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一 あれ

「私は今震えていますが寒い訳ではありません。武者震いでもありません。かといって貧乏ゆすりでも怖い訳でもありませんよ。バイブレーションとも違いますよ。」


「正解は、ラリっているからです。」




生まれてこの方愛されたことも愛したことも無い。この先も無い。皆無と断言していいだろう。

辺りを見渡せば猿と豚しか居ない。それ以外は無い。皆無と断言していいだろう。

家には雌豚しか居ない。それ以上は無い。皆無と断言していいだろう。

私が生きている意味が無い。無い。無い。無い。これから死ぬと宣言していいだろう?

吐瀉物の臭いが濃くなるにつれて、辺りは光を失っていった。

ここにいる奴等は『知っている』奴等だ。どうせ愛なんて廉価版が溢れかえっていて、正義だの受け取る側の価値観で千差万別だということを。

そして、今日も私の様な死にたてほやほやの生ゴミが紙っぺらな家財を二束三文に売り払ってやってくる。魑魅魍魎、の場所。

過ぎた延命も無意味で、早急な埋葬も無意味。既に産声と断末魔の区別もつかないこの世界で、唯一つ私が価値を見出した物。

1945年8月6日、広島に原爆が投下された時には、大勢の被爆者が喉を潤す為に水を求め、水を飲み死んでいったというが、今の私達を例えるならそれに似ている。

みんなあれを求めている。そして、あれが体を蝕んで、喰らう。それでも、もう私にはそれしか無い。

一度堕ちてしまったなら、もう戻る必要など無いだろう。こっちに来てしまったら、あっちに戻る気など失せる。

目の前の男が、あれ、を受け取った瞬間にヤニだらけの口の中へ放り込んだ。

耳を劈くような奇声。その後に響く笑い声。そして今度は男が壁に頭を打ちつける音だけが轟いた。

その様子をここに居る全ての人間が、舐めるように、見た。私もその男に何かを感じた訳では無いが、ただまじまじとその様子を伺った。

周囲の人間は既に男など眼中に無く、売る者と買う者での取引が再開されていた。

私もその列の最後尾へと向かった。

ここに居る人間は理性すら欠如してしまった物も多いが、あれ、を欲しているという本能が、ただただここの人間を突き動かしている。その為、特に誘導をしなくても、割込みは一切無く、皆順番を守って列を作る。

最後尾なので、あれを受け取るにはそれなりの時間がかかりそうだ。とは言え、暇をつぶすようなものなど全て売り払った。私はこの退屈な時間を、無意識に過ごした。

少しずつ、列が前に進んでいく。それにつれて、私の背後にも人が並んでいく。

ポケットの中を漁って金銭があるかどうかをこの手で今一度確認する。右手に感じるこの薄っぺらい感覚、確かにある。確かに。


「あ、あれぇ?そんな、ぁ?そんなハズがぁ!?」


静寂に包まれていたこの場所に、一人の男の声が響いた。

直列に並んでいた人たちが、その男を見るために少しだけ列から顔を出した。男は何やら慌てながら自分の服のあらゆるポケットに手を突っ込んでは、中を漁り、余計に表情に苦味を増させている。


「ああ?どうした、金は?」


金髪の男がそう問うと、周囲の売る側の人間が次々と声を上げ始めた。その一言一言が男をさらに追い詰める。

買う側、の人間達は一言も口を開かなかった。ただその様子をまじまじと見詰めている。そう、買う側の人間は、みんな。

私の目の前に並んでいる女の、ジーンズの後ろポケットに手を伸ばす。若干、ほぼ普通のポケットと見分けがつかないような膨らみがそこにはあった。

あれ、でイカれているせいか、本当に感覚は薄い。私の手に気付いていない。札束が、私の手の中に掴まれた後、私の下着の中へ、包まれる。

これで前の男から盗ったのと合計して20万円。ザルだ。ずっとこんなのが続くと、将来職に就く気が失せてくる。だから、本当にこの世界は、楽勝でくだらない。

男が売る側の人間に頭をバットで強打されて連れて行かれ、取引が再開される。


 ホント、ここは屑の集まり。こっちの心まで屑の真似して潜まないと、雰囲気でばれるから、面倒で仕方がない。こんな麻薬なんてくだらない物の為に人生を棒に振るような馬鹿ではない、私は。

私は利用してやる。この屑どもを。某国民的歌手が言った様に、馬鹿を利用して、騙して、とことんこの世界を。

 さて、この金はどうしようか。まあ、20万なんて所詮はした金だが。貯金と足しても200万とちょっと。今は狩場を変えながら地道に稼ぎを貯めて、将来に繋げるか…。未成年の身では、この程度でしか効率よく利益を得る方法は無いだろう。


 突如、背後から肩を掴まれる。その握力は、まるで病人の様なか弱いものであった。

振り向くと、そこに居たのは自分よりも僅かに背の低い少年だった。見事に真っ直ぐなストレートのぱっつん前髪で、学ランを着こなす少年。何だいきなり、こいつも麻薬を買うためにここに来たのか。だとしたらラリっていて肩を掴んだのか?だからやせ細って握力が弱いのか?だとしたら屑の分際で私の体に気安く触れるんじゃない。と、思ったが少年の歯は真っ白で欠けている様な所は伺えず、体も痩せ細っているようには見えないのでただ単に握力が弱いだけのようだ。

ただ、だからこそ、この屑だらけの場所で普通そうなこの少年は明らかに異常だ。なぜこんな場所に普通の少年が居る?冷やかしか?様々な疑問が脳内をよぎった。


「こっち来て。」


 少年がそう口を開くと。今度は私の手を掴んで何処かに連れて行こうとしたが、当然私はそれを拒む。男の癖に力は弱いようなので簡単に手は振り解けた。だがしかし、何故か売る側、の人間が何人かやってきて既に私を囲んでいる。この光景も異常だった。いつもは特に意味もなくニヤついたりしていて、自分たち自身で麻薬をやってしまっているのではないかと疑いすらあるこいつ等が無表情で、無慈悲にこちらを眺めている。

四方を囲まれてしまった。ポケットにナイフならあるが、この人数相手じゃ焼け石に水だ。逃げられない。

何故だ。バレたのか…?だとしたら、どうなる?まさか、この私を……。

その後を考える間も無く、いいから来て、と少年が言うので無闇な抵抗は無駄だと察し、黙って少年に手を引っ張られる。

何故この少年と売る側のやつら……マフィアが手を結んでいるんだ?こんな少年と…?そして何故私を?

疑問は次々と浮かび上がったが、その中の半分ほどが次の瞬間に解決した。真実なら。



「僕がここのボス」














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