第三話 オタクくんと地雷系女子りりぽんの朝
『〇〇しないと出られない部屋に入って740日目』
――目が覚めると、知っている天井だった。
まぁ、三年経っているので当たり前か。苦笑しながら体を起こして……いや、起こせないので、またかとため息をついた。
「おーい。起きろ、田中」
声をかけて、起き上がれない原因の肩を軽く揺さぶる。
彼女が俺の腕を枕にしていたので、起き上がることができなかった。
「……むにゃむにゃ。田中ってだぁれ?」
「この部屋には俺とお前以外に誰もいないが」
「田中って知らないなぁ」
「てか、起きてるならどいてくれよ……」
ため息をついて、腕の状態を確認してみる。
あ、あれ? なんか感覚がない……まさか寝ている間もずっと枕にされていたのか!?
怖いくらい腕に何も感じない。
ちゃ、ちゃんとついてるよな?
早く血流を回復させたかったので、早々に冷静ぶるのをやめて彼女に懇願した。
「凛々子! 頼む、ちょっとどいてくれっ」
「りりこ? うーん、おしいなぁ~」
「……りりぽん! これでいいだろ!?」
「はーい。りりぽんでーす♡ おはよ、ぴっぴ」
ぴっぴって呼ぶな。
普段ならそう言い返しているところだが、今は腕を回復させるのが先決である。ようやくどいてくれた『田中凛々子』ことりりぽんを押しのけて、自分の腕を確認した。
よ、良かった。ちゃんとついてる……もげてなくて安心した。
「えへへ~。ぴっぴの腕枕しか勝たん」
冷や汗をかいている俺とは対照的に、凛々子はすごく満足そうな顔つきをしていた。
朝なのに血色がいい……いや、メイクで赤みが強調されているだけか。
「お前、ちゃんと寝たのか?」
「うん! 三十分くらい?」
やっぱりか。相変わらず、夜は寝ないタイプらしい。
この三年で分かったのだが、凛々子はどうも夜型の生活を好んでいるみたいだ。
しかし、三十分程度の腕枕でこんなに腕の感覚がなくなるだろうか。
「ちなみに、何してたんだ?」
「ぴっぴが寝てからは暇だったから、ずっとスマホで動画見てた」
「どこで?」
「ここで」
「……腕枕でか?」
「うゅ」
うゅってなんだよ。うんって言え……なんて指摘をするのも意味がないことはこの三年で分かっているので、もう慣れてしまった。
「好きぴの腕枕で見る恋リアが一番楽しいんだから」
「そうか。次からは普通の枕にしてくれ」
「やだ」
凛々子はニッコニコで首を横に振っていた。
明るいし、愛嬌があって雰囲気も柔らかいタイプなのだが、こう見えてかなり頑固なんだよなぁ。人の言うことを絶対に聞いてくれないので、もう諦めていた。
「ぴっぴは起きるん?」
「ぴっぴじゃない。太田久信な」
でも、さすがに呼び方だけ修正してほしいので、こちらは根気強く訂正していた。
ぴっぴだと、どうしてもポケットなモンスターの方が思い浮かぶんだよなぁ。指を振りたくなるので、もうちょっと普通になってほしい。
「えー。ぴっぴの方がかわいいのに~」
「じゃあ、俺も田中って呼ぶが」
「それやめて。かわいくない」
「あ、うん。ごめん」
凛々子が真顔になったので、速攻で謝った。
彼女は意外とすぐにキレるので、引き際が大切である。しつこくしなければ、そこまで爆発しないので、処理の速さが大切だ。
「てか、わたしは『りりぽん』がいいんだけど?」
「それはちょっと恥ずかしい……もっと仲良くなってからでいいか?」
「いいよ♡ 奥手な好きぴ、推せる……! えへへ。名前を呼び捨てされるのは夫婦みたいだし、悪くないかも~」
めんどくさいようで、実は扱いも簡単だ。基本的に俺に対して肯定的なのがありがたい。おかげで接しやすくはあった。
「そういうわけだから、俺のことは『太田』って……」
「分かった! じゃあ、ぴっぴのことはオタクくんって呼ぶね!」
「……やっぱりそうなるか」
一年くらい前から、たまにそうやって呼ばれていたのでる程度予想はしていた。
実際、オタク趣味は好きなので否定もできない。
まぁ、ぴっぴと呼ばれるよりはマシなのでいいか。
そんな、朝のひととき。もうすっかり、俺も凛々子もこの日常に慣れてしまっていた。
……やれやれ。二年目くらいまではもう少し、出るために努力をしていた気もするが。
今はもう、二人とも穏やかな日々を送っていた――。
【あとがき】
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