016
彼は世界が違うのだと認識を改めなければならない。
「なんか出る幕なさそうだな」
僕は安心して、地面に腰を下ろした。
「え? でも、大変そうだし、助けたほうが」
「残念だけど、決定打を与えられるのはアンデと騎士達だけだ。僕らの聖剣じゃあいつらを切れないみたいだし」
止めをさせるだけの武器が使えるなら別だけど、今は良くない。
「余計な手を出さないほうが良さそう」
「そう……ね」
戦況は非常に良かった。村の人達が弓矢とか槍を使って、トロルの怪力の一撃をギリギリで回避しつつ少しづつダメージを与えていく。騎士たちが神聖術を使って牽制しながら、確実にトロル達を押していく。
トロルはそのたび豪腕を強く回りに振るうけど、うまくその射程外に移動したり、死角へ移動することで致命傷は避けているみたい。
村人たちが作った隙を狙って着実にアンデがトロルたちにダメージを与えていく。騎士もじわじわとトロルを追い詰め、ダメージを蓄積させているみたい。
既に1匹が心臓を貫かれて死んでいる。傷口が燃え上がっているのを見ると、アンデがやったんだろうな。
「よかった。誰も死んでない……」
馬鹿女が安堵のため息をついた。何人かが、トロルの攻撃で傷つき倒れているけど、胸が動いている辺り生きて入るだろうね。その様子を
なんて、考えていたときだった。
「避けろぉおお!!」
そう、誰かが叫んだときだった。
ぐちゃ、っと、トマトが潰れるみたいな音と一緒に。
バキボキと、さまざまな何かが折れる音がした。
「え?」思わず呆けた声が出た。
僕も馬鹿女もその一瞬を呆然と見ていた。トロルが手のひらで、地面を叩きつけた。その下に2人いただけの話。1人は手のひらの下に全部隠れて、もう一人は両足が手のひらに飲み込まれた。
なんとなく、なんとなくだけど、なんとかなるような気がしてた。まだ僕は命の取り合いって言うのを良くわかってなかったみたいだ。
人が、死んだ。
「ぎぃいいいいいいあ……あぁ!!」
金切り声のような絶叫が辺りを支配する。村人たちの戦意が一気に低下したのが見て取れる。後ずさりする人もいれば、手から盾を落とす人もいた。
「い、いやぁだ……!」
馬鹿女が状況に気づき、剣を片手に取り始めた。駄目だ!!
「なんで、ユウ!! 止めないで!」
「泣いて戦うな。焦って戦うな。感情で戦うな。理論を投げ捨てるな。僕たちは知能ある人間だ!!」
アンデの教えを全力で馬鹿女に叫びつける。
「……!!」
悔しそうに顔を歪めて、涙を流す。僕も、今ちょっと悔しいし腹が立っている。直接お世話になっているとは言いがたいけど、同じ村の人としては人の死がなんとも思わないものでもなかった。
畜生、畜生!!
顔見知りが一人、この世から消えた。
トロルが手をどけると、そこは真っ赤で、そのトロルの手のひらも真っ赤だった。
「うおぉおおおお!!」
そのトロルにアンデが突撃する。叫び声と裏腹に目が真剣で、揺れていない。落ち着いている。でもその表情は怒りで染まっていた。
両手の剣でトロルを切りつけ、ひるんだ隙に一気に首を刎ねた。これで、後1匹。
勝てる。村人の戦意は低下してるけど、脅威となるトロルはもうあと1匹だ。
「ねぇ、ユウ、あれ……!!」
「……な!?」
馬鹿女が指差した先に、さらにもう3体のトロルが
走ってきていた。
「嘘!?」
そこから戦況は最悪になった。
3匹のトロルの体当たりで人間側の戦線が一気に崩され、死者は出なかったものの村人は完全に戦意喪失。一部を残し逃げ始めた。
「む、むりだぁあ!!」
「死にたくないぃ!! 嫌だ!!」
「逃げるものか、ここで逃げたら、娘や妻が!」
「息子のためにも、引くわけには……!」
リトの父親だ。
「もう無理だ! シャルルへ逃げるんだぁ!」
「く……!」
騎士たちとアンデが非常に苦しい表情を作る。攻撃じゃなくて、逃げまとう人達の防衛をしなきゃならなくなった。攻撃の手が緩めば当然、トロルはその分攻撃に手が回せる。
逃げまとう村人は、戦意を無くしていない村人以上に的だ。
「まずい、このままじゃ」
流石の僕もこのまま見てるなんて出来ない。というか、見ていたら村が死んでしまう。リト父も善戦してるけど、このままじゃ殺される。リトが泣く顔なんて、見たくないなぁ。
助ける術はある。囮作戦、もしくは魔剣による攻撃。後者のほうが今は安全だけど、命を天秤にかけるという点では変わらない。
「セリア、奇襲」
「……う、うんっ」
「……セリア」
「え? ……え、ち、違う、怖くなんて……」
だめだ、馬鹿女完全に震え上がってる。これで奇襲なんて出来ない。でも、こうしてる間にも村人は慌しく逃げようと、トロルの餌食になる。
……ここで馬鹿女を置いて、人がいなくなったら魔剣。それなら、いいはず。なら最初に、囮作戦をしないと……。
「待ってて」
「え? ユウっ!! い、いや!! 待って!!」
僕は待たずに、聖剣を抜いて、走る。
トロルの背後へ移動し、魔素を体に集めて、限界まで身体強化!
