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『第3話 比翼の鳥』

「メミニがここに来てからもう一週間か……調子はどうだ?任務は上手くいっているのか?」


「はい、おかげさまで!先輩方にもすごく親切にしていただいてます!」


 偶然食堂で鉢合わせた俺達は一緒に食事を取っていた。この姿でもちゃんと俺を人間として扱って食事をさせてくれるこの食堂はとてもありがたい。とはいえ出される料理は犬用の味付けや調理をされたもので食事中の姿も犬そのものなわけだが。


「そうか、それなら良かったけど。でもまだ新人だしあまり無理はするなよ」


「はい!ありがとうございます」


 俺も割とここに来て日が浅いのに、後輩ができた嬉しさからつい先輩風を吹かせようとする俺にもこうして笑顔で答えてくれるメミニは本当に良い子だと思う。そんなことを考えていると情報管理部のフェリックスが俺の方に駆け寄ってきて声をかけられた。


「よう、ルーク。この後暇か?ちょっと頼みがあるんだけどよ」


「俺に頼むってことはまた例の任務か?まあいいけどよ」


「おっ、いつも助かるよ。じゃあ飯食い終わったら受付の方まで来てくれ。資料用意しとくから」


 そう言って去っていくフェリックスを見送るとメミニが目を輝かせて俺を見ているのに気付いた。


「情報管理部から直に指名をもらえるなんて流石ですね!羨ましいです」


「お、おう。いや、でもこれは本当は俺としても不本意というか、何というか……」


「? 何か問題でも?」


 メミニが不思議そうに首を傾げるので俺は慌てて首を横に振った。


「何でもないって!まあ、とにかく飯食っちまおうぜ!」


 誤魔化すように言うと彼女は不思議そうな顔をしたもののそれ以上は特に追及してくることもなく食事に戻った。


 ***


 食事を終えて食器を片付けているとメミニが声をかけてきた。


「ルークさん。今日の任務、私もご一緒させてもらってもいいですか?今は少しでも色んな任務に参加して経験を積みたいんです」


「えっ、う〜ん……」


 正直連れて行くことに問題はないのだが、この手の任務を行っているときの"あの姿"をメミニに見られるのに少し抵抗があった。


「でもなあ……」


 俺が渋っていると彼女は少し寂しそうな表情を浮かべた後、すぐに笑顔を作って言った。


「そう……ですよね。私なんかじゃ足手纏いなだけですよね」


「いや、そういうわけじゃなくてな!分かった!一緒に行こう!どっちにしろ俺一人じゃ手が使えないと困る場面があるから誰かについてきてもらわなきゃいけなかったし」


 俺が必死に弁明すると彼女はぱあっと顔を輝かせて言った。


「本当ですか!ありがとうございます!」


 ***


 受付に向かうと既にフェリックスが待っていたので声をかける。


「よお、待たせたか?」


「いや全然余裕で時間前だ。……あれ?今日は珍しい顔と一緒なんだな」


 そう言ってメミニの方に目を向けた彼に俺は慌てて弁解するように言った。


「いや、メミニが色んな任務に同行して経験を積みたいって言うからさ」


 それを聞いて彼は納得した様子で言った。


「あー、なるほどね。まあ可愛い新入りちゃんに先輩のカッコいいとこ見せたいのは分かるけどあんま無理させるなよ?」


 からかうように笑う彼に俺は言い返そうとしたがそれよりも先にメミニが言った。


「はい!大丈夫です!」


 それを聞いてフェリックスはニヤリと笑って言った。


「頼もしいねえ、頑張ってくれよ」と呟くと俺の方を見て続ける。


「早速本題に入るけど、今回はちょっと厄介な案件なんだわ」


 そう言って彼が差し出した資料を見るとそこにはこう書かれていた。


「人探しの依頼……ですか?」


「何何……依頼人レティシア・フィヨン、依頼内容は行方不明の息子レーモン・フィヨンを探すこと。昨日虹の風が吹いた直後から姿が見えず連絡が取れなくなっているため、変異して消息不明となった可能性が高い。備考、依頼人は名家であるフィヨン家の令夫人であるためこの依頼は最優先で処理されるものとする。……なるほどな……確かにこれは厄介そうな案件だな」


