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魔剣から始まる物語  作者: ほにゅうるい
第三章 合宿と幻の獣
43/45

035



 ああ、夢だ。


 最近、よく夢を見る。だから、なんとなく今この瞬間はどうしようもなく夢だと言う事が、わかるようになってきた。と言っても、起きたら大体何してたか忘れてしまうんだけどね。


 ……何もない真っ暗な空間に僕だけが浮いている。服一枚もない状態だ。服くらい用意しろよな。って、夢に文句言ってもしょうがないな……。


『……』


 ん? 僕以外にも誰かいるな……っ!? あ、アンデ? 懐かしいな~。こんなに無精髭まみれだったっけかな。


『……』


 無表情で僕を見つめている。……。怒ってるのかな。僕が死にそうになった事。死ぬような戦いに挑みに行くこと。でも、許して欲しい。また、守れず誰かが死んでいく姿を見たくない。


 大丈夫。僕はもっと強くなる。


 聞いてよ。最近またちょっと強くなったんだ。神素の扱いを教えてくれるお爺さん……あ、名前聞いてないや。まぁちょっといろいろ教えてもらってね。あ、魔素の扱いもちゃんと練習してるから。アンデの剣だって……あー昨日は忘れてたけど、毎日練習してるんだ。


 だから、僕は死なないし、助けたい人だって助ける……。


 あれ……? 膝が震える。


 !? お前は!!


『ははは。そんな震えた体で誰を助けるんだ? 生き残れるのか?』


 お前!! フェンリルを返しやがれ!! ……しまった、今は魔剣が使えなっ。


『死ぬといい』


 あぁ……あの波動が……くるなぁ。くるなぁあああああああああああああ!!


『どんなときも考えろ。泣いて戦うな、焦って戦うな、感情で戦うな、理論を投げ捨てるな。知能ある人間だろ』


 アンデ!? どこ行くんだよ。やめろ。死なないで、死なないでよー!!








 !!


 朝、か。カーテンからの光が眩しいなぁ。えっと、なんか酷い夢見てたような気がするけど忘れちゃったな。


「ふわぁっ……はぁ~」


 う~ん。こういうのはどう頑張っても思い出せないんだよなぁ~。汗もひどいや。悪夢でも見たのかな……。さてと、起きますか。ん~いい天気だ。窓から入る風と朝日が清々しい~! 早起きできたしたまに悪夢を見るのも悪くないなぁ~!


 いや、いい夢見るのに越したことはないんだけどさ。


 さて、そろそろメイドさんが僕を起こしに来るはずだし、身だしなみを整えておこう。……うわっ、寝癖酷い。


 ……。


「どんなときも考えろ。泣いて戦うな、焦って戦うな、感情で戦うな、理論を投げ捨てるな。僕は知能ある人間だ」


 は、恥ずかしいな。鏡に向かって急に言いたくなったんだけど、自分に向かって言うの恥ずかしい。鏡と言うか、鏡に映る僕自身が赤面してるよ全く。


 ……僕、頑張るよ、アンデ。


 次に寝巻きを脱いで上半身裸にして左手をチェックした。黒いシミが少しずつ伸びているから、毎朝どれほど広くなってしまっているかチェックするのが習慣になっちゃったなぁ。


「……あれ?」


 広がってない。左手全体がシミで覆われているのは変わらないんだけど、左手の付け根から広がってないな。今日には胸くらいまでシミが広がってるものだと思ったけど。しかも、気持ち黒いシミが薄くなっているような気がする。


 なんでだろう?


 キィン……


 !? かすかに声が聞こえた!! おい! 大丈夫か!? 


 キィ……


 ……また聞こえなくなった。……そういえばお前力使ったあとよく寝てたな。結構無理してんのか? やっぱり僕が瀕死になったことが大きいのか? 無理すんなよ。頑張ってもらわなきゃ困るんだから。


 聞こえてるか? ちゃんと話せる様になったら、ちょっと謝ることがあるんだからな……。


 コンコンっと軽快なノックの音が部屋に響いた。


「起きていますか? ユウ」


「はい。メイド長」


 僕は急いで白いシャツを着て上半身を隠した。


「おや。珍しく早起きですね」


「あ、あはは」


「昨日サボったぶん今日は働いてもらいますよ。掃除はもちろん、今日1日の食事の支度も手伝ってもらいます」


「あ、あ、あはは……」


 メイド長の睨みが怖い!!







