026
今回は、見逃そう。
「……えっと何のこと?」
「とぼけないで」
最近幾度となく僕へ向けられてきた、敵意がシェスから発せられている。
そりゃそうだ。魔剣だもん。これのせいでこっちの世界じゃずっと苦労している。
僕はとにかくボディーガードの人がいないかを探った。シェス1人だけなら何とか他の人に言わないようお願い出来るかもしれないが、僕のことを知った人が増えていけばどうなるかわからない。魔剣の気配を察知されることはないかもしれないけど、僕が魔剣を持っていると知っている人間が一言魔法の言葉を貴族の人に伝えればすぐに僕はお縄にかかるだろう。
「……安心して。私が波動術で音が外に漏れないようにしている」
「そうか、なら安心だ」
ひとまず、だけど。僕をかくまってくれるつもりなら、敵意を僕へ向けたりはしないだろうさ。くっそ、胸が締め付けられたように痛い。せっかく着替えたのに嫌な汗をかいて台無しにしているよ。
「安心?」
そんな最高に悪い状態の僕を鼻で笑ったシェス。本当に結界を張っていてくれているのか心配でならない。それ自体が嘘で、実はボディーガードが僕が口を滑らすのを待っているのかもしれない。
「返答しだいでは、あなたはまた牢へ行ってもらう」
それは願い下げだね……! あんな胃がきりきりするような場所なんて二度と行きたくないな。
「いえ、牢じゃなくて、断頭台ね」
「ぎ、ギロチン……」
思わず、僕の首が飛んでしまうのをイメージしてしまった。最近は強い痛みに晒されることが多い。それでも、死には至らなかった。だから、それ以上の痛みで死が訪れる。そんなイメージをした。それだけで僕は泣きそうになる。足が震えて、これ以上何を口にしていいのかわからなくなる。
「そんなの、知ってるよ」
強がり1つ言うのが精一杯の僕。シェスは無表情のまま、敵意を剥き出しにして僕が取る次の行動を待っていた。息をついて僕は考える。既に雰囲気に飲まれかかっているけど、こんなときこそアンデの教えを思い出すんだ。感情で戦うな。理論を投げ捨てるな。僕は知能ある人間だ。生き残るための理論を頭で構成するんだ……。全身の緊張が幾分か解れて、頭がすっきりした。
顔を上げて、シェスを軽く睨む。シェスがそれを僕の戦闘の意思と感じたのか、神素が急にシェスに集め始め、立ち上がり、構えを取った。表情は険しくなり、僕を睨んでいる。
……もう、僕がやることは"あれ"しかない。いざこうなった時、どうすれば切り抜けられるかを考えなかったはずがない。何度も何度もしつこく魔剣を使うな、ばれるなと言われ続けた僕が対策を考えないわけじゃない。
僕はベルジュを剣帯ごと体からはずす。怪訝そうにシェスが僕の行動を観察している。
「買収?」
僕が聖剣を外したのを見て、聖剣を売るとでも思ったのかな。
「い、いや、そんなつもりはない」
買収に応じるほど、魔剣使いは軽視されてないだろうと思う。だから、その手は考えたけど、実行するべきものじゃない。僕の打つ手は。
「私を口封じにころ「誰にも言わないでください!!」……す?」
シェスが言い切らないうちに、ベルジュをシェスの傍に投げて、僕は素早く土下座の態勢を取る。
「この国で指名手配されたら僕もうちょっとどうやって生きてけば良いかわからないんだ!! 次の行く当てが出来るまででいいから黙っててください!!」
僕のやること。そう、全力でお願いすることだ!!
これで、駄目なら……諦めよう。
"この国での生活"は。
なにも生きることを諦めたわけじゃない。幸い、魔剣は僕の味方で、強力な武器だ。この国中が敵になる前にこの剣で逃亡してしまえばいいと思っている。手段としてだけなら、シェスを口封じする方法もあるけど、恩人のディモンさんの娘を殺すことは、僕には出来ない。
でも、この国で生活を続けるには、今目の前にいる僕が魔剣所持者だと知っているシェスにお願いする以上の手段は見つからない。
「頼む!!」
上目遣いでシェスの表情を少しだけ伺ったが、唖然としている。押しが足りないのか? やっぱり、なにか交換条件を持ち出したほうが……例えばこの場で魔剣使いじゃなくなるとか。
「あ、あの、しぇ」
「……ぷっ」
?
