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魔剣から始まる物語  作者: ほにゅうるい
第二章 神と敵対する剣
34/45

028

彼は剣が引き寄せる困難から逃れられない


Side ???

――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「エネルギーが圧倒的に足りない」


 主が呟いた。なんのエネルギーが足りていないのか。主は、つい最近、剣をその身に宿すことに成功した。振るえば辺りの生命のエネルギーを食い殺す一撃を繰り出す伝説の武具だ。一見無敵に見える伝説の武具だが、その一撃を繰り出すのに莫大なエネルギーを予めこの剣に食わせる必要がある。そうしなければ、一撃繰り出すたびに使用者のエネルギーが食われるそうだ。


 そのエネルギーがまったく集めれていないのだ。


「……例の準備は万全か」


 主が私に口を開いた。何たる光栄。歓喜に身が震える。


「はい。場所はエイオーツ南です」


 私の目的は主の剣がエネルギーを蓄えることができる場を提供することだ。


「現段階では3分もまともに使用できないだろう。だが、試し切りも行ってみたい」


「と申されますと?」


「混乱に乗じて進入できるようにしてくれ。退却ルートも作ってくれ」


「はい!! お任せください」


 嗚呼。主が私を頼ってくれている!! なんて素晴らしいんだ!! これほどの嬉しさは無い!!


「邪法使いではない貴様にしか出来ないことだ。任せたぞ……?」


 黒い模様が描かれた主の右腕が私の頬に触れた。嗚呼、このまま天にも逝ってしまいそうな思いだ。


「お任せくださいませ!!」


「くくっ、はははっ、頼んだぞ……くくっ」


 ……でも、どうして私は、こんなにも嬉しいんだ? いや、関係ない。私はこの喜びを感じるために、主様のために……。でも、でも、でも、でもでもでも?


「む、どうした」


「い、いえ」


「言え」


「……どうして、こんなに嬉しいと思うのか分からなくて」


 でも、でもでも、私は、今どうしてこんな場所に? あ、あ?


「ふんっ」


「なっ!?」


 この気味悪い男が右手で私の頭をつかんだ。なんだ。一体何をするつもりなんだ!? なんだ、こいつは、なんあんあか、ああああ……あっ。 ……あぁ……?




「いいか、頼んだぞ? ハハハ」


 主様の右手が離れる。嗚呼、もっと私に触れていて欲しい!! そのために、私は主の様の役に立たないと!!


「お任せください!!」


 嗚呼、主様、主様。身が焦がれるほど、お慕いしています……。主様の高笑い。耳に入るそのお声、私にとっての甘美なひと時……。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――














「よし、授業はこれまで。合宿が近づいている。グループ作りは各自順調かい? 今回行った講義も各自復習を怠らないようにしてください。それでは、また明日」


 授業終了の合図と共に僕とクロムンは席を立ち上がり、ユニコーンクラスの教室を出る。廊下を走り抜けて、エクスキューサークラスの教室とホーリィーベイルクラスの教室へと向かう。僕はホーリィベイルクラスへ突入。クロムンにはエクスキューサークラスへ突入してもらった。


 ホーリィベイルクラスの皆が特異なものを見るような目で僕を見るけど、今は気にしていられない。遅れてユニコーンクラスから別の生徒がこのクラスを目掛けて走ってくるのがわかる。おどおどしていると他の人にまだグループに所属していない人が勧誘されてしまう!






「えっと、治癒術使えませんか? 僕のグループに入りません?」


「えっと、ごめんなさい。」



「そこの人! グルー」


「残念。俺はもうグループにはいってる」



「じゃあ、そこの君! グループに困ってない!?」


「えっと……」


「今ならカメラの知識人もついてきます!!」


 と、色々誘ってみたけど、声をかけた人は皆口をそろえて最終的には。


「えっと、お断りします」


 





 タリスとクロムンと僕でグループを組むことになってから10日経過した。メンバー集めは難航していた。いや、超難航している!!


 これもタリスの野郎が手伝ってくれないせいだ!! しかもタリスは学園をよくサボる、サボリ魔だった。3日のうちの初日だけ着て、あと2日は出ないという、なんという堕落した人だよ!? 真面目そうな印象だったんだけど、人は見かけじゃ判断できないね……。


 僕もクロムンも極限までに友達がいないと言う事も結構人集めを困難にしている。さらに、僕は途中入学したと言う事と魔素使いと言う噂が広まって、僕を知っている人は僕を避けるようにしている事も影響がある。クロムンも普段から口を開いて喋るほうの人間じゃない上に、この世界じゃマイナーとされるカメラが趣味という関係から、変人扱いされている。


 そして、最後に僕が文字が読めないと言う事が大きく問題になっていた。タリスが言っていた生徒名簿のことだけど、この学校の生徒たちの名簿が学園内で閲覧できるのいいけど、情報が文面だから読めなきゃ意味ないじゃん!! いちいちクロムンから名前を聞くのはものすごく手間な上に一度聞いたら覚えられるほど僕は優れていない。


 このままメンバーが足りない状態、即ち5人未満のまま当日を迎えてしまうと、先生とグループが一緒になってしまうらしい。過去に5人以上そろえられないグループが先生と同伴になってしまった時の話を、エヌディー先生から聞いている。モンスター退治は完全な先生の保護下で行われるらしく実戦経験も糞もないらしい。他にも、失敗はいちいち怒られるし、生徒の自由なんて存在しないという最悪の環境だそうだ。先生がそういうくらいなんだから本当に最悪なんだろう。


 それだけはどうしても避けたい!! 合宿まであと11日。あと10日以内に最低2人捕まえないと。


「ぐぅ……」


 でも、お手上げ状態なんだよ!! ホーリィーベイルクラスの教室からユニコーンクラスへ戻った僕は机にうつ伏してため息をつく。


 ちっくしょう。ぐぅの音しか出ないとはこのことだよ。教室に差し込む夕日が綺麗だな……。あと、10日しかない……。しかもそのうち休みが6日もあるから、実質あと4日分しかチャンスがない。机にうつ伏せている僕の後ろでは賑やかなのが本当に悔しいなぁ。


