025
ひとたび広まれば、それは緩いものになる。
「はぁ……」
魔剣使いとの戦いが終ってから数時間。僕は地下牢に連れてこられ、することもなく、ただため息をついていた。
「あら? ため息をついたら幸せが逃げますよ?」
ため息ついてばかりの僕の目の前に白い天使、に一瞬見えた。よく見たら、ただの看護婦さんだった。ですよねー。流石のファンタジー世界でも天使はいないよな。
「はぁ。看護婦さんが牢屋に何のようですか?」
「一応、医者なんですけど……。えっとですね、一応怪我をしていますよね? それの治療です」
「あ、そっか」
忘れてたけど、僕怪我人だった。僕の左手の魔剣に最低限動けるだけの回復は施してもらったけど、全身が痛むわ骨は傷だらけだわでぼろぼろなんだもんな。
「えっと、一応中に入るのは禁止されているので、特に痛い場所があれば……教えてください」
「左腕以外は全体的に痛みます」
左腕だけは魔剣の存在があるから特別優先されて回復してくれたからな。魔剣が。
「そうですか……ほぼ全身ですね。じゃあ治療します」
え? いきなり? 僕牢屋の中ですけど。というか、本当にその程度の情報で治療が出来るのか。それに、中に入らないってことは。
「治癒術」
やっぱり術か。看護婦さんがそう呟くと、目を閉じて、両手を僕へと差し出す。僕のいる牢屋中の神素が集まって、僕の怪我している部分に収束していく。なんだなんだ!?
神素が僕の体に染み渡っていくのと同時に痛みどんどん薄まって、消えていった。ぼろぼろに傷ついて、打撲のあととか切り傷は全て健康的な肌へと変化していく。怪我が治るまでを高速で見ているようで気分はあまり良くない。右手と両足に多くの神素が集中していて、時々何かと何かがこすれているのかビキビキと音が鳴って怖い。
「はい終わりです」
その間僅か20秒程。ためしに折れそうだった両足右手を動かしてみたけど、なんの痛みもない。すごい。20秒ほどで、骨折を動ける程度までしか治していない骨と、擦り傷切り傷だらけだったからだが痛みもなく回復した。
五郎の舐め舐め回復なんて比じゃない……!! 治癒術凄い……。
「ふふ、驚きました?」
「す、すごく。本当、凄い……」
あっという間治療が終ってしまって、驚きが間に合わない。もうただ口をあけたままぼけっとしてただけだよ……。
「それじゃあ、お暇しますね」
「あ、はい。ありがとう、ございます」
にこりと笑顔を浮かべて、そのまま立ち去っていった。……いやいや。今の技術もとの世界に持っていったら医者って職業のほとんどの人が職を失うぞ!?
これが普通なのか? 病気にも、おそらくただの風邪にも使用できる技術なんだっけ。あ、医者要らないわこの世界。村で風邪の子供への対処法がおかしなことになるのもわかる。一瞬で治っちゃうんじゃそんな知識も必要ないよな……。
「そうそう!!」
「うへぇ!?」
な、なんだよ!! 看護婦が突然戻ってきてびっくりした!!
「娘を助けてくれてありがとう。ユウ君。それじゃ」
……え? 娘?
えーっと。もしかして、今の看護婦。じゃなくて、医者。レミア・スタンテッドさんだったの……?
なんだ、この国の最高級の医者じゃないですか。それならこの治りの早さも納得。ってなんで!? なんでそんな貴重な医者が牢屋に着てるの!?
「……突込みが、追いつかない」
もう疲れた。寝よう。体の痛みがなくなったから快適だ。早く釈放されるといいなぁ……。
早くもなく、遅くもなく。釈放まで3日もかかった。
結局誰も死んでなかったって言うのに冤罪もなかなか晴れなかった。
理由はいくつかある。
まず、上級結界があの空間に展開されていたこと。あのとき、周りに気づいてもらえなかったのは、音やら気配やら全てをシャットアウトするバリアみたいなのが細道を覆うように展開されていたらしい。細道っていっても、馬車がすれ違えるほどの大きさだから結構広くバリアが展開されてたんだろう。それで、その術が僕の思っている以上に高度な技術らしくて、術者がその場で発見されなかったことが凄く問題視されているみたい。結界は神素でのみ作成可能で、まさか魔剣使いが展開するわけもないし、神聖術を扱うことが出来る協力者がいたんじゃないかと。しかもこの結界という技術。遠隔展開なんて神業ともいわれるくらい難度が高く、その場にいる人間を怪しむのが一番なんだそうだ。
だから、僕がその術者なんじゃないかって疑われている。そんなの調べればすぐわかる話なんだけど。だって、神素苦手ですよ?
