第七話 ついに〇〇をした日
まずい。凛々子のことを意識してから、なんだか急にドキドキしてきた。
良くない感覚だったので、気分を切り替えるためにも冷蔵庫に飲み物を取りに向かう。
そう思って、立ち上がった。
ベッドのそばを通って……ふと気付いた。
(あれ? 凛々子……寝てる?)
女性アーティストのライブ映像は流れたままなのだが、ベッドの上の凛々子がピクリとも動かない。
先ほどまでは『キャー!』とか『ビジュ強すぎィ!』とか叫んでいたのに、いつの間に静かになったんだろう。
起きている間は基本的にうるさいタイプなので、静かということは十中八九寝ているだろう。
「むにゃむにゃ……うへへ、ぴっぴのすけべぇ」
「ん? 起きてるのか?」
「……すやぁ」
訂正。寝ててもうるさいタイプだったことを忘れていた。
寝言多いんだよなぁ。やれやれ。
凛々子は夜型の人間である。午前中の今がちょうど入眠の時間帯だったのかもしれない。
熟睡しているようだ。無防備な寝顔を見て、思わず気が抜けた。
一人だと、異常なこの状況に気分が暗くなりがちだ。
彼女の明るさにはかなり救われている。実際、本当はうるさいとも思っていない。賑やかでいてくれるのはいいことだ。
……うん。凛々子が寝ているから素直に言えるのだが。
彼女のことは、嫌いじゃない。むしろ、好意的ですらある。
だからこそ、彼女のためにも――覚悟を決めるべきだろうか。
(今、〇〇を試すべきなのか……くそっ。分かんないな)
未だに正解だという確証がない以上、抵抗感が強すぎる。
だからこの三年感、他の可能性を探っていたのだ。
〇〇とは何か。『片手を上げる』とか『ジャンプ』とか『逆立ち』とか、そういうところから色々と試した。時には凛々子に協力してもらって『握手』や『おんぶ』などもやったことがある。
しかしその全てが失敗に終わって、今に至っている。
三年目という節目を超えた今……俺の精神も、少し疲弊しているのかもしれない。
(凛々子のためを思うなら――チャレンジするべきなのか?)
その方が、彼女にとっても良いのか。
ふとした拍子に、考え込んでしまう。
たとえば、今……彼女が寝込んでいる今こそ、絶好のチャンスでは?
(――俺も男だ。ここは、覚悟を決めよう)
息を飲んで、拳を握った。
鼓動が激しい。ドクン、ドクンと脈打つ音がうるさい。
や、やっぱりやめた方がいいかな?
そう考えて、ちょっぴりへっぴり腰になっていたら。
「んにゃ……へたれどーてー」
寝言で凛々子が煽ってきて、覚悟が決まった。
「上等だ小娘……見せてやるよ。俺の『オス』を!!」
覚悟が決まった。
ベッドに飛び込んで、凛々子に這いよる。勢いに任せて彼女に覆いかぶさって。
やってやった。
『――ちゅっ』
唇……いや、ほっぺた? うん、おでこがいいかな?
あー、無理。でもここならいける!
と、いうことで俺は手の甲に『キス』をした。
やってしまった。
ついに、やってしまった……!!
恐らく、〇〇とはこれだろう。
俺たちはそう――『キスしないと出られない部屋』に閉じ込められていたのだ。
本当は三年前からこれだろうな、と思っていた。
だが、愛情もないのにこんな大人な行為をしてはいけないと思っていたのである。
「く、苦しい」
罪悪感がすごい。
自己嫌悪の感情も強くて、なんだかすごく胸が痛かった。
「凛々子。ごめんな……俺、やっちゃったよ」
だから、無意識に謝罪の言葉が出たのだが。
「――やってないけど!? せめてほっぺたにちゅーしてよ、ばか!! へたれ! どーてー野郎!!」
寝ていると思っていたのに、凛々子が飛び起きて罵倒してきた。
な、なんで!?
勇気を振り絞ったのに……散々な言われようだった――。
【あとがき】
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