 清々しい朝で始まった僕の一日は、雑用と、牧場で事件が起きたと言う悪いニュースで一気に清々しさを失った。





「お前たちが行くところで事件が起こるのはなにかのジンクスなのかな」


 ため息混じりに息を吐くディモンさんは、なんか少し疲れているように見える。


「2人だけで行動するときに見張りでもつけたら事件が次々に解決できそうだ」


 僕らはゴキブリホイホイか!?


 僕とシェスは朝食を取った後、すぐさまディモンさんの部屋に呼ばれ、事件についての話を聞かれた。でも僕とシェスが牧場にいたのは夕方までだし、事件が起こったのは夜のことだったということもあって、僕たちは事件の役に立つような情報を持っていなかった。


 ディモンさんはカップに注がれたコーヒーのようなものを口に含み、のどを鳴らした。そのあと、僕とシェスをゆっくりと見比べて、ため息をついた。


「何があったんですか?」


 シェスがディモンさんに聞くと、ディモンさんがシェスから視線をはずし、横目に僕を捕らえた。睨みつけているようにも見えた。部外者には聞かせたくない話なんだろうか。怖い……。でも、事件のことは僕も気になる。


 睨みに負けるな僕。とにかく、言うだけ言ってみよう。


「ぼ、僕も、事件のことが聞きたいです。よければ教えてください」


 僕はそういって、ディモンさんをまっすぐ見返した。数秒、その状態で固まっていると、ディモンさんが目をつぶって、盛大にため息を吐いた。


「……ホルディース種とポゥポ種、チィチ種の3種が数匹づついなくなった」


「いなくなった? というか、よくわかりましたね」


 あっ。思ったことがそのまま口に出てしまったっ。ディモンさんが僕を見たまま固まっている。


「えっと、ほら、かなり数いましたし、数匹ほどいなくなっても気づかないのでは」


「いなくなったのは、幼生だ。生まれて間もないものから、1年ほどの固体だ。幼生は完璧に管理された上で育てられているからすぐに気づけた」


 なるほどなぁ。って、幼生……? ジーニアスは大丈夫かな。心配だ。今日シェスにお願いして牧場に連れて行ってもらおうかな。


「2人共、これは機密情報扱いだからな。牧場に行くなよ」


 ぐっ、先読みされて釘を刺されてしまった。これじゃ確かめに行けないな……。


「食糧難の人間の犯行だと仮定して、完璧に管理されている幼生を盗むのはリスクが高い」


 確かに、現にすぐ犯行がばれているわけだしな。


「恐らく、幼生が欲しくて盗んだ奴の犯行だろうと思う。幼生に与える専用の餌に睡眠薬が混入しているのもわかったからな。だから……」


 ディモンさんが言い難そうに言い淀んだ。


「教えて」


 シェスが続きを促すと、ディモンさんが覚悟したように、言い放った。


「恐らく、また邪法絡みの事件だ」


 邪法がらみの事件。と言う事は、もちろんその邪法に幼生を使うって事だろうな……。


「……」


 シェスが眉をしかめて、怒りを露にしている。ふと拳を見ると、こぶしの色が圧力で変わってしまうほど力強く握られていた。……その気持ち、凄くわかる。また、邪法か。


「邪法の事件ってこんなに起こるものなんですか?」


「……細々した事件なら10日に1度くらいの頻度であるな」


 結構起こるんだ……。


「今回はその、細々したものじゃないほうの事件なんですか?」


「命を扱う邪法は、知っているだけでもこの国じゃ罪だ。それだけ強力で、危険だ」


 僕の知っている邪法は


・人口的な魔窟生成

・悪魔召喚

・魔剣

・魔素による永続的で強力な身体強化の呪い


 だな。どれもこれも強力だな。


「そういえば、身体強化の呪い以外の邪法には副作用とかないんですか?」


 クレリアは体のどこかに痣ができるっていう副作用があった。ほかの邪法と呼ばれる類の術にも副作用があってもおかしくない。


「ん? 知らないのか?」


 ディモンさんが少し驚いたように僕を見た。


「は、はぁ。あまり詳しくないですね。クレリアに聞いたら、黒い痣が出るらしいって事くらいしか……。 なんでですか?」


 実際僕にも黒いシミができてる。消えて来てはいるけど。


「……いや、そうだな。目に見えて現れる副作用は、基本的に体のどこかに黒いあざができるということだ」


「へ? それだけ?」


 デメリットなさすぎだろ。でも、目に見える副作用?