 俺が呟くと彼は頷いて続けた。


「ああ、フィヨン家は魔女協会へ多額の出資をしてくれている出資者の一人だから、魔女協会としても無下にはできない案件なのさ。何せ名家の跡継ぎが虹の風によって変異してしまった可能性があればそれはそれで大問題だからな」


「そういうことか……」


「なるほど……わかりました!そういうことなら頑張らせてもらいます!」


 メミニは張り切ってそう言った。


「おう、まあ無茶だけはしないように頼むぜ」


 フェリックスはそう言った後、俺に「お前もしっかりサポートしてやれよ?」と耳打ちしてきた。


「はいはい、わかってるっての」


 俺がぶっきらぼうに答えると彼は苦笑しつつ言った。


「じゃあ早速取りかかるか」


 ***


 そうしていざフィヨン家の屋敷の前まで来たものの、俺達は大きな門扉の前で固まっていた。


「なあ、そういえば俺上流階級のマナーとか全然知らないんだけどお前分かる?」


「私も一般家庭の生まれなので……」


 メミニと俺はため息をついた。


「うう……だがここまで来たら行くしかねえ、当たって砕けろだ!」


「砕けちゃ駄目ですよ、ルークさん」


 そうして覚悟を決めて門扉の呼び鈴を鳴らすと守衛と思われる人物が扉を開けて言った。


「どちら様でしょうか」


「あー……えっとですね、俺、あっいやわたくし達はこちらのご令夫人からご依頼をお受けまして、魔女協会から来ましたです……」


 俺がしどろもどろになりながら言うと彼は首を傾げた。


「……遠路遥々ご苦労様です。中へご案内いたします」


「あ……ありがとうございます」


 俺達は守衛に案内されて屋敷の中へ入っていったのだった。


 ***


 屋敷の中に入るとそこはまるで別世界のようだった。床一面に敷かれたカーペットには高級そうな柄が織り込まれており、天井からはシャンデリアのような照明器具が吊り下げられていた。


「通ってきた庭もすごかったけど中はもっとすげえな……」


 思わず感嘆の声を漏らすとメミニも目を丸くしていた。


「はい……私こんな豪邸に入るのは初めてです」


 しばらく歩いているうちに1つの部屋の前に通された。どうやらここが応接室のようだ。中に入るとそこには上品な佇まいの女性がいた。


「ようこそお越しくださいました」


「あ……はい。えっと、フィヨン夫人で間違いないでございましょうか?」


 俺が恐る恐る聞くと彼女は微笑んで答えた。


「……ええ、私がレティシア・フィヨンでございます。どうぞ、お掛けになって」


 俺達は彼女の向かいの椅子に腰掛けた。するとすぐに紅茶と茶菓子が出される。


「……わたくし達はご夫人のご依頼を受けて魔女協会から参りましたです。わ、わたくしの名前はルーク」


「私はメミニと言います……!」


「ルークさんにメミニさん。わざわざご足労いただきましてありがとうございます」


「それで息子さん……レーモン・フィヨンさんのお話をお伺いしたいのですが」


 俺がそう言うと夫人は表情を曇らせ静かに語り始めた。


「……あの子は私の全てでしたわ。早くに夫を亡くした私にとって息子のレーモンだけが心の支えでしたの。あの子が成人してこの家を正式に継いでくれる日を夢見て今まで生きてきましたわ。それなのに……」