「シェスさん。僕のグループへ入りませんか? ちょうど1人枠が開いているんです。メンバー構成も、この紙を見てもらえれば……」


 いろいろな人から誘ってもらえる側の人間は羨ましいな。毎日毎日人がシェスをグループに誘いに来てもらえて、選び放題だよなぁ。今日だけでシェスに誘いの人が来るのは10回目くらいじゃないか? やっぱり、それだけ実力があるからなんだろうな。


 これまでの学園生活でシェスの摸擬戦を確認していてわかったけど、シェスはこのクラスじゃ誰よりも強かった。神素の練り方も僕よりはるかに出来る。濃密な身体強化と素早い槍さばき。シェスの得物は槍みたいだから、違う武器を持った人の実力の比較は難しいけれど、確かにクロムンよりレベルが高いのかもしれない。さらに接近戦特化のユニコーンクラスだと言うのに、神聖術が得意なエクスキューサークラス並みに神聖波動術を扱うことができると言う万能ぶり。


 もしかしてマセガキと戦ったとき、僕が戦うよりシェスが戦ったほうがよかったんじゃないのか? と思うほどに実力が高い。


「……考えておくわ」


「はい、お願いしますね!!」


 シェスがやんわりと受け答えをしただけで、シェスを誘った男は意気揚々と教室を出て行った。はぁ、こちらは逆にため息が出るぜ。


「……ゆ、使用人」


「ん? なに、ですか、シェスさん」


 まだ教室には僕を睨みつけてくるヤンキーがいる。敬語を使わないとまた絡まれる……。


 シェスは僕とマセガキ、家族の前では笑顔を見せてくれるようになった。そのおかげか知らないけどルニが少し僕のことを認めてくれたみたいで、用事があるときは普通に会話してくれるようになった。ただ、会話の終わりにやっぱり「妹に手をかけたら殺す」と付け加えてくる辺り、僕はまだ信用はされてないんだろう。


 とりあえず学園内だと、基本的に条件外の人間がいるからシェスは無表情を貫いている。


「あなたのグループにクロムンがいるわね?」


「え? あ、はい。友達なんで」


「そう。他には?」


「タリスって男が」


「へぇ。タリスが……」


 きっとサボリで有名なんだ!! やばい僕のグループめちゃくちゃなんじゃないの!? もしかしてこのままメンバー集めを諦めて、先生に同行してもらったほうが案外平和に合宿を乗り越えられるんじゃ……。"初めて魔物を切ってみよう"が合宿のコンセプトだから僕には関係ないし。自由を諦めれば平和が望めるぞ。う~ん。


「3人しかいないのね?」


「今のところ……予定もないし……はぁ……」


「ふぅん……」


「?」


 な、なんだ? 何を考えているんだ……?


「それじゃ、さようなら」


「あ、はい……?」


 そのままシェスは立ち去ってしまった。あ、追いかけないと。クロムンには悪いけど、僕にはこれがあってメンバー集めに精が出せない。ボディーガードも仕事だ。放り出すわけにはいかない。というか、学園は二の次でこれがボディーガードが1番なんだ。


 さっさと道具を片付けて、シェスの後を。


「おい」


「はい?」


 や、ヤンキーに絡まれた!? なぜなぜ!?


「てめぇ、シェスさんの帰りを待っていつも帰ってるよな?」


 なにこいつ勘が鋭すぎる。気持ち悪いほどに。


「た、たまたまだよ」


 これ以上絡まれるのは得策じゃない。と思って教室を出ようとしたら、男女合わせて5人。こいつら、今日シェスを誘いに来てたグループのリーダーの奴らじゃないか?


「ちょっと、面を貸してもらおうか?」


 おいおいおいおい……。ど、どうしよう。









「校舎裏に連れて行かれた僕は、ぼこぼこにされて、ぼこぼこにされる。そしてぼこぼこのまま帰宅するのであった……」


 とこれから僕の身に起こるであろう小さく呟いてみた。いつの時代の青春ドラマだよと突っ込みたくなるほどお決まりの場所に連れて行かれた僕は、木剣や木の槍、木の斧など多彩な武装をしたヤンキー含め合計8名に囲まれていた。僕の装備は、魔剣と聖剣ベルジュ。抜けばどっちもアウトーな装備。最近クロムンに神素での身体強化の防御力を上昇させる方法を教えてもらって練習しているけど、流石にこの数で叩かれたら耐え切れないと思う。


 逃げ出すにも、流石に8人の訓練された人間に囲まれていたら難しいだろうなぁ。嫌だなぁ。


「さて、準備はいいか?」


「ま、まて。なにか勘違いしてるって」


 このままじゃ為す術もなく叩かれて終わりだから、何か反論しないと!!


「何を勘違いしているって? どうせシェスさんをストーキングしているんだろ?」


 どう、反論、しよう。嘘を、何か、方便となるような嘘をつかないと……。


「帰るタイミングは偶然です。そんなことしてないよ」


「お前は馬鹿か? そんなんで誤魔化せると思ったか」


 ですよねー。実際ストーキングしてるし。もう乾いた笑いしか出てこない。


「安心しな。合宿にはいける程度にしておいてやる」


 あーまたディエルが着て僕を助けてくれないかなぁ~!!


 神素呼吸、神素による身体強化!! 辺りの動きがゆっくりなるのを確かめながら全体を素早く見回す!


 ……って、あれ? こないのか? とヤンキーを眺めていたら、木剣を僕に投げつけてきた。罠かと思いながら、手にとって、ヤンキーの様子を伺う。


「なんだ? 構えないのか?」


「はい?」


「俺とお前で戦うのに、構えなしでいいってことか? ……ずいぶん調子に乗った奴だな!!」


 ヤンキーは勝手に怒って、ヤンキーの得物である木剣を僕に振るってきた!? 何じゃそりゃ!!


「くそ! 防ぐんじゃねぇよ!!」


 防がなかったら大怪我だよ!!