「そうだ。だが、黒い痣は内面的に現れる副作用の度合いを図る物差しになる」


 ディモンさんが一拍開けて、思う存分間を開けてから、口を開き、今日何度目になるかわからないため息をついた。


「クレリア、入ってきなさい」


「「え?」」


 僕とシェスの声がシンクロした。思わず、ディモンさんから視線をそらし、背後にあった扉に目がいった。しばらく、動かない扉を見つめていると、扉が開き、マセガキが入ってきた。


「立ち聞きは良くないな」


「ごめんなさい」


 ディモンさんに咎められたマセガキは頭を下げ、謝った。


「今回だけだぞ。副作用についてはいずれ知ることになるのだから、今知っていても変わりはないだろう」


「それで、私の黒い痣の副作用って?」


 マセガキが真剣な眼差してディモンさんを見た。それに応えるように、ディモンさんもまた真剣な眼差しでマセガキを見た。


「人間性の希薄化だ。具体的には、感情の欠如。知能低下。ほかにもあるが……」


「全部教えて」


 ディモンさんが苦い雨でも舐めているように眉を潜ませ、唇を軽く舐め、唇を潤すと億劫そうに唇を開いた。


「記憶の喪失。身体能力の低下。神素適応性の著しい激減。邪法に対する耐性が低くなり、邪法の影響を受けやすくなるというのが、主な副作用だ」


 かなり酷い……記憶の喪失なんて、僕には絶対考えられない。魔剣そんなことするなよ? 頼むから。


「で、でも、浄化してもらったのだから、大丈夫でしょう?」


 シェスが言うとおり、マセガキは呪いを浄化してもらって、今は邪法の効果は一切残ってないはずだ。


「浄化で治せるのはこれ以上痣が広がらないようにすることだけだ」


 つまり、マセガキの副作用は一生消えないわけか?


 僕の場合はなんだ? なんで僕の痣は回復してるんだ? ……わからない。


「そう」


 マセガキはそれだけ呟いた。マセガキはそれほど驚いた様子も見せず、淡々としていた。


「なんとなくわかってた。でも、言われると少しショック。このショックが少しなのも、呪いのせいなのね」


「呪いで失われた感情は取り戻せる。だが、ほかは無理だな。失われた記憶などは、2度と戻らない。」


 自分に起きたことだから、自分が一番よくわかってたってことなのか?


「呪いが憎い。こんな目にあった事が悔しい」 


 マセガキ……。


 くそ、助けれたと思っていたのに、全然助けれてないじゃないか。僕はマセガキを、マセガキのすべてを救えてないじゃないか……。


「でもね、いいの」


 今まで淡々としていた語りをしていたマセガキの口調が明るくなる。な、なんだ?


「私、人を心配するとか、人に感謝するとか、他人を想う気持ちは薄まってないの。それに、命もある」


 薄く微笑んで、僕を見た。


「だから、おにいちゃん。助けてくれて、ありがとう」


「でも僕は」


「おにいちゃんのせいじゃない。だから、謝らないで」


 マセガキ……。


「話は終わりだ……。決して3人とも危ないことには首を突っ込むなよ」





「よし、今日の仕事終わり!」


 掃除やら買い物やらを手早く済ませた僕は使用人の服から学生の服へと着替えた。僕の所持する服は使用人の服、学生服、寝巻きの3種類だ。私用で外に出るときは必然的に学生服になる。


「……よし、クロムンに会おう」


 僕はクロムンに八つ当たりっぽく話しかけてしまったことを謝るために、今日なんとかしてクロムンに会おうと思う。でも、まず場所がわからないから探そうと思う。たしか、南側の街に住んでいるって言ってたから、そのあたりを神素撒き散らしながら歩いていれば会えるんじゃないかな?


「……おにいちゃん? どこかいくの?」


 おお、マセガキか。


「今からクロムンのところに行くんだ。と言っても会う約束してるわけじゃないから心当たりを探すだけなんだけど……マセガキも来るか?」


「うん」


「よーし、じゃあ探すの手伝ってもらうぞ!」


 僕はメイドさんに一度断りをいれて、クロムンを探しに行くために屋敷を出た。


「いいか? クロムンは神素のすごい使い手だから、僕たちがクロムンの住んでいるであろうあたりを身体強化して走り回ってれば出てくると思うんだ」


「なるほど。神素の練習にもなるし、一石二鳥ね」


 ……それは考えてなかった。でも確かに練習になるな。昨日の訓練の成果もわかるかも。


「おし、身体強化しよう」


 僕は神素を体に集めて、全身に染み渡るように、少量取り入れては引き伸ばし、柔軟に取り込んでいく。それを何度も繰り返し、全身に滑らかな血が流れるようなイメージで神素を纏う。左手が神素を拒絶するように熱くなるけど、前以上に体の中の魔剣の存在を感知できるようになった僕は、その魔剣を避けるように身体強化を行えるようになった。だから、熱くは感じるけど、激しい痛みは感じない。


 使うんじゃなくて、使われるように、だっけ?


