002
陽気な空気は彼に世界の知識を与えた。
アンデに言葉を教えてもらいながら、仕事をし続けて、2月ほどたった。この世界に来て90日は経過したかな?
この世界で月間って概念は無いみたい。あるのは太陽が昇るか落ちるか。お月様が上るか落ちるか。
夏のピークは終わりを迎えて、だんだん秋へ向かって、涼しくなってきた。夏はクーラーなんてないから、仕事中は暑くて暑くて大変だった。でも最近涼しくなってきて、仕事中に汗を流しすぎて気持ち悪くなることもだんだんなくなってきた。いい事だ!
その季節の変わり目を迎えるまでの間、僕は特別何かするわけでもなく、アンデに言葉を教えてもらいながら食堂を手伝っていた。
「おーい、ユウ! こっちのテーブルに酒を持ってきてくれ!」
「あいよ~」
そのおかげで、すっかり異世界の言葉にも慣れたて、食堂の仕事も板についてきた気がする。常連さんには顔を覚えてもらったし、まともに話も出来るようになった。ようやく生活に馴染めてきた、はず。……いや、まだ覚えてない言葉もあるし、グロテスクな見た目の食事にはまだ抵抗感あるけど。
……とりあえず常連の人達には僕の顔と名前を覚えてもらうくらい、このお店にも馴染んだって事で、うん。あ、新しい客だ。食堂の扉が開き、男が1人入ってきた。
「いらっしゃいませ、デトラオンへ!」
……デトラオンというのはこのお店の名前だ。英語で言うと、デーモン。悪魔の店。ってことらしいぜ。発音は、デトラオン。はは、そんな言葉前の世界じゃ聞いたこと無いよ。なんかのゲームの魔法みたいな名前だよな。
「おう! 来てやったぜ」
む、この客は……。今入ってきた男は、僕の案内も無しに空いている席を見付けると、そこに座って僕を手招きした。凄くえらそうな態度に凄く釈然としないけど、まぁ、常連さんだしいいかな。
「いやぁ、しかし気難しいマスターのとこでバイトできるなんてたいした子供だよお前は」
今僕に気さくに話しかけてくれるこの男。シュッテイマンという冒険者だ。いつもは同じ冒険者仲間と来るけど、今日は1人みたいだ。
僕の最近知った知識の中に、冒険者という職業というのがある。
どうやら、よくあるファンタジー物に出てくる、"ギルド"的なものが存在するらしい。ファンタジー世界のギルドと言えば、ギルドに従事する人達が、ギルドに提出された依頼を行う。その依頼の成功報酬で、ギルドとその従事する人達の収入を得る仕組みをもった組織で有名だ。ほかにも、従事する人達の実力に合わせてランク付けされていたりとか、色々な設定のあるファンタジー世界の定番だね。
この世界じゃ、そのギルドに従事する人を全員、冒険者と呼ぶらしい。
この話を聞いたとき、モンスターを倒してお金を稼ぐ職業があるのか! と胸を躍らせたけど……依頼されたモンスターを倒してお金を稼ぐという組織じゃなくて、国が戦闘可能な人を集めてさまざまな仕事を発令する、職安のような場所らしい。特技が戦闘の職無しの集まりって感じ。聞こえが凄く悪い。
その聞こえの悪くなるような職業が冒険者なんだけど、悪いことばかりじゃないみたい。発令される仕事は、他国への荷物の宅配や、薬草の採取などこまごましたものもあれば、未開拓の土地の開墾という大きな仕事まであるらしい。未開拓の土地の開墾なのだから、今まで人の手に触れずに育った高値で売れる薬草を見つけて、一躍お金持ちに! ってこともあるらしい。
ギルドも未開の土地や、謎めく建物が多かったりするこの世界を冒険してくれる人達を支援してくれるということで、冒険をする人は冒険者になるべくギルドに加入するのが大半だそうだ。元騎士が、自由を求めて冒険者に転職するなんてこともあるらしい。
僕はお宝を探すというよりは、未開の地へまだ見ぬ景色を見るってことに凄くロマンを感じる。胸が、熱くなるね! 将来冒険者になろうかな……?
まぁ、そんな話もそこそこに、バイトの話に戻るけど、僕はお手伝いという行為は慣れっこだ。前の世界でも良くやっていた。ほら、親孝行とかの一環で。だから、この世界でもそういうのが当たり前じゃないのか気になった。
「シュッテイマン、さん。他の人は、バイトしなかったの?」
うん、今僕が喋ったんだけど、まだ片言なんだ。でも、結構言葉も覚えたよ。本当だからね!
「ん? いや、したぜ。でもな、古びた店のおっさんが」
殺気!