「喰らえ!」
1匹に聖剣を突き立てる。その瞬間に魔素を多く消費して瞬間的に筋力を強化した、……けど、刃がぜんぜん突き刺さらない!? 筋力不足って言うよりは、得物がトロルに負けている! 切れなさすぎだろ!!
あ、まずい!!
すぐに腕輪を一度叩く。
「鉄壁の肉体!! がぁ!?」
神聖術発動とタッチの差でトロルの握りこぶしが僕を吹き飛ばして、近くの木に叩きつけられた。痛い! けど、木刀で殴られる程度の痛みで済んだ! 助かった……! 背中に木の枝があって、本来ならその木の枝が僕を貫くちょっと嫌な展開になっていたんだろうけど、この腕輪のおかげで枝のほうが砕けた。
本当に岩石のような体になっているのか? 少し気になって皮膚を叩いてみたら、本当に硬かった。どういう仕組みだよ……。
僕の存在に気づき、拳を突き出したトロルは声を上げる。幸か不幸か、それに気を取られて他の3匹のトロルも僕に注目する。その隙を逃さず、アンデが1匹のトロルを、先程村の人を潰したトロルを始末した。
「こ、小僧!! 生きてるか!? 小僧!!」
「な、なんとか……」
必死なアンデの形相が一瞬だけ安堵に変わる。でもすぐに鬼のような形相に戻る。
「馬鹿!! なぜ来た!!」
「本当は参加する積もり無かったけどね!!」
「!! く……!!」
アンデの猛攻に気づいたトロルはすぐさま反応する。もう1匹始末しにかかるが、対応される。トロルは太い手を盾にして急所を守る。アンデの燃える剣で切り傷と炎のダメージを与えるが、すぐに出血が止まり、炎のダメージも焼けど程度に留まる。
なんつー化け物!?
「く、うわぁ!」
僕も獲物を回収しようと、先程聖剣を浅く突き刺したトロルへと飛びつき、剣を引き抜く。けど、完全に引き抜く前に、トロルが大きく回転したため、遠心力で吹っ飛ばされた!
トロルが刺さりっぱなしの聖剣をつまんで抜くと、へし折られた!?
「くそ、武器が!!」
なんて考えてる暇は無かった。追撃で飛んできた僕の身長ほどある拳。
すぐに僕はその場から跳び逃げて、回避。
「くそ、剣を出すしかないか!?」
迷いながらも、トロルの猛攻を回避し続ける。身体強化が続いている今なら問題ない! でももう少ししたら魔素が尽きる……!!
「あ、やばい!?」
トロルの蹴り上げ。思ったより速度がある!! 必死に回避しようとしたけど、僕の肩にかする。
「ぐぁ!?」
かすっただけでこの衝撃!? これでも鉄壁の肉体発動してるのに、肩が外れそうになるくらい痛い!!
「ユウ!!」
ば、馬鹿女が出てきた!? アンデの気持ちが今なら少しわかる!!
「なんで出てきた!? 逃げろ!!」
新しい標的として出てきたトロルはすぐに馬鹿女に気づく。そして、拳が馬鹿女に飛ぶ!
「かわせぇええ!」
「きゃぁ!」
拳が右半身にかすり当たる。上手く体を捻って衝撃を相殺したけど、相殺しきれずそのまま馬鹿女は吹っ飛ぶ。地面に叩きつけられずに、そのまま横に。僕がゴブリンにやられたときの比じゃないほど遠くに。
「馬鹿女!!」
「馬鹿小娘め!! 小僧、小娘をどうにかしに行け!! はぁ、はぁっ!」
アンデのフォローが入る。僕を標的にしていたトロルの目線が外れる。アンデが疲れてる!? 僕と馬鹿女の訓練で息切れ1つしなかったアンデが息切れを……!