「な、なんだよっ? この流れはリンチだと思ったんだけど」


「は? そんな卑怯な手段で叩きのめしてもいみねぇだろうが!!」


 こ、こいつ、思ったより根がまっすぐだな……。


「ほらよ!!」


 ヤンキーの木剣が迫る。僕もそれに応戦する。防ぎ、避け、時には反撃。その攻防をしながらあたりを観察するけど、他の7人は僕に迫りくる様子はない。ヤンキーを応援するだけに留まっている。僕、ちょっとこいつらのこと勘違いして


「何よそ見してるんだ!!」


 しまっ!? 


「まずっ!?」


 鋭い胴への突き。僕はそれを大きく体を動かして避ける。でも、それはさらに大きな隙を作ることになった。ヤンキーはニヒルに笑うと、僕へ大きく踏み込み、胴体を真横に切るように僕へ木剣を振るった。これは避けられない。なら、この間クロムンに教えてもらった、神素で表面を覆う、神素防御をっ!?


「がはぁ!!」


 い、っいってぇええ!? なんで防御してるのに!?


「神素を纏った武具の一撃だ。そんなへぼい神素防御なんて関係ねぇな」


 僕が聖剣に神素流すのと同じよな技術かな……? 斬られてないけど、斬られたように、体の中に痛みが染み渡るみたいだ!!


「おらおら!!」


「ぐぎぃっ」


 一度体制を崩した僕へ更なる攻撃。木剣が見えたから必死に神素を集中して直撃するだろう場所を防御してみたけど、意味はなかった。後頭部に酷い衝撃。水平感覚がぐっちゃぐちゃになって、立っていられない。両手を地面につけて、なんとか倒れないようにするのが精一杯。


 ……くっそ。めちゃくちゃいてぇ、いてぇ。神素呼吸を、して神素集め


「馬鹿が!!」


「がはっ!!」


 胴体を蹴られた……!! 鈍い痛みのせいで呼吸が出来ないっ!!


「おいグレッド!! 武具強化はもうやめろ。こいつの身体強化できてねぇぞ!!」


「あ~? だらしねぇな。ははっ!! 不出来な野郎だぜ!!」


 神素呼吸をさえぎられた僕の中から完全に神素が消えた。息が苦しいほどの暴力に神素を集めることが出来なくないっ。ただ痛みに耐える。大丈夫。この程度なら、耐えられる。


 くそぉ、複数でぼこぼこにされないだけまだいいか。想像より、酷く、ぐっ!?


 キィン……


 黙ってろ。出てくるな。僕は痛みに負けない。がはっ!! ……まったくいい大人にもなって暴力に訴えるなんて恥ずかしいよ……。痛い! 痛いなぁ畜生。イタイイタイイタイ。くそう。


 あのときみたいにディエルがふらっと現れて、僕のことを助けてくれないかなぁ……。




「何をしているんですか?」




 おお!! この男らしい声! もしかして!!


 痛みで体の節々が硬くなった体を無理やり起こす。痛い。顔が腫れて目を開こうとすると痛いけど、無理やり開く。その声の主は男の格好をしていて背が小さいだろうと予想して。しかし、良いのか悪いのか、予想は裏切られた。


「……え?」


 思わず、呆けた声が出ちゃった。だって、あまりにも意外な人が来たらびっくりするでしょ。




 ………………………ルニ、様………………………?




 え、ちょ、なに? 予想外な人が校舎裏に現れた。


「神素を感じてきてみれば、これは何事なのかしら?」


 僕を殴る蹴るしているヤンキー神素量を何十倍しても届かないほど濃密な神素がルニから発せられる。ちょ、ちょっと?


「ルニ・スタンテッド様。こいつはルニ様の妹さんをストーキングして」


 ヤンキーが嬉しそうに話す。きっと僕というシェスにまとわりつき邪魔者を懲らしめたから、褒められるとでも思ってるからだろうな。まったく、僕なんか仕事だからストーカーじゃないのになぁ……。


 シェスの事が話題に上がった瞬間ルニがピクリと反応した、そして、さらに強い神素の気配が僕を含めた9人を圧倒した。なに、これ? 


「ストーキング……?」


 そして、ルニの純粋な殺意が僕に一瞬向けられる。怖い……。多分、今本気で来られたら為す術がないぞ。でも、ルニは僕がシェスのボディーガードをしているって知っているはずだから、きっとわかってくれるはず……! わかってくれるよね? 大丈夫だよね……!?


 キィン


 多分!? 怖いこと言わないでよ!! 多分じゃなくてはっきり大丈夫だって今はフォローしてくれよ!!


 ……キィン


 殺されるな、って。そっかー。さっき、多分助かるじゃなくて、多分殺されるって意味だったのか。て、おい!?


「そんな人間も許せないが、この状況はまさかお前たち。私のかわいい自慢の妹が負けると思っているの?」


 魔剣と小言を言い合っていたら、ルニがよくわからないことを言い出した。なにそれ怖い。どういう怒りの矛先の向け方だよそれ。ルニに睨まれたヤンキーは肩を震わせて愕然としていた。


「い、いえ!! そ、そんなことは滅相もないです!!」


 ヤンキーがかなりびくびくしている。腰が引けているとはまさにこのこと。ちょっと、いい気味だ。


「失せろ。あとそこの男は置いていけ」


「は、はい……皆。行くぞ」


 ルニの逆鱗に触れてしまったのがよほどショックだったのか、神素を体内から吐き出してどんよりとした表情を浮かべながら校舎裏から1人、また1人と消えていった。そして、僕と神素を果てしなく溜め込んだルニだけが残った。


「あ、あの、たすかり」


 ました。そう、お礼を言おうとしたら、満面の笑みを浮かべて僕に言い放った。


「妹に手を出したな。じゃあ、約束どおり、死んでもらおう」


「……は?」


 ルニは笑みはすぐに消えて、まじめな顔つきになると、溜め込んでいた神素を僕にはわからない方法で吐き出し始めた。


「上級神聖術には、言霊と言うのがある。言葉は何でもいい。現象を自分でイメージしやすいように、環境に神素を混ぜる。それだけで術の威力は上がる。


『愛しい愛しい愛しい者を脅かす私の敵に聖なる鉄槌と、裁きの槍を下し給え』」


 急激にルニから吐き出された神素は大気中を漂い、形を成すようにうねり、大気を揺らす。え、マジデ攻撃するの?