振り向くと、アンデが厨房から半分だけ顔を出して、僕とシュッテイマンのいるテーブル付近を睨み付けていた。……怖い!! この数ヶ月。アンデがよく誰かに殺気を放つから、殺気を感じ取るのがうまくなってしまった。言い換えれば、人の気配を察するのがうまくなった。この世界では本当にいろいろな人が自分の気配を消して動いたりする。
消すって言うのも、息遣い、足運び、衣擦れ、そして常に人の影となる部分を意識してそこに自分を置くように動くのが、気配を消すってこと。なんか、こういうのも人が自然と発している気みたいなのがあって、そういうのを消すものかと思っていたけど、違うもんだね。
だけど、やっぱり本物の達人は何か感じ取って人の気配ってやつを読み取るらしい。僕には殺気くらいしかわからないけどね。そういう人達をこのデトラオンに着てからずっと観察してきたから、五感で感じるほうの気配は結構消せるようになった。この技術を駆使すれば、鬼ごっこなんか無敵なんじゃないかな。……ただ、こんな感じに睨みつけられていると、逃げようがない。アンデ怖い。
僕とシュッテイマンがアンデの殺気に脅えていると、店の扉が開き、新たに3人ほど男がやってきた。その男たちのうちの1人が口を開いた。
「おい、シュイ。あんまりマスター怒らせると、また焼かれるぜ?」
シュイってのは、シュッテイマンの愛称。今お店に入ってきた3人はシュッテイマンと一緒に冒険者をやってる仲間だ。名前は教えてもらってない。これからシュッテイマンのパーティーは離れた森に現れた、熊のような人食いの魔物を討伐しに行くとの事。魔物っていう存在もファンタジーの世界にはお馴染みだね! この世界でもよく存在を理解されない不思議な存在。それが魔物。なんかよくわからないけど、国の周りには凄い仕組みがあって、どんな魔物でも簡単に入ってこれないみたいだけど、たまに弱い魔物が迷い込んでくるらしい。一般の人からしたらものすごい脅威だから、こうやって冒険者が派遣されるらしい。
「シュッテイマン。次何か言ったら、焼くからな」
アンデが一言、言い残して厨房へと消えていった……。助かったか。って僕悪くないじゃん!?
「僕を、巻き込む。やめろ」
「は、はは、すまん……。つまりな、ユウ。そういうことだ」
つまり、アンデはすぐ腹が立つことがあったら、焼くぞと脅してくることだろうか。それでバイトの人達が逃げた。……どうしてだろう。腑に落ちないところが多いけど妙に納得できた。
「おーい! 酒はまだかー!?」
あ、忘れてた!!
「今、行きます!! 仕事、戻りますね」
この世界のアルコールはだいたいワインっぽい果実酒だ。ビールのようなものはなぜか高級品指定。というのも、今年は不作だったらしい。食べるもの優先すれば、飲み物は作れませんよね。そりゃ。……豊作だったら安いのだろうか?
僕がシュッテイマンから離れて、仕事に戻ろうしたらシュッテイマンに腕を引かれた。なんだ?
「ユウ、仕事頑張れよ!」
シュッテイマンは僕に数枚紙幣を握らせてくれた。おおっ、ありがたい。チップをくれる客はそう多くないから、大事にしないとな!
「……というわけで、アンデ。今季の収入は……?」
ん? アンデが渋い顔をして僕の顔を見続けているぞ。ん~。どこか決算報告書に間違いでもあったかな?
「おい、何で俺は呼び捨てなんだ」
「……は?」
突然このおじさんは何を言い出すんだ。
「客にはさんつけて呼ぶじゃねぇか」
文句あるのか? だって、さん付けして呼んだら怒らない?
「いまさら、さん、つける? アンデさん」
そう呼ぶとアンデは肩震わせ、嫌な顔をした。
「……いや、やっぱり、いい」
ですよね。
僕は今季の業務成績を報告した。どうやら、季節の変わり目おきに大きな区切りというのが設定されてるらしい。元の世界で言う月のことだね。簡単に言えば春季、夏季、秋季、冬季が月の代わりみたいなもので、今日で夏季が終わったらしい。……といっても明確に日が設定してあるわけじゃないから、アンデが今日で夏季終わりと言ったから、今日で夏季が終わりなだけだ。
「色々、必要費引いて、利益は86万300ギス」
「……? 本当か?」
ギスはこの大陸での通貨。価値は大体1.5円=1ギス。俺の感覚でね。よーするに、130万程度稼げたわけだ。
「本当?」
130万じゃ少ないのか? どこかで計算ミスをしたか?
「……いや、確かに今季は客が多かった。売り上げが伸びてもおかしくないか」
? 前回はもうちょっと少なかったのかな。
「……窓なおさねぇとな。いや、そろそろあいつらがくるから、多少待つか。いちいち俺がいないとき狙ってくるからな……」
げ、あいつらまた来るのかよ……。しばらく平和だったのは、そういうことだったのか。
「まぁいい。わかった。てめぇには、店利益の2%やる。もってけ」
「……本当?」
「なに疑ってるんだ。取るもんは取ってるよ。本来なら5%やるとこだが、居候費で差っぴいてるよ」
なるほど。やふー。いやちょっとまって。そんなんで僕養っていけるの? 3%って、3万ギスにも満たない。円換算だと、4万5000円も無いくらいか。それで衣類あり三食あり住居ありって破格じゃない?
