『第5話 巡り会う星々』1
「ルークゥ〜☆お願いがあるん」
「断る」
俺は猫なで声で話しかけてきたアウェスの言葉をピシャリと遮った。
「ちょっと〜ひどいじゃーん」
「お前の頼みは大抵ろくでもないんだよ!」
アウェスの頭脳と技術力に助けられたことは一度や二度ではないから一概に文句も言えないが、こいつの言動はそれを帳消しにするくらいひどいのだ。できれば関わらずにいたい。
「今回だけは、ホントのホントに困ってるんだって!頼むよぉ」
アウェスがパチッとウィンクした。ウザい……
「……なんだ」
俺はため息をついたがアウェスは構わず話を進める。
「追加製造した光跡碑を新たな設置場所に運ぶの手伝っ」
「断る」
「うえぇ〜!?」
俺はもう一度はっきりと拒絶した。光跡碑って転移機の行き先に置いてあるあのオブジェみたいなやつだよな……それを増やしたいというアウェスの考えには賛成だが、あれを現地まで運ぶならこんな狼の姿の俺より手を使って荷物を持ち運びできる奴の方が適任だろう。
「俺が行かなきゃダメなのか?」
アウェスは顎に手を当てて少し考えてから言った。
「ん〜……ほら、『ハヤブサくん改8号最終調整版v3.5』……ああ違う今は瞬閃転移機に名前を変えられたんだった……まあとにかくあれの行き先を増やすには、設置済みの光跡碑に飛んでそこから更に馬車で移動して新しい光跡碑を設置するってやり方しかないだろう?でも今回の行き先は山の上にある町で、馬車が使えないから荷車使って山の上まで運ぶって言ったら面倒臭がってだ〜れも手伝ってくれないんだよねぇ……それにほら、光跡碑のパーツを載せた荷車を引いて山登りするなら他の人達よりむしろ身体能力の高いルークの方が適任かなあって。だからルークが手伝ってくれたらとっても助かるな〜って……お願い!このとーり!」
そう言ってアウェスは両手を合わせて俺に向かって頭を下げた。
「う……」
「もうルークしか頼れる人がいないんだよぉ!お願い!」とアウェスが必死に何度も頭を下げるのを見て俺は流石に少しかわいそうになってきた。
「分かった分かった、手伝うよ」
「ホント!?やったーありがとうルーク!」
アウェスは大喜びして俺に抱きついてきた。
「うわっ!?やめろ!離せ!」
俺はジタバタともがいて抵抗した。
「あ〜んもうルークってば照れちゃってぇ〜可愛いんだからぁ〜」
「うるさい!離せ!手伝うのやめるぞ!」
そんなこんなで今回俺はアウェスと共に遠出することになったのだった。
***
「重い……」
俺は光跡碑のパーツが乗った荷車を引きながら呟いた。
「僕だって重いよ〜でも二人で持ってるんだからまだ楽だよ!それに大分歩いたからもう少しの辛抱だよ!」
隣で同じように荷車を引きながらアウェスが励ましてくる。
「道は整備されてるからルーナ・プレーナのときより登りやすいかと思ったけど、こっちの方が圧倒的に標高が高いうえに荷車引きながらはやっぱりきついな……」
「そうだね〜でも光跡碑さえ設置してしまえば次からは山登りしなくて済むから頑張ろう!」
「ああ……」
それから休憩を挟みつつ数時間かけてようやく山頂にある町オクルスにたどり着いた。標高が高いせいで空気は肌寒いが、大通りに沿ってレンガ造りの建物が所狭しと並んでいて賑わっている様子が見える。
「山の上にある町にしては結構栄えてるんだな」
「うん。ここオクルスは学者の町って言われていて、町の中央に天文台と図書館の複合施設があるから、その図書館や定期的に天文学者が開いている観測会目当てでこの町を訪れたり滞在してる人が多いからね」
「へぇ……天文台って星を見るやつだよな?面白そうだな」
「そうなんだよねぇ〜僕も一度だけ見に行ったことがあるんだけど、天体望遠鏡で見る星はすごかったよ。でも観測会は予約が必要だから残念だけど星はまた今度かな。今回は光跡碑を運ばないとね!」
アウェスはそう言ってキョロキョロと町の周囲を見回した。俺は天体望遠鏡で星が見れないのをちょっと残念に思いながらその様子を見守る。
