014
積み上げられた平和など、いとも容易く崩せるものだと彼は知っていた
312、313、314、315、……ん、あ。
「おかえり、アンデ」
「また魔窟があった、これで何個目だ。あー、あちぃ」
「ご苦労様。もうすぐ夏季だからね」
あれからさらに60日経った。すっかり訓練とバイトの日々に慣れた。アンデもアンデで、見回りを結構まじめにやっている。今日もまた魔窟を見つけて、処分してきたらしい。これで、15個は見つけてるんじゃないか……?
「減ってない、よねぇ」
「……俺の勘だと、処分するスピードより作るスピードのほうが速いな」
僕もそう思う。感じゃなくて実感的に。最近シュッテイマンだけじゃなく多くの冒険者がこの村に来ては、魔窟探しをして、魔窟を壊して回っている。のにもかかわらず、最近魔素の濃度が高まっている気がする。
そのせいか、最近村にもゴブリンが出現するようになった。そのたび、アンデや村の男の人達が駆り出されて、アンデ以外の人達がボロボロになって帰ってくる。シャルル国も冒険者だけに頼らず、騎士を派遣したりして村のカバーや魔窟掃除を行っているけど、まったく魔素の濃度が薄まらない。
犯人はやっぱり複数で行ってるのかな。魔窟って一つ作るのに結構時間がかかるって言っていた。こんなときに時分秒の概念があればだいたいどれくらいかかるかわかるから便利なのになぁ。
「ごほっ、ごふっ」
「……風邪? 最近よく咳するけど……」
「気にするな。問題ない。以上があれば医者に行く」
最近というか、初めてアンデとシャルルに行った時から良くアンデは咳をするようになった。意外と軟弱なのかな? ごつい体してるのに……ぷぷっ。なんて考えてるとアンデから殺意が!?
「は、あはは。はぁ。さっさと、犯人をとっ捕まえちゃわないと五郎も嫌だよなぁ」
急な話題転換で五郎は頭にクエスチョンマークを浮かべながらも頷いてくれた。
「がぅ」
……にしても熱いなぁ……木刀の素振りしてたからかなぁ。
でも、今、元の世界で言う4時くらいだと思うんだけど、温度が全然下がらないなぁ。
……日中より涼しいとはいえ、夏季が近いから熱い。でも訓練は流石に欠かせない。
「……おい、さっさと夕飯の仕込みやるぞ。適当に汗流しておけよ」
「うっす」
言われたとおり、素振りをやめて、バイトの準備を始める。ふぅ、結構強くなったのかな、僕。魔素による身体強化もだいぶ上手くなったし。戦いながら身体強化って言うのはまだ出来ないけど、1度魔素を取り込んだら2分くらい持続するようになった。にしても、体動かしながら魔素を集めるって本当に難しいなぁ。素振りしながら魔素を集めるってだけでも結構難しい。
「が~ぅ」
「熱いよなぁ。五郎の家、通気性のいいように改造しないと夏本番きつそだなぁ」
五郎も結構大きくなった。もう僕より15cmは背が高いし、回復能力が強くなった。アンデとの模擬試合で怪我しても五郎に頼めば一発で解決する。
「すいません。少し遅れました」
「ば、セリア。お疲れ様」
「……あの、ユウさん」
せ、馬鹿女が険しい顔で僕を見ている。な、なんだ? 僕何かしたかな。
「なに?」
「良く私の名前を言う前に『ば』って言ってますけど、誰かと呼び間違っているんですか?」
……。
「……そう、実はね、セリアに似ている人が僕の知り合いにいて、バーカモンって人でね」
「そうなんですか」
「ほら、急がないと店始まっちゃう」
「そ、そうですね! ユウさんも急ぎましょう!」
Side ???