「それだけで、僕、養う?」
「それだけ? 小僧の金の価値観なんかしらねぇよ」
実は、この店の外には出て、村を色々見回ったことはあるけど、未だ買い物をしたことが無い。というのも、話せるものの読み書きがまだ不完全だからね。会話が出来なきゃ取引できるわけがないよ。
「じゃあ。2%。えっと、1万8000ギス貰います」
「……ごまかしてないよな?」
ぎく……。アンデの睨みが怖いっ。
「……少し、ごまかしました。本当は1万7206ギス」
と、本当のことを言うと、アンデは呆けた顔をした。
「なんだ、それくらいならいい、細かいのは持てないだろう。町にも行って財布でも買うといい」
よしっ! せっかくお金ももらえたし、そろそろ動き出してもいいかもしれない。給料日が季節の変わり目って言うのは遅くてたまらないね。
今まで集めてきたチップと含めて2万3000ギス。意外と冒険者っていうのは金遣いが荒い傾向にあるね。チップが多くて助かるよ。それとも、サービスを求めるにはそれが普通なのかな。ならチップを貰うまでは客を荒くあしらってもいいのかな?
まぁ、それは置いといて、ちょうどいい機会だから、現状をまとめておくのもいいかもしれない。
「じゃあ、明日、休みください」
「ぬ……まぁ、いいだろう」
アンデ、やさしいぞ? 気持ち悪い。
「い、いいか。一日だけだぞ。夜の移動を避けるためという理由なら、二日後の明朝でも許す。いいか、帰ってきたらしっかり働いてもらうからな!」
なんていうんだ、これは、あ、あれだ、元の世界で言うツンデレの、デレ期ってやつだ!
隆介に紹介したら、喜ぶかな。いや、男のツンデレなんて気持ち悪い、って言いそうだな。やめておこう。
僕は借りている部屋に戻って硬いベットに倒れこんだ。最初は硬くて寝ずらくてたまらなかったけど、慣れてしまえば問題ない。
さて、2万と3000、ギスか。まずどんなものがどう売られてるのか、市場調査から始めないとな。騙されるなんてたまったもんじゃない。
情報収集とかもしたいな。この世界のことをアンデは何も教えてくれないし。僕の今いる町の名前くらいしか。たしか、ムー大陸の聖なる王国シャルルって国に属してるんだっけ?
そこに属する集落の中でも結構大きい集落にいるらしい。シャルルまでは歩いて1時間って言ってた。危険も無いってシュッテイマンが言ってたから、聖なる都シャルルの町に行こう。シャルル国で一番に大きい町で、国を治めている中心の町だ。国の名前と一致してるくらいだからね。
……にしてもムー大陸って、あれだよな、確か、古代文明が栄えて、今は滅びたって言う幻の大陸だよな。元の世界じゃそうなってるけど、こっちでは健在ってことは、元の世界の昔は魔法が栄えてたのかな?
この世界には巨大な2つの大陸が存在しているみたいで、ひとつがムー大陸。もうひとつがレムリア大陸。
レムリア大陸ってあれだよね、元の世界のいろんな大陸の集合体だよね。
それより、ムー大陸とレムリア大陸、って時期違うよね?
それよりもそれよりも、元の世界の仮説で成り立った大陸の名前がどうしてこの異世界でも使われているんだ。意味不明だ。
ちなみに、アンデは火を扱う魔法使いだ。なかなか教えてくれないけど、昔は炎と剣を操る魔法騎士だったらしい。けど、この国じゃ魔法はなかなか受け入れられず、ちょっとしたミスを大きく取り上げられて、首にされたらしい。神聖な国としては、魔を司る術は忌み嫌われているらしい。便利なのになぁ。
そのせいで僕もなかなか変な剣を使えない。
……はぁ。なんだかめんどくさい。
いやいや、元の世界で誰も見たこと無い世界を見て回れるって言うラッキーがあるじゃないか。めんどくさくないぞ~! そのために、お金だお金。飽きたら、元の世界に戻る方法でも探して、だめっぽかったら、変な剣があるし。元の世界じゃ剣道を習っていたから、多少は戦っていけるはず。
とりあえず、今後の生き方は、まったり、考えるか。もしかしたら元の世界にも戻れるかもしれないし
異世界生活90日
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
向井 夕 (むかい ゆう) 現状
武器 変な剣?
防具 異世界での服
重要道具 もってない
所持金 2万3000ギス(初給料) 500円
技術 剣道
異世界の言葉(聞く、話す、ちょっと読む、ちょっと書ける
中学2年生レベルの数学
職業 デトラオン(悪魔の)食堂店員 (バイト)
2012/04/24 設定の矛盾の修正。申し訳ございません。
2012/5/11 見直し、表現の修正、誤字の修正などなど