 彼女はそこで言葉を詰まらせる。そんな彼女の様子を見てメミニは同情した様子を見せていたが、俺は構わず続けた。


「それではレーモン・フィヨンさんについていくつか質問させて頂きますですね」


 そう言うと彼女は顔を上げたので俺は続けることにした。


「まずは失踪前に変わったことなどありましたか?」


 そう聞くと夫人は一瞬目を泳がせたかと思うと意を決したように口を開いた。


「……あの女のせいですわ」


「あの女……?」


 俺が聞き返すと夫人は怒りを押し殺したような声で言った。


「下働きの女です……あの女が来てからレーモンの態度がおかしくなったんです。二人が恋仲にあるのはすぐに分かりました。若いうちくらいは好きに恋愛させてあげようと始めは大目に見ていましたけど、日に日に様子がおかしくなっていって……」


 それから彼女は絞り出すように言った。


「……っ!私は息子を守らねばならなかったのです!」


「守るって一体どういうことですか?」


 メミニが聞くと彼女は語り始めた。


「私が夫を亡くしてからこの家を一人で守ってきたようにあの子にもそうあって欲しかった。しかしあの子はあの女に誑かされておかしくなってしまったのです! 」


 そう言って夫人は机を叩いた。俺は驚いて目を見開くと彼女は続けた。


「私はそれでもあの子が目を覚ましてくれることを信じていましたわ。なのに……」


 そこで言葉を詰まらせると、やがて堰を切ったように泣き出した。俺達はただ黙って聞いているしかなかった……しばらくしてようやく落ち着いたのか、再び話し始める。


「……昨日の昼間、レーモンは突然姿を消しました。あの女も昨日から姿が見えないので恐らく一緒に屋敷を出たのでしょう……どうかお願いします!息子を……あの子を助けてください……!」


「分かりました。最善を尽くさせて頂きます」


 メミニが真剣な眼差しで言うのを見て俺も力強く頷いたのだった。


 ***


「身分違いの恋ってやつか……俺には到底理解できない世界だなあ」


 俺が呟くとメミニは「そうですね……私も恋愛はよく分りません」と言った後、少し表情を曇らせて言った。


「でも……もし二人が心中代わりに二人で虹の風を浴びて変異したんだとしたら……」


 そんなメミニを見て俺は一瞬言葉に詰まるがすぐに続けた。


「……虹の風が吹いたタイミングで二人が駆け落ちしたとしても変異したとは限らない。虹の風の警報が鳴って人々が家の中に籠もってる間なら人目に付かずに逃げることができると考えてあえて虹の風が吹くタイミングを狙ったのかもしれないしな」


 俺がそう言うと彼女はハッとした様子で顔を上げた後「そうですよね!二人はきっと無事ですよね!」と笑顔で答えたのだった。


「……よし、じゃあ早速探しに行くか!」


 俺がそう言うとメミニは不思議そうに首を傾げた。


「探すってどこへですか?」


 ああついにこの時が来てしまった……俺は意を決して言った。


「匂いを辿るんだよ……レーモンの」


 俺の言葉にメミニは目をぱちくりさせた。


「レーモンさんの匂いを辿って探すんですか?」


 彼女はそう言って首を傾げる。無理もないだろう……普通の人が嗅覚だけで人を探せるわけがないからな。だが俺にはそれができるのだ!なぜなら今の俺は普通の人間ではないからだ!


「そう、これこそが人探し任務で俺が指名される理由なのさ!今の俺は鼻が利くからな!」


 ヤケクソ気味に言うと彼女は目を輝かせた。


「ルークさんは本当にすごいですね!」


 メミニは興奮気味に言った。メミニは本気で褒めてくれているのだろうが正直複雑な気分だ。匂いを辿って人や物を探すなんて完全に犬みたいな扱いだからな。まあ、それでも役立つことはあるだろうしここは素直に喜んでおくことにしよう……うん!