「う〜ん、あまり人通りの多いところに置いたら町の人達の邪魔になっちゃうし、イタズラされて壊れちゃったりすることもあるから、あまり人気がなくて、でも町に何かあったときにすぐ駆けつけられるとこがいいんだけど……あ!あの辺りがいいかも!」
そして、町外れにある小さな丘を指差した。そこには大きな木が生えていてその根元に光跡碑を置くのにちょうど良さそうなスペースがあった。
「よし、じゃああそこに設置するか」
「うん!」
俺たちは荷車を引いて丘を登っていった。木の下に光跡碑のパーツを置くとアウェスは早速作業に取りかかる。
「す〜ぐ終わらせるからちょっと待っててねー」
そう言ってアウェスが光跡碑を組み立てていく。どのパーツがどんな働きをしてどんな原理で作動しているのかすら分からない俺から見れば、それらを開発し組み立てるアウェスの手腕はまさに神業と言えるだろう。
(こうやって黙って作業してればめちゃくちゃ頭の良いイケメンに見えるのにな……本当に残念な奴だ)
そんなことを思いながらアウェスの作業を見守っていると、「あなた達、そんなところで何してるの」と突然声をかけられた。
「ん?」
振り向けば、そこには眼鏡をかけた全体的に色素が薄く華奢な女性が立っていた。この町に住んでいる人だろうか。
「ああ、僕達は魔女協会の人間で、ここに新たに光跡碑を設置させてもらおうと思ったんだけど……もしかしてここ誰かの土地だった?それなら設置場所を変えないと……」
アウェスは作業の手を止めて立ち上がると女性に向き直る。
「いえ、ここは確かに空き地だけど……はぁ……ここお気に入りの場所だったのに」
女性は溜息をついて目を伏せる。
「なんかごめん……やっぱり場所変えようか?別にどうしてもここじゃなきゃ駄目って訳でもないし」
アウェスが慌てて提案し、俺もうんうんと相槌を打つ。
「いえ……いいの、気にしないで。私だってここじゃなきゃ駄目って訳じゃないから。たまに息抜きにここで読書していただけよ。それに、ここに光跡碑が設置されたらこれからは町で虹の風の被害があったときあなた達がすぐ来てくれるんでしょう?だったら別に構わないわ」
そう言って彼女は微笑んだ。
「そっか!良かったぁ……あ、そうだ自己紹介がまだだったよね!僕の名前はアウェスって言うんだ!それでこっちが僕の友達のルークだよ!」
「俺はルークだ。友達じゃない。よろしくな」
「私はシルヴァよ。こちらこそよろしくね」
2人は握手を交わした。俺は握手ができないのでお手をしておく。
「……ねえ、君って読書が好きなんだ?僕も本を読むのは好きだよ!君の持ってる本、それ『星になった男』だよね?」
アウェスはそう言ってシルヴァが持っていた本を指差した。
「あら、よく知ってるわね……。ええ、そうよ」
シルヴァは少し驚いた顔をして頷いた。
「何だそれ?面白いのか?」
俺はアウェスに尋ねる。
「ああ、『星になった男』っていうのはね……生涯を星々の観測に捧げた天文学者がある晩、新星を発見するんだけど、その喜びも束の間、病に倒れて余命わずかと宣告されちゃうんだ。病床に臥せながら彼は自分の人生を振り返り、そして新星に自分の名前を付けることを決意する……ってストーリーでね」
「病に倒れた主人公が、人生の意味や死について深く思索する描写がとても美しいのよね……」
シルヴァはうっとりとした様子で本の表紙を撫でた。
「分かる!分かるよ!自分の名前が付けられた新星が世間に発表されたあと、主人公が死期を悟りながらも星に語りかけるシーンは何度読んでも泣いちゃうんだよねぇ……」
「ええ!そうなのよ」
二人はすっかり意気投合して盛り上がっている。正直俺は好みの本ではなさそうだったのですっかり興味を無くしていた。
「へー……それは面白そうだなー……」
俺は適当に相槌を打つと、アウェスが「あ、そうだ!シルヴァ、もし良かったら今度一緒に『星になった男』について語り明かさない?せっかく趣味の合う友達が見つかったんだし、僕もっとたくさん君とお話したいな!連絡先を交換しようよ」と言って通信機を取り出した。
