王子の婚約破棄騒動を他人事で聞いていたのに
王城内にあるいくつかの法律、政策を扱う部署。
実力さえあれば身分関係なく文官として働けるその場所に私はいた。
私はいわゆる異世界転生をしてしまったようで、気付けばこの西洋なのかファンタジーなのかよくわからないが、前世の日本とはかけ離れた世界で生きることになっていた。
提案は得意だが実現に向けて動くことが苦手な第一王子殿下の婚約者である公爵令嬢は優秀で、王子妃教育は二年前に終わっているらしい。
その第一王子殿下の補佐として政策を整えたり公務に付き添われたりと、既に王城で働いていらっしゃるので、時折王城内で姿だけはお見かけしていた。
勤勉な公爵令嬢は貴族学園にも通っていらっしゃる。
学園と公務とご多忙な公爵令嬢は、前世で言うブラック社員並の業務時間を働いていると思う。
けれど彼女に関しての噂話には妬みも恨みもなく、彼女の活動時間を憂う声は聞かない。
ただ優秀で素晴らしい方だと褒め称える言葉ばかりだった。
ある朝、部署内がざわざわと騒がしかった。
何かあったのかと尋ねてみれば、公爵令嬢が貴族学園で第一王子殿下から婚約破棄を宣言されたという。
ここで働いてる同僚たちは貴族出身が多く、学園に在籍している貴族令息令嬢から本家、本家から他家へと噂が広まったらしい。
私は平民出身だったのでそんな話を今まで耳にすることはなく、貴族の噂話は田舎より広まるのが速いんだなと感想を抱いただけだった。
王子の婚約者であった公爵令嬢は、何も言わずに王城を去ったらしい。
ここが良くあるウェブ小説の世界ならば、『婚約破棄されましたが隣国の王子様に拾われて才能を開花しました。祖国は私がいないことで混乱を招いているようです』的な展開になるのだろうか。
公爵令嬢が隣国の王子様に拾われたかは知らない。
婚約破棄された彼女が実家の公爵家でどう扱われるのか、その後どうなったかなんて貴族ではないからわからない。
けれど、ただ優秀な令嬢一人いなくなったところで国が傾くほど現実は甘くない。
仮に魔物が蔓延る世界で国を守護する聖女がいたとして、その聖女がいなくなったなら話は違うのかもしれないけれど、王子殿下の優秀な婚約者がいなくなったって国は回る。
回さないといけないようになっているのだから、仕事量だって何も変わらない。
王城で働く文官たちは、前世でいう国家公務員だ。
国民のために奉仕し、職務を遂行する責任がある。
第一王子殿下の婚約破棄は男爵令嬢に恋をしたことがきっかけだと聞いた。
平民ならばただの不貞行為だが、王子殿下の場合は王家のスキャンダル問題だ。
王家の信頼や政治的責任(多分貴族間の政略結婚の責任だと思われる)のため、第一王子殿下は王位継承権を下げられた。
男爵令嬢の家がどうなったかは知らない。
けれど第一王子殿下が信頼回復のために、公爵令嬢以上の時間を使って公務に励んでいることは風の噂で聞いた。
それをどう受け取って許すかは、貴族達や国民の判断によるだろう。
「殿下、その場合は水問題について対処を考えないといけません」
「そうか。ならば……」
その噂の第一王子殿下と私がなぜ一緒にいるのか。
それは第一王子であるシリウス殿下が、王城の中庭で人目から隠れるように、ひどく落ち込んだ様子で膝を抱えていたのを見つけてしまったことが始まりだった。
シリウス殿下はとても夢見がちな性格をしていた。
そしてかなりポジティブな思考をしていた。
人のため、世のために良いと思ったことに対して、それを実現させるための資金のやりくりや現場の人間たちの環境についてほとんど知らなかった。
というのも優秀な公爵令嬢が問題提起することなく、彼女がシリウス殿下のために彼の発案を叶えようと努力しすぎた結果なのだと思う。
噂の男爵令嬢も殿下と同じ、いわゆるお花畑思考で、二人なら良い未来を描けると思ってしまったらしい。
初めて現実に向き合って、理想を現実にする難しさと、それを実現してみせた公爵令嬢の優秀さに彼は今までの言動を反省したと同時に、自分の甘さをひしひしと感じていた。
激務の公務のうちの30分ほどの休憩時間に、殿下はこの中庭で王子という責務から少しだけ逃げて自己嫌悪に陥っていたのだった。
シリウス殿下は16歳。前世でいうならばまだ高校1年生の子どもだ。
王族としては甘いのだろうけど、まだ社会の厳しさを知らない子どもに、机の上にある紙に記載の地方の問題なんて、それこそ理想論のようなものしか思いつかないのではないか。
勉強は優秀だと聞いている。大人からしたら夢見がちだと思われるけれど、まだ子どもの彼からしたら理論上可能なことを発案しただけで、コストや技術までは周りの専門家のサポートが必要だったのではないかと、シリウス殿下の話を聞くたびに思うのだ。
「ニーナは俺の話を肯定も否定もしないのだな」
「ええ。殿下に必要なのは経験だと思いましたので」
殿下は今、色んな部署で、専門家の助けの元、地方に足を運んだり、現場の声に耳を傾けることを大切にするようになった。
私が最初に殿下を見つけて話を聞くようになってから、時折殿下は私の元にやってくる。
今のように草案になる前のアイデアの相談から、地方にでた時に見たものの報告とか、仕事に関するものから日常会話まで様々だ。
「そろそろ時間か。ありがとうニーナ」
殿下と私の休憩時間が重なる15分。
平民の私が王子様と膝を突き合わせて話し合う人生があるなんて、それこそウェブ小説みたいだなと思う。
だけど現実はそんなに甘くないことは知っている。
シリウス殿下が日に日に座る距離を縮めてきていることも、その瞳が真っ直ぐ私を見つめてくることも、彼に名前を呼ばれるたびに速くなる心臓の鼓動も、認めてはいけない。
一度間違えたシリウス殿下を、再び間違えさせるようなことはしてはいけない。
文官としての適切な距離を守らないといけないのに、その15分を恋しいと思ってしまうのはダメなことなのに。
シリウス殿下を好きになってしまうなんて、愚かにも程がある。