「よしそれじゃあ早速探しに行くぞ!」


 俺が気合いを入れて言うとメミニも元気よく返事をした。


「はい!」


 ***


「屋敷で匂いは覚えたとはいえ流石に範囲が広いからな……慎重に探さねえと……」


 クンクンと鼻を鳴らしながら道を進む俺の後ろをメミニが付いてくる。その姿はさながら飼い主に連れられ散歩している犬そのものだ。まあ実際は犬じゃなくて狼なんだけどな……と心の中でツッコみながら歩いているうちに徐々にレーモンのものと思われる匂いを微かに感じた。


「……こっちだ!」


 俺はそう言って走り出すと、慌ててメミニが後を追ってきた。匂いは馬車の乗り合い場で途切れている。


「馬車に乗って街の外へ出たのか……ええと行き先は……」


 時刻表を見てみるとちょうど30分後に街の外へ出る馬車があるようだ。


「これに乗って後を追おう」


 メミニの方を見ると彼女は不安そうな表情をしていた。無理もないだろう、ただ駆け落ちしたのならまだ説得して連れ戻す余地もあるかもしれないが、もしレーモンが変異していたらもう元には戻せない……だがそれでも俺は諦めたくなかった。だからあえて明るく振舞うことにした。


「大丈夫だって!絶対見つかるから!」


 俺がそう言うと彼女は少し安心したようで笑顔を見せてくれた。よし、この調子で行こう!

 

 ***


 そして俺達はしばらく追跡を続けた結果……ようやく見つけ出したのだった。それは街道沿いにある宿場町の宿の一室だった。町の人たちの目撃証言や匂いから見ても間違いない。


「この中にレーモンさんが居るのでしょうか?とりあえず変異はしてなさそうで良かったです……」


 メミニの問いに俺は頷きつつ慎重に扉をノックした。


「……!誰だ!」


 中からレーモンらしき人物が声を上げた。


「おっと、そんな大声出すなって。俺達はアンタを探しに来たんだよ」


 俺が言うと彼はすぐに怒号を上げた。


「ふざけるな!誰があんな家に戻るものか!!」


「落ち着いてください……!あの、私達夫人に頼まれて来ましたけど、あなた達を無理やり連れて帰ろうなんて思ってません。事と次第によってはあなた達の逃亡の手助けをしてもいいと思っています……まずは話を聞かせてもらえませんか」


 メミニはあくまで穏やかに問いかける。俺はメミニの提案に内心驚いていたが、俺が説得しても余計なレーモンを怒らせてしまうだけだろうと思い、この場はメミニに任せることにした。レーモンはしばらく沈黙した後、ゆっくりと扉を開いた。


「……中に入ってくれ。ただし少しでも妙な真似をしたら殺すからな」


 レーモンはそう言うと俺達を睨みつけてくる。俺達は小さく頷き中に入った。部屋の中には駆け落ち相手と思われる女性もいて、不安そうにこちらを見ている。


「……僕は何を言われてもあの家に戻る気はないぞ」


 レーモンは鋭い目つきで言う。彼は俺達よりも年上に見えるが、その見た目とは裏腹にどこか脆く今にも崩れそうな危うさを感じるような男だった。


「私達はあなた達二人を連れ戻すようにとしか聞かされていません。一体あなた達の間に何があったのでしょうか……」


 メミニが問いかけるとレーモンは忌々しげに舌打ちをした。


「母上は僕がこの人……アネットと恋仲にあるのを知っていた。だから結婚も快く許してくれると思ってそろそろ式を挙げたいと話を切り出したら、突然豹変して……『まさかそんな下働きの女相手に本気だったなんて』『あなたはフィヨン家を継ぐ者なのだからそんな軽率な事は許しません』『どうしてもその女を手放したくないなら妾にすればいいでしょう?』『あなたにはもう相応しい結婚相手を見繕ってあるのよ?馬鹿な真似はやめて』と一方的にまくし立てられて……」


 レーモンは歯を食いしばりながら震えていた。そして怒りに満ちた目で俺達を睨みつけた。


「僕はアネット以外の人と結婚するのもアネットと離れ離れになるのも絶対に嫌だ!何より母上の物言いが許せなかった!だからアネットを連れて家を飛び出したんだ!」


 レーモンはそう叫んで机を叩いた。その衝撃で机の上に置いてあった水差しが倒れて床に落ちてしまった。俺は慌ててそれを拾い上げて床を拭く。その様子を横目で見ていたメミニが静かに言った。


