クロびっち
あのね、「クロびっち」のこと、あやちゃんだけが、知ってるんだよ。たなばたのとき、たんざくにお絵かきしながら「クロびっち、クロびっち」と、つぶやいてたんだって。
「クロびっちって、なあに?」
あやちゃんのママが聞くと、たんざく、指さして「これ」と教えてくれたって。でも、ママにはなんの絵かわからなかったらしい。
「黒っぽいもの……、人形とかぬいぐるみとかじゃないの」
と、あやちゃんのパパは言うんだけど、
「どうやら、お友だちらしいのよ」とママ。
「じゃ、黒田さんちのユキちゃんかなあ」
「そうね、そう思うよね。でもちがうって」
「ふーむ、じゃ、だれなんだろう」
「ふーむ、だれなんでしょうね」
パパもママも気になってしかたない様子。
ママ、あやちゃんにいろいろ聞いたんだよ。
「クロびっちのおうちどこ? どんなお洋服? どんな食べ物が好き?」というふうに。
いつもあやちゃんのそばにいて、犬とか猫とかじゃなくて、あやちゃんと同じ三歳だけど、男の子か女の子かわからなくて、お外では必ずいるのに、うちの中ではいるかいないかわからない。クロびっちって、どうやらこんな人らしい。
でも、やっぱりママにはさっぱり。
なにより不思議なことは、あやちゃんに見えるのに、ママには見えないということ。
ある日、あやちゃんがスキップしながら公園に向かってたときのこと。そう、「クロびっち、クロびっち……」とつぶやきながらね。
「クロびっち、いるの?」
と、ママが聞くと、「うん、いまここにいるよ」と、目の前の道路を指さしたんだ。
「えっ、どこ、どこ?」
「ほら、ここ、ここだよ」
ママ、道の上を目をこらして見たんだよ。でも、そこには、かげが映ってるだけ。
「うーん、なんにも見えないわ」
あやちゃんは、素知らぬ顔でスキップスキップ。お日さまがカーッと照りつけ、あやちゃんの短いかげもスキップしてた。
あやちゃん、歩きながら、くるりとターンしたんだよね。すると、かげもくるりって。
それ見てたママ、
「あれーっ、いま、かげがぐるって、あやちゃんのまわりを、回らなかった?」
あやちゃん「わかんない」とお返事。
「暑くて、見まちがえたのかしら……」
公園につくと、あやちゃんはまずブランコ。立ち乗りして、思い切りぐぃーんぐぃーんとこぐの。するとかげも、公園のはしからはしまでビューンビューン。ママはベンチに座って、その様子をながめてたって。
セミの鳴き声ミーンミーン、ブランコがぐぃーんぐぃーん、あやちゃんのかげはビューンビューン。でね、それにあわせて、キャーッキャーッと、歓声も聞こえてきたんだよ。
「あやちゃんの声? でも、シーソーの方から聞こえたわ。気のせいかしら」
ママ、ちょっと不思議そう。
公園の帰り道、どこかのおうちの玄関先に、工事の服着た男の人がいたんだよね。
その人、「ごめんくださーい」とたずねてるけど、おうちの中から返事がなくてね。もう一度「どなたもいませんかー」って聞いても、やっぱりだれも答えないんだよ。
すると、その人、
「だれもいませんねー。いないんだったら、入りますよー」
そう言って、ぐるりとあたりを見回したあと、すばやく、おうちに入っていったんだ。なんとその男、どろぼうだったんだよ。
「たいへん!」
ママは、急いで警察に電話。それから、玄関わきにかくれて見張ってたんだ。
しばらくすると、カチャリと音がしてね。そう扉が開く音。だめっ、どろぼうが出てきちゃう。だめだめっ。まだ、おまわりさん来てないのに。あやちゃん、思わず叫んだんだ。
「クロびっちーっ!」
するとびっくり。あやちゃんのかげが、にょきにょきと玄関に向かっていったんだよ。
玄関の方から「ギャーッ」と悲鳴がしてね。見ると、男が気絶してたんだって。
その男、逮捕されたとき、おまわりさんにこう話したらしい。
「ホントだって。信じてくれよ。ライオンがいたんだよ。かげが、おれの方に向かってきたんだから」
おまわりさんはあきれた表情で、男をパトカーに乗せて連れて行ったんだって。
「ねえ、クロびっちって、なあに」
ママが、また聞いてる。あんな大事件があったのに、まだ気づかないの。やれやれ。