 神素のなめらかな液体が循環する体をイメージ。そして、神素が巡るように、身体強化!!


 おおっ、体が軽いっ!!


「……お、おにいちゃん?」


「うん?」


「急に神素の扱いうまくなったね」


「へへ、昨日特訓したからな」


「それに、優しい練り方」


「や、優しい?」


 優しいってなんだ?


「だいぶ元に戻ったね」


 ??? 


「何があったかしらないけど、疲れたらシェスおねえちゃんだけじゃなくて、私も頼ってね」


「……お、おう」


 うっ、マセガキにも心配されていたのか。なんだか僕より子供のマセガキに心配されるなんて、ちょっと恥ずかしい。そんなに酷かったのかな。


 でも、一昨日までの身体強化と違って、体に違和感を感じない。それだけ前は無茶した身体強化をしてたんだろう。


 自分でもわからないうちに滅茶苦茶にしてたんだろうな。気を付けよう。どんな時も落ち着いて、考えて。


『どんなときも考えろ。泣いて戦うな、焦って戦うな、感情で戦うな、理論を投げ捨てるな。知能ある人間だろ』


「わかってるよ」


「? おにいちゃん、何か言った?」


「あ、いや、独り言」


 急にアンデの声が聞こえたような気がして返事しちゃった。


「よ~し。クロムン探しするぞ!!」


「お~!」


 僕とマセガキは同時に地面を蹴って走り出した。太い道に出ると人が大勢いて走りにくいから、遠回りになるだろうけどあえて細道を選んで走った。


 なんだか、調子がいい。神素が僕のすべてを手伝ってくれているような気がする。


 神素と仲良くする。神素をもっと知る。使うんじゃなくて、使われる。少し、わかったかもしれない。


 常に少しずつ神素を集めて、引き伸ばすように体に染み渡らせる。そして、常に全身に神素を循環させながら、神素を燃やし、身体強化を続ける。循環というサイクルが体を平均的に強化してくれる。


「うっ、うわぁ!!」


 !! 急に子供が飛び出してきた。子供を視認した瞬間、意識を高めた。するとあたりが遅くなって見えてくる。いつも以上にゆっくり世界が動いているように見える。


 子供は僕に気づいて完全に動きを止めている。このまま僕がまっすぐ走り込んだら子供を吹き飛ばしてしまう。なら、次の一歩で大きく跳躍しよう。子供を飛び越すんだ。


 左足で大きく踏み込んで、右足を蹴り上げるように振り上げ、その勢いを活かして跳躍。子供の身長よりふた回りも大きく飛び込んで、激突しそうだった子供を回避。


 そして、あたりの動きが元に戻る。


「大丈夫?」


 僕は子供に声をかけた。子供は僕の動きに驚いているようで、目を丸くして僕を見たまま固まっていた。


「えっと、大丈夫?」


 心配になってもう一度声をかけてみた。


「う、うん」


 次はしっかり返事をしてくれた。見たところ怪我は見つからないし、大丈夫だろう。


「おにいちゃん早いよ」


「む、遅いぞ~」


 マセガキが僕に全然追いついてない。これは訓練のかいがあったぜ。次マセガキと模擬戦をするときは負けないはずだ!!


「じゃあ、僕たち急いでるから。ゴメンネ」


「うん……」


 子供に一言謝って、再び走る。


 うん。いい感じだ。





 クロムンは案外直ぐに見つかった。


 ただ、状況が状況なだけにものすごく声をかけにくかった。


「覗き見はよくないよ」


 マセガキは渋い顔をして僕を睨んでいる。なんで僕を睨むんだ? 意味がわからん。


「大丈夫。僕らが覗いてるのは覗いてる人だから」


 そう、忘れていたが、クロムンは写真を撮るのが好きで、女性をそのレンズに収めるのが好きなんだ。それの現場を初めて見るわけだから、どうしても、羨ましく……いやいや、けしからんと思うわけなんです。