「ちょ、ちょっと!! 誤解です!!」


 防御しないと!! でも周りの神素がほぼルニに収束しているため、僕が神素を集めようとしてもルニの下へ流れて全然身体強化が出来ない!! ま、魔素を……!! って魔素も全然周りにない!!


「『滅ぼしたまえ、殺したまえ、消し去りたまえ、なんていうかもう何もかも粉々に』」


 ちょっと最後言ってること適当すぎませんか!?


「神聖波動術・降臨螺旋波動砲!!」


 ルニの周りに光を放つ神素が放たれた。そしてその神素は天に上り、ある高さまで行くと僕を狙って、高速に飛来してきた!? し、身体強化!! 神素が開放された今なら僕でも集められる……!!


 そして、辺りが遅くなるっ……あれ? 落ち着いて弾道を見れるようになった今の僕だからわかる。狙い、僕から逸れているな。これ。


 着弾、そして爆音。


 ルニの放った神聖術は、螺旋のように渦巻いた波動エネルギーを空中に打ち上げて、発動からほんの少し間を空けて空中から高速で相手に直撃し、爆散させる術なんだろう。


 弾数は2発。その2発は僕からけっこう離れた両隣りの地面に着弾して、クレーターを作った。クレーターの傍の地面が波うっている。波動術の本質である波動の力を余すことなく生かすいい術……って、いやいや、人殺せるよこれ?


「こ、怖すぎる……」


 サーっと、効果音が聞こえてきそうなほど血の気が引いた。くぅ……痛みよりも怖さが勝って体がさらに動かない。


「ふぅん、よく逃げなかったね?」


 表情がさっきより穏やかになったルニが話しかけてきた。正直、いまこの人と会話したくないです。


「ま、まぁ、見えたんで……」


「は? 見えた? あの高速で飛来する私の術を?」


 睨まれた!? 見ちゃ駄目だったの!?


「い、いや、でも、見えただけで実際体が動かなかったし……」


 痛めつけられた体だし、思うように動けたかどうかはわからん。だからこれ以上は許して欲しいっ。僕を舐めるように睨み付けるルニ。視線が動くたびに僕はびくびく震えるしかない。ひぃっ!! 左手はあんまり見ないで……!!


「……まぁ、いいわ。妹の頼みもこなしたし。私は帰るわ」


「え? シェスの?」


 ルニに睨まれた。しまった。呼び捨てにしてしまった!! ルニが僕に迫ってきた。襟元をつかまれ、無理やり立たせられ、ルニが吐く息が感じられるほど近くまで引き寄せられると、ものすごい形相で睨まれた。蛇にでも睨まれたのかっていうほど体が動かない。


「……いい? 妹に手をかけたら、殺すわよ。冗談でもなんでもないから」


 ひぃ!! わかりましたぁあああ!! 声に出そうと思ったけど、喉がびくびく痙攣したみたいに震えて声にならなかった。


 嗚呼、血の気が戻ってくることはしばらく無さそうだなぁ……。さらに冷えていくような気がして、僕は乾いた笑いをするしかなかった。ルニは僕にそういい残して、僕を地面に投げ捨てると、ため息1つはいて校舎裏からいなくなった。


 怖かった。でも、なんだかわからないけど、助けられたんだよな。後でお礼を言おうかな……。


「ゆ、ユウ?」


 誰だ? 僕を呼ぶのは。と思ってルニがあるいっていった方面におろおろとした頼りなさげなシェスが立っていた。


「し、シェス」


 シェスは僕に小走りで近寄ってきて、切り傷から出てきた血をハンカチで拭いてくれた。


「ご、ごめんね。私が直接いければよかったんだけど、それじゃまたユウの迷惑になると思ったの」


 なるほど、それでルニに頼んでこの場を収めてもらったってわけか。


「ありがとう。助かったよ」


 そう僕が言うと、恥ずかしそうにはにかむシェス。何が恥ずかしいのかは僕にはわからなかったけど、僕とシェスの関係は僕が思っているより親密なものなのかなと、思った。


「ちょっと動かないで。簡易的だけど、治癒術使うから」


 そして、この人できないことあるのかなと、そう思った瞬間でもあった。シェスの両手に神素が集まって、ほのかな光が灯る。その光を僕の腫れた部分や切り傷に近づけていくと、少しづつ回復していった。でも本当に、少しずつだった。牢屋でシェスのお母さん、レミアさんに治癒術を施してもらったときの治り方が普通の何十倍速とするなら、シェスにしてもらっている治癒術の治り方は数倍速って感じ。


 やっぱり、レミアさんが相当な実力者なんだろうな。


「ふぅ。まだ痛む?」


 シェスに一通り怪我を見てもらい、一通り治癒術を施してもらった。


「まぁ、少し」


 シェスが治癒術を施してくれたおかげで表面的にはほぼ治ったように見える。けど、なんだかまだ痛みが抜けきってはいない。内部的には治ってないってことなのかな。


「ごめんなさい。私はこれが限界なの」


 申し訳無さそうにうつむくシェス。


「いや、凄く助かった。本当にありがとう。痛くて痛くて立ち上がるのも口を開くのも、目を開くのも億劫なくらいだったけど、今は大丈夫」


 僕的には申し訳ないのは僕のほうだ。シェスに正直にお礼を言った。ファンタジー万々歳だ。それが嬉しかったのか、シェスは恥ずかしそうにはにかんだ。か、かわいい……。い、いやいや!! 落ち着け!! 僕がシェスに何かしようものなら、ルニに殺される!! でもこのシェスのかわいさは癒される。青い髪とこのさわやかな笑顔が凄くマッチしていて、かわいらしさが際立っている。う~ん。


「? ユウどうしたの? 笑ったり、怖がったり、また笑ったり」


「い、いいいいいやなんでもないです」








 初めてシェスをストーキングするのではなく一緒に会話をしながら帰っている。学園を出て、スタンテッド家の屋敷への帰り道。見慣れてきた町並みと、人ごみ。常時車と同じ速度で走り続ける馬車。その馬車を少し眺めていた。馬車の数自体そんなに多くない。元の世界で言う渋滞なんてありえないだろうな。それに、馬自身けっこう賢くて、曲がり角が近くなると、上手く減速して、滑らかに曲がるし、横断する人間がいれば、馬の判断でうまく避けて馬車を動かしている。従者が馬に指示することは道くらいなんじゃいのかな。


 ……そういえば、馬ってこんなにも息切れせずに走れるものなのか?


