033
光を知れば、闇を知るのが怖くなる
朝、服を着替えると朝食を取ることなくシェスに僕は引っ張られて屋敷を出た。引っ張られたまま太い道に出て、人ごみを避けながら町の中を進んでいる。このまままっすぐ進んでも、特に何もなく城壁へ着くだけだと思うんだけど……。
いたたっ!? シェスが腕を身体強化を施した握力で締め付けてる!! しかも左手!! 左手やばい!! 超痛い!!
「おっ、おい? どこ行くんだよ!?」
目から涙が溢れそうになるくらい痛い!! 僕の声が聞こえているのか聞こえていないのか、とにかく僕の発言を無視しシェスは僕のほうを向くことなくずんずん道を進んでいく。それに合わせて僕の左手がずきずき痛む。
「もうすぐ着く。だから来て」
どこに行くんだか心配だ。僕は一体どこへ連れてかれるんだ?
屋敷の掃除も任されてるし、サボったら怒られてしまう。修行だってしないと……。
!! も、もしかして騎士のところ!? 僕がシェスに隠し事したから怒った!? まっ、まさか……突き出される、のか? い、いやいや、それなら僕を気絶でもさせて安全に突き出すだろうし……大丈夫、だよね……? いや、逃げないようにわざと痛んでる左手を握っているのかもしれない!!
せ、せめて行き先がわかれば!
「な、なぁ? 本当にどこ行くんだよ?」
「秘密」
無表情状態のシェスはぶっきらぼうに答えるだけだった。くそ~わかんね~!! 一切情報がないじゃないか!! それにしても腕がっ、痛い!!
「ちょっ、痛いです! ついていくから放して!」
「……っ!」
僕の悲痛の叫びがシェスに届いたのか、シェスの動きがピタリと止まる。ゆっくりと振り向いて、僕の左手を見つめた。そ、そんなにじーっと見られるのも恥ずかしい……。
はっ!? 今の僕の叫びで周りの人が立ち止まって何事かと僕を注視している!? 恥ずかしすぎる!!
「左手、どうしたの?」
「へ!?」
やばっ、声が裏返った。恥ずかしすぎる!!
「えっと、えっとですね。昨日ちょっと、怪我をしてしまいまして」
なんだ怪我かと、周りの人は僕たちに興味を無くしたように、再び歩き始めた。ふぅ、良かった……。無表情状態のシェスの表情が少しだけ、ほんの少しだけ申し訳無さそうな表情になった。
「気づかなかった。ごめんなさい」
うっ……な、なんだか僕が悪いこと言ったような、なにこの罪悪感。確かに、左手が全体的に赤く腫れているから、ぱっと見じゃわかりにくいか。今朝は何故か急いでいた、というか、焦っていたみたいだし。
「え、え~とですね。逃げないんで、せめて、身体強化だけやめてくれたらなぁって……」
元の無表情に戻ったシェスは身体強化を解除してくれた。筋肉男に締め付けられているような感じが消えて、普通の女の子くらいの力までにパワーダウンした。
え? 腫れていたはずなのに、さっきまで握り締められていた部分が青白く……!? 圧迫されすぎて血が止まっていたんだ。これじゃ腫れてるかどうかもわかりにくいぞ……。しかも若干の痺れも感じる。本格的に医者とか行かないとまずいかもしれないな。
でも魔剣のこともある。今は自由に出したりできないけど、左手の腫れが収まって、左手全体が黒ずんできているのがばれてしまう可能性もある。
「……ちょっとまってて」
僕が本気で左手の治療をしようかどうか悩んでいると、シェスが僕の左腕を両手で挟むと、そのシェスの両手に神素が集まり始める。また身体強化か!? と思ったが、どうやら違うみたい。左腕全体を駆け巡っていた痛みがだんだん緩和されていく。もしかして、治癒術? 左手の赤みがゆっくりとだけど、収まっていく。
やばい、痛みが引くのはありがたいけど、黒いシミがバレてしまう!!