 クロムンはカメラを構え、何やらスポーツのようなことをしている女性たちにそのレンズを向けると、一心不乱にそのシャッターを押していた。クロムンの腕からは神素がかなり精密に操られていて、なおかつあたりに神素の動きに気づかれないように、ちょっとずつ神素をあたりからかき集め、必要最低限の分の神素を消費してカメラを動かしている。


 ……なんだか才能を無駄遣いしているような感じがする。


 それに、たまに見える横顔がやばい。特に目がやばい。基本的にクロムンはいつも目を見開くことはしない。だけど、カメラを除くクロムンは目を大きく見開いて、瞬きの回数が尋常じゃない。


 にしても、レンズを向けられている女性は何をしているんだ? 神聖術で的を狙っているような、弓道のようなスポーツにも見えなくないけど……。


「おにいちゃん。結局男なんだね」


「え? いや待て誤解だ」


「……私だけじゃ我慢できないのね」


 はぁ、と深くため息をついて目を細めるマセガキ。


「いや違うぞ全然違う。勘違いされるような発言はやめてください」


「年頃の女性を弄ぶなんて酷いわっ」


 無表情で淡々と言葉を紡ぐマセガキが不思議と活き活きしてる気がするっ。


「アホか! まだ子供だろう!!」


「ん?」


 急にクロムンが茂みに隠れている僕たちの方に振り向いた。僕とマセガキは焦って身を低くかがめる。さっきから神素と魔素の気配は絶っているはずだから、問題はないはず……!!


「ちょっとおにいちゃん。声大きいですよ」


 もうこいつのマセトーク聞くのやだ!!


「……あのなぁ、僕は、あの神聖術で的を狙っている、遊び? はなにかと思って見てただけだよ。変なことは考えてません」


 ただ、ちょっと健康的な素肌が綺麗だなとか、あのブロンドヘアーの女の子がちょっと可愛いなとか、そんなことくらいしか思ってないもん。


「遊び?」マセガキが少し身を起こして、女性たちを覗いた。「あーあれね」


「お、知っているのか」


「んー、なんだっけ?」


「ちょっ」


 知らんのかい!! 思わず大声でつっこみそうになった!! でもクロムンにこの状況で出くわすのは気まずい。耐えねば……。


「んと、遠視射的って競技だったかな。サーチ・レイとも言うね。」


「『スポーツ』みたいなものか」


 スポーツって単語を口にしてみた。こっちの世界にそういう単語はあるのかな、という好奇心から。でも、残念ながらマセガキの反応は芳しくない。


「『スポーツ』って言葉はよくわからないけど、とにかく、競技だよ」


「競技か」競技=スポーツで考えれば大丈夫かな?


「ウォント・シーイングって術と神聖閃光術のレイって術だけで、どれだけ遠くにある的の中心を狙えるかって競技だよ。的が小さくて、隠れた位置にあるからいかに素早く神素の動きを掴んで的の位置を捉えて、的を狙うかが鍵らしい」


「なんていうか、修行みたいだな」


「そうだね。でもこの競技のすごい人は国の端から端にある的を狙う事が出来るらしいよ」


「なんじゃそりゃ!?」


 もうそれスナイパーじゃん!! 魔物相手には威力低くて使い物にならないかもしれないけど、人間相手なら無敵だぞそれ……。そんなので急所をいきなり狙われたら僕だって死んじゃうよ。


 つか、国の端から端だって? 数十キロくらいあるぞ?


「……そこにいるのは誰だ?」


 あっ、突っ込んじゃった。僕が反射的に口を抑えるけど、声出した後に口元抑えたって意味はない。そんな僕を見てマセガキは呆れた顔で呟いた。


「声大きいよおにいちゃん」


「えーと、あれだ、僕はツッコミに関して我慢できない性格らしい」





「……僕っちがいくら別のことに集中してたから気づかないなんて、不覚」


「その集中度合いはおかしいぞ」


 僕の率直な感想だ。クレリアは蔑む様な目でクロムンを見ていた。


「……クレリア」


 クロムンが服を整え、カメラを握り、胸を張って堂々とした様子でクレリアの前に立った。そして言い放った。


「……僕っちは決して、女性に興味があるわけじゃない」


 嘘だ!! さっきから競技をしている女性をさっきから横目でチラチラ見たそうにしているのがあからさますぎるぞ!!