「馬車ばっかりみて、どうしたの?」


「あ、うん」


 シェスは人がまわりにいるから無表情状態になってる。喋り方も抑揚を欠いていて、平坦な喋り方だ。


「あの馬。なんであんな速度で走れるのかなーって思って。曲がり角もけっこう難なく曲がってるし、けっこう速度でてるのに衝突事故も起こさないよね。しかも体力もものすごくあるみたいだし」


「馬? ……あのホルディースのことを言ってるの?」


「……多分。そう」


 ホルディース? って言うのか?


「それは、人間と同じく身体強化してるから」


 あー。なるほど。馬自体けっこう能力高いからな。身体強化すればさらに強くなるってコトか。


「……ってそれだけ? だって、馬だよ」


 馬自身けっこう賢いけど、それでも人間にははるか及ばないほどの知能だったはず。身体強化が出来るだけであんなに動けるものなのか?


「馬ってなに? ……人間と違って動物は大抵、術を使えない。そのかわり彼らは生き残るために単純で強大な身体強化の術を持っている。身体を強化することにかけては、人間以上に技術が上よ。それを扱うための知能もある」


「まぁ、確かに馬からけっこうな神素は感じられる、かも……。身体強化も考えなしに使えるけど、極めるには考えることも必要だもんな」


 常に車と同じくらいの速度で走ってるもんだからよくわからない。たまに止まってる馬を見かけるけど、止まってるときはまったく神素を感じられないし……。


「人間みたいな知恵がない分、世界が生まれたときから彼らは体の動かし方をを鍛えてきたし、学んできたと思う。それに生まれながらに人間以上に毒素を溜め込めるから、1日中身体強化してられるって聞いたわ」


「凄っ!?」


 凄いな、凄いけど、なんだろう。どこか釈然としない感じがするな……。結局馬は何でこんなにも賢いのか説明不足だし。あ、そういえば僕、この世界の進化の系譜もわからん。歴史も全然知らない。頑張って文字覚えて、歴史でも勉強してみようかな。あっ……?


「ところで、馬って……? ユウ?」


 この国も、複合聖域が展開されてるよね。じゃあ、なんでこの気配を感じるんだ?


「ユウ。どうしたの」


 隣を歩いていたシェスが僕の些細な様子の変化に気づいて、歩くのをやめた。それにあわせて僕も歩くのをやめる。


「えっと。魔窟っぽい気配が、するような……?」


 これは、魔窟、だよな。けっこう反応が薄いから、わかりにくいけど。


「魔窟?」


「いや、勘違い、かも……」


 この気配は魔素が使えてなおかつそういう経験がある人じゃないとわかりにくいらしい。僕には、たまたまその経験があったからなんとなく知覚できた。けど、魔窟っぽい気配がこの国から感じ取れるものか?


 それに、反応もかなり薄い。勘違い、かも。いやでも、聖域の中に魔窟を作って騒ぎを起こしたっていうシャルル国の騒動のこともある。そういう前例があるし、まだその気配も感じられる。勘違いじゃないかも。


「……気になるなら行きましょう。どこ?」


「え? いや、ほら、勘違いかもしれないし」


 実際あんまりいきたくない。本当にあった時、魔物と対峙するのは確実な上、聖剣1本しかないから心配だ。でも、本当に魔窟があった場合、どうしよう。それで誰かが被害を被ることを考えたら、今のうちに対処は必要だし……。


「気になったら行きましょう。私も武器くらい持っているわ」


 そういって、スカートを太ももくらいまでめくりあげて、ナイフを取り出した。人の影になるような位置で取り出していたけど、僕の位置からだとばっちり見えていたので、シェスがどう思っているのかわからないけど、ちょっと、その、目のやり場に困る……。いや、嬉しいけどね。


「中級聖短刀よ……って、顔赤い……」


 顔が赤くなっていた僕を見て、無表情のシェスもほんの少し赤くなった。恥ずかしいと言う事に気づくのが遅いよシェスさん!!


「とにかく。大丈夫。それに聖域のなかで魔窟なんて出来るわけない」


「でも、僕らが行かなくても、騎士の人に言って見に行ってもらうくらいなら……」


「確認してからでも遅くないじゃない」


 ……う、うっぅん。確認するだけなら、大丈夫かな。


「じゃ、じゃあ、確認するだけな」


 僕とシェスは帰り道から逸れて、魔窟の気配がするほうへ向かっていく。この選択が良かったのか悪かったのかは、まぁ行ってみればわかるか!