「あら……いいわねそれ」
二人は楽しそうに予定を立てて話を進めている。
「おい、アウェス。盛り上がってるとこ悪いが光跡碑の設置はいいのか?」
「ああ、ごめん。今やるよ」
アウェスは俺の方を振り返って言った。そして再びシルヴァとの話を弾ませながら設置作業に戻るのだった。
それからしばらくしてアウェスは光跡碑の組み立てを終えたようだった。
「これで終わりか?」
俺が一息ついていると、「うん!これで設置完了だよ!」とアウェスは大きく伸びをして答える。
「そうか、ならそろそろ帰ろうぜ。この光跡碑使ってこのまま本部に帰れるんだろ?」
「もう?もうちょっとゆっくりして行こうよ。せっかく来たんだし」
アウェスが不満そうな顔で言う。
「ん〜じゃあ観光でもするか?」
「おっ!いいね〜!じゃあさ、シルヴァに観光案内してもらおうよ!」
「おいおい、ちょっと待て。勝手に決めたらシルヴァに迷惑だろ」
俺が慌てて止めるがアウェスは聞く耳を持たない。
「ねえ、いいでしょシルヴァ?お願い!」
「いいのよ。私は構わないわ……でもこの町、あまり観光できる場所は多くないわよ?」
シルヴァが苦笑しながら言う。
「それでもいいって!ね、ルーク!」
「あ〜……俺はどっちでも……」
正直早く帰って寝たかったのだがアウェスに強引に押し切られて結局三人で町を見て回る事になった。
***
「ねえねえシルヴァ。この町にはどれくらい住んでるの?普段どんなところに遊びに行くの?」
アウェスは観光客向けの出店で買ったクレープを食べつつシルヴァの横に並んで歩きながらいつもの調子で話しかけ続けている。シルヴァは少し困ったような顔をしながらもそれに答えていた。
「私は生まれも育ちもこの町で、学校を出てからもこの町で司書の仕事をしているわ。休日は読書をしたり、たまに山を降りて都市の方まで買い物に行ったりするけど……」
「へぇ〜、司書さんなんだ!素敵だね!」
「ふふ、ありがとう。でも最近は仕事を辞めてこの町を出ようかなって考えてるの……ほら、私この町から出たことがないから他の町での生活に興味があって」
「いいんじゃないかな。僕も一時期バックパッカーみたいな生活をしてたことがあるけど、色んな経験ができて楽しかったよ!」
「俺も魔女協会に入ってから世界中の色んなところに行けるようになってすごく楽しいし、いい経験になってると思う」
「あら、そうなの?じゃあやっぱり私も旅でもしてみようかしら……」
シルヴァはそう言うとしばらく考え込んだ後、決心したように言った。
「……うん、決めたわ。私近いうちにここを出ることにする」
「ほんと!?じゃあ協会本部にも遊びに来てよ!僕の友達って紹介したいからさ!」
「ええ、是非お邪魔させてもらうわ」
二人はすっかり意気投合して楽しそうに話している。
「ふふ、アウェスもルークもありがとう。あなたたちのおかげでこの町を出る決心がついたわ」
シルヴァが微笑んで言った。
そして俺達はその足で町の工芸品を扱う店へと向かった。
「ああ、いらっしゃいませ!ようこそ我が工房へ!」
店に入ると店主のおじさんが出迎えてくれる。
「へぇ〜いろんなものが売ってるんだな……」
俺は店内を見回しながら言った。壁一面に様々な装飾品が並べられている。町の特性上、星や星座をモチーフにしたものが多くどれも繊細で美しいデザインのものばかりだ。
「ええ。ここは手作りの工芸品を取り扱っているお店でね、町の外からもたくさんのお客さんが来るのよ」
シルヴァはそう言いながら並べられた商品を見て回る。俺も一緒に見て回っていると小さなブローチが目に止まった。そのブローチは星空をイメージしているようで、夜空のような色の石に小さな宝石が埋め込まれていた。
(セレスティアに似合そうだな)
俺は彼女のことを考えて思わず口元を緩める。
「それ、セレスティアにプレゼントするのかい?」
俺がブローチを眺めていると、背後からアウェスの声が聞こえた。
「えっ!?」
俺が驚いて振り返るとアウェスがニヤニヤしながらこちらを見ている。
「な、なんだよ……」