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「ずいぶん時間がかかることをしているな」
私の目の前で魔窟を作っている男に呼びかける。私の声に反応し素早く身構えるが、私だとわかると、すぐさま魔窟作りを再開した。
「作るのは簡単だ。この国にない魔窟を作る道具を大量に持ってきている」
「まぁ、いい。それで、計画のほうはどうなんだ」
「……手塩に手間をかけた甲斐があったよ。あの魔窟は誰にもばれていない上に、完成間近だ」
魔窟を1つ作り終えると、男はその場で屈伸をして、私を見ようともしない。
「おそらく、同じ手は使えない。最後のチャンスだ」
「わかっている。だが、あんたも、自分の役割はしっかり果たしてくれ。俺は、俺の仕事をする」
無論だ、言われなくとも。
「必ず手に入れる」
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「……!?」
アンデがものすごい形相を作り、料理の手を止めるという驚きの反応を見せた。いつも料理してる最中は、効率が下がるからか口を開くことなく、手を休めることなく料理を続けるんだけど、そのアンデが料理の手を始めて止めた。でも、その理由が僕にもわかる。突然、魔窟の気配が大きい箇所がいくつか現れた。
それに気づいたのは僕やアンデだけじゃない。馬鹿女も、食事を進めていた冒険者たちも突然の事態にいろんな反応を示す。
ちょうど日が傾いて、日が暮れ始めた頃だ。
「な、何だ!? 突然何が起こった!?」
「魔窟の反応だ。かなり、大きい。これは最終段階まで成長しきった魔窟の気配だぞ!?」
「ば、馬鹿な。なぜ今まで気づけなかった!?」
「飯は後だ! おやっさん。代金は置いていくぞ!」
「さっさと壊さないと、この辺り上位の魔物ばっかりになるぞ!!」
……魔窟って、成長するの?
「アンデ、最終段階の魔窟ってどういうこと?」
そのまま、アンデに聞いてみた。もうお店には動揺している村人しかいない。……こんなときにこんなこと考えるのは不謹慎だけど、アンデのエプロン姿似合わないなぁ……。
「……自然に発生した魔窟って言うのは、穴の数を増やしながら成長する。それは聖域にも言えることだ。シャルルの中心部に最終段階まで成長した聖域があるからな」
シャルル国となっている場所全てをカバーする広範囲な聖域は、自然発生した最終段階まで成長した聖域と人工的な聖域を組み合わせて作った、合体聖域らしい。
だから、シャルルって国を全域聖域で覆うことが出来る。そんな力の魔窟が今数個シャルル国内で発生している。
「まずったな。人口的な魔窟の数もまだあるだろう。これじゃシャルルの聖域の効果が完全に打ち消されるどころか、魔物を呼び寄せすぎて下手したら……」
アンデが唸ったまま、うつむいた。
「……冒険者たちに魔窟は任せておこう。成長しきった自然の魔窟の破壊は難しい」
どう難しいんだろう? なんて僕の疑問をよそにアンデが立ち上がり、エプロンを脱いだ。
「おそらく、村に魔物が襲ってくるぞ。小僧、小娘。お前たちに前に貸した聖剣をまた、貸してやる。少し戦いに参加してもらうかもしれん。自衛のためにも武器を渡しておく」
「わかった」
「わ、わかりました!」
どうも緊急事態らしいね。いつも魔物と戦わせたくないと僕と馬鹿女を戦闘に加えてくれなかったのに、そんな苦渋の選択を取らざるを得ないほど、切迫している状況らしい。
「小娘。お前はまだ生き物を斬ったことないな? 小僧、先行って準備してろ。五郎にも事情を説明しておけ」
「すぐ済ませるよ」
馬鹿女は戦闘前レクチャーをアンデから教わることになった。僕はバイトの服から急いで戦えるような身軽な服に着替えて、前貸してもらった聖剣を背負った。
靴をきつく締めて、髪留めと、指輪と、バンクルを全てつける。
……にしても、急だな。前から前振りはしてた見たいだけど、まさかこんな広範囲に事件を引き起こすような事態になるとは思ってなかったなぁ……。
「がぅがぅ」
五郎が珍しく興奮している。多分この異様な気配を察してだろうな。
「五郎。なんかでっかい魔窟が出来て、やばいんだって。魔物が襲ってくるっぽいから、僕たちそれを迎撃しに行く。怪我人がいっぱい出るだろうから、五郎にも手伝って欲しいんだ」
五郎は傷口を癒し、止血する唾液が出せる。恐らく戦闘が起こるだろうから、怪我人がでたら五郎の能力は凄く助かる。
「がぁぅ!」
……よし。協力してくれるみたいだ。
Side セリア
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「嫌だ、嫌だ……」
自然と手が震えちゃう。この震えは良く覚えている。村の入り口で、ユウを待っているときの震えだ。
無力で、何も出来なくて、助けに行きたくても、方法がない。あのときの震え。
「怖い、怖い……!」
この震えは、ゴブリンを目の前にしたときの振るえだ。
今私に戦う力と戦うための剣がある。でも、当然ゴブリンだって生きている。私は今から、生き物を、剣で、殺す。
ゴブリンは魔物だ。殺すことにためらいはない。あいつらが要るから私たちの生活が脅かされるんだ。
でも、斬れば、血が出る、殴られれば、私は簡単に死ぬ。そんな血みどろな空間で、私は正気でいられる……? アンデさんに戦いの場と言うものを言葉だけで聞いたけど、その情景が私にはありありと浮かぶ。
「怖いよ、怖い……!!」
やらなきゃ、やらなきゃ私以外の人達が傷つく。
「嫌……嫌……!」
死にたくない。
「震えが、止まらないよぉ」
こぼれてくる涙をいくらぬぐっても、涙が止まらない。
「……お前は、留守番をしてろ。戦いに直接参加できなくても、小娘。お前には出来ることがある」
アンデさんが私にそういい残すと、戦いの準備をし始めた。
……肝心なときに戦えないで、今まで私はなにをしてきたの?