 太い道から細い道を通って、魔窟の気配を追って町を歩いていく。お店が次第に目に付かなくなって、住宅だけが立ち並ぶ場所へとなっていく。それにしたがって外を出歩く人はほとんど目に付かなくなって、どんどん人の気配が感じられなくなっていった。それに反比例して、魔窟の気配が高まる。ちょっと、緊張するな……。もしあったら、すぐ壊して、騎士の人に連絡しないと。


 そして、子供達が遊ぶ公園みたいな場所に辿りついた。公園というか、木々の生えているちょっとした広場。って感じだな。完全に住宅街から離れて、国の城壁に近い場所だ。空を見上げれば国を囲う高い防護壁も見える。久々に防護壁みたけど、相変わらず硬そうな見た目だな……。高さはおよそ5mほどで、神聖術で加工されている特別製の石をつかっているらしい。下手な武器や魔物程度じゃ傷1つつけれないというものすごい石だ。その石が厚さ1m弱ある。ものすごい時間をかけて作った壁なんだろうな。想像もできないや。


 壁から視線をはずして、広場で遊んでいる数人の子供に注目してみる。えっと、10人くらいいるのかな。楽しそうにはしゃいでら~。平和そのものだな。町から離れているこの場所は静かで、子供の声が聞こえるだけの平和な雰囲気だ。遊具は見当たらないけど、公園と言っても差し支えはないな。その雰囲気にそぐわない形で、木々の間に目立たないようにそれは"設置"されていた。


「……魔窟だ」


 あふれ出る魔素に、魔窟独特の気配。間違いない。


「これが、そうなの?」


「間違いない。初期段階の魔窟だ」


 そしてやっぱりと言うか


「人工的なものだ」


「……人が作ったものなの? なら、この場所にあるのもなんとなく納得」


「うん」


 間違いなく人工的に発生させた魔窟だ。不規則に穴が生まれてそこから魔素が集まって発生するのが自然なのに、この魔窟は規則正しく穴が開いているし、中心の穴に何か小さくて白い、小石、が置いてあるな。確か、これを取り除いて形を崩せば魔窟が崩壊するはず。


「早く騎士の人に教えたほうが良さそうね」


「早く壊そう。なんか嫌な感じがする」


「あ、まって」


「え?」


「ほんのちょっと待って。この独特な気配を覚えておきたいの」


「む、ぅ。……わかった」


 早く壊したいけど、そういうことなら少しくらいは……。でも、覚えておいて損はないだろうけど、この気配は魔素使いじゃないとなかなか判断しにくい、らしい。シェスは覚えられるのかな。


「ちょっと、違和感だらけでしっくりしない気配ね」


「そう、かな?」


 僕には魔窟からは規則的な気配を感じられるけど、神素使いには違和感だらけに感じられるのか。一体何がその差を生んでいるんだろう……。直感的なものなのかな。うーん。両方使えるようになってからだとその差がわからない。


「多分、大丈夫。こういうのは逆に理解しようとするんじゃなくて、こんな感じの違和感の感触を魔窟だって感覚で覚えておけばいいかな」


「シェスがそれでいいと思うならいいんじゃないかな。よし、じゃあ壊すか」


「どうやって壊すの?」


「この穴を潰すと壊せると教えてもらったけど」


「簡単ね。そうそう、魔窟って作るのに神素って必要ある?」


「……え?」


「この白い小さい石、神素が込められた道具よ。これは波動術の初歩が刻まれてる」


 よく見てみると、確かにこの白い小石にけっこう前にクロムンとマセガキが扱ってた字が刻まれている。波動術が刻まれているとしたら……どうなるんだ?


「魔窟を作るのに、これは必要ないと思うけど……」


「……じゃあ、もしかして、この魔窟は壊す予定のものなのかしら」


 シェスがポツリと呟いた。壊す予定のものだった?


「どうして?」


「細かく刻まれてるから予想でしかないけど、遠隔操作が可能な魔退波が仕込まれてるから、そう思ったの」


「……じゃあ、逆に壊したらやばいのか?」


「それは、わからない」

 

 むぅ、どうしたらいいんだ。


 キィン


 ん? ……魔窟から悪魔の気配もするって? 魔物じゃなくて?


「ユウ!! 石が!」


 シェスの叫び声で僕は魔窟にある白い石を見た。石が少量の神素と弱々しい衝撃波を放ったのを見た。その衝撃波は白い石自身を砕き、魔窟を構成する穴を一部潰した。その影響から魔素の生産が終って、実質的に魔窟が壊れたことになる。


「これで、壊れた、はず」


 僕がそういうと、シェスが頷いた。


「でも、終わりじゃない」


 僕の二の句にも、シェスは頷いた。魔剣が言ってた悪魔の気配っていうのはわからないけど、急激に魔窟によって生み出された魔素が魔窟のあった場所に収束していく。これが悪魔? の出現の合図とするなら。


「シェス、気をつけて」


「わかった」


 僕はシェスに注意を呼びかけて、ベルジュを剣帯の鞘から抜き、神素を体に集めて身体強化を施した。なんでこんなにも魔素が集まってきているのかはわからないけど、念のため、警戒を……。


「あれ」


 そう、思っていたときだった。魔窟があった場所が少し揺らめいた。自分の視界が霞んだのか? と思って一度目を擦ってもう一度目を開いた。そしたら筋肉が不自然に隆起した、体躯が2m以上ある真っ黒い人間のような、悪魔が目の前に立っていた。その悪魔が丸太のように太い腕を振るおうと、片手を挙げていた。


「「回避!!」」


 僕とシェスがそう叫んで、悪魔の攻撃範囲から逃れる。その逃れたときの勢いを利用して大きく距離を開けた。


「悪魔!? 悪魔を発生させる魔窟だったわけね。邪法じゃない!!」


 シェスが無表情のまま語調を荒げて怒りをあらわにしている。それより、悪魔って何だ。魔物とは別種なのか!?


「悪魔ってなに!? 魔物じゃないの?」


「魔物はこんな風に現れない!! 純粋な魔素だけで作り上げられた意思のない存在!」


「グルァアアアアア!!」


 悪魔が雄たけびを上げ、僕達に更なる攻撃を加えようと勢いよく突っ込んできた。意思がないのに戦う気はまんまんじゃないですか!?


