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第1章 厄災は召喚魔術師と共に

<旅に出ることになるきっかけまでの長~い前置き 読み飛ばしても、ぎりぎり物語は通じる>


 人生、意志と努力ではどうにもならないこともある。

 オレ、ウィル・バーカーは古魔法道具店のカウンターで石版を磨きながら、海よりも深いため息をついた。

 武道家を目指していたオレは、エンドリア王立兵士養成学校を卒業。商隊の護衛の仕事に就いたところまでは順調だった。

 道から外れたのは、聖ストルゥナ教団の事件に関わり合ったからだ。聖ストルゥナ教団の事件は内容の重大さから一般社会には教団の閉鎖のみが伝えられた。

 現場にいたオレとララとムーには、この事件の処理をしたルブクス魔術協会の監視下にはいることになった。

 ララ・ファーンズワースは暗殺組織に属しており、組織間の上層部の取り交わしで、ララが情報を漏らさないことを条件に魔術師協会の監視下から外された。

 ムー・ペトリは元々魔術師協会に属しており、ルブクス協会賞を受賞しているほどの魔術師。監視をつける必要はないと判断された。

 で、オレ。

 組織にも属さず、魔術師でもない。

 当然のように監視下に置かれることになった。

 オレの監視者はエンドリアの首都ニダウにある古魔法道具店”桃海亭”の店主でルブクス魔術協会エンドリア支部副会長のガガ。

 オレは”桃海亭”で働き、問題ないと判断されたら監視対象から外して貰える約束になった。

「戦いの勘がなくなりそうだ」

 毎日、毎日、店番をしながら、骨董品磨き。

 休憩時間や朝夕に訓練はしているが、訓練は訓練。実戦と違う。

 ガチャとノブが回り、初老の魔術師が古い扉からはいってきた。濃紺の長いローブをまとっている。

「いらっしゃいませ」

 声を掛けると、オレの方をじろりと見て、

「精霊魔法に関するアイテムは置いてないか」と、投げやりに聞いてきた。

 いかにもお前のような小僧に精霊魔法がわかるかといった口調だった。

「精霊魔法に関するアイテムですね。少々お待ちください」

 はっきり言おう。

 オレは武道家で、精霊魔法どころか白魔法と黒魔法の区別すらつかない。マジックアイテムの知識は皆無にちかい。

だが、オレには、いや、今のオレはこのくらいの注文なら楽勝に答えられる裏技があった。

 ニコニコと笑顔で時間を稼ぐオレの手に、ポンとメモが渡される。それにお客に見えないよう、素早く目を走らせた。

「お客様の右の棚にある小さな緑の壺。アジュの樹の精霊との契約壺で金貨8枚です」

「ア、アジュだと!」

 客はゆでだこのように顔を赤く染めた。

 壺を手に取ると、念入りに調べている。

「本当だ!アジュだ!」

 驚喜したあと、金貨8枚を置いて出て行った。

「そんなにいいのか、アジュとかいう樹」

「魔法薬の媒体に使う樹でしゅ」と、オレの足元から返事がした。

 柔らかそうな白い癖ッ毛。大きな瞳。12歳とは思えない小柄な身体。

 召喚魔術師ムー・ペトリが床に座って分厚い魔術書を読んでいた。

「使いこなせれば便利なんでしゅが、アジュの精霊は気難しいので有名でしゅ。契約できるのは10件に1件もありましぇん」

 さすがに100年に1人と言われる逸材。

 召喚魔術師としてはできそこないだが、知識だけは凄い。

「また客が来たら頼むな」

「はい、でしゅ」

 ムーに助けて貰って、知識のないオレが店番をこなしているわけだが、こうなった原因は実はムーにある。

 バンと大きな音を立てて扉が開いた。

 飛び込んできたのは、この店の店主ガガ。

 太った身体で転がるように俺の前に来る。

「ムー・ペトリは来なかったか?」

「来ませんでした」

「やはり、ここには来ないか。他を当たるしかないな。ウィル、今日もすまないがひとりで店番を頼む」

 せわしなく飛び出していく丸い身体。

 オレは小走りに去っていく背中に「来ませんでした」は嘘じゃありません。あなたが探している人物はここに住み着いているんです、と、心の中で言い訳した。

「なあ、ムー」

「なんでしゅか?」

 ムーは店主が留守なのをいいことに、貴重なマジックアイテムを調べ放題。いま読んでいる本も非売品の魔導書だ。

「ガガさんだけには、ここにいることを言わないか?」

「いやでしゅ」

 2週間ほど前、オレが訪ねて住み込みで働くこの店にやってきた。

 旅の途中なのだが、ここに泊まらせて欲しいと。

 夜、店主は自宅に帰り、店にはオレ1人になることもあり、数日ならと言うことで了解した。

 翌日、ルブクス魔術協会エンドリア支部からここの店主ガガに、失踪したムー・ペトリの捜索への協力を要請された。この町、ニダウに入ったという目撃情報を元に、毎日魔術師が立ち寄りそうなところを探している。

「でもよ」

「ぼくしゃん、失踪でも家出でもありましぇん。ただの旅行しゅ」

 ペトリの両親にもしばらく世界を旅するということで許可を得て家を出てきたらしい。

 それにも関わらずルブクス魔導協会あげて探される羽目になったのは、

「コーディア魔力研究所の講師になるはずだったんだろ?」

 まもなく、新学期。

 それまでに、ムーを見つけ出したいのだろう。

「ふん、でしゅ。スウィンデルズの爺が勝手に決めたでしゅ」

 コーディア魔力研究所は、世界最高峰の魔法学校で世界屈指の魔術の研究機関。そこの講師をエンドリアのような魔法弱小国の養成学校から輩出できたとなると栄誉となる。エンドリア支部としては新学期までにムーを探しだし、講師に引き受けてもらわなければならないのだ。