顔を完全に上げてみる。え? え?
「あ、あははははははっ、何その格好? 変なお願いの仕方。あはははっ」
な、何だ、シェスがご乱心なさった!? 無表情の塊だと思ってたのに、急に笑い、いや哂い? それとも嗤っているのか!? あと、この世界に土下座という習慣はないのか!? なんだか、恥ずかしくなって顔が熱い気がする。
今のシェスは、とても女の子らしい笑顔で、目頭に涙を溜めて笑っている。集めていた神素も開放して、敵意も完全に消失している。き、許可が、下りたってこと、なのか?
「あはは、ふぅ」
1分くらい笑い続けて、急に表情が穏やかになって落ち着いた。こんな微笑ましいシェスの表情は初めてみた。
「あ、あの、シェス、さん?」
あまりの変化に僕自身が現状についていけなくなっている。そういう作戦なのか!? い、いやいやまさか。そ、そうだ、アンデの教えを思い出すんだ。泣いて戦うな。焦って戦うな。感情で戦うな。理論を投げ捨てるな。僕たちは知能ある人間だ。……だめだこの教えが今役立つ気がしない!!
「え、あ、ごめんなさい」
なんだ、シェスが顔を赤らめて少し恥ずかしそうにしている。な、にが、起こったのだ。
「魔剣使いって魔剣に体を奪われてるって、そういうものだって聞いてた」
「そう、みたいだね」
「使用人、いえ、ユウは、ユウなのね?」
「もともとそうだよ」
「あはは、だよね。魔剣があんなへんてこな格好するわけないもん」
そういう判断!?
「ごめん、疑ってた。ユウって存在がこの家に溶け込んだり、人間の真似をしている魔剣なのかなって」
「魔剣とそんな多才なの……?」
「高等な魔剣はそうみたい。意識を持って、思考する。クレリアのもその手のかなり高等な魔剣だったと思うわ」
そういわれてみれば、そうかもしれない。魔剣に体を奪われるって聞くと、暴走状態へ陥るのかと思ったけど案外理性的に戦っていたかもしれない。能力だって隙あらば狙ってきてたし、剣の扱いだって雑なわけじゃなかった。それなりに技術の元に成り立った戦いだった。暴走して、腕のダメージに気づかない程だったらもっと簡単に剣を弾き飛ばすことが出来たんじゃないか。それに、僕の剣だっておそらくその意識をもって思考するタイプの魔剣だ。
この剣握るのが僕でよかった。他の人だったらまたあの女の子みたいになってたんだろうな……。
「ありがとう」
「ん?」
「命を助けてくれてありがとう」
シェスってこんないい笑顔ができるんだな……。
「……いや、僕こそ、ありがとう」
なんか見てたら恥ずかしくなってきた。
「ねぇユウ。2つほどお願いを聞いてくれたら黙っててあげる」
「出来れば無理難題じゃないものならどんとこい!!」
シェスの豹変になれた僕に元気が戻ってきた。
あ、でももし死ねとかなら僕はシェスの部屋を脱兎のごとく抜け出して、ベルジュを回収して、ディモンさんの耳に届く前にフランの在り処を聞いて、フランを取り戻して、城壁を魔剣で壊して、逃走。完璧だ。断られたときの予定と同じだ。
港町って言うのがあるのを授業で聞いたから。その点の情報もだれかから聞いておかないと、どこへ行けばいいかわからない。聞いておかないとな。でも、捕まったら死刑だし、そんな余裕があるかどうか……。
「私と、友達になって欲しいの……」
……え?
「……いい?」
そ、その困ったような表情で僕を見つめないで欲しい。
「全然構わないよ」
そう答えると困った表情はすぐに消し飛んで、満面の笑みを浮かべる。
「じゃあ学園生活と父上と母上がいないときは敬語使わないで」
「うん、余裕だよ」
「じゃあ次、魔剣見せて」
「うん、よゆ……?」
……え?