「全力で戦いなさい!! 危ないわ!!」


 僕にそう叫びつけると、シェスは神素を大量に集めた。僕も遅れて神素を集め、身体強化を発動。辺りの動きが遅くなったように感じられる。その、ゆっくりとした世界を一周、見回すと背後には広場で遊んでいたと思われる子供達が恐怖に染まった表情で悪魔を見ていた。


「まずいぞ!?」


 悪魔がこのまま僕達に直線で突っ込んできたら子供達にも危害が及ぶかもしれない!! 回避は出来ない!! くそう。


 体に集めた神素の半分をベルジュに注入。頼りない青い炎刀身に斑に灯った。残った神素を全部消費して瞬間的に全身を強化。魔素も少し集めて置けばよかった!! とにかく、防御……!! 悪魔が腕を振りあげた!!


「ぐぅぅうううう!!」


 振るわれた悪魔の腕を剣を挟んで全身で受け止める!! お、思った以上に耐えられた。日頃の特訓の成果かな!? でも、体中の神素が一気に空っぽになった。回りの動きが急にいつもどおりになる。悪魔の動きが僕の目の前で止まって、素早く両手を振り上げ、僕を叩き潰そうとしていた。ま、まずい!!


 !! 悪魔の背後が明るく光ったと思うと、悪魔の動きが乱れたっ!?


「グゥギュウ!?」


 悪魔が焼ける音と共に苦痛に呻く悪魔。シェスが助けてくれたみたいだ。よし、今が逃げるチャンスだ。素早く神素を集めなおして、悪魔の攻撃範囲から走って逃げ出す。そのまま子供達の下まで移動。とにかく子供達にはこの場から避難してもらわないと防戦一方になってしまう!! 泣いたり、恐怖で動けなくなっている子供達の目の前まで移動して


「お兄ちゃんたちが守るから。安心して!! とりあえず、向こうの木々まで移動して!!」


「ひっ、ううぇええええん」

「こぁいよぉ……!!」


「お、おにいちゃん……」

「ひぅっ、ひぃ!!」


 と、手早く指示を出すもあまり意味がない。9人いた子供の中でちらほら動き出す子供もいれば、泣いたまま動かない子供まで様々だった。特に中でも2人が異常に泣き喚いていて、こちらの言葉を一切聴いていない。まずいな、それ。悪魔の様子をちらちら伺ってみるけど、シェスがなんとか頑張ってなにかの術で戦っている。けど、けっこう苦しそうだ。急いで避難を終らせないと!!


「ええっと! 落ち着いて! と、とりあえず向こうへ移動して欲しいんだ!!」


 繰り返し指示を出してみるけど、動きだす気配が全然ない!!


「ユウ!!」


「う、うわ! シェスか」


 シェスが素早く僕の元まで移動してきていた。悪魔はシェスの姿を見失ってうろうろしている。


「聖剣を貸して!! 私の武器じゃ攻撃が通らない!!」


 中級聖剣が少し刃こぼれしている。なんだか最近そういう敵ばっかり遭遇するな!!


「はい、どうぞ!」


 剣帯からベルジュを鞘ごと引き剥がし、シェスに渡した。


「子供達の避難は頼んだよ」


 僕にそういい残すと、シェスはベルジュ片手に再び悪魔に突撃した。鞘から引き抜かれたベルジュに巨大な青い炎を灯る。見た目がただの装飾されたロングソードのベルジュとフランだけど、炎がともればそれはとても強大で、安心感すら感じられる。シェスは悪魔を素早い動きで翻弄しつつ細かく攻撃を加えている。一発一発は大きくないけど、見ていて安心できる戦いかただ。凄い……。


「……って見惚れている場合じゃない!! さぁ、今のうちに移……ええぇい面倒だ!」


「うわぁ!!」「きゃあ!!」


 身体強化!! 両手に2人ずつ子供を抱えて、移動!! 5往復くらい簡単だ、やってやる。広場を脱して、木々の外側に子供を置く。もう2人、同じように両手で抱えて移動。戻ってきて、もう2人。さらにもう2人っと。


「よし、あと1人」


 シェスの様子は……まだ、大丈夫そうだ! というか、もう少しで倒せそうだ。念のために、最後の子供を移動させて。


「いいか? このまままっすぐ家に帰れ。今日ここにはもう来るなよ? 絶対だぞ!!」


 そういい残して広場へ戻る。すると、既に死に掛けている悪魔と、剣を構えたシェスがいた。


「……終わりっ!!」


 シェスは死に掛けた悪魔に止めの一撃を加えると、悪魔は悲鳴もなく、黒い煙に変わって、次第に煙は霧散していった。悪魔は魔物と違って死体が残らないのか……。


「……避難させる必要もなかったかな?」


 息切れしながらシェス少し苦しそうに微笑むと、僕にベルジュを返しながら「悪魔と1人で戦うのは初めてだから、念のためには必要だったよ」と言った。


「1人で?」


「前にも1回ボディーガードの人と戦ったことがあるの。そのときは手も足も出せなかったけど、今の私なら武器さえあればちゃんと戦える。よかった。成長できてる」


 と、嬉しそうに笑顔を浮かべた。もし、僕だったら倒せていただろうか。シェスのように戦うのは出来ない。また、魔剣に頼ることになるのかもしれない……。


「……はぁ」


「た、ため息なんかついてどうしたの? 私、何か気に触るようなこと言ったかな?」


「い、いやいや、そんなことないよ!」


 ただ、自分が不甲斐無いと、思っただけですよ。


「でもなんで魔物なんか」


「魔物じゃなくて悪魔」


「ああ。んで、その悪魔だけど、意思がないのにどうして攻撃を僕らに? それに、魔物と悪魔って何が違うの?」


 ずっと思っていた疑問をシェスにぶつけてみた。


「召喚した術師の命令に従う魔素の塊が、悪魔」


 シェスはまるで教科書を読むようにスムーズに答えてくれた。悪魔の存在ってけっこうポピュラーなものなのかな。


「違いについてだけど、魔物はちゃんと生物だし、食べれもするけど、悪魔は魔素の塊で」

「ちょっと待った」

「え? なに? なにか間違えたかな?」


 違う、シェス。間違えかどうかは僕にはわからない。それより、魔物って、魔物って!!


