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星夢旅行に行ってらっしゃい

星夢旅行に行ってらっしゃい〜むまのはなむけ座〜

作者: 山城すな
掲載日:2026/10/07

「星夢旅行に行ってらっしゃい」


 なにそれ。


 紫織はそう思いながら旅行鞄からはみ出ていたラメの入ったシフォンのブラウスを押し込んだ。


 向こうに辿り着くまでに皺になるかもしれない。


 でも急だったのだ。仕方ない。


 茜色に染まった改札で、紫織は琥珀色の艶やかな切符を手渡される。


「これで、むまのはなむけ座駅まで一枚で行って帰ってこれる」


「へえ」


「途中で無くすと手続きに時間がかかるから気をつけて」


 そう言うと、翠李はえくぼを浮かべていつものように笑った。


「私だけ行くの?」


「そう。しおちゃんだけ、一人で行くんだよ」


「翠李は?」


「私は留守番してる。まだ星夢の時期じゃないから」


 そうだ、早生まれの翠李はまだ十六歳だ。


 紫織が頬をぷくっと膨らませると、翠李は困ったように笑った。


「それに明後日の風屑祭の時に、風車役がいないと困るでしょ?」


「それはそうだけど」


「楽しんできてね。お土産は……そうだな、羽根馬の尻尾の毛細工がいいな」


「そんな高いの買えない」


「まあまあ。それじゃあ行ってらっしゃい」


 淡い紫雲に包まれた電車がたどり着いた頃には、紫織は鳶色の座席に座っていた。


 派手な車内……でもちょっと可愛いかも。


 手に持ったいちごミルクのパックにストローを刺してゆっくりと吸い込むと口の中に甘くてピンク色の味が広がった。


 そういえば先週、久しぶりに先生に会った。


 紫織は秋休みを満喫していた。


 ただ、満喫といっても大したことはしていない。


 ひるのゆめヶ丘の上の広場に毎日のように足繁く通っては、木から落ちた色とりどりの泡沫の実を拾い、透明な瓶に詰めて持ち帰るのだ。


 それに、ラメ入りの溶かした透明石鹸を流し込んで固める。


 そうしてしばらく置いておくと、泡沫の実から少しずつ色が染み出して、虹色に光るのだ。


 それはSNSでとても人気で、インフルエンサーなら喉から手が出るほど欲しがる代物だった。


 ただ、泡沫の木はあまりたくさん生えていない。


 だから、紫織は泡沫の実の石鹸を作って、作品として仮想マルシェで売ることでお小遣いを稼いでいた。


 秋になると泡沫の実が一斉に実るので、秋休みは紫織にとって稼ぎ時だった。


 その日も紫織が木の下で実を拾っていると、ヒョロリとした男の人がやってきた。


 先生だった。


「こんにちは、有浦さん」


「あ、先生」


 紫織は咄嗟に目を逸らした。


 学校でバイトが禁止されているからではない。


 逸らした視線の先に先生の白い左手があった。


 逃げ場を失った紫織の視線は、諦めて先生の首元に向いた。


「泡沫の実を集めているのですか?」


「ええ」


「手伝いましょう」


「いえ、大丈夫です」


「遠慮しなくて大丈夫ですよ、先生は暇なので」


「いや、私も別に用事があってやってるわけじゃないんで」


 さすがに禁止されてる小遣い稼ぎに先生を加担させるわけにはいかない。


「ではこれはどうでしょう」


 先生は木になっている実をひとつ摘むと、皮をむいて口に放り込んだ。


「えっ、食べれるんですか」


「食べられますよ」


「知らなかった」


「食べるために集めていたんじゃないんですか」


「まあ……」


「おひとつどうぞ」


 口に入れるとそれはまるでグミのようなブドウのような、ぐにゃりとした変な食感だった。


 果汁がじわりと口に広がる。


 それは甘いというより、かなり……苦い方だった。


 ガタリと電車が揺れ、紫織は白昼夢から目覚めた。


 そうだった、星夢旅行に来ていたんだった。


 隣に鮮やかな浅葱色のコートを着た婦人が会釈して座る。


 どこかの駅に停まっていたようだ。


 さっきまでいた乗客たちが少しだけ入れ替わっている。


 むまのはなむけ座駅まであと少し、乗り過ごすとまずいからこのまま眠らないでおこう。


 紫織は鞄から魔法瓶を取り出すと、中に入っている冷たい紅茶をコップに注ぎ、飲み干した。


  ⭐︎


 いつまでも夕暮れ時の空に、草ばかりの草原。虹色に光る雲がゆったりと風の吹く方に流れていた。


 何もないところじゃない。むまのはなむけ座駅なんて。


 紫織はスマートフォンを取り出して地図アプリを開く。


 ホテルの場所を人差し指でポンっとタップした瞬間。目の前に、歴史を感じる、モダンな建物が現れた。


「いらっしゃいませ。ご予約の有浦紫織様ですね」


「はい」


 立襟のジャケットを隙無く着こなした小太りのホテルマンがせかせかと宿泊の手続きをする。その間に、紫織はカウンターの奥に目を向ける。

 