「出来れば触らせて」
「え?」
……え?
「ど、どうしたの? 何か問題ある?」
「い、いや、大あり、かもしれないけど、ないかも」
実際のとこどうなの。魔剣出すだけならばれないかな。こないだ魔剣壊して魔剣のエネルギー吸い取ったじゃん。あれ大丈夫なの? 出した瞬間反応散らばってばれちゃうとか嫌だぞ。聞いてる?
キィン
いや、シェスは切らないけど。
……キィン
急にやる気無さそうに喋るなよ。なるほどね。エネルギーの核を僕の左腕に蓄積させてるから、それを引き出さずに剣だけ引き出すってお前勝手に何やってるんだよ!? エネルギーの核なんていつの間に作ったんだ!?
キィン
え、この刺青みたいなのがそうなの? 予想外だぞ。確かに、魔剣出すとき刺青消えるもんな。魔剣出すたびに刺青から魔剣にエネルギーを譲渡してるって感じなるのか。消えるときと消えないときあるのは、要するにエネルギー使ってるときと使ってないときの差なのか。
「えっと、大丈夫だって」
「え、魔剣と会話できるの?」
「あ、これも秘密で……!」
「ユウ、凄い! そんな高等な魔剣を支配せず支配するなんて」
いや、支配は別にしてないけれど。まぁいいや、出しても大丈夫なら出そう。そうだなぁ。普通のショートソードみたいな感じでっと。
「はい。あと、触るのは駄目だ」
「どうしても?」
「これは、シェスの安全のためにも絶対譲歩できない」
これは魔剣の返事がどうであろうと、アンデとの約束だからな。
「……? 普通の鉄の剣? あの時は斧みたいだったじゃない」
「ああ、それは」
一度左手にしまって、ロングソードをイメージ。
「ほら」
シェスが感嘆の声を上げて驚いた。形が自由自在なんて武器はこのファンタジーの世界でも珍しいんだな。
「それが魔剣の能力なの?」
「まぁ1つだね」
他には、生命エネルギーの奪取、かな。言わないけど。
「本来の姿はないの?」
「……本来の姿?」
そういえば、僕が剣を拾ったときはちゃんとデザインがしっかりしたボロボロの剣だったか。どうすれば元の形、僕が拾う前の形状に出来る?
キィン
自分のイメージの解除? どうやるんだ? ……あ、なんとなくわかった。こうか。剣をしまって、自分のイメージを解除した状態で具現化。
「……流石魔剣ね。かなり禍々しい」
「あー。最初こんなんだったな」
持つところは割とシンプルな作りなんだけど、刃が歪な形をしていた。波打ってたり、枝分かれしてたり。総合的にみれば、にシミターに近いかな。けど、刀にも見えなくもない。なんていうか言葉で言い表しにくい形だな。
「でも刃が綺麗」
それは同意。あんなにボロボロだったのに、よくまぁこんなに綺麗になるもんだな。
「はい、お仕舞い。緊急時じゃなければ使わないからね」
「わかった。ありがとう。それで魔剣の銘はなんていうの?」
「それが知らなくて困ってるんだよ」
「え? 聞いたことないの?」
お前なんていうの?
キィン
「知らんって」
「今聞いたの?」
ふふ、と笑うシェス。なんだ、普通に笑うんだな。
「……な、なに? 私の顔に何かついてる?」
「いや、笑うの珍しいなって思って」
「え? あ、そうか……」
え、いきなりなんで表情消すの!? 急にシェスから表情が消えて、瞳から光も若干消えたように思う。
「ごめんなさい。隠す」
「え、いや隠す必要もないけど」
「そう? 変じゃない?」
ころころと無表情になったり笑顔になったりするな!?
「変じゃないよ」
「女の子っぽく、かわいく見える?」
「……かわいく見えます」
何てこと聞くんだ!! 男の口からそれを言い出すのは恥ずかしいぞ!? きっと今僕の顔は赤くなっているはず!!