次に、魔剣の支配下を逃れた少女。魔剣の支配下を抜け出したって前例はあるらしいけどものすごくレアケースらしい。超エキスパートの神聖浄化術っていう浄化に特化したスペシャリストが何人も集まったり、究極の神の武具オーリ・ハルコンでもないと命を救うことは出来ないとか。
じゃあ、なんで助かったのか。シェスは聖剣のおかげって弁明してくれてるんだけど、それでもなかなか釈放はされない。それもそうだ。上級聖剣じゃなくて、超上級、まぁめっちゃ凄い聖剣じゃないとそんなこと1%たりとも可能性はないらしい。つまり、僕の聖剣は浄化すると言うより、動けなくしただけみたい。
そして、総じて次の事柄が問題。
なんで魔剣が壊れた? って言う点。
魔剣を壊すって言うのは案外難しいことじゃないらしい。宿主がいない魔剣はエネルギーの供給がないと、ほかのより硬い鉄の剣みたいなもので、宿主を殺すことさえ出来れば魔剣を壊すのは容易なんだそうだ。でもしっかり宿主は生きてるし、宿主を魔剣の支配から開放する術もなかった。さっきから言ってるけど、僕の持ってる聖剣じゃ開放なんて不可能。
だから、魔剣は宿主の解放前に破壊されたと考えられてるわけで、そんなことが出来るのはオーリ・ハルコンしかない。でもその所持者はこの国にいない。この事柄が一番調査している人達の頭を悩ませているみたい。
それだけ前例がない問題点が挙がる現場に正体不明な僕がいるわけだ。そりゃ、色々怪しまれるわけだ。僕でも僕を疑うよ。
それにしても……はぁ~。この3日間。何度胃に穴が開くと思ったことか。魔剣の力を必死に隠して、刺青を消して、最近できようになった僕自身からも魔剣の力を押さえつけるって技術を利用して、魔剣と僕とで二重で魔剣隠蔽したり、体にいつも薄く神素を纏わせて魔剣の気配を感知できないように誤魔化したりとか……。
僕の限界ギリギリのところでディモンさんが怪しいものではないと言ってくれて、解放してくれた。
本当に辛かった……。そのおかげで神素の扱いが少し上達したけど、全然嬉しくない。
「すまない。私も小貴族で末端でしかないんだ。助けるのが遅れたよ」
「いえ、ありがとうございます。胃に穴が開くかと思いました」
僕は今牢屋にいる。無機質な石と鉄柵に囲まれた部屋。今、その鉄柵で出来た扉が開く……!
服を囚人服から新調した学生服に着替えて、牢の外へ出る。囚人監獄と名のついた場所から出て、久々に日の光を浴びる……出所した人の気持ちって、こう清清しいものなのかな……多分違うんだろうな……。
「……娘を守ってくれてありがとう。本当にありがとう」
監獄をでて、ディモンさんがいきなり僕に頭を下げた。公衆の面前で。小でも貴族がしがない使用人の僕に対して!?
「やややや、やめてくださいよ!? 皆見てます!!」
「まさか、魔剣もちがこの国に侵入して、挙句の果てには娘と遭遇するまで発見することが出来ないなんて、何のための小貴族なんだ……。本当に申し訳ない」
苦しそうな顔をして、すぐに泣いてしまいそうな雰囲気さえ感じられる。力強くて朗らかなイメージと裏腹に、今はつけばすぐに崩れてしまいそうなほど脆さを感じる。
でもこれで1つディモンさんへの疑いが1つ晴れた。僕を捨て駒にしようとはしていなかったみたいだ。
「慢心からくる油断で生じた責任だ。許して欲しい……!!」
「だ、大丈夫ですって! だれも死ななかったんだし、結果オーライですよ!」
「おーらい?」
しまった、異世界じゃ結果オーライって言葉は通じない。
「終わりよければ全てよしって言葉です」
ちょっと違う気がするけど、だいたい合ってるはず。
「ありがとう、本当にありがとう……!! これからも娘を頼む……!! 君になら全て任せられるよ」
ちょっとまってディモンさん。なんで僕がシェスをくださいっていった後のような台詞を言うの。周りの人が「え? あの人スタンテッド家の娘の婿!?」ってささやいてるんだけど。
「ディモンさん。話は後にしましょう!? とりあえず、女の子がどうなったとか、シェスは元気とか気になりますのでね、ね!?」
そして、一個人として、早くこの場から逃げたい!!
