の聖ストルゥナ教団の事件で死亡が確認された。他の4人の子供達も結婚しており、ムーをのぞいた9人の孫はコーディア魔力研究所で学んでいるらしい。
2歳で両親が行方不明となったムーは、爺さんの知り合いのペトリ家に預けられ、ムー・ペトリとして育てられた。ムー自身、学校を卒業するまで、自分がスウィンデルズ家の人間であることを知らなかったそうだ。
「いきなり、ペトリの子じゃない、スウィンデルズの子だ、ひどいっしゅ」
頬をぷぅーーと膨らませて、不満をあらわにする。
爺さんが取り戻そうとするくらいだから、ものすごく魔術の才能があるのだろうが、
「ボクしゃんの心、傷つけた罰っしゅ、爺に復讐するっしゅ」
へへへっと笑うムー。
どう考えても、王室づきの魔術師は無理だろう。
話しているオレ達と平行して飛んでいた竜騎士が、オレに目で何か合図している。
「ん?」
竜騎士の目の先をたどると、黒ミミズの足元の方を見ている。何かあるのだろうと目をこらしたオレは、奇妙なものを見つけた。
「…ムー」
「なんでしゅか?」
「あれを見てくれ」
オレが指したのは、ミミズの尻尾のあたり。
「人がいるみたいだぞ」
地面にギリギリつくかつかないか位置にあるミミズの尻尾に十数人の魔術師が張りついている。
「いましゅね」
「このミミズ、何か魔法の材料になるのか?」
「なりましぇん」
「だったら、なんで、あいつらはミミズに張りついているんだ?」
「それはでしゅね、召喚魔術師だからでしゅ」
召喚魔術師。最も数が少ないとされる魔術師がこれだけいるのは、チェリースライム騒動でニダウに集まっていたからなのだろう。
「このデアガは召喚魔術の魔力を引きつけましゅ!」
オレはムーを見た。
続いて、下で尻尾に張りついた召喚魔術師達を見た
黒ミミズが磁石で、くっついた召喚魔術師が鉄釘、という法則だとすると、
「まさか、ケロヴォスの爺さんをこのミミズで」
「はいっしゅ。ぼくしゃんの言うことをきいてくれないなら、尻尾で捕まえて、ブウンブウンしましゅ」
けけけっと笑うムー。
爺さんが血相を変えて逃げたわけがわかった。
同時にオレはとんでもないことにも気がついた。
「ムー」
「はいでしゅ」
「ミミズの魔力を引きつける力は尻尾にだけあるのか?」
「身体全体でしゅ」
ミミズにしっかりとつかまっているムー。
「その手、離れるのか?」
「離れましぇんけど、デアガは召喚成功モンスターでしゅから、帰ってもらうときに次元の切り離しをすれば、自然に離れましゅ」
今日、何度目かわからないため息をオレはついた。
「なあ、ムー」
「はいでしゅ」
「帰ってもらう呪文を唱える時、両手で印を結ぶばなかったか?」
次の瞬間、ムーは爺さんより青ざめた。