「……お気持ちはよく分かります」


「分かるだと?お前に何が分かるっていうんだ!」


「レーモン!もうやめてください!」


 激昂するレーモンをアネットが止めた。彼女はレーモンを見上げて口を開く。


「ねえレーモン、やっぱり戻りましょう。私達、大勢の人に迷惑をかけてしまってる……大丈夫、きっと時間をかけて説得すれば奥様も私達の結婚を許してくれるわ。だから……」


「嫌だ!」


 レーモンが叫ぶと彼女はびくりと身を竦めた。


「僕はもう決めたんだ!あの家を出ると!だから邪魔しないでくれ!!」


 そう言って彼は彼女を強く抱きしめた……するとメミニは悲しげに目を伏せて言った。


「レーモンさん、あなたは本当にそれでいいんですか?奥様やフィヨン家の皆さんに何も言わずに出ていってしまってはきっととても心配されていると思います」


「……っ、それは……」


 レーモンは言葉に詰まったようだった。俺もすかさず口を開いた。


「そうだぞ。駆け落ちしてもう二度と会わないつもりなら、それこそ言いたいことは全部言っておいた方が後腐れなく別れられるってもんだろ?」


「っ……!そ、それでも!僕は……!」


 レーモンは顔を歪ませて叫んだ。そんな彼の手をアネットは優しく握って言った。


「私はあなたとならどこへでも行きますしどんな状況だろうとあなたを愛し続けますわ。でもやっぱり奥様や家の人達に何も言わず出てきてしまったのは良くないことです。それに、とても仲の良い親子だったあなたと奥様がこんな形で別れてしまうなんて私も悲しいです。だから一緒に戻りましょう?」


「……アネット……」


 レーモンはしばらく黙り込んでいたがやがて絞り出すように言った。


「……分かった……皆には申し訳ないことをしたと思っているし、ここまでしたのだから母上も僕達が本気だと分かってくれたはずだ。戻るのはあくまで話をするため……それでも説得に応じてくれないようであれば、僕はやっぱり家を出ようと思う」


「……はい」


 アネットは頷いた。それを見て俺は安堵のため息をつくと、彼は俺達の方を向いて深々と頭を下げた。


「本当に迷惑をかけてしまってすまない……でも君達のおかげで決心がついたよ。ありがとう」


 そう言って顔を上げたレーモンの顔にはもう迷いはなかったようだった。俺達は顔を見合わせると微笑み合ったのだった。


 ***


 屋敷に戻ってくると既に日が落ちかけていて辺りは薄暗くなっていた。レーモン達はすぐにフィヨン夫人の元へ連れていかれ、俺達もそれに付いていった。


「ああ……!レーモン!よく無事に帰ってきてくれたわね……本当に心配したのよ……!」


 フィヨン夫人は泣きながら息子を抱きしめた。


「申し訳ございません母上……」


 レーモンは申し訳なさそうに謝ると、夫人は彼を強く抱きしめながら俺達の方を向いて言った。


「……あなた達もこの子を見つけてくれてありがとう」


「いえ!当然のことをしたまでです!」


 メミニが慌てて言うがレーモンがそれを遮る。


「母上、僕達が戻ってきたのは母上と話をするためです……母上は何故僕達の結婚にそこまで反対するのですか?他の貴族連中が何を言おうが僕達は愛し合っていますし、これからどんな困難があっても二人で乗り越えていこうと思っています」


 レーモンが真剣な眼差しでそう言うと夫人はしばらく黙り込んだ後、静かに口を開いた。


「……それは分かっているわ。でもね……私はあなたの幸せを願っているからこそ心配なのよ。あなた達の結婚は、そういった信念で簡単に乗り越えられるほど生易しいものではないわ……あなたの父も同じような理由で死んだのよ。あなたはまだ小さかったから覚えていないでしょうけど」