「ふーん?」


「まぁ、それでもあまり褒められた行為じゃないな。やめておいだほうがいいんじゃないか?」

(後で僕にも何枚か融通してくれ)


「……カメラの練習にたまたま女性が通ったに過ぎないんだ」

(……1枚当たり80でどうだ?)


「といってもなぁ……」

(50!!)


「……今回は場所が悪かった」

(……70!!)


「2人共その力強いアイコンタクトは何?」


 くっ、不審がられている!!


「「……別になんでもありません」」


「はぁ、そのカメラの記録は回収するからね」


 まずい。このままじゃ僕らの桃源郷が……あ、そうだ、本題を思い出した。


「く、クロムン」


「……?」


 写真のことでしょんぼりしているクロムンにはちょっと急な話題変換で悪いけど、聞いてもらう。


「僕がこの前、酷く言い当たったときのこと謝りたくて、探してたんだ」


「……それで僕っちを探してたのか」


「そうなんだ。あの時は、ごめん」


 それに合わせて僕は頭を下げる。綺麗に腰を折って45度。申し訳ないって気持ちを体で表現する日本人特有の謝り方だぜ……。


「……? ……頭をたたけってこと?」


「え? 頭を下げただけだけど」


「おにいちゃん。そこまで頭を下げたら変な人みたいだよ」


 この世界の住民に日本人の感覚は通用しなかったみたいだ。あー、恥ずかしい。僕が自分の行動に悶えていると、クロムンとマセガキがぷっと吹き出した。


「……元に戻ったみたいだな。ユベルらしい」


「うん。お兄ちゃんぽくなったね」


「僕っぽいってなんだ?」


「……良かった。何があったかわからないけど、困ったことがあったら僕っちを頼って欲しい。力になる」


 僕を心配してくれる人は思ったより多いみたいだ……。シェス、マセガキ、クロムンのたった3人だけだったけど僕のことを心配してくれる人がいる。それなのに僕は昨日の昨日まで友達を頼ったり、信用したりすることを忘れていたなんて。


「うん、ありがとう」


 僕は、頑張れそうだ。




「あら、思ったより元気じゃない使用人。覗きくんも」



「え?」

「……ルニ・スタンテッド……様!?」

「あ、ルニおねえちゃん」




 !? る、ルニ!? なんでここに!?


「ルニおねえちゃん。おはようございます」


「クレリアちゃんご機嫌よう」


「……!?!?」


 クロムンがフリーズした!?


「……の、覗きなんて」


「あら? カメラの気配を感じたのだけど、あなたじゃないの?」


 クロムンは最速にカメラを最適な背後へ隠し、首をぶんぶん横に振った。 !! マセガキが何か言いたそうに口を開こうとしている!!


「あ、あの!! どうしてここに居るんですか?」


 僕が強引にマセガキから発言の機会を奪う! その代償に僕はルニの睨みを受けることに!! 怖い!!


「どうしてって、サーチ・レイをやっていたのよ」


 な、なるほど。それは出くわすというか、僕らが会いに行ったようなものだ。競技場でわいわい騒いでいればそりゃ気づくか。しかもカメラの微弱な神素の流れにも気づいていたみたいだし。


「……使用人」


「は、はい」


「妹をあまり困らせるようでも、殺すわよ」


「は、はいぃぃ!!」


 シェス溺愛すぎてルニが怖い。それだけ言い残し、サーチ・レイの競技場へと戻っていった。


 ……一体この人はシェスとどんな話をしてるんだろう。僕が近づくとその気配に気づいて直ぐにシェスと話を切り上げて、その様子を見せてくれないからな。気になる。


「……わかっていたけど、本当にスタンテッド家の使用人なんだな。話しかけられるとは……それにバレていたとは……」


「バレてたな」


「……修行が足りない」


「いや、その修行はおかしい。でも応援してる」


「男はこれだから……」


 マセガキがなんだかため息を吐いていたが、気づかないふりをしよう……。








使用人兼ボディガード生活 69日目

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 向井 夕 (むかい ゆう) 現状


武器    神魔剣?

     聖剣 ベルジュ (青い剣


     ↓修理中

     聖剣 フラン (赤い剣 損傷:小


防具   学生服


重要道具 なし


技術   アンデ流剣術継承者


     魔素による身体強化 


     神素による身体強化


     異世界の言葉(少し読み書きが出来る


     中学2年生レベルの数学


     暗算


     神魔剣制御(効果低下中)(侵食:停止)


     霊感


職業   スタンテッド家使用人兼スタンテッド嬢ボディーガード






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