背筋に冷たいものを感じた。でも、腫れは完全に収まらず、黒色が目立たない状態で落ち着いた。
「ちょっと、完全に治すには腫れの原因がわからない。痛みは打ち消したと思うんだけど」
「うん、殆ど痛くない。それより、体内の怪我は治せないんじゃ?」
前回僕がボコボコにされた時、シェスが治癒術を使ってくれたけど内出血は治せなかった。
「勉強した」
……なるほど。人が周りにいるから例のごとくシェスは無表情なんだけど、すごく得意げな顔を浮かべているようにも見える。
「ありがとう」
「当たり前のことをしたまで」
普通の力で僕の左腕を引っ張るシェス。もう引っ張られても痛くない。
「それで、どこ行くの?」
「秘密」
本当、どこ行くんだろう。学園はこっちじゃないし、こっちは北部の壁があるだけだったと思うけど。んーどうしようか。今なら振り切れる。仕事だってあるし、せっかく治ったんだから修行もしたい。
ふと、シェスがこちらを振り向いた。ほんの数瞬だけど、シェスの横顔を確認することができた。無表情にはかわりないんだけど、なんだか、嬉しそうに僕には見えた。
……仕事も修行も、午後やればいいかな……。治療してもらったシェスを放っておくのはものすごく失礼だ。あの悪魔召喚事件のお礼もまだしてないし、今日くらい、付き合っても、午前中くらい修行休んでもいいかな、アンデ……。
シェスの力に逆らわないで町の中をどんどん進んでいくと、人が周りからどんどんいなくなって、町を囲む壁まで来てしまった。壁には木で出来ている門がある。大きさは、馬車が通れるくらいかな?
そういえばこの国の壁の門を初めて見たな。シャルルは頑丈そうな門だったけど、この国は木で門が作られてるのか? それにしても、どうして国の端っこの門のある場所まで来たんだ?
シェスは僕の腕を開放すると、その木の門へ近づいていき、身体強化を施して門を開けた。
「国の外に出るの?」
というか、勝手に開いていいの? シェスと開いた門の隙間から、草原が見える。
「外? ……違う」無表情のままシェスは首を横に振った。「やっぱり知らないのね」
何が違うんだろう? 隙間から見える草原は国の外のように思えるけど……。
「国の外に出る門なら、見張りの騎士がいるはずじゃない?」
そういえば、そうだ。勝手に開けるとか開けないとかの以前に、勝手に扉を開けようとすれば怒られるはずだ。じゃあ、この門はなんだ……? 隙間から見える草原の向こう側にも壁が見えるぞ? なんだなんだ?
「この門は」
シェスが門を全開にした。
そこには――――――
「……牧場の門、よ」
開け放たれた門をくぐると、そこには確かに、牧場があった。
隙間から見えた草原がどこまでも続いていた……と言う事もなく、途中で更なる壁が見えた。ただ、門からその壁まではずっと草原だ。かなり広い。
壁に囲まれているわけだけど、壁までは見渡す限り草原。ところどころ地面が盛り上がっているけどしているけど、目立って盛り上がっている場所はないから、至って平らな牧場だと思う。そして、少し頑丈そうな木の杭で囲われた空間に、牛っぽい奴やら、鳥っぽい奴、豚っぽいやつがいた。その柵の隣に頑丈そうに作られたレンガの家がぽつぽつ点在していた。遠くからモォーゥって鳴き声も聞こえる。
……本当に牧場だ。
この牧場のために国の中にさらに設置した壁の中にある場所みたいだ。でも何で? 何で牧場のために壁が……。
なんて考えている僕の背後で鈍い音が響いた。な、なんだ?
振り向いて音の発生源を見た。シェスが門を閉めていただけだった。ぱんぱんと手のひらについた埃を払うと、手を腰に当て、満面の笑みで
「エイオーツ牧場! あれが私たちが普段食べているお肉だよ」
と言い放った。普段食べてるお肉だよって、言い方が悪いぞ!?
「牧場を壁で隔離しているのは、危ないからだよ」
「危ない?」
僕とシェスは草原を歩きながらレンガの建物へ向かう途中、思っていることをシェスに聞いてみた。なんで国の中にさらなる壁を作って、その中に牧場を設置したのか。
「それは私たちが食べてるお肉が魔物だからね」
「ぶっ!?」
ま、魔物ぉ!? 今見えてる牛やら豚やら鳥やら。全部魔物なのか!? 全然普通の動物にしか……。いや、あの牛っぽいやつ顔の大きさと同じくらいの角が頭に生えてる。闘牛みたいにも見える。鳥も、元の世界で言う鶏っぽいけど、かなりでかいぞ?