「そう。ありがとう!」
ぐあー! なんか意識したら余計その笑顔が恥ずかしく見えてきたぁあああ! なんて1人で悶えていたら、シェスがまた暗い表情になる。
「……私、家族以外の人間が凄く苦手なの」
あ、僕も苦手なのか。
「あ、今日。ユウも大丈夫になった。何でだろう」
「それで、表情を隠しているの?」
シェスがなにか言おうとして口を開いたけど、そのまま声にすることなく口を閉じてシェスは黙り込んでしまった。
「きっと、きっといつか話すから。今は聞かないで……」
「お、おう。話さなくてもいいよ。気にしないからさ」
シェスが、目をぱちくりとさせて、一拍の間を空けて
「お嬢様」
部屋の扉が開く音が後方から聞こえた。それと共に、シェスの表情がまた一瞬で消えた。もう一種の顔芸だろこれ。
この声は、ボディーガードの人?
「神素結界の発動がありましたので、確認に。問題でもありましたでしょうか」
「問題ないわ。少し、聞かれたくない話をしていたの」
「そうでしたか。失礼しました」
ボディーガードの人、名前なんだろう。と疑問に思ったときにはもう既に部屋から出て、気配も消えてもしまった。やっぱり強い人なんだろうけど、魔剣1本であんなに戦力差がひっくり返るんだから、邪法って凶悪だな……。
「あ、そうだ。クレリアに少し話があるんだ」
魔剣で思い出した。証言の話に少し興味があったんだ。
「わかった」
一瞬だけ残念そうな表情を浮かべたすぐ後、シェスが笑みを作った。
「クレリアちゃん」
「?」
憩いの場にはクレリアとメイドさんがいた。迷わずクレリアに近づく。
「何」
「えっと、まぁ色々あるけど。ここの家主であるディモンさんに言ったことを僕にも教えて欲しい」
「……いえません」
え? なんで?
「そのディモンに、言わないでって」
……なら、仕方ないか。クレリア。言葉遣いが子供っぽいのに感情が抜けているせいか凄く無機質に感じる。
「新入り」
「あ、はい?」
寡黙を貫いていたメイドさんが急に僕に何のようだろう……?
メイドさんは、僕の位置から影になっている部分に手を伸ばして、さっととあるものを取り出した。
箒だ。雑巾が入ったバケツもある。
「いい加減、仕事を行ってください。廊下のほうがまだですので、掃き掃除と拭き掃除をお願いします」
「あ、はい……」
「その後、洗濯を手伝ってください。屋敷の食料の蓄えが少し心細いので、買出しにも行きますよ。手伝ってください」
「はい」
仕方ない。仕事優先だ。掃除は毎日お店を掃除していたし、慣れたものだぜ。箒と雑巾入りバケツを受け取り、廊下へと向かう。その後ろ、誰かがついてくるぞ。ん、誰だ? メイドさんじゃないだろうし……クレリアかな。
廊下に出てから、振り向く。やっぱりクレリアだ。何用だろう。と思ったらクレリアの両手が僕が持っているバケツへと伸びていた。
「恩を返したい。手伝わせて」
「え? いや、掃除くらい別に僕1人でなんとかなるよ」
掃除している間神素呼吸とかで動きながら神素を集める訓練とかも出来るし。恩を返してくれるのは嬉しいけど。気が散るから出来れば僕1人で掃除がしたいな……っておいおいおい。
なんでそんな僕を見つめるの?
そんな無感情な目で見られても、全然、僕の心は、動かないよ。
「……」
「……」
「体も、好きにしていいよ」
なんかこの子凄いこと言い出した怖い。
「体?」
そしてものすごくタイミング悪いことにメイドさんが僕とクレリアのほうを見ている!? うっわー凄い汚いものを見るような目で僕を見ている!!
