19 扇は、嘘を嫌う
詮議まで、あと五日となった。
ギルベルトは消えた給仕の足取りを追い、マルタは侍女の伝手で社交界の噂を拾い集めてくる。私はといえば、三度の破談で身についた人間模様の整理をしていた。誰が得をするのか、誰が慌てているのか、紙に書き出して繋いでいく。婚約破棄のたび徹夜で身の潔白の証拠を揃えた技術である。結局のところ潔白は証明できなかったのだけれども。
昼過ぎには、ユリウス様が鑑定の報告に来てくださった。
「間違いなく青鈴草ですね。結構精製の腕がいいですよ。素人の仕事じゃあ、なさそうです」
さすが宮廷医局、仕事が早くてありがたい。……ありがたいのだけれど、今私は少し困っている。何がというと、私の隣に、旦那様がぴっったりと座っている。こんなに近いことは今までにない。
「ときに奥方、鑑定の礼というわけではありませんが、医局への」
「断る……妻は、忙しいので」
私が返事をする隙もあたえてくれなかった。ユリウス様は気を悪くするどころか、実に興味深そうに笑顔で「またきますね!」と帰っていった。なんだろう、恥ずかしいけれどちょっとだけ嬉しい気もする。
* * *
夕方の来客は、先触れもなく現れた。
「ごきげんよう、公爵夫人!……確かめたいことがあって、参りましたのよ」
アデーレ・ローデン様。金の巻き毛に若葉色の瞳、完璧に武装した装いの令嬢は、応接間に座るなり扇を開いた。
「単刀直入に申します。兄を破滅させたのは、あなた、とわたくしはずっとそう聞かされてきました。茶会でも、あなたが化けの皮を剥がすところを見るつもりでしたの。それなのに」
扇が、ぱち、と鳴る。
「毒が出たあの場で、あなた、俯きもしなかった。おかしいでしょう。毒婦なら泣いて縋るか、勝ち誇るかのどちらかですわ。あなたは倒れた夫人の症状を観察していた。……あなた、無実なの?」
てっきり彼女は私を追い詰めにきたのだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
だから私は、正直に返すことにした。マルタに頼んで、三度の破談のとき、私が自分の身を守るために集めた記録を持ってきてもらう。その中から、二人目のローデン子息に関わる紙を、彼女の前に置いた。
「お兄様の賭博の借用書の写しです。破談の示談で、先方から押しつけられたものですけれど。……アデーレ様。貸し主の署名、ご覧になって」
若葉色の瞳が、紙の上で止まった。扇も、止まった。
「この紋……宰相府の……?」
「私が言えるのはここまでです。調べたいことがあれば、協力しますのでおっしゃってください。……あなたのお家の温室にも色々ありそうですよ」
アデーレ様は長いこと黙っていたが、ゆっくり立ち上がり、扇をきつく畳んで、震える声で言った。
「……今日のことは、父には黙っておきますわ」
それから扉の前で振り返り、こう付け足すのを忘れなかった。
「勘違いなさらないで。あなたの全てを信じたわけではありません。ただ、わたくしは、自分が騙されるのが、何よりも嫌いなだけ、それと……」
嵐のように帰っていった。マルタが「素直じゃないお嬢様ですねえ」と茶器を下げる。ああやって武装しないと立っていられない娘の気持ちが、私にはわかる。
* * *
その夜、寝支度をしながら、アデーレ様の言葉を思い返していた。応接間を出る間際、彼女は扇の陰で、確かにこう呟いたのだ。
「化け物同士だから娶されたのに……悪評が消えたら、あなた方の結婚、理由がなくなってしまいますわね」
悪気の少ない、ただの疑問だったのだと思う。だからこそ、刺さってしまった。
<ほら。皆、同じことを考えている>
いつもの暗い声が、棚の奥で笑う。私は首を振った。今は詮議が先。この霜は、あとで。あとでちゃんと、処理するから。
窓の外、月明かりの庭で、青い花が夜風に揺れていた。
……早く寝なさい、レオノーレ。
明日も、戦は続く。