「相当驚いたみたいね」
「あ、ああ。 知らなかった」
「魔物だから力は強いし、機嫌を損なえば人を襲ったりする。そのための壁と門」
なるほど。それより、よくそんなのを家畜にしようと思ったな。と、僕の思ったことを察したようにシェスが僕の疑問に答えてくれた。
「でもね、力が強いだけなの。身体強化だってするけど、術を扱う人間には敵わない。だから、家畜に出来る。安定してお肉を食べたり、卵を食べたり、牛乳を飲んだり出来る」
……身体強化がない元の世界でも、力が強いだけの動物は道具を扱う人間には敵わない。だから、家畜にされているんだよな……。わかってはいたけど、こうやって改めて事実を知らされると少しなからずショックを受ける。可哀想だと少しだけ感じる。
「それに危ないのは家畜達も危ないの」
「え? それってどういう意味?」
「聖域よ」
……あ、なるほど。魔物は聖域を嫌う。それに、少なからずダメージを受けるって話だったな。どれほどダメージを受けるかはわからないけど、悪影響を及ぼすのは確かなんだろう。それが人の口に入る存在なんだから、不健康でいられても困るもんな。
「この牧場の周りの壁は聖域の効果は限りなく無にさせて、中にいる魔物たちがダメージを受けないようにする仕組みになっているの」
よくできてるなぁ。聖域の効果を減少させる壁ってどうやって作ってるんだろう。
「にしても、こんなこと知らないなんて……」
ぐっ。
「いや、それは……」
「いいよ、言わなくて」
話せないと言おうとしたけど、シェスに遮られてしまった。ちょっと悲しそう笑うシェスが、なんだかとても、胸にくる。
「……ごめん」
僕が異世界から来たなんて言えない。ただでさえこの国では異端な魔剣を所持しているのに、異世界から来たなんて到底理解されない。冗談だと話を流されてしまうに違いない。それに、今の僕がシェスに説明してしまったら。
「……」
「……なに? ずっと私を見て。気にしないよ? いつか、教えてもらえたら嬉しいなって、思ってるだけなんだから」
巻き込んでしまう。そんな気がする。
「……え、っとね。この前ユウが馬って言ってた動物、ホルディースっているじゃない」
「え? あ、ああ。あれね」
馬車を引っ張っている馬を、この世界じゃホルディースって言うんだっけ。
「もしかして、あれも魔物!?」
「え? ……神素を使う魔物なんていないよ~。あれは幻獣だよ」
「幻獣!?」
「そうそう」
幻獣って幻じゃないの? そんなに簡単にいてもいいのか? ……いやそれより、シェスが気になることを言ったぞ。神素を扱う魔物はいない、だって? ……もしや、もしやだけど。
「魔素を扱う動物が魔物で、神素を扱う動物が幻獣だったりする?」
「え? そうだよ」
さも当然だ。と言わんばかりに返事が返ってきた。幻獣って幻だから幻獣って言うんじゃないのかよ!?
「幻獣って、保護種じゃないの?」
「え? えーと。国の指定保護種っていうの幻獣はいるけど、ホルディースは違うよ。いっぱいいるし」
そういいながら、シェスは牧場の一角を指差した。そこには馬が十数匹楽しそうに平原を駆けていた。たしかに、たくさんいるな……。僕の命の恩人でぺろぺろ舐めるだけで傷を回復してくれる熊、五郎は国の保護種とか言ってた。幻獣は幻獣でも、希少性は違うみたいだな。
この世界はどんなことにも神素と魔素が関わっているんだな。それと、なんで魔素を扱うのが魔物って名前なのに、神素を扱うのが神物って名前にならないんだろう。逆に魔物が魔獣でも良かったと思うんだけど。統一感ないよな。
「なんで魔物は魔獣って名前じゃないんだろうな」
「それは多分、獣だけが魔素を扱うわけじゃないからだね」
「へ?」
今とっても意味のわからないことを言いましたけど、どゆこと?