「父上が……?」


 レーモンは驚愕した様子で目を見開いた。


「……ええ、あなたの父……私の旦那様もあなたと同じように貴族として雁字搦めな生き方を嫌っていたわ。許嫁だった私と結婚してからも、想い人である幼馴染の女性のことが忘れられなかったみたい。ある日、その女性を連れてきて、私に『この家と財産を全て君に引き渡すから、どうかこの人と一緒になることを許してほしい』と言ってきたの」


「父上がそんなことを……」


 レーモンは呆然として呟いた。


「……私は旦那様を表向きは事故で亡くなったことして送り出した……あの人に私への愛情が無いことは分かっていたけど、それでも結婚してからあの人は私をとても大切にしてくれた。そして私はあの人を愛していた……だからあの人が幸せになってくれるならそれでいいと思っていたし、せめてあの人から貰ったこの家とあなただけは守り抜こうと思ったのよ」


 フィヨン夫人はそこで一旦言葉を切ると、再び口を開いた。


「あの人はここから遠く離れた小さな町で幼馴染の女性と慎ましやかに暮らしているようだった。でもね……世間の人が噂をするのは止めようがないわ。フィヨン家の当主は実は生きていて、彼がその当主本人だという話はあっという間に広まり、それを知った悪党が金目のものを狙って彼の家に強盗に入ったの。あの人はこの家から一切何も持たずに出て行ったから、そんなものあるわけないのにね……」


 彼女はそこで大きくため息をついた。


「目的のものが手に入らなかった強盗達は激昂して二人を痛めつけた……そして二人はそのまま帰らぬ人になってしまったの……」


「……そんなことがあったなんて……」


 レーモンがぽつりと呟いた。フィヨン夫人はそんな彼に向かって険しい顔のまま続ける。


「それなら、他の貴族達から後ろ指を指されても気にせず、この家に残ってその子を妻に迎えればいい、あなたは今そう思っているかもしれないけれど……恐らくそちらの方がもっと厳しい道よ。この国の貴族至上主義は並み大抵のことじゃ覆せない、彼らは貴族の面子を潰すような真似を決して許しはしないわ……あなた達が一緒になればその子もあなたも、酷い仕打ちを受けることになる」


「……まさか、父上に関する噂を流したのも……!?」


 レーモンはハッとしたように叫んだがフィヨン夫人は首を横に振った。


「そうかもしれない……でも何も証拠はないわ。悪党達も『噂を聞いて強盗に入った』としか証言せず、そのまま処刑されてしまったから、真相は闇の中に葬られてしまった……」


「そんな……」


 フィヨン夫人の言葉を聞いて、レーモンは絶望したように項垂れ、その場にいる誰もが無言で俯いた。だが、そんな静寂を断ち切るかのように突然外からけたたましい警報音が響き渡った。


『虹の風の兆候を検知しました。現在屋外にいる人は速やかに近くの建物に避難してください。繰り返します、虹の風の兆候を検知しました。現在屋外にいる人は速やかに近くの建物に避難してください』


 それを聞いたレーモンは弾かれたように顔を上げる。


「……それでも僕はアネットと離れたくない」


「私も……レーモンを愛しています」


 アネットは目に涙を浮かべながらもはっきりと言った。そして二人は手を取り合って見つめ合うとフィヨン夫人に向き直る。


「僕がフィヨン家の人間として生まれた時点で、僕に自由など無いというのなら、僕は獣に成り果ててでも愛している人と共にありたい」


 レーモンはそう言ってアネットと手を取り合って庭に通じる背の高いアーチ型の窓に向かって駆け出す。


「駄目だ!行くな!」


 俺は咄嗟にレーモンの着ているジャケットの裾に噛み付いたがレーモンは構わず突き進もうとする。


「離してくれ!僕は……アネットと一緒にいたいだけなんだ!」


「……!」


 俺は必死に食らいつくがレーモンは止まらない。体重差もあり俺はズルズルと引きずられてしまう。


(犯罪者でもない一般人に魔法を撃ったら魔法使いの資格を剥奪される、だからメミニは動けない……!俺が踏ん張らねえと!)