「そ、そうか? 娘は今屋敷にいる。クレリア君も私が預かっているから屋敷にいる」
くれりあ? ……んー? 誰だ?
「ボディーガードの人達はどうですか?」
「復帰して娘の護衛についている。一緒にいると思うぞ」
「わかりました。あと、屋敷はどっちですか?」
「この道を向こうにまっすぐだ10分歩けば着く」
「わかりました」
「すまん。送り届けたいんだがこの件で忙しいんだ。クレリアの証言で少しこの国がざわついててな……」
証言? あ、クレリアって、あの女の子か?
「気にしないでください。……あ」
「どうした?」
「僕の剣!! あれ命より大事な剣なんだ!! 何処にあるか知りませんか!?」
「ああ、フランとベルジュか。腕のいい聖剣技師に修理をお願いしている。ベルジュはもう直して屋敷にあるが、フランは少し損傷が酷い。もう3日はかかるそうだ」
ほっ、よかった。
「そうですかっ。よかった。ありがとうございます。それじゃ、失礼します」
「わかった、帰り道気をつけてな」
「ふぅ、ただいま~かな?」
屋敷の扉を開けてこっそり内部へ進んでいく。
「あ、お帰り新入りさん」
屋敷に戻った僕を出迎えてくれたのはディエルだった。普段スタンテッド家が集まる憩いの場に居た。ディエルの背後に居る僕と同じ使用人の女性。メイドさんがじっと僕を睨んだ。……仕事サボってごめんなさいと、心のなかで謝っておこう。それを察してくれたのか、目線を僕からそらし、眼を閉じた。
ディエルは本を読んでいたようだ。文字が読めない僕には何の本かはわからない。字の勉強もしないとなぁ……。
「ディエル様。ただいま戻りました。着替えますので失礼します」
「うん。姉さまと女の子は部屋だよ」
「……あ、ありがとうございます」
え、何この子。察しがよすぎるというか、本当に子供? 僕が言うのもなんだけど本当に子供?
とにかくまず自分の部屋に戻る。戻ると、ベルジュが机の上においてあった。兼帯から抜いて、刃を確かめる。3日前はボロボロだった刃がしっかりと磨がれて綺麗になっていた。うん。ありがたやありがたや。
ベルジュを置いて、僕は学生服から使用人服へと着替える。堅苦しくて苦手だけど、一応仕事として使用人をやっている以上避けられない。しょうがないと諦める。
「さて、シェス、様の部屋は……」
くっそ、屋敷なのに呼び捨てにしちゃいそうになる。そのうち切り替えが上手くできなくなりそうで怖い。
「ここか」
ノックを数度する。
「誰?」
「ユウでございます。失礼してもよろしいでしょうか?」
「砕けた喋りをしてくれるなら、どうぞ」
なにその条件?
「失礼しまーす」
せっかくの好条件だから、言葉に甘えさせては貰うけど。部屋に入ると、女の子らしくない殺風景の部屋が僕を出迎えてくれた。女性のたしなみと言える化粧品のにおいが微かにするけど、想像していたよりも全然物がない。私生活で最低限のものしかないんじゃないか?
ベットに腰を下ろしているシェスの隣に、魔剣を持っていた女の子がいた。
クレリア、だっけ?
と、観察を続けていた僕に、シェスが口を開いた。
「使用人失格ね。首よ」
なん、だと?