「体はいいので是非掃除をお手伝いしてもらいたいと思う次第です」
僕は半笑いしながら、箒をもう1つ取り出して、クレリアに押し付けた。さぁ握れ、今すぐ握れそして掃除に参加するんだ。
「さぁさぁ掃除しよう掃除」「私じゃ嫌?」「黙れお願いだから」
メイドさんの眼つきがさらに厳しいものへと変わる。や、やめてください。僕にそんな気はまったくありませんよ!! 無表情なのに、なぜか不満げに見えるクレリアは押し付けられた箒を握って、掃き掃除をし始めた。そうそう。女の子は変な言葉を使わないでお仕事してください。
この屋敷ほとんど毎日掃除されてるし、廊下自体そんなに広くないから、掃き掃除はすぐに終る。さっさっさ~っと。
よしよし、嫌なのは拭き掃除のほうだな。メイドさん達はモップで毎日ごしごし面倒そうに……?
あ、あれ? モップあるのに、どうして僕に雑巾渡したんだ?
嫌がらせか!? く、くそう。文句言ってても仕方ない。掃き掃除はこんなもんでいいや。埃を回収して、ゴミ箱へ捨てる。んで、庭に水汲み場があるから、そこへ移動してバケツに水を汲もう。よいしょっと。水汲み場と言う名の小噴水。庭に小さくてでも噴水があるって羨ましいぜ。噴水は壁伝いに流れていって、流れ出た場所の底の深い窪みに水が溜まるものだ。水自体は透き通ってて綺麗なんだけど、庭に水をまいたり掃除に使ったり、雑事専用になっている。
そういえば。この国のライフライン。水道とかどうなってるんだろう。ガスとか電気は代用品があるからいいとしても、水のことはさっぱり知らないなぁ。元の世界じゃ考えられないヘンテコな文明の成長の仕方してるからなぁ……。この辺りもなぞの神素魔素技術が使われて……。
「ねぇ」
「ん? なに」
「私じゃ……嫌?」
庭で水を汲んで雑巾を湿らせているときにこのマセガキは……。
「マセガキめ。どこでまだ覚えなくてもいい知識を教わったんだよ……」
そしてその知識を恥ずかしげもなく使うし、こいつマセガキで決定だ。……って、感情がないから恥ずかしいとかもわからないのか? でも、いいや、モラルのなさは関係ないはず。マセガキ確定だ! まったく、掃除をしよう掃除。
「私を売った人達が、多分そういうことされるから知っておけって」
……あ?
「魔剣握って体奪われてたとき、私の体じろじろ見てたし、やっぱりそういうことに興味あるのかなって思って」
「ち、違うぞ!? 断じてそういうことに興味があってじろじろ見てたわけじゃないからね!?」
誤解されないように今ここで強く否定しておかないと!!
「でも結果的に、私は魔剣を握らせる奴らに売られたの」
ちょ、ちょっと待って。人身販売があるのこの世界?
「マセガキ。どうしてそんな奴らに売り物にされた?」
「いつだか捕まっちゃった」
「そうか……」
嫌な話聞いたなぁ……。
少しマセガキのことが気になったので掃除の小休止して話を詳しく聞いてみた。マセガキは数年前に魔物の襲撃により親を亡くしている。既にこの時点でかなり重い内容になっているけど、本人に感情がないためかかなり軽い調子で話が進んでいる。どう反応したらいいのか困っている僕を他所にどんどん話が進んでいく。
親がいない子は孤児として、自称聖なる教会で国のためになる人材へと育てあげられる。だからマセガキはエイオーツ教会に引き取られていて、そこで暮らしていたらしい。本人曰く同じ境遇の子供はいっぱい居たから寂しくはなかったそうだ。
同じ境遇、親が居ない、ねぇ……。マセガキがいうに両親がいなくなるなんて状況は結構良くあることらしい。こう聖域が上手に展開されている国だとなかなかないが、近隣の小国や、聖域が完全に整っていない村じゃ魔物が襲ってくることは普通なんだ。魔物が常時発生し襲ってくる世界だけど、巨大な聖域によって守られていない地域なんてたくさんあるってことだね。
じゃあ、聖域内部だけで暮らせばいいじゃないかとも思ったけど、そうもいかないんだろうな。人間の繁殖力は凄いって聞いたことあるし。
とにかく、そんなマセガキが教会の主に頼まれて、お使いに出かけたらしい。そのの途中に急に捕まった。……白昼堂々といい度胸だな。
「なるほど。じゃあその人攫いを叩けばいいね。そしたら教会にも戻れるんじゃないか?」
マセガキも安心して教会に戻れるし、人攫いはいなくなるし、万々歳だ。
「叩く? 無理だよ」
「……な、なんでだよ?」
「シャルルでもエイオーンでも人売りは公認だよ?」
公認だ? おいおい、聖なる都のイメージが一気に真っ黒になったぞ!?