俺は恥ずかしさを誤魔化すように顔を背ける。するとシルヴァもブローチを覗き込んできた。
「あら、素敵じゃない。きっとそのセレスティアって人も喜ぶわよ」
「えっ!?あ、ああ……」
俺はシルヴァにそう言われてさらに恥ずかしくなり赤面してしまう。
(くそっ……全部アウェスのせいだ)
そう思いながらも内心喜んでしまう自分がいた。結局俺はそのブローチを買って店を後にしたのだった。
その後俺達は町中にある展望台で休憩を取ることにした。
「へー!ここ山の上だけあってすごく眺めが良いんだね!」
アウェスは高台からの景色を眺めながら言った。確かに展望台からは山の下に広がる大草原や街道、そしてその先にある町並みを一望でき、町の向こうには海が見える。綺麗な夕焼けが水平線へと沈んでいく様子がよく見えた。
「ええ、ここは町一番の観光スポットなのよ」
シルヴァも隣に並んで景色を見ながら言う。
しばらく三人で景色を堪能した後、日も暮れてきたのでそろそろ帰ることにした。
(今日は楽しかったな……)
そう思いながら俺は空を見上げる。そこには綺麗な星空が広がっていた。まるでセレスティアの瞳のようだと思いながら俺は目を細めた。
***
(これ、どうやってセレスティアに渡そう……)
本部に帰還しアウェス達と別れた後、俺は一人悶々と考えていた。
(いきなり渡したら変に思われたり迷惑に思われるかな……受け取ってもらえたとしてもデザインが気に入らないとか言われたら……)
そんなことを考えながら歩いていると、後ろから声をかけられた。
「おかえり、ルーク。あんた今日はアウェスに無茶させられてたんだって?大丈夫だった?」
「きゃうんっ!あ、ああ……セレスティアか、脅かすなよ」
突然背後からセレスティア本人に声をかけられて変な声が出てしまう。振り向くとそこには心配そうな顔をしたセレスティアが立っていた。
「別に普通に声かけただけだけど……今日は荷車引きながら山登りしたんでしょ?……うぅ……この前の山登りを思い出して気分が悪くなってきた……ま、まあ、とにかく大変だったでしょ?怪我とかしてない?」
そう言って俺の身体をベタベタと触るセレスティア。
「ちょ、近いっての……だ、大丈夫だから……」
彼女の柔らかい手の感触にドキドキしてしまう。
「え?そう?」
セレスティアは特に気にしていない様子でそのまま離れようとしない。
(うっ……この距離感はヤバイだろ!)
俺は心の中で叫ぶ。心臓がバクバク鳴っているのが自分でも分かるくらいだ。
(ああもう!こうなりゃヤケだ……!)
俺は意を決して口を開いた。
「あ、あのさ……!俺のポーチの中に小さい箱が入ってるからそれを取ってくれるかな……」
「ん?これ?」
セレスティアは不思議そうな表情で俺から手を離すと、言われた通りにポーチの中を探る。しばらくして中から小さな箱を取り出すと不思議そうな顔をして俺の顔を見た。
(さあ……いよいよだぞ……!)
俺は緊張しながらも深呼吸をして覚悟を決める。そしてゆっくりと口を開いた。
「……それさ、開けてみてよ」
俺がそう言うと、彼女は不思議そうに首を傾げながらその箱を開けた。中にはあのブローチが入っている。
「えっ!?これってもしかして……」
驚いた顔でこちらを見るセレスティア。俺は意を決して言った。
「それ、セレスティアにプレゼントしようと思って買ったんだ……店で見たときにセレスティアに似合うと思って……だからその……嫌じゃなかったら受け取ってほしいなって……」
俺が俯きながらそう言うと彼女はしばらく黙り込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「……嬉しい」
そう言うとセレスティアは微笑んだ。その笑顔を見た瞬間、俺は胸がいっぱいになるのを感じた。
(ああ……やっぱりこの笑顔が好きだ)
俺は改めてそう思った。そしてこれからもずっと彼女の隣に居続けたいという気持ちを強く感じたのだった。
「ありがとうルーク!大切にするね!」
そう言って笑う彼女の顔はとても輝いて見えた。