 『切りっぱなしボブ、ポンとたたけば花が咲く』


 と書かれた達筆の額縁。多分有名な書家のものだろう。


 私が書道に嗜みがあれば良さもわかっただろうに。


 残念ながら紫織にはただの丸文字にしか見えなかった。


「星夢旅行にいらっしゃったお客様には皆、この部屋をご案内しております。星夢にはうってつけのお部屋です」


 手のひらに収まらないくらいの大仰な金の鍵を渡されて、その見た目以上の重さに少し驚く。


「はあ」


「ただし、もちろんご存知かと思いますが、当ホテルでご覧になった夢はどれもお持ち帰りはご遠慮願います」


「わかりました」


 そんなことより、こんな鍵、持ち歩いてたら肩が凝りそうだな。


 案内された部屋は広々としていた。


 プラネタリウムのようなドーム天井にはたくさんの見たことのない星座が描かれていた。


 一生にたった一度だけ。


 人は星夢を見る。


 選ぶことはできない。


 それが運命を決めるわけでもない。


 ただ、一生に一度、十七歳から十九歳の間に人は星夢を見るのだ。


 たったそれだけのこと。


 星夢っていっても、いまいちよくわからない。


 見ても、旅から帰る頃には見た夢を忘れてしまうらしい。


 だから、星夢は見た瞬間の本人にしかわからないし、すぐに忘れてしまうから他の人たちもそれがどういったものなのかよくわからない。


 ただ、それでも人は必ず年頃になると星夢旅行に行くのが当たり前なのだ。


  ⭐︎


「金平糖ばっかり。女学生が喜ぶと思って。芸がないな」


 薄くなった後頭部から光る頭皮がのぞいている店主が大きな声で独り言を呟いていた。


 棚いっぱいに、星屑金平糖、夕焼け金平糖、雨粒金平糖、羽根馬金平糖、夢見金平糖……ってキラキラ並んでいる。


 大してやることもない紫織がやってきたのは、SNSでバズってたお土産屋だ。


 もちろん星夢旅行情報はいつだってトレンドだ。


 星夢駅別のおすすめスポット情報なんて本当に星の屑ほど投稿されている。


「嫌なら作らなきゃいいのに」


「でも売れるからな」


「じゃあこの朝焼け金平糖ひとつ」


「あんたも結局バズが目当てかい」


「いやべつに、ただ可愛いから」


「俺は、本当は最中職人になりたかった」


「なら羽根馬最中にしたらいいんじゃないですか?」


 店主は驚いた顔で紫織を見た。


「そんなことしたらバチが当たるぞ」


「なんですか、バチって」


「飛んでるやつだ」


「はあ」


 店主から小さな透明な袋に入った朝焼け色の金平糖を受け取ると、紫織はそそくさと店を後にした。


 しばらく当てもなく歩いていると、水音が聞こえてきた。大理石で作られた橋の上から覗くと細いミルキーウェイが流れていた。


 ずっと生成画像で作られたフェイクだと思ってたけど、本当にあったのか。


 キラキラと輝きながら流れる白い水を湛えたその川は、むまのはなむけ座の草原の地平線の彼方まで緩やかに蛇行して流れていた。


 綺麗。来てよかったかもしれない。


 紫織はこの旅行に来て、初めて良い気分になった。


 川縁に座り、先ほど買った金平糖を開けるとひとつ摘んで口に放り込んだ。


 甘かった。泡沫の実とは全然違う。


 結局のところ、精製された人工甘味料には叶わないってわけか。


 なんとなく、白く輝く川を眺めていたら、先生のことを思い出した。


 やめておこう。