 俺は渾身の力で顎に力を入れると、ビリビリと嫌な音が響いてレーモンの着ていたジャケットが裂けた。


「クソッ!」


 レーモンは「母上!今までありがとう!あなたの期待に添えるような息子になれなくてごめんなさい!……さようなら!」と叫び、窓を開け庭へと駆け出す。


「まずい!虹の風が入ってくる!メミニ!夫人を部屋から出せ!」


 そう叫んで振り返るとメミニは既に手を伸ばし泣き叫ぶ夫人を廊下へと連れ出していた。俺はそれを確認すると窓に駆け寄り急いで取っ手を咥えて窓を閉める。窓の向こうに二人が二羽の鳥になってそのまま虹の風の向こうに羽ばたいていく姿が見えた。

 廊下に出るとフィヨン夫人は床に座り込んでおりメミニがその背を優しく擦っていた。


「……やっぱりこうなってしまうのね……」


 その瞳からは涙がぽろぽろと流れ落ちていた。俺は何も言えずに立ちすくんでいたが、夫人は涙を拭うと立ち上がり、俺達に向かって言った。


「ごめんなさいね、見苦しい所を見せてしまって……あの子はきっと無理やり私の元に留まらせたとしてもいずれ壊れてしまっていたと思うし、それを考えるならこれがきっと一番良かったのでしょう……あなた達へのお礼とお詫びはまた改めてさせていただきます。本当にありがとう」


 そう言って彼女は頭を下げた。


「いえ、俺達は何もできませんでしたし……」


 俺はそう答えたがフィヨン夫人は首を横に振って微笑む。


「そんなことありませんよ、あなた達がいなければ私一人ではどうすることも出来なかったでしょうし……それに、あなた達のおかげで最後にあの子とちゃんと話ができたから……」


 彼女はそう言って再び涙を滲ませた。それから俺達は彼女に別れを告げて屋敷を後にし、街の外へと向かって歩いていった……


 ***


「二人で人探しの任務に行ってたんだって?……ってあんた達すごく落ち込んでるけどどうしたの?任務で何かあったの?」


 しょぼくれた様子で帰還してきた俺達を見て首を傾げたセレスティアに俺達は今日あったことを話した。


「……本当にこれで良かったんでしょうか……」


 メミニは悲しそうにそう呟く。


「なあ、俺やっぱり二人に噛み付いてでも止めるべきだったのかな……」


 俺がそう言うとセレスティアは「うーん……」としばらく考え込んだ後、口を開いた。


「その状況だと、レーモンさん達の決意を変えることは誰にも出来なかったと思うわ……実は、彼らのように自分から進んで変異しようとする人って結構いてね……それを止めるべきか否か、そのあたりは正直協会内でも意見が割れてるのよ……変異を止めるために活動してる協会としては表立って変異を肯定するとは言えないから、今回のあなた達の任務は失敗扱いになってしまうけど……でも」


 そう言って彼女は俺達の方を見た。


「彼らが一緒に変異することを選んだなら、それも一つの選択肢として受け止めましょう。悩むくらいならそれが最善だと信じて選択することを私は勧めるわ」


「それに、お前らだって必死に止めようとしたんだろ?それでも駄目だったなら仕方ねえさ。ほら、元気出せよ二人とも。飯奢ってやるからさ」


 報告書のチェックを終えたフェリックスがそう言って俺達の肩を叩くと、メミニは涙を拭いながら顔を上げた。


「……ありがとうございます。私、これからも精一杯任務を務めさせていただきます……!」


「おう!頼もしいじゃねえか!ほらルークも早く行くぞ!」


「フェリックス、私には奢ってくれないの?」


「あんたは自分で払え」


「えぇーケチ!」


 そんなやり取りをしながらフェリックスは歩き出し、俺達は慌ててついて行ったのだった……


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