「知らないの? 邪法使いは基本的に人として認められないって」
マセガキは、捕まったその日に簡単な邪法を強制的に使用させられて、肉体が短期的に強化されて、飼い主に抗えなくなる呪いが付与されるらしい。邪法使いは人として認められていないから使わせてしまえば後はこっちのもの。ってことか。
使わせるのはもちろん死罪だし、そういう人の売買に手を染めた人も即刻死刑だ。今まででも何人もそういう事件で死罪になった人は要るけど、そのぶん手に入るお金も魅力的らしい。そのためか、そういった事件が後を絶たないらしい。数は圧倒的に少ないみたいだけど。
……女の子らしからぬ肉体の強さはその邪法のせいか。今じゃその邪法の効果も切れて、体の強さは普通の女の子ほどしかないらしい。
「それに、人攫いは消えても、私は教会に戻れないよ」
なんで? って僕が尋ねるよりも早くマセガキが動いた。左肩を出し、スカートをギリギリまでめくった。一瞬また変な行動をするつもりかと思ったけど、違った。
「邪法の副作用で、体に醜い傷が出来た」
そういって見せてくれたのが真っ黒な痣に包まれた両ふともも。太ももだけじゃなくて、首から左肩にかけて真っ黒な痣が出来ていた。だった。上半身は戦っているときには見えていたけど、邪法の効果が切れてからこの痣が生まれたみたいだから確認できなくて当然。本当に真っ黒だ。一切の肌の色が排除されている。
「教会に戻らないでここにいる理由は、もしかして」
「ディモンさんだけが、今の私に優しいの」
これだけ邪法の影響が体に色濃く残っていれば、いじめじゃすまないよな……。僕よりハードな人生送ってるんだな。マセガキ。
「えっと、な、なぁ、マセガキ」
「なに?」
「……掃除でも終ったら僕と剣の練習でもしない? 案外、筋よかったよ」
こんなことでしか話を変えられない僕は完全にヘタレです。筋よかったとか、実際よくわからないです。強かったからそうかなって思っているだけです。
「あの時の私は、全部魔剣」
しかも上手く切り替えることすら出来ていない。
「マセガキの魔剣も知能があったの?」
「剣の技術は全部魔剣。戦い方も魔剣。能力も魔剣。全部魔剣だよ」
「そっか……」
もっと違う話題にすればよかった。と、後悔しても後の祭りだよ。
「でも、剣の練習する」
「そ、そう?」
なぜかわからないけど、本人がやる気を出してくれたから結果オーライってことで!
「よーし、じゃあ拭き掃除さっさと終らせちゃうぞぉおお!!」
「おー」
覇気がない!? ……まだ感情がないからしょうがないか。
……あ、れ?
「そうそう。さらっと流したけど、戦ってるときの記憶残ってるんだよな?」
「うん」
「……ディモンさんに僕の三本目の剣のこと、言った……?」
「この国で邪法使いは殺されちゃうね」
ぎくりとした。背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。でも、それは杞憂に終った。
「言ってないよ。命の恩人だもの」
このこめっちゃええ娘だ! マセガキだけど!!
使用人兼ボディガード生活 4日目
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向井 夕 (むかい ゆう) 現状
武器 神魔剣?
聖剣 ベルジュ (青い剣
↓修理中
聖剣 フラン (赤い剣 損傷:大
防具 使用人の服
重要道具 なし
所持金 0ギス
技術 アンデ流剣術継承者
魔素による身体強化
神素による身体強化(初心者)
異世界の言葉(但し、書けない読めない
中学2年生レベルの数学
暗算
神魔剣制御
霊感
職業 スタンテッド家使用人兼スタンテッド嬢ボディーガード
2012/3/29 多くの部分を修正