朱は巡る追想
紅葉が散り始め十月が終わりを告げる。
寺が朱く染まる情景を毎年見ては、あの日を思い出す。
まだ私が若い頃の話だ。晩秋、私はお遍路で様々な寺を巡っていた。
秋茄子と田楽を親切な方の御宅でご馳走になり、次の目的地に向かって歩いていた時の事だった。突如、鼓の様な音が聞こえた。
私はその音色が気になり、決めていた道筋を外れて山の中に入っていった。
興味ではなかった。ただ、呼ばれているような気がした。『おいで、おいで』と。
私が山道に入ってからも聞こえた。私は迷うことなく目指した。蠱惑的と呼ぶには純粋でどこか寂し気な音色に向かって。
着いた先は朱い場所だった。薄っすらと赤い鳥居に紅葉が辺りを紅く染めていた。
その寺で私を待っていたのは大きな狸だった。狸の眼もまた朱い。
狸に私は尋ねた「お前が私を呼んだのか」と。
狸は鳴かない。しかし心に何かが流れ込んだ。『喜』と。そして『遊んでくれなんし』という声が頭に流れてきた。
私は問うた。「何して遊ぶのだ?」と。すると『わっちが鼓を鳴らします。主さんは踊っておくんなんし』と返事をした。
私は頷き、懐から扇子を出して、拙いながら鼓の拍子に合わせ舞った。 狸はずっと『喜』を出していた。そして『喜』のまま消えていった。
完全に消える刹那、声が頭に流れた。『わっちと遊んでくれてありがとう。もう思い残す事はありません』と。
束の間の遊戯。しかし狸は満足していたのであろう。消える瞬間には笑っているように見えた。
狸は消え、そこにあったのは骨と鼓だった。骨は大きさ的に動物の子供の骨。
私はそれらを寺の奥の林に埋めて供養し、来た道を引き返して次の目的地に向かった。
後から知った事だが、あの寺には昔、一匹の狸が住んでいたそうだ。
その狸は親を失っていた。けれど狸を気に入ったとある武士とよく遊んでいた為か、寂しそうではなかったという。
或る日、武士は鼓を置いて山を下りて行った。それは武士は戦の為に暫く寺に来られないから、代わりに狸が寂しくないように狸が気に入っていた鼓を置いていったからだという。また遊ぶ約束をして。
しかし約束は果たされなかった。武士は戦死した。けれど狸は待ち続けたのだという。
私が狸に呼ばれたのは、狸が私にその武士の面影を見たのかもしれない、そう思った。
私はあの音色と狸から感じた感覚を、今日も思い返す。
「境内の掃き掃除、ご苦労様」
住職は、弟子の僧に話し掛けた。続いて、
「片付けが終わったら私の部屋においで、味噌田楽を用意したから一緒に食べよう」 と言った。
「分かりました、ありがとうございます!」
弟子は明朗な様子で答えた。