「魔物って、食べれるの!?」


「食べれるのって、じゃあ私たちがいつも食べてるお肉や魚は何だと思ってたの?」


 そ、それもそうだ!? 元の世界の感覚で、どこかに畜産農家があって、そこで食用に育てられた生き物たちが出回って、美味しくいただけるものだと勝手に思っていたけど、違ったんだ。


 そうだ。僕は今まで牛やら豚やら、そういった生き物の話をアンデの食堂で働いているときも耳にしなかった。お店やアンデの食堂で見た肉だって、すでに切りだされた後で元の生物をいままで確認したこともなかった。もしかして、僕はもしかして。


「ご、ゴブリンとか、食べるの?」


 あのグロテスクで筋張っていて、食べても美味しく無さそうな存在とか……。


「えっと、ちゃんと食用に扱われる魔物がいて、狩人の人が何匹も捕まえて来るんだよ」


 そ、そうか。ゴブリンを食べているわけじゃないのか。安心。でも、これで1つ謎が解決したかもしれない。あの多彩な色の数々の食材は、魔物だとしたら……。うん、不思議と納得できる。


「と言う事は、魔物は魔窟に集まるだけで、魔窟から生まれてるわけじゃないんだ」


「当たり前よ。魔物は卵を産んだり、人間みたいに産んだりするわ。人間の何倍にも繁殖力があるのがいつも問題になっているじゃない」


 ……そ、そうなんだ。全然知らなかった。と少しばかりショッキングな話に冷静さを欠いていた僕の耳に、1つの音が届いた。




 ドォン




 どこか、遠くから爆発音。爆発が聞こえただろう方向を見ると、木々の向こう側、ちょうど町の中。煙が上がっている。遠くないな。火事、かな? 


「火事かな。火事はけっこう起こるの? ……シェス?」


 返答が遅くて、思わずシェスの顔を確かめた。きょとんとした様子で固まっていた。そして次第に焦るような表情へと変化していった。


「……ね、ねぇ?」


「ん?」


「魔窟って、壊したら気配って消えるよね。聖域もそうだし」


 そりゃ、そうだね。と肯定の意味で肯いてみた。


「だよね。じゃあ。この違和感はおかしいよね」


「……あ、れ?」


 よくよく確かめてみたら、魔窟の気配が全然途絶えてない。これってもしかして、まだ他にもあるのか? 少し探知に集中しよう……!!


 少し体に残った神素を吐き出して、魔素を集める。魔素に体を慣らして、辺りの魔素の動きと同調する。


 ……魔窟は複数ある!? でも、どんどん数が減っていく。増えてもいる。魔窟の数が増えて、減って、増えて、減っているぞ。……まさか? また遠くで爆発音。そして火の手が上がる。遠くで、微かな悲鳴も聞こえる。


「これは、悪魔がどんどん召喚されてるのか!?」


 その事実にシェスも気づいているようで、非常に焦った様子で僕の判断を伺っていた。正義のヒーローならここで助けに行くぞ、と軽快に答えるんだろうけど、あいにく僕はそうじゃない。悪魔と戦うのだって結構無謀なのも今の戦いで承知済みだ。シェスだって今の戦いでけっこう疲れている。子供達を避難させるのだって精一杯だった僕じゃ、助けることも避難させるのにも力不足だ。……仕事だってシェスのボディーガードだ。シェスをわざわざ危険な場所に連れて行こうとするのも馬鹿なことだ。


 僕が判断を渋っていると、シェスが「ユウ、どうしよう?」と催促してきた。心の隅で助けに行こうと言うのかと思ったけど、そうではないらしい。そりゃそうだよな。好き好んで危ないことに首を突っ込む人なんていない。そういう人はただの馬鹿だ。


「大人の人に、連絡を、して、そうだな、うん、ディモンさんに助けてもらうように連絡しよう」


「……?」


 シェスが猜疑的な視線を僕に向けている。理由が足りないかな。


「家は北側で、ここは南側、お父様に頼むには時間が……ない」


「ぐ……っ。でも、一応僕使用人だし、勝手に助けたり出来ないし」


「……」


「ほ、ほら。僕が助けに行かなくても」


「ユウ」


 シェスにピシャリと発言を止められた。シェスが眉をひそめて、力強く僕を見つめている。無表情のときとはまた違う剣幕がある。僕はちょっと怖くなって、後ずさりした。怒られて、飽きられるかもしれないと思ったから。


「……助けに行きたいんでしょ?」


「そ、そんなことない」


「なら、もっと戦いに否定的に、私に逃げようってはっきり言って」


「あ、ああ。逃げよう」


「もう一回」


「……逃げよう。危ないよ」


 逃げるのが正しい。こういうことは本職の人に任せるのが一番だ。そうだ、僕が行く必要なんてない。




「……自分への言い訳ばっかりね」


「え? 何?」


 い、今なんていったんだろう。聞こえなかった。聞き逃したからかな、ずっとシェスに睨まれ続けている。ど、どうしよう。


「助けに行くよ。ユウ」


「え!?」


 ちょ、ど、どういうことだよ。


「でも危な」


「じゃあ、守ってね」


 シェスは僕に笑顔でそういうと、火煙上がる場所へ身体強化を施して短距離走するときの速度を維持したまま走っていった。


 ……守ってねって、僕より強い人をどうやって守ればいいんだよ。


「って、ぼけっとしてる場合じゃない!!」


 助けに行かないと!!








使用人兼ボディガード生活 34日目

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 向井 夕 (むかい ゆう) 現状


武器 神魔剣?

 聖剣 ベルジュ (青い剣



 ↓修理中

 聖剣 フラン (赤い剣 損傷:大


防具   学生の服


重要道具 なし


所持金 400ギス


技術   アンデ流剣術継承者


 魔素による身体強化


     神素による身体強化(初心者)


     異世界の言葉(但し、書けない読めない


     中学2年生レベルの数学


 暗算


 神魔剣制御


 霊感


職業   スタンテッド家使用人兼スタンテッド嬢ボディーガード








2012/04/23 文章的におかしな点と、誤字を修正

2012/04/25 誤字を修正

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