「お願い、止まって、止まって……!」
動いてよ、私の両足、動いてよ、私の両腕、止まってよ、私の涙!
「お願い……!!」
でも、私の願いは聞き届けられない。
「ユウ……さん……」
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「アンデ。回復で五郎が手伝ってくれるって……あれ、セリアは?」
アンデが店から出てきたときには、剣4本体に身につけたフル装備だったけど、肝心な馬鹿女が着いてこなかった。馬鹿女、あれだな。一応女だから時間がかかってるんだな? 装備くらいぱぱっと着れないと。
「……あいつは戦えない。戦いに恐怖を感じている。まだ、幼すぎる」
……怖くて動けないのか。
「えっと、17だっけ?」
「考え方が幼いんだ。小僧は14だが、小僧に関してはおかしな程考えが熟練されているな」
褒め言葉として受け取っておこう!!
「まぁ、確かにそうだね」
昔、いろんなことがあったからね……。色々考えてた時期が長かったんだよ。
「まぁ、いい。行くぞ」
「あ、アンデ。五郎と先に行ってて」
僕の予想だと、馬鹿女の子とだから、怖いだけで動けないんじゃないんだと思うんだよね。
「わかった。だが、状況は刻一刻と変わる。あまり小娘ばかりに時間を取られるな。今は人手が惜しい」
14歳の子供の手を借りたいって、本当に窮地なんだな。実感わかないなぁ……。あと、多分僕もう15歳だと思います。流石にね……。
えーと、馬鹿女は、お、いたいた。床にうずくまってる。でも、左手に剣を握ったままだ。やっぱり戦う意思はあるみたいだけど、一歩踏み出せずに要るって感じだな。
「いたいた、なにやってんだよ。早く行くぞ」
「……ゆ、ユウさん」
!? 涙まみれ!? そんなに怖かったのか!?
「すいまぜん。私、足手まといで……」
「なに言ってるんだよ。身体強化は僕より上手いじゃない」
「……」
まったく、世話が焼けるなぁ……。
「人助け。するんでしょ?」
「うん……でも、私死ぬのが怖い」
「心配することないよ」
「……?」
「僕がいるんだ。死ぬなんて、有り得ない」
自身満々に言い放ってやったさ。こういうのは、心配をぬぐってやるって言うのが一番いい。って隆介が言ってた気がする。
「……あ、アハハっ」
ちょ!? どうしてまた泣くの!?
「あははは、あははは……」
泣きながら泣く馬鹿女怖いんですけど。20秒くらい、泣いたまま笑う恐怖の馬鹿女を見続けていると。気持ちを切り替えたみたいだな。頬を両手で叩いて、涙をぬぐって、シャキッとした顔つきになった。
「ありがとうございます。ユウさん。もう大丈夫です」
「行こう、……初陣だ!」
馬鹿女に、手を伸ばす。馬鹿女は迷わず僕の手を力強く握り、立ち上がる。
「はい!」
異世界生活331日
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向井 夕 (むかい ゆう) 現状
武器 魔剣ライフドレイン?
愛用の木刀(結構硬い)
無名の聖剣 下級(貸し出してもらっている)
防具 異世界での服
重要道具 髪留め(エンチャント:ウォント・シーイング)視力向上
(エンチャント:ビジョン・ゴースト)霊的感知能力向上
ミエルお手製神聖術付与指輪( 神聖波動術『魔退破』 ・ 閃光術『光り輝き導く者』 )エネルギー*100%
ミエルお手製神聖術付与腕輪( 神聖波動術『鉄壁の肉体』)エネルギー*100% 1%あたり持続5秒
所持金 4万5028ギス と 500円
技術 剣道2段
アンデ流剣術 中級者
魔素による身体強化 まだ半人前
異世界の言葉
中学2年生レベルの数学
暗算(結構速い!)
霊感(幽霊が見える
職業 デトラオン(悪魔の)食堂癒し系店員 (バイト)