衝撃の発言に僕の体は硬直した。
まさかの罠だなんて!! まずいっ!? ディモンさんになんて言えば
「……冗談よ」
……冗談、か。ふぅ、冷や汗かいたぜ。って、最近嫌な汗かくのが日課みたいになってる気がする。きっと僕早死にするんだろうな……。
「びっくりしたよ。それで具合はどう?」
「ええ、おかげさまで大丈夫よ」
シェスの表情は硬い。少し緊張しているようにも感じる。やっぱり、あんなことがあった後だ。命のやり取りなんて普段から早々あることじゃない。いつも危険な目に会っているとはいえ、ボディーガードがちゃんと居る状況だった。昨日は頼れる男2人がやられて、命を預ける相手が自分より幼い僕だったんだ。相当緊張したに違いない。
「クレリアちゃん、だっけ? なんか、目が虚ろだけど大丈夫?」
と聞くと、シェスが首を横に振った。
「あのあとちゃんとした浄化術の達人に聖剣じゃ打ち勝てなかった魔剣の汚染を浄化してもらったの」
「え?」
「あなたの神素量じゃ流石に魔剣の支配下から体を動かなくするのが精一杯だったのよ。だから少ししか浄化されてなかったの」
ん、んー? 僕の聖剣じゃ浄化は少しも出来ないって聞いたけど、多少浄化できたのかな。
「……話し聞いたでしょう? 上級聖剣じゃ魔剣の支配からの開放なんて無理なの。多くの神素があっても出来て、表面上の浄化だけ。だから、精神支配の浄化をその手の達人に頼んだの。わかった?」
……そういえば、僕のときは精神支配はなかった、なかったよな? なかったから聖剣だけで浄化しきれたのかな。つまりあの時僕は、表面上が汚染されてたってことになるな。表面上ってどこからどこまでを指す単語なのかよくわからないけど。そして神素量うんぬんってことは、多分アンデが送り込んだ神素がまだ溜まってたからあの時僕の体も浄化されたのかな。
つまり神素だけだと浄化にならないけど、聖剣と神素合わせて浄化になるわけか。聖剣が浄化になるわけじゃないのか。神素が浄化なのか。そうかそうか。
自分で魔剣をへし折ることが近々出来るな……。
キィン!?
何驚いてるんだよ。前々からいってるしょ。
キィン
え? ……忘れてた。お前僕を宿主にしてた!? お前壊そうとしても僕のエネルギー使うつもりだな!!
キィキィン
なに喜んでるんだこいつ腹たつ~!!
「それで、もうしばらく精神浄化が必要なんだけど、クレリアの体力がいるから今は休憩。一応生活できるレベルに戻ったから今はここにいるってわけ」
「なるほど。わかった。クレリアちゃんと話って出来るの?」
「一応話は出来る。思考も出来るみたいだけど、さっきも言ったけど精神支配のせいで感情が上手く表に出せないそうよ」
「なるほど」
そもそも会話できなきゃクレリアから証言なんて取れないよな。聞いてから思い出したぜ。
「次、私が質問していい?」
「え? いいけど」
「……クレリア。ディエルのいる場所へ行ってくれる?」
クレリアは一度うなづくと、ゆっくりとシェスの部屋を出て行った。部屋の中に要るのは僕とシェス。
「神素魔素の複合使用は高度ではあるけどよく使われる技術。でも相当穢れを溜めるから、多様は出来ない。でもあの日使用人の体にほとんど穢れが溜まらなかった」
「……そういうのってわかるの? というかいつ見たの?」
「治癒術を学んでいればわかる。タイミングは、私の意識が朦朧としてるとき」
なるほど、治癒術を学ぶとわかるのか。なら、術の才能がないって言われた僕じゃずっとわからないだろうな……。
「まぁこの辺りはいい。でも一番聞きたいのは」
「あなた魔剣使いね」
使用人兼ボディガード生活 4日目
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向井 夕 (むかい ゆう) 現状
武器 神魔剣?
聖剣 ベルジュ (青い剣
↓修理中
聖剣 フラン (赤い剣 損傷:大
防具 使用人の服
重要道具 なし
所持金 0ギス
技術 アンデ流剣術継承者
魔素による身体強化
異世界の言葉(但し、書けない読めない
中学2年生レベルの数学
暗算
神魔剣制御
霊感
職業 スタンテッド家使用人兼スタンテッド嬢ボディーガード
2012/3/22 前半部分大きく編集、書き加えました。