 立ち上がると、もう少しだけ先に進むことにした。


  ⭐︎


 牧場では、羽根馬が何頭も跳ねていた。


 本物の羽根馬を見るのは初めてだった。


 よく雑貨のモチーフになっているのは白い体にパステルカラーのたてがみの羽根馬だ。でも、ここには茶色っぽいのや黒いの、なんとも言えないアースカラーのものもいた。


「どれも皆、やんちゃな子ばかりでね」


 柵に寄りかかりながら羽根馬を眺めていた女の人が愛おしそうに言った。


 テンガロンハットに、ウエスタンブーツが似合っている。絶対カウガールだ。


「レースに出すんですか?」


「いや、うちのは品評会だけさ。でも飛べば早い、まるで走っているようだよ」


「乗るんですか」


「乗らないさ、乗るのは命知らずだけだよ」


 いいなぁ。


 羽根馬に乗って飛んだら気持ちいいだろうな。


 そんな小学生みたいなことを思わず夢想してしまった紫織はなんだか少し恥ずかしくなって、服の裾をいじってみた。


「一緒に散歩してみる?」


「良いんですか?」


「星夢にきたんだろう、いい思い出になる」


 誘われるまま、カウガールに手綱を渡され握りしめた。


 紫織は、栗色の体に灰色のたてがみと羽根を持った羽根馬の顔をそっと撫でた。


 羽根馬は餌かと思ったのか、紫織の手を口に入れようとしたので慌てて手を引いた。


「あはは、噛んだりはしないよ。蹴るけどね」


「蹴るんだ」


「後ろに立ったらダメだよ」


 カウガールと一緒に蛍光イエローの手綱を持って、ミルキーウェイ沿いの轍を歩く。


 羽根馬は少し飛び上がっては低い位置を滑空しながらついてくる。


「なんのために足がついてるのかな」


「そりゃ走るためよ」


「飛べるのに?」


「飛べない時もあるでしょう」


「そうか。たしかに」


 先ほどの橋のところまで来ると折り返して、牧場までの道を戻る。


「お姉さんは星夢旅行に行ったことあるんですか?」


「もちろん」


「どこでしたか?」


「ぶたにしんじゅ座だったかなぁ」


「ええ、良いなぁ。今星夢で行きたい星座ランキング三位ですよ」


「別になんともなかったよ」


「何か覚えてることはないんですか?」


「うーん、真珠チョコをお土産に買ったことと目が覚めた時に、枕と布団と一緒にベッドから落ちてたってことだけかな」


「なんですかそれ」


「なんだろうねえ」


 そういってカウガールは笑った。


「じゃあ、良い星夢を」


「ありがとうございました。星夢のことは忘れても、羽根馬の散歩できたこと、忘れないようにします」


「せいぜい頑張るんだね、若者よ」


 牧場を離れてしばらくした時、紫織はふと思った。


 あ、羽根馬の尻尾の毛を翠李へのお土産用に貰えばよかった。


  ⭐︎


 空はずっと夕暮れなので、日が暮れてきたかは空を見てもわからないが、時計の針が六時あたりを指すので、紫織はそろそろホテルに戻った。


 たった一度の、星夢の夜。


 それが今夜になることを紫織はいまだに実感できずにいた。


 ホテルでは夕食が出るらしい。


 一階のレストランに行く途中ですれ違ったヒョロリとした影。


 驚いて思わず振り向いてしまったが、紫織はすぐに冷静になった。


 そんなわけないでしょ。


 もやもやしたようなむかむかしたようななんともいえない気持ちになったまま、レストランの席に着く。