いやこの隙に一気に馬鹿女のところに行かないと!
体に残った魔素を全部使って戦線を離脱。馬鹿女の元に急ぐ!
泥まみれになった馬鹿女が身動きひとつせず倒れていた。僕は最悪の結末を想像しながら近づく。
「大丈夫か!? おい……」
「……うっ」
ふぅ~~。よかった。生きてる。でも右手が酷い。折れてるなこれ。
「どうしよう」
このままじゃアンデがやられる。
村がやられる。
皆、殺される。
僕は命を天秤にかける。
「……ばれても、僕だけが死罪」
覚悟を決めろ。死罪でも、この混乱なら逃げ切れる。大丈夫。既に一度死んでると思うし。また火事に飛び込む気持ちで挑むんだ。
くそ、どうせ使うなら、もっと早く覚悟してれば馬鹿女だってこんなにならずに済んだんだ!! 村の人だってまったく死ななくて済んだだろうに。馬鹿女に腕輪をつけて、鉄壁の肉体を発動させた。
そして僕は。左手に集中する。
「来い!」
左手から、剣を呼び出す。想像で形が変わるんだ。形は、長剣。トロルの分厚い胸板でも心臓を貫けるように。首を刎ねれるように。切り裂けるように!!
右手で握ったその剣は、僕の身長ほどあるでかい剣だった。ただ、僕がゴブリンにやられて魔剣のエネルギーを使って以来まともな生き物を切っていないため、刃が刃こぼれだらけのぼろぼろ状態だった。
キィイイイン
でも、剣のやる気も十分。問題ない!
「よし、行くぞ!!」
魔素を集めて、身体強化!
戦線復帰! トロルが僕に気づき、拳を振り下ろす。僕は飛び上がってそれを回避。そのまま、トロルの腕を切りつける!!
「ウゴァ!?」
ちっ、切れ味が、良くないままだったから切り裂けない!! 小さな切り傷ひとつしかつけれなかった。
でも、かなりダメージ与えられたぞ!?
魔剣で切りつけた部分が青く変色して、トロルの腕がだらり垂らして、まったく動く気配が無い。反して魔剣の切れ味が増した。ボロボロの刃から、鋭い刃へと変化した。
キィン!
旨いか、そうかそうか。もっと喰っていいぞ!!
僕は追撃と言わんばかりに、トロルの腕を切り、落とした!? 切れ味急によくなりすぎ!?
「ギャアアアゥ!?」
わけがわからないと言う風に、僕を恐れ始めた。これは畳み掛けるチャンス!!
「馬鹿女の借りを僕が返してやる!」
トロルの首を刎ねてみた。さっきの聖剣じゃ絶対出来なさそうなことがこの剣だったら簡単に出来た。トロルの首が飛び、絶命する。
「……小僧!!」
悲しそうな顔をしているアンデを見た。2人の騎士が、僕が使っている剣に気づいている。
「……いいよ! 今まで、ありがとう。アンデ」
「くそッ!! くそッ!! これくらい前だったら俺一人でも……!!」
アンデがトロル3匹を相手に立ち回っている。その間に僕は1匹のトロルに接近し、切りつける。恐ろしく簡単に切れ、さらに魔剣の輝きが増す。斬られた2匹のトロルは魔剣に力を全て奪われたのか、青白くなり、血液の色がものすごく薄い。
「うらぁ!!」
「ギュ!?」
続けざまに、もう1匹のトロルの足首を切断する。体勢を崩して倒れる。そのトロルの心臓を貫き、止めを刺した。
キィンキィン!
ものすごく生き生きしててウザイ! イケメンに頼んで折ってもらうぞ!
キィン!?
「ギュア」
もう1匹はアンデが、止めを刺したみたいだ。
「ごほ、ごほっ!! はぁっ、はぁっ……ふぅ……。……小僧」
「いいんだ。今までありがとう」
「……南に行けば、この国を最短で抜けれる。さらに南に行けば、国に着く。そこに行け」
「わかった。また、会えたら」
「ま、待ちたまえ!!」
格好良く僕が去ろうとしているのを2人の騎士が引き止めてきた。さっきの僕が魔剣を使っているのを目撃した2人だ。
「……その手にあるのは……」
「そうだよ。お察しの通りさ。僕を殺す? 騎士さんたち」
「早くしまいたまえ」
「……は?」
「早くしまいたまえ!!」
「は、はぁ?」
とりあえず、言われたとおり左手に戻る。
ドクン
心地よい心音が左手からなった気がした。なんだ? ……って左手の模様ちょっと大きくなってるし。
キィン
成長!? 成長するのお前!?
