亡くなった後の婚約破棄
「リットン侯爵家子息ロドス様と旧サウス男爵家リリーデル嬢の婚約破棄を正式に宣言する」
「リリーデル死刑囚は、ロドス様と従姉妹のミミリー嬢の仲を邪推し、ミミリー殿を殺害しようとした。やむを得ずロドス様が取り押さえ牢に入れた。領地法により死罪とあいなった」
「だが、特別の慈悲によりリリーデルの死体を旧サウス遺民に引き渡す。謹んで受け取るがよかろう。うむ。一人か?早く引き取ってもらいたいのだがな。荷車は貸さないぞ」
ここは侯爵家のカントリーハウスの馬車止め。
地面に死体が置かれ、布が被せられている。
ハエが飛びかい。腐臭が漂う。
死体を挟んで、侯爵とその家人10数人、相対して、死体を引き取りに来た男は沈黙して平伏をしていた。男は30すぎの見た目で顔は日に焼けている。平民の服を着ている。肉体労働者のようだ。
やがて、官吏の口上が終わり。
侯爵夫妻が口を開く。
「しかし、魔獣狩りで名をはせたサウス男爵も、『民のために』と抵抗をせずに、自裁したのは、何とも、まあ、しかし、賢い判断だ。ワシが自ら討伐するつもりだったからな。ハハハハハハー」
「ええ、旦那様、娘と同じで山猿の考えることは、エミーデルも、そう、処女ではなかったわ。屋敷中の男を誘って、全く、どっちが浮気なのかしらね」
主家をそしられても、男は、ニコッと笑って聞き流すだけだ。
侯爵夫人は呆れて更に誹る。
「まあ、やはり、平民ね。サウス男爵は民を甘やかしたそうだわ。それがこの結果、仇討ちをする者もなし。しかし、私達は甘くないわ。覚悟しなさいね」
ニコッと男は顔だけをあげて答えた。
「いやしくも、坊ちゃんと従姉妹殿の仲を邪推し、逆上し、坊ちゃんを殺害しようとした罪、軽からざる所、特別に死体だけは引き渡すのだ。感謝いたせ」
「そうだ。故に、サウス家は断絶、家来は平民以外は全て死罪となったのだ。貴公は庭師か?」
男は帯刀をしていない。許されてはいない。
小さな背嚢を背負っていた。隣領とはいえ。一晩の距離である。
誰も不審に思わなかった。
侯爵が思い出したように夫人に話しかけた。
「そう言えば、ロドスとミミリーはどうした?二人は侯爵家を継ぐはずだ。婚約破棄の宣言に立ち会わせるべきだ」
「まあ、いらないでしょう」
「まあ、いい、早く死体を引き取れ、背負っていけ。地面を汚すな」
その時、初めて、男は口を開いた。
「クククク~、サウス家領に、鉱山が見つかった。無理矢理婚約を結んで、我が物にしようとした。お嬢様に罪を着せて領地ごともらおうとした。でしょう?未来の侯爵夫人として扱えば誰も文句はなかった。それが出来ないのなら、娘を返してもらえれば鉱山すら差し上げても良いと旦那様は仰っていたのでさ」
「貴様!当家の裁定にケチをつける気か?!」
「まあ、待て」
侯爵はチャリン♩と金の入った袋を投げた。
男の手前で落ちる。
「荷車をやれ、便所桶を運ぶもので良かろう」
つまり、これ以上、無駄口を叩くなということだ。
だが、男は、黙らない。
「わっしは、冒険者出身でさ。剣の腕を買われて、臨時雇いをするようになった。男爵家は台所事情が苦しいでしょう。
でも、坊ちゃんと従姉妹?何だっけ。まあ、いい。そっちの浮気は事実でございます。
お嬢様が嫉妬して斬りかかったというのは嘘でございましょう」
「おのれ!何の証拠があって」
その時、
男は無言で、背嚢から、ゆっくりと、布にくるまれた二つの丸い何かを、地面においた。
「「「??????」」
そして、おどけて、説明した。
「ジャジャーン!坊主と、従姉妹の阿婆擦れは、ここなのよね」
男は布をゆっくり剥いだ。
侯爵家嫡男ロドスとその従姉妹ミミリーの首だ。
侯爵と夫人は吐いた。
「ウゲゲゲゲーーー、ロドス!ミミリー!貴様!ウゲ-」
「ヒィ、なんて、非道なことを、ウゲー」
令息と従姉妹の首である。
「ヒヒヒヒ、後をつけたのでさ」
