ホットドリンクが出ないメイド喫茶
大阪・日本橋にメイド喫茶が出来たころに言われていた用語に「学祭型」という言葉がある。内装は壁際ににウッドフェンスが立てられていて、人工蔦が這わせてあるようないかにもチープ、飲み物は二リットルのペットボトルからプラカップに注いで出す感じのメイド喫茶のことだ。
その店はカウンターのみで椅子もなく、学園型の典型のようだった。
ただ、立地はよく、ウィスキーは角を置いていて、軽く一杯飲むには格好の店に見えた。
まだ寒い時期だったので、私はウィスキーのお湯割りを注文した。
「お湯割りはできません」
メイドちゃんが困った顔をして答えた。
「え? こんなに寒いのに?」
「はい。お湯がわかせないんです」
「というと、ホットコーヒーとかも無理?」
「はい」
とってもやる気のない店だった。
「さすがにまだ寒いし、暖かい物が出せなかったら商売にならんやろう」
「はい、そうなんです。そのまま帰っちゃうお客さんも少なくないです」
メイドちゃんは苦笑している。
「こりゃ、オーナーに言わなあかんね。お湯が出ないと商売になりません、て」
「はい、伝えておきます」
軽い会話をしつつ、その日はウィスキーのストレートですごした。
一ヶ月が過ぎたろうか。その店にもちょくちょく立ち寄って、常連ぽくなってきた頃。他のメイドや客がいない時にその子が声をひそめて言った。
「ここの店、やめたいんです」
「そりゃ、さみしくなるね」
「でも、やめられそうにないんです」
きけば、オーナーがヤクザっぽく、みんな給料をもらっていないのだと言う。
「給料のことはもうあきらめました。でも、やめるとなると後が怖いんです。何かいい方法はないでしょうか」
深刻な悩みだった。
「そうだねえ。君はまだ高校生だっけ」
「はい」
「なら、親にバイトしている所を見られてきつくやめろと言われた、で押し通すといい。親権はまだ親にあるし、いくらヤクザでも強くは出ないはずだ。もしそれでも揉めたら、警察に言えばいい」
「はい、ありがとうございます!」
というわけで、そのメイドちゃんは日本橋から姿を消した。
その後ほどなくしてその店はつぶれた。