キィン
……使い手が死ぬたび0に戻るんだ……なんていうか、使い手暴走させるし、強さが安定しないし、使いにくいなお前。
キィン!?
「ごほん」
む……騎士の咳払いに緊張する。どうする気だ? 捕らえるって言われたならすぐにでも逃げ出すつもりだ。今のうちに魔素を体に……。
「見事な、聖剣だね」
……!?
「禍々しい光ではあったが、魔剣使いが狂っていないなんて前例が無いからな。君の使っている剣は聖剣だろう?」
「あ、あの」
「ん? 違うのかい?」
「……聖剣、です」
「そうだろう。その若さで聖剣を使いこなすとは感心だ。でも有名になるのは大変だ。なるべく人前じゃなくても、使うのは避けたほうがいいだろうな」
遠巻きにもう使うなって言ってるのか?
「では、戦闘もひと段落したことだ。我々は怪我人の治療に当たる。では後ほど」
……。
「小僧。運がいいな」
「僕もびっくりだよ」
Side 小隊長騎士
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「おい、隊長! なんで魔剣使いを見逃したんだ!? あいつを殺せば報酬がある上に、邪法の使い手だぞ!」
私の前でぎゃあぎゃあ喚くなうるさいな。
「いいか、あいつは恐らく私たちより強い」
「な、に」
邪法使いより劣っていると聞けば、確かに腹も立つな。私も、少し無からず腹が立っている。が、この国の人間はおかしいところが多い。神聖術が魔法に劣っているとは言わないが、魔法も優れている点がある。それを用いず、邪法邪法と呼び、使わずにいるのはもう古い。
使えるものは使う、使えないものは切る。それが戦いで正しいのさ。
「悔しいだろう? だから、利用してやるのさ」
「……アァ、なるほどな」
「邪法使いを使い潰すくらい、俺たちは、悪くない。だろ?」
まぁ私としては、使い潰すのはお前で、あいつにはまだ生き残ってもらう。トロルを一瞬で仕留めるなんて、上位騎士、上位冒険者並みの強さだ。
「突き出すのは、魔窟を潰してからでも悪くない」
「……は、はは」
「それに、魔剣使いは理性を無くすと言うが、あの子供はその兆しが無い。魔剣の波動ももしかしたら勘違いかもしれん。確かめる必要もある」
「流石隊長だっ! なら、早速聞いてみようぜ」
この馬鹿は、本当に頭まで筋肉なのか? 直接聞いて答えてくれるわけが無いだろうが……。
私はこの馬鹿を押さえつけ、民の治療へと急ぐ。神聖治癒術はあまり得意ではないが、無いよりはましだろう。
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「……魔窟の反応が1つ消えた」
「成長しきった奴?」
「恐らくな。一気に魔素の濃度が下がった」
ちょっと、魔素の反応が濃すぎて変化がわからないです。
「……あいつは良識があったが、他のやつらがそうとは限らない。あいつの後ろにいた騎士はお前を完全に見下していた」
それは、僕にもわかった。僕を見る目が、ごみを見るような。なんていうのかな、冷え冷えしていたというか、完全に敵としてみていた。
「今までどおり、魔剣は使うな。可能な限り隠せ」
「……わかった」
Side ???
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「ふん、上手く盛大な囮に引っかかってくれたな」
成長しきった魔窟もただのデゴイ。あの魔窟は発動した瞬間に役目はもう終わっている。
多くの魔物を集めることと、聖域の影響を弱めること。
「聖域じゃ発動できないこの技術。満足逝くまで御覧荒れ。クックック」
……行くぞ。シャルル。覚悟しろ。
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物凄い地割れの音と、とてつもなく大きい岩の巨人が出現したのは、アンデと会話を終わらせるのと同タイミングだった。
異世界生活331日
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向井 夕 (むかい ゆう) 現状
武器 魔剣ライフドレイン?
防具 異世界での服
重要道具 髪留め(エンチャント:ウォント・シーイング)視力向上
(エンチャント:ビジョン・ゴースト)霊的感知能力向上
ミエルお手製神聖術付与指輪( 神聖波動術『魔退破』 ・ 閃光術『光り輝き導く者』 )エネルギー*30%
ミエルお手製神聖術付与腕輪( 神聖波動術『鉄壁の肉体』)エネルギー*?% 1%あたり持続5秒 馬鹿女に貸し出し中
所持金 4万5028ギス と 500円
技術 剣道2段
アンデ流剣術 中級者
魔素による身体強化 まだ半人前
異世界の言葉
中学2年生レベルの数学
暗算(結構速い!)
霊感(幽霊が見える
職業 デトラオン(悪魔の)食堂癒し系店員 (バイト)