「スウィンデルズ爺さんだって、ムーの将来を考えているからだろ」

 ムー・ペトリと名乗っているが、本当の名前ムー・スウィンデルズ。

 魔法王国ラルレッツの賢者ケロヴォス・スウィンデルズの孫だ。

 爺さんとしてはコーディア魔力研究所の講師を数年務めさせたあと、ムーの死んだ父親がしていた王室づきの魔術師にするつもりらしい。

「ふん、でしゅ。ぼくしゃん、ペトリの家を継ぐんでしゅ」

 ペトリの家は農家だ。魔術師のムーに継げるとは思えない。

 オレは「はぁ」とため息をついて、石版磨きに戻った。

 深紅の石版の表面には、硬い物で引っかいたような筋が無数に走っている。遺跡からの発掘物で金貨12枚という高額商品だ。

「キズがなければ綺麗なのにな」

 濃い赤に微かなピンクが混じった色は、触ってみなければ石とは思えない暖かみのある色だった。

「キズじゃありましぇん。封印でしゅ」

「封印?」

「それ、魔物でしゅ」

「魔物…」

「そうしゅ、恐い恐い魔物でしゅ」

「わぁっ!!」

 思わず放り投げた。

 宙を飛ぶ石版に、ムーがにまりと笑った。

「金貨12枚でしゅ」

「ぎゃあーーー!」

 必死で飛びついて受け止めた。

「おしいっしゅ」

 オレは息を整えて石版を棚に置くと、ムーに向き直った。

 拳を落とすと、パコンと軽い音がした。

「痛いっしゅ!」

 頭を押さえたムーが涙目でオレを見た。

「脅かすな!」

「本当のことっしゅ。魔物でしゅ!」

 ムーが反論したところで、扉が音を立てて開いた。

 慌ててムーがオレの足元にうずくまり、オレは反射的に入ってきた男達に愛想笑いを受かべた。

「いらっしゃいませ」

「ムー・ペトリはどこにいる」

 言葉と同時に突きつけられた抜き身の剣。

 飾りっ気のない短い上着にシャツとズボン。一見したところ町に住む商人といった風体だが、服の下で盛り上がっている筋肉と腰に下げた厚みのある剣が、男達が戦士であることを教えている。

「あのお客様、何か勘違いされているのでは…」

「ここにいるのはわかっている。さっさと居場所を教えて貰おうか」

 狭い店内の空間に入り込んだ5人の戦士が剣を片手にオレを見ていた。

 武道家の卵のオレが戦って勝てる相手ではない。

 オレはいかにも心外だという表情を作った。

「ムー・ペトリとは知り合いですが、ここには来ていません」

「嘘をつくな」

 断言したあと、男は薄く笑った。

「物干し台に、子供サイズの水色の上着とズボンが干してあったぞ」

 オレは足先でムーを蹴飛ばした。

 水色の衣装は召喚魔術師の証だ。ここに召喚魔術師が住んでいるとばらしているようなものだ。

「どこにいるのだ、ムー・ペトリは」

 どう答えようかと迷っているオレの手に、ポンと何かが渡された。見ると先ほどまで磨いていた深紅の石版だった。

 思考時間0秒。

 男達に投げつけて、しゃがみこんだ。

 響き渡るムーの声。

「深淵の眠りに沈みしものに告げる

 嘆きの扉は開いた

 流れに沿いて踊れ

 光の波浪に向かえ」

 詠唱が終わると同時に、男達の絶叫。

 断続的に響く悲鳴に混じって「なんだ、これは!」「どうしろというのだ!」などの意味不明な叫びが混じる。

 カウンターから顔をのぞかせれば状況がわかるのだろうが、オレは見ようとは思わなかった。

 オレにだって学習能力はある。

「とにかく、一時撤退だ!」

 ドアが開く音がして、ドタドタと足音が続いた。数分待ったが誰かが残っているような気配はない。

 オレは恐る恐るカウンターから顔をのぞかせた。

「ムー」

「はい、でしゅ」

「あれ、なんだ?」

 床に散っているのは、濃いピンク色のゼリー状の物体。

 プルプルと揺れながら、1つ、また1つと合体している。

「俗称、チェリースライム。正式名称、フレックス・レッドベリル。魔物でしゅ。物理的な攻撃も魔法攻撃も効きましゃんが、人に危害はくわえましぇんから安心してくだしゃい」

 寄せ集まったゼリーはトマトほどの大きさになった。半透明のピンクゼリーがプルンプルンと揺れる姿はなかなか可愛い。

「魔物にも色々いるんだな」と、オレが言い終わる前に扉が開いた。

 転がるように飛び込んできたのは、店主のガガさん。

「怪しい男達がここに入ったと……」

 そこで、言葉をとめた。

 ジッと見ているのは、チェリースライム。

「あ、それは…」

「ちぇ、チェリースライムーーーーー!!!!」

 絶叫するとチェリースライムに飛びかかった。チェリースライムはピョンと跳び上がると、開いた扉から外に飛び出した。

「ちぇ、ちょえ、あぁーーー!!!!!」

 意味不明な叫び声をあげながら、ガガさんが追いかけていく。

 扉がバンと閉まったあと、数秒ののちオレは口を開いた。

「なんだったんだ?」

 答えは足元から返ってきた。

「チェリースライムを捕まえるつもりでしゅ」

「高く売れるのか?」

「マジックアイテムの貴重な材料しゅから」

「何ができるんだ」

 何気なく聞いたオレ。

 見あげたムーが、ニマッと笑った。

「賢者の石っしゅ」

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