「魔素を宿した動く石とか、かなり人に近い人型の存在とかいるから、そういうのも含めて魔物っていうから、魔獣とはちょっと違うんだよ」
「そうゆうことなの? じゃあ逆に幻獣は獣だけなのか? それに、使うのが神素なら幻獣って名前じゃなくて神獣でもいいんじゃないのかな」
僕がシェスを問い詰めると、シェスは呆けた顔をして傾げた。そして、
「んー? わかんない!」
と笑顔で言い放った。
「……う~ん」
この世界はそういうもんだと納得するしかないんだろうなぁ……。
「この牧場っていうのはほかの場所にもあるの?」
「牧場はないけど、こうやって国を壁で隔てている場所はあるよ」
「へぇ? どんなところ?」
「国の政治を行う中枢部」
「……なるほど」
そんな場所があるのか。
「着いた」
シェスと話しながら平原を歩き、レンガの家にたどり着いた。
「このレンガの家は?」
「この牧場の管理人がいるの。この牧場で遊ぶのに許可をもらおうと思って」
シェスは、ノックも無しに家の戸をあけた。え、ちょっとノックくらいしようか? えっと、管理人って誰が来るんだ? 自己紹介とか必要だよな。どんなふうにすればいいかな。シェスと2人でここに来ているから、僕自身は使用人として振舞うような自己紹介をすれば大丈夫かな? あ、でも、使用人としての振る舞いってなんだろう。
「叔父、叔母。御免ください」
「あ、お、お邪魔します」
シェスが僕を気にせず家の中に入っていってしまった。まぁ、無難に敬語で自己紹介しておけば大丈夫だろう。
「……って、叔父叔母? お爺さんと、お婆さん?」
「うん」
「ちょっ!? 先に言ってよ!!」
牧場の管理人はシェスのお爺さんお婆さんでした!! なんてこったい!!
「どうしたの?」
シェスが不思議そうに僕を見た。
「どうしたって、使用人の僕が使えている人のお爺さんに会うって、なんか凄い緊張する!」
「そうなの?」
具体的な理由になってないのは僕にもわかってるけど、訳もなく緊張することだってある。それが今!
「そうなの!」
なんてシェス言い合っている直後、凄い神素の量が一箇所に集まるのを感じる。な、なんだ? シェスがリラックスして立っているから、戦いの気配ではないんだろう。けど、この神素が一箇所に集まるような気配はいったい?
ほんの数秒玄関で待っていると、家の中から2人の老人が軽快な足取りで出てきた。
「ん? 誰だ?」
「おやおや、かわいい娘さんだね……って、シェスちゃんかい」
シェスの表情が少しこわばった。僕や家族の前だところころ表情を変化させるシェスが素だとすると、今の微笑んでるシェスは半分だけ素って感じだ。口ぶりから、中にいる人がわかっているみたいだし、シェスが半分だけでも心を許している存在なのかな。
家の奥からゆっくりと現れたお爺さんとお婆さん。あ、この2人に凄い神素の量が集まっているぞ。その神素をほんの少しずつ、染み渡るように燃焼させて体になるべく負荷をかけないような形で身体強化をしている。その身体強化があってか、背筋がぴんと伸びていて、凄く姿勢が良い。さらに2人とも肌艶がよく、無駄な脂肪がついてなくて凄く健康的に見える。
凄く丁寧な身体強化で、一切の無駄が感じられない。これは戦いにも生かせそうな技術だ。勉強になる……って、凄いけど、年をとると神素と魔素の毒素の回復が遅くなるって聞いたぞ。この2人は大丈夫なのかな?