「おのれ、護衛はついていたはずだ!」
「ああ、森の中、裸で抱き合っていたから、護衛は離れていましたぜ。まあ、先に殺しましたが・・・」
「しかし、坊ちゃんは高身長に、剣術は学園でトップ10には入るお方だ。お前ごときに不覚をとるとは思えん!卑怯な手を使ったな!」
「ええ、一応、剣をとらせましたよ。フルチンでした。でもね。わっしらの戦いは、指を切るんでさ。
剣を太陽光に反射させて目くらましをしました。体の末端なら、難なく斬れましたぜ。それからはみっともなく大声で泣きだし、ズタボロ、従姉妹を盾にしたのは頂けなかったですぜ」
「皆の者、捕縛せよ!」
「あの男は丸腰だ!」
男は、ヒョイと飛び。お嬢様の遺体を覆っていた布を剥いだ。
「お嬢様、やはり、嬲られて・・自裁をされたのですね。舌を噛み切られている・・・剣を借りますぜ・・・お慕い申し上げておりました・・・」
「証拠の剣を処分しなかったのは誰だ!」
「今はそんなことをいっている場合ではないぞ!」
「ほお、この剣はサウス家のものではありません。この鳳凰の印章が少し違う・・・やっぱり、ご遺体と一緒に処分をしようとしましたね。平民なら分からないだろうと、もっとも、なくてもやりようはございましたがね」
男は、上着のポケットから、ビンを取り出した。
「ヒヒヒヒ、身体強化薬、『パーサーカー』よ、これ、冒険者が魔物から逃げられない時に使う最期の代物・・・まさか、人に使うとはね。ウグ~、グへへ!」
男の上半身が膨らんだ。
男が剣を振るうと、騎士の鎧ごと斬れた。
剣が折れたら、奪って戦う。
「ヒィ、私達は非戦闘員ですよ!」
「お前ら~!牢屋に入れられたお嬢様を嬲っただろう!」
「それは、旦那様が先に、ウゲ!」
【キエエエエエエエエエエエ!!!】
「ヒィ、ワシを守れ!」
「無理――――!」
屋敷中に男の怪鳥のような叫び声が響いた。30分ほど続き。やがて、聞こえなくなった。
屋敷で凶刃を免れたのは、夫人とメイドたちだけだった。
・・・・
☆☆☆王宮
この事件の詳細は王宮に届いた。
陛下は、官吏の口上を反芻する。
「ほお、男だけがかかる奇病により、一族の男たち一日で36名死亡?夫人とメイドだけが生き残った。それで、養子縁組をして家門存続を図りたいと?随分面妖な話だな」
「御意」
陛下は第二王子に下問した。
「ラングよ。どう思う?」
「はい、これは王国で統一した法令とそれを担う司法官吏がいないことにより起きた人災です。リットン卿の領地とサウス領とその鉱山を王家直属にし、その収入で、司法庁を作り。王国統一法に基づいた統治をした方が良いと思います。
紛争に王権の介入による平等な裁定、王権の強化につながります
この件については、断固たる処置をするべきかと愚考します」
第二王子は、いつも大局を見て言う。王族だが将来の宰相候補だ。
それに対して、王太子はいつも変化球を投げる。
「ラングよ。ちょいと違うな。今回の件、貴族は軍事を担う。防疫・健康管理不十分で、家門断絶、夫人とお付きのメイド達の行き先は、旧サウス領だ。
もし、サウス男爵が民に慕われていたら・・・・結果はご覧じろだ」
王は頷いた。
☆☆☆旧リットン侯爵家カントリーハウス
「ヒィ、家門取り潰しなら、せめて、王都に住まわせて下さい!」
「ダメだ。奇病があるなら、それが判明するまで、領地に取り置きだ。夫人とそのお付きのメイドたちは旧サウス領に赴き。そこで暮らせ。屋敷は調査団が接収する!」
「そ、そんな。奇病なんて、う・・」
「もし、嘘なら、王家を謀った罪で、反逆罪だ」
その後、夫人とメイド達は、旧サウス領に赴くが、誰も物を売らずに、40日後に餓死をしたと伝えられる。
それを待っていたかのように、奇病の調査は打ち切り。リットン侯爵家領とサウス領は王家直轄地になった。
名もなき男が、これを予想して、女性だけは殺さなかったかは定かではない。
最後までお読み頂き有難うございました。