日本橋ハーフロック問題
実話です。
あれはまだケータイが二つ折りだった時代の話。
私は恵美須町駅近くにできたメイドバーに行った。
酒の種類がそこそこあり、食事やおつまみがうまかったし、メイドたちの接客もうまかった。
何回か通ったあとにその事件は起きた。
珍しく男装の子がカウンターに入っていた。
私はいつものように酒を頼んだ。
アテをつまみつつ、カクテルやウィスキーをばらばらに頼むのが私の飲み方だ。
ちょっと酔ってきたので、ウィスキーの銘柄を指定してハーフロックで頼んだ。
ハーフロックとは、氷を入れて、酒一水一で飲む飲み方だ。
水の量が少ない場合は「ちょい水」と言ったりする。
「かしこまりました」
男装の子は、ロックグラスに丸氷と酒を入れると、手際よく回し始めた。
かなり長めだった。
そして、私の前にさし出した。
「○○のハーフロックでございます」
所作は完璧だった。
ただし、水を入れ忘れていた。目の前で作ったのだから確実だ。
「ちょっと待った! ハーフロック言うんはな、酒一水一のロックや。水を入れ忘れてるで」
そして、チェイサーに用意された水をグラスに注いだ。
すると、男装子は急に不機嫌になった。
「氷を溶かしてきちんと調節しております」
自信たっぷりで断言する。
「しかしなあ、氷を回しただけじゃ水は全然足りんで」
「先輩からそのように習っております」
険悪な雰囲気になった。露骨に馬鹿にした雰囲気すら感じる。
そして、男装子はぷいと奥にすっこんだ。
別のメイドさんが慌ててかけつけた。
あいにくその日は携帯を家に忘れており、ハーフロックについてその場でググることはできなかった。
罪のないメイドさんを困らせても何なので、気分を切り替えてアニメの話やなんかで楽しく過ごした。
帰宅してから携帯でググった。
某有名酒メーカーのサイトでも、ハーフロックは酒一水一のロックという定義になっていた。
それでもまだ不安があった。
バーテンダーの中には、あの作り方がハーフロックだとする一派があるのではないか、と。
しばらくは他のバーに行くと必ずハーフロックについて質問した。
どこでも「氷をくるくる回しただけでできた水を加えたロックをハーフロックと称する、などという流儀は知らない」という話だった。
最近、とあるメイドさんにその話をしたところ「メイドの世界では先輩が教えたことが絶対、という風潮がありましたから」と言われた。
そうかもしれない。けど、せめて客に花を持たせる接客はできなかったのか、と今でも思う。
ちなみに、酒一水一だと、トゥワイスアップとなります。