 しばらくすると、じゅうじゅうと賑やかな音を立て肉汁を辺りに飛ばしまくる鉄板にのったハンバーグが運ばれてきた。


「あ、紙エプロン!」


 慌ててエプロンをかけたが服が無事だったかは怪しい。


 もう風呂に入って寝るだけだから良いか。


 ナイフを入れると、とろりとチーズが溶け出した。


 はふはふと、息を吹きかけて気持ちばかり冷ますと慎重に口に運ぶ。


 うん、熱いけど、結構いける。


 にんじんも小さく切って口に入れた。


 あ、甘い。


 人工甘味料には敵わないが、バターが絡んだ橙色のにんじんは想像していたよりもずっと甘かった。


 そういうことも、あるのかもしれない。


 泡沫の実も、もう少しだけでも甘かったらよかったのかもしれない。


 ふとそんなことを考えながら、テーブルにある塩の瓶を手にとって、皿に平たく盛られた白米にパラパラと振りかけた。


  ⭐︎


 風呂上がり、ホクホクとした肌にホテルに備え付けの寝巻きを羽織る。


 紫織はドーム天井の下にあるベッドに寝っ転がった。


 電気を消すと、円形に描かれた星座が光る。


 蓄光テープでも貼ってあるのかな。


 ぼんやりとそんなことを考える。


 起きた時、星夢を覚えている人はいないという。どんな研究も星夢を暴くことはできないらしい。


 なら私が初の星夢の記録者になろうかな。


 大して本気でもないのに枕元にメモ帳とペンを用意した。


 起きたら忘れる前に書き残すことができるかもしれない。


 というか、それが星夢の作法だとAIに聞いたら言っていた。SNSにもそう書いてあった。


 紫織は、一応そういった情報には素直に従うタイプだ。


 そんなどうでも良いことを考えていたらだんだんと瞼が重くなってきた。


 少しだけ、自分が星夢を見にきたことに実感が湧いてきた。


 何かもっと特別な準備をすべきだったかも、せめて特別な寝巻きを用意するとか。


 おしゃれで映えるネグリジェで、寝る前に自撮りするとか、もっとやることあったんじゃないかなぁ……。


……


 大きな白と金の鯨。


 違うよ、それは羽根馬だよ。


 羽根馬の背に乗っていたんだ。


 そう、


 羽根馬の羽根、ピカピカに光ってる。


 すごく素敵。


 あ、でも滑り落ちそう。


 羽根馬に乗って飛ぶのは、命知らずだけ。


 カウガールが言ってた。


 もうダメだ、落ちる。


 とっさに差し出された、白い左手を掴む。


 次の瞬間、地面に足がついてる。


 あれ?


 なんで手を掴んでたんだろ。


 振り向いたが、誰もいない。


 足元の明かりに気を取られて、見るとミルキーウェイが流れている。


 ……なにこれ。なんか、胸がしくしくする。


 でも、落ち着く。


 温かい液体が頬を伝う感覚。


 多分、忘れたくないやつ。


 でもさ。


 白い川にたくさんの夕焼け色の金平糖が流れてくる。


 それは、いつのまにかキラキラの泡沫の実の石鹸に変わっていた。


 石鹸が泡立つ。


 シャボン玉に星空が反射する。


 ああ、綺麗。


 胸の奥が、少し冷たくて。


 それが、不思議と心地よかった。


……


 目を開けると、円形の天井に、見たことのない、でも見覚えのある星座。


 紫織は、ガバッと体を起こすと、慌ててメモ帳にペンで書き殴った。


 白い——


 白い……


 なんだっけ?