「ん? ……ああ、私たちのことを警戒してるのかい? 若い者には神素が強すぎたかな?」
僕を見ながらお爺さんが言った。警戒しているように見えたのかな? 別に警戒しているわけじゃないんだけど……。
「違いますよ、心配しているんですよ」
お爺さんの質問にはお婆さんが答えた。
「えっと、身体強化は毒素を溜めるから良くないのでは?」
失礼だろうけど、聞かれることをわかっているのに言い淀んでも無駄だろうと開き直って聞いてみた。
「なるほどな。そういうことか」
お爺さんは特に嫌な顔せずふむふむと肯くと、僕に説明をしてくれた。
「それは戦いになったときの消耗量を考えたときだ。年老いたジジババが普段生活するレベルで必要な力を引き出す程度の身体強化なんて、毒素なんてあってないもんだ」
「まぁ若いころ、修行を積んだからできることですけどね」
……なるほど。戦いの最中の神素や魔素の消耗はやっぱりものすごいんだな。確かに、今2人が消費している神素量はごく僅かだ。身体強化の仕方にも無駄がなく、修行したんだって事が見てわかる。
この2人、昔は物凄い実力者なんじゃないか? もしそうなら、修行のアドバイスでも貰いたいなぁ。
「いやいや、あのころは本当に辛かったな」
「まぁまぁ。あなたは修行をサボっていませんでしたか?」
「違うぞ。あの頃はだな……」
お爺さんとお婆さんはにっこりと笑い……。
「ほっほっほ。よくもまぁあんなのでクラス1位とか狙ってましたよね」
「何を言う。男なら一番が一番だろう」
「そうですねぇ。男の子でしたものね」
気づけばまったく関係ない昔話へと突入していた。僕の欲しい戦いのヒントのような話は全く出てこない。え、え~と。ど、どうしよう? 無言でシェスに目配せしてみる。シェスはそれに気づいてくれた。
「叔父、叔母。ユウが困ってる」
シェスが昔話に歯止めをかけた。急に冷水でもかけられたようにピタッと話が止まり、お爺さんとお婆さんは恥ずかしそうにはにかんだ。
「お、すまんすまん。今日はまた、遊びにきたのかい?」
「うん。柵の中に入っていい?」
「いいけど、彼は誰だい?」
先延ばしになっていた話題が今きたか。
「僕はユウといいます。スタンテッド家で使用人をさせていただいてます」
よし、完璧な自己紹介だ。それを補足するような形でシェスが、
「私の友達」
と言った。その瞬間。お爺さんとお婆さんは目を大きく見開き、動揺していた。な、なんだ? 僕みたいな使用人ごときがシェスの友達なんて100年早いとか、そんな感じのこと思われたか!?
「……シェスの、友、達?」
驚きすぎてお婆さんの呼吸がおかしくなってる!! どんだけびっくりしてるんだよ!
「うん」
シェスがお婆さんの質問に即答すると、お爺さんが目を細めて、僕を見つめる。その目線で僕は鳥肌が立った。
「ほぉ……強いのかい?」
「うん」
ははぁ、とおばさんが息を吐きながら、僕を吟味するように僕のいたるところを見てくる。な、なんか恥ずかしい。ゾワゾワするような感覚が全身から湧いて出てくるようだ。鳥肌が収まらない。もうやめて~!!
「ふむ……なら、心配することないわね」
僕の査定が終わったみたいで、鳥肌地獄から解放された。ふぅー!
「いやぁ、今日は素晴らしい日ね」
「そうだなぁ。まさかシェスちゃんが男の子を連れてくるなんて、生きててよかったなぁ」
……生きてて良かったって、喜び過ぎじゃね……?
