表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パッチワーク  作者: 四君子
第一章 欠けた者
2/2

その日の出来事

 一週間前までの俺は、『皆川 頼人』という何処にでもいる普通の学生だった。

 付け加えるとすれば、かなり暗くて友達のいない......いわゆるボッチと呼ばれる存在でもあった。

 あまりに地味な為、中学校の卒業アルバムの名前が奇跡的に四文字とも誤っていたにも関わらず、誰にも気づかれる事が無かった程だ。

 注目を嫌う俺が、自らそれを指摘して目立ったりする筈もなく、肩を落としてその卒アルを持ち帰り、それを机の奥深くへ仕舞い込んだ。見せろ見せろとしつこい親や妹へ無くしたと嘘を突き通したのは、高校へ入学し3ヶ月が経過した今でも、数多きトラウマの一つして記憶に新しい。

 そんな俺ではあるが、生意気にも周りの目は気にしている。というよりもどうしても気になってしまう。

 そもそも俺は他の生徒に認知されているのだろうか、いつも黙っていて気味が悪いなんて思われていないだろうか。

 そんな事ばかりを考える内に、いつしか毎日のようにその事だけを考え込む様になり、夜も眠れなくなっていたーー。


 ――その日も寝起きは最悪で、重く深く枕に沈み込んだ頭は簡単には持ち上がらなかった。

 ボーッとした思考で最初に気付いた違和感は、その時着ている服だった。

普段、上はTシャツに下はジャージというラフな部屋着のまま布団に包まれるのだが、今俺が身に纏っているのは、なんというかちゃんとした寝間着だった。

 白い布地に水色のボーダーの入ったパジャマなのだが、そもそもこんな服を俺は持っていただろうか。

 とはいえ、寝ボケて混乱している頭で考えるのはその程度。シャワーでも浴びてスッキリしようとベッドから降りて、息を飲んだ。

 ……そこは俺の知らない部屋だった。

 寝て起きたそこは、普段生活する五畳間の部屋からロフト付きの大広間へと姿を変えていた。

 とはいえ一晩でそんな変化を遂げる筈もなく、まず自分の記憶を疑った。

 昨晩の事……食卓で妹と弟が作ったカレーを食べ、風呂に入り、次週に迫った中間テストの勉強をし、歯を磨いて寝た。うん、うろ覚えではあるが、記憶はしっかり残っている。

 少なくとも、自分の部屋で眠りを迎えたのは間違いない。

 であれば、だ。寝ている間に俺が移動したということになる。そこまでくれば、情報はある程度纏まっており、5W1Hでいう『誰が、何を、いつ』までは既に分かっている。

 問題は残る『何処で、なぜ、どのように』である。

 ここが一体何処なのかは検討もつかない為一度置いておき、何故こういう現象が起きたのかを考えてみよう。

 可能性として挙げられるのは大きく分けて二つ。

一つは他人による行為。例えば、バラエティ番組の様な大規模なドッキリ企画とか。寝ている人を移動させ、起きたら違う場所でした、みたいな。

 あるいは、寝ている間に俺が病気もしくは怪我をし、医療機関に運び込まれた、とか。

 でも、ど素人の俺がその企画に選ばれるなんて、当然思えないし、やる側のメリットもあるとは考えられない。

 そして、この部屋は見るからに病室ではない。確かに白を基調としている点では変わりないのだが、病室にしては荷物等があちらこちらに置かれていて生活感がありすぎるし、医療器具等が一切見当たらない。

 とすれば、二つ目の可能性。俺が自分で移動したのではないだろうか。

 つまり、俺は二重人格で、寝ている間にもう一人の人格が出てきて、自由に歩き回っているとか、夢遊病の可能性だってなくはないのでは……いや駄目だ、考えれば考える程、現実味がない。

 これ以上は脳がパンクする。元々成績はあまり宜しくないのだ。

 考えても分からないとなれば、後は行動あるのみ。まずはこの部屋を出て、ここが一体何処なのかを確認するしかない。

 俺は、思考を止め、出口と思われる扉へ足を進めた。


 「広い部屋だな」


 なんて感想をポツリと漏らし、自分の声が普段よりも高い事に驚いた。きっと、寝起きだからだろうと、深くは気にせず歩き、俺はドアノブに手を掛けた。

 開けたら目の前は崖でした、とかだったら嫌だなあなんてアホらしい杞憂は、コンマ一秒で消え去り、扉を開けた俺は床から天井まで白で統一された広い廊下に出た。壁にはいくつもの絵画が掛けられ高級感が醸し出されている。

 都会に初めて出てきた田舎者の様な動きで廊下を歩き、突き当りを曲がった所で下り階段に出た。

 手摺に掴まり、一歩一歩慎重に降りていくと下の階から足音が響いた。


 「あら勇人、起きてたのね。ちょうど呼びに行くところだったのよ」


 現れたのは見ず知らずの女性。歳は三〇代前半といった所だろうか。印象としてはとにかく綺麗で、モデルのようなスタイルの持ち主である。

 頬に手を当て優しげな微笑を浮かべ、落ち着いた雰囲気が漂っている。

 見覚えのない女性から親しげに話しかけられた事に驚きが隠せないが、それ以上に感じる違和感……彼女は今俺をなんと呼んだだろうか。

 

 「勇人? どうしたのキョトンとして」


 再度呼びかけられ、流石に訳が分からなくなる。俺を誰かと間違えている?

 考えていても埓が明かないので、こちらから質問してみることにする。


 「あの、ココはどこですか。寝て起きたらいつの間にかいたんです」


 やはり普段と自分の声が違う気がするが深くは気にせず、目の前の女性の反応を待つ。

 しかし彼女は困った様な顔で首を捻り、口を開いた。


 「あらあら寝ぼけてるのかしら~、勇人にしては珍しいわね。もう朝ごはん準備してるから、顔を洗って来てね」

 

 それだけ残し、彼女は背を向けて去っていった。もはや訳が分からない。一体全体何が起きているのかが分からなくて気味が悪い。彼女に言われた通り、顔を洗いたい。

 階段を下りると開け広げの扉からリビングが見え、キッチンに先程の女性が立っていた。なんとなく中に入って行きづらく、扉の前を横切った。

 一階にはリビングの他に二つの扉しかなく、試しに内一つの扉を開くと洗面室だった。お借りしますと心中で呟き、洗面台の前に立つ。

 ……瞬間、心臓が飛び出るかと思った。

 洗面台の姿見に映る自分の姿、それは全くの別人だった――。


 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