 白かったのかどうかももうわからない。


 ダメだ、忘れちゃった。


 大の字に手を広げてどさっとベッドに倒れ込む。


 なんだったんだろう。


 考えても考えてもわからない。


 何か、少しだけ、胸の奥が空っぽだったような。


 ていうか。


 お腹減ったな。


 大きなため息をついてベッドから立ち上がると、洗面所で顔を洗った。


 昨日となんら変わらない、星夢を見る前と何も変わらない自分の呑気そうな顔を見る。


 何も変わってないじゃんね。


 口を尖らせた顔すらいつもどおりだった。


  ⭐︎


 朝ごはんを食べ、身支度を済ませ、紫織はチェックアウトの手続きをしにカウンターの前に立った。


 予想通りあのラメの入ったシフォンのブラウスは皺になっていた。けど、これしかないのでしかたなく着た。


「何せ急なご予約だったものですから。ですが無事、星夢を済ませられたとのことで安心いたしました」


 ホテルマンが手元だけ忙しく動かしながら、貼り付けたような笑顔で言った。


 ほんとにあれが星夢だったのかすら紫織にはよくわからないが、多分そうなのだろう。


「あ、この秋雨色の金平糖もひとつください」


「承知しました。お会計に合算いたしますね」


「お願いします」


「念のため確認ですが、夢はお持ちのままではありませんね? 必ずおいていくようにお願いします」


「ないですけど、なんでダメなんですか?」


 なんとなく聞いてみた。


「昔から、星夢に関してはそういう決まりになっておりますので」


「ふーん」


「では、こちらで手続きは完了いたしました」


 隙のない小太りのホテルマンは満面の笑顔を作った。


「また是非、星夢以外のご旅行でも当ホテルをご利用くださいませ」


 紫織は大きな旅行鞄を転がしながらホテルを後にした。


 帰りの電車は水煙のような淡い水色の煙を纏って駅に滑り込んで来た。


 車内は淡いクリーム色の座席シートが可愛かったのでお客さんが座る前に写真を撮っておいた。


 車内販売のレモン牛乳を買って、ストローを口にくわえた。


 爽やかな甘酸っぱさが口に広がった。


 むまのはなむけ座駅が遠ざかるのをぼんやりと見つめた。


 永遠に夕暮れ時の空。


 虹色の雲。


 もうくることはないかもしれない。


 意外とまた旅行に来るかもしれない。


 誰かと。


 誰だろう。


 大学に入れたら春休みに、翠李を誘うのも良いかもしれない。


 そんなことを考えながら、今度は眠らずに、ずっと車窓から流れる景色を眺めていた。


  ⭐︎


「お土産、ありがと。でも、羽根馬の毛じゃないんだ」


「うん、惜しかったんだけど、貰い損ねちゃったんだ」


「もう少しゆっくりしてくると思ったんだけど、すぐ帰ってきちゃったんだね」


 翠李は笑った。


 色ガラスのように少しだけ透けた、色とりどりの生地で作られた繊細な衣装を纏っている。


 まるで、女神のよう。


 とか言ったらあまりにも褒めすぎて逆にちゃっちいかな。


「翠李が風車役をやるの、ちゃんと見守りたくて」


「なにそれ」


 そう言いながら、翠李は少しだけ頬を染めて笑った。


 風屑祭は、ひるのゆめヶ丘で行われる秋祭りだ。


 風車役の少女が何人か集められて、カラフルな衣装を纏って決まった踊りを踊ることになっている。


 可愛い子が選ばれる。と、紫織は思っている。


 だってそっちの方がSNS映えして、お客さんが増えるからだ。


「じゃあそろそろいくね」


 そう言うと、翠李は手を振って準備に向かった。


 紫織はなんとなく、人が少ない泡沫の木の下の方に歩みを向けた。


 もう実は全て落ちた後のようで、木にも地面にもあの虹色の実はなかった。


「有浦さん」


 ふいに名前を呼ばれて振り返る。


 やっぱり先生だ。


「先生……来てたんですか」


 咄嗟に目を逸らそうとしたが、思いとどまり先生の顔を見た。


「泡沫の実、終わってしまいましたね」


 残念そうに微笑んだ先生の顔。


 ちゃんと見たのは初めてな気がした。


「星夢旅行に行ってきました」


「おや、それはお疲れさまでした」


「先生は、覚えてますか、星夢のこと」


「そうですねぇ……あんまりですね」


「なにも?」


「しいて言うなら、この夢を忘れたくない。と、いうような感覚だけ、覚えているような気がします」


「なんですかそれ」


「なんなんでしょうねえ」


 先生が曖昧に笑うので、紫織も思わず笑ってしまった。


「ほら、風車の踊りが始まりますよ。翠李さんも出るようです。見に行きましょう」


 紫織は一瞬だけキラリと胸が傷んだことにももう気付かずに、風屑祭のステージへと向かっていった。











最後までお読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。


『星夢旅行に行ってらっしゃい』シリーズには、別の星を旅するお話もあります。

気に入っていただけましたら、そちらもぜひ読んでみてください。


よろしければ、一言でも感想や評価をいただけますと、とても励みになります。

気が向いたときにでも、ぜひお気軽にお寄せください。

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