「じゃあ、行こう。ユウ」
「あ、はい。お邪魔しました」
「またおいで」
おばさんの笑顔で見送られ、家を後にした。あ、名前聞いてない。あとで聞こう。
家を出たあと、もう一度周りを見回してみた。
広いなぁ。広さの割に背の高い建造物がないから圧倒的な開放感だな。感覚的には、学校の校庭の十数倍くらいの広さだな。陸上競技全種目同時にできそう。ただ、遠くに見える城壁が風情を無くしている感じがするな。開放感があるのに、閉鎖的。何とも言えない……。
どこまで伸びる緑の絨毯に、多数の生き物。
「すぅ~~~。はぁ~~~。空気も美味しいなぁ」
この世界に車とかがないから、基本的にどこでも空気は美味しいけど、ここは一段と美味しいな。雰囲気のこともあるんだろうな。
「じゃあ、ユウ! 今日はここで色々遊ぼう!」
「よし、なにするんだ?」
「まずはあれを触りに行こう!」
シェスは走り出して、家のすぐ傍にあった、柵を越えて、牛? のような魔物の傍に寄った。僕も走って、柵を超えて、牛のような魔物へ近寄った。元の世界の牛を生で見たことないからわからないけど、この世界の牛は僕より全然大きい。高さは僕と同じ身長くらいだけど、横幅は両手を伸ばしても届かないほどだ。元の世界の牛と同じように白黒模様の体をして、闘牛のような角を頭はやしている。って、怖っ!? さすが魔物……。
モゥ~。
……暢気な鳴き声はまったく変わらない。よくよく眺めてみれば、角が物凄いでかい以外何も怖いところがないや。
おおっ、さらっさらしてる。
撫でて見ても、僕のことなんか気にせず草を食べている。頭の角が少し邪魔そうにも見える。にしても、魔物とは思えないほど気性が穏やかだな。本当に魔物っていうのは人を脅かす生き物ってわけじゃなくて、魔素を扱う生き物って事なんだな……。ちょっと勘違いしていた。
にしても、さらっさらしてて気持ちいい。僕はこう言うな撫で心地の良い動物が好きだ。元の世界で言う、犬や猫なんかは大好きだ。春がハムスター好きで柳井家ではハムスターを飼っていた。
この牛の短い毛のさらさらはそのハムスターを思い出すな。えっと、名前はなんだったけな……。
「モゥモって魔物よ」
モゥモ……。いや、ハムスターはそんな名前じゃないな。……魔物? え? 牛みたいな魔物が、モゥモ!?
「鳴き声からそのままつけてるのかよ!?」
あまりに安直な発想にびっくりだ!! ……僕は普通に牛と呼ぶことにしよう。
……にしても、あったかいな。この牛。短い毛だけど、さらさらしてて気持ち良い。さっきの気の荒ぶりが嘘みたいに心が穏やかになる……。青々とした草原に、真っ青な空。動物の鳴き声くらいしか聞こえない静かな空間とおいしい空気。ちょっと臭うけど、そんなことは問題じゃない。
平和だなぁ……。
「モォ」
ずっと撫で続けていると、気に食わなかったのか僕から離れていってしまった。
「あ、逃げられた」
逃げられたと言っても、のそのそゆっくり歩いていくだけだから追いかけようと思えば追いかけれる。どうしようかな? もう少し撫でてみたい……。僕が1歩踏み出すと、シェスに腕をつかまれた。
「あれでも一応魔物。機嫌は損ねちゃ駄目だよ」
シェスが目を吊り上げて、少し怒ったような表情で首を軽く横に振った。角以外魔物って要素がまったく感じられないんだけど……むぅ。仕方ない……。
ってシェス。そんな顔もできるんだな。普段が無表情か笑顔かだから、新しい表情を見るたび凄く新鮮な感じを感じる。
「な、なによ。人の顔じろじろ見て」
「え? あ、いや、なんでもない」
怪訝そうな顔してる。シェスの顔見てた、なんてなんか恥ずかしくて言えない! えーと、話をそらそう!
「なんでもないよ! さぁ、早く次の動物を触りに行こう!」
と僕が言うと、シェスが追求を諦めてくれたようで、一度ため息をついた。シェスもため息つくんだな!?
「まぁ、いっか。……次、行こうか!」
シェスは笑顔でそう言うと、牛のいた柵の中から抜けて、別の柵へ向かっていった。身体強化つきで。
「ちょっ早い!」
僕も身体強化だ! 神素よ、来い!! ……って、あれ? なんか、昨日と違って神素が凄く体になじむ感じがする。なんでだ?
「ユーウー! 早く!」
「お、ぉぅ!!」
まぁ、後で考えてみよう!
僕はシェスを追いかけて、別の柵の中へと入った。中には、豚とニワトリみたいなのがいた。豚は、元の世界よりちょっとピンク色が濃い気がする。それに、筋肉質だ。足も体も少し筋肉の筋が見えている。強そうだ。
ニワトリは、元の世界じゃ白い羽も、黄色いくちばしも、少し赤みがかっている。ピンク色にはなっていない。色が混ざっているわけじゃないみたいだ。トサカは変わらず真っ赤。そして、でかい。1匹1匹が僕の膝ほどある。
「この2匹とも魔物なのか?」
「魔物よ、あのピンク色がポゥポ。赤っぽいのがチォチだよ」
「む、鳴き声じゃない……?」
この2匹の名前の由来は何だろう。牛が鳴き声だったんだし、この2匹もブゥブとか、そんなノリの名前だと思ったんだけど。
ポとチか……。
あ、もしかして、ポークとチキンの頭文字?
いや、ないか。英語だぞ。この世界の言語が少し英語に近いだけで、ポークとチキンって言葉はなかった。英語の頭文字が名前の由来になるなんて……。ない、よな?
違う、違うと思うんだけど、う~ん。変に引っかかる名前だな。とにかく、覚えやすい名前でよかったとしておこう。さて、早速豚に触ってみよう。
「ぶふっ」
「うぉ!?」
触ろうとしたら大きな鳴き声を出し、僕から走って逃げていった!? しかも、けっこう足速い。 ま、まだ何もしてないのに……。
「あはははっ」
笑い声の先に目を向けると、豚を撫でながら僕を見て笑っているシェスの姿が目に入った。く、くそ、悔しいっ! 次はニワトリに挑戦だ。さっきは何で逃げられたかわからないからな、万全を期してこっそり背後から近づいてみよう。
こっそりこっそり……。
僕はそーっとニワトリに手を伸ばし、背後からその赤っぽい羽に触れた。その瞬間
「コケーッ!!」
ニワトリが魔素で身体強化した!? そのまま僕に頭突きをしてきた!! ニワトリが僕の腹部に突き刺さる!! 一瞬でさっき身体強化して残っていた神素を腹部に集めて防御! が、全然防御に使う神素が足りない!!
「がはっ!?」
普通にいてぇ……!! 僕はくの字に体を折り曲げ、そのまま地面に倒れた。草のいい香りが僕の鼻をくすぐる。ただ、痛みでいい匂いとか嗅いでいる場合じゃない。
ぐ、ぐぐぐぅ。クロムンの手加減された突きを受けたくらい痛いっ!
ニワトリは僕に頭突きして満足したのか、魔素を開放して、テクテクと軽快な足取りで僕の傍から離れていった。に、ニワトリごときにやられるなって……。へへっ、見た目はニワトリでも、やっぱり魔物って事か……。
「だ、大丈夫?」
シェスが心配してくれた。
「大丈夫、です」
痛みはそれほどでもない。それより、ニワトリの攻撃でうずくまっている僕の今の状態が恥ずかしくて、その恥ずかしさのあまり死んでしまいそうです。
「そ、そうだ。ホルディースなら気性も穏やかだから触らせてくれるよ」
「『馬』か」
「『馬』じゃなくてホルディース」
腹部を押さえながら何とか立ち上がり、馬のいる柵に目を向けてみた。小さい馬から大きな馬まで色々種類がある。
「……ん?」
馬を囲っている柵の隣にも柵があり、その中には白いもこもこした存在が多数いた。羊、かな?
「なぁ、あの白いのはなに?」
「メィメだね」
あ、羊は鳴き声なんですね。
「あの子達は、昼は暴れっぽいからやめておいた方がいいよ……」
なにそれ!? 羊怖っ!? つか総じて魔物怖い!
「じゃあ、やめておきます」
たった今魔物の怒りに触れて痛い目を見たし、やめておこう。
使用人兼ボディガード生活 68日目
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向井 夕 (むかい ゆう) 現状
武器 神魔剣?
聖剣 ベルジュ (青い剣
↓修理中
聖剣 フラン (赤い剣 損傷:中
防具 学生服
重要道具 なし
技術 アンデ流剣術継承者
魔素による身体強化
神素による身体強化
異世界の言葉(少し読み書きが出来る
中学2年生レベルの数学
暗算
神魔剣制御(効果低下中)(侵食:弱)
霊感
職業 スタンテッド家使用人兼スタンテッド嬢ボディーガード
投稿が大きく遅れて申し訳ないです。
書だめもあまり溜まっていないのですが、更新し無さ過ぎるのも考えものだと思いの更新です。
次更新はいつになるかわかりませんが、一ヶ月も開けるなんてことはないように気をつけます。こんな作者ですが、これからもよろしくお願いします。
(次話更新時にこのあとがきは消します)