ミライさん
「はぁ、またこんなに散らかして」
本当ならこの部屋を散らかした張本人に聞こえるように大きなため息と共に発したかった言葉ではあるのだが、この惨状に慣れてしまったせいか小言のように呟いてしまった。
薄暗い部屋。
カーテンが窓を完全に隠しているため、外の光は一切入ってこない。
この部屋の中では今が朝なのか夜なのかの判断をつけることも難しい。
部屋にはきれいに整頓されたベッド、天井にまで届きそうな大きなタンス、そして部屋の大半は大きな机に占領されている。
机の上には半透明な水色の液体が入った瓶が数本あり、怪しい光を放っている。
他には厚めの包帯が散らかっている。
その机の上で作業をしている本人にとっては整えられているのかもしれないが、外から見ると机の上はごちゃごちゃしていて
「きたない」
ついウッカリと小言を言ってしまった。
全く反応がないため、おそらく聞かれてはいないのだろう。
何度も机の上を整頓するように促しているのだが、聞く耳を持ってくれない。
「先生!」
少し大きめに呼びかけてみる。が、当然のように反応はない。
いつものことだ。
次は深く息を吸い込み、叫ぶように声を投げつける。
「せ! ん! せ! い!」
返事はない。机に向かい黙々と作業を続けている。
これは作業が終わるまで僕の存在に気づかないやつだ。
「仕方ないから部屋の掃除でもして、作業が終わるのを待とう…」
通いなれた場所だから少しの光があれば掃除は出来る。
……………
「ふぅ」
部屋の掃除がひと段落ついたころに先生はようやく僕の存在に気が付き振り向いた。
「あれ? いつのまに?」
少しイラっとした。
「来ているんだったら、声をかけておくれよ。手伝ってほしいことがあったのに」
イラっとした。
先生の声は丸みを帯びているというか、敵意の無い声というか、何故だか安心するような優しい声だ。
そんな声で話すものだから、少し文句を言ってやろうと思っても口には出せずに話を進めてしまう事が多い。
イラっとはするのだが。
「いえ、今来たところです」
本来なら部屋の掃除をしたことについて少しくらい言葉をもらいたかったのだが、おそらく部屋がきれいになっていることに気づいていないだろうからそのまま話を続けた。
「随分と集中なさっていたようですが、何をされていたのですか?それと、カーテン開けてもいいですか?」
「実は新作が出来てね。見てもいいよ」
先生はそう言いながら窓に向かって歩き、カーテンを開けた。
窓からはゆらゆらと温かい光が入ってきた。今は午後3時くらいだろうか。
カーテンが開くと同時に机の上と先生の姿がはっきりと見えるようになった。
少し薄い金色の髪、それにすらりとしているが力強さを感じる長い手足。
寝ぼけている時に目の前で「私は女神です」と言われたら少し考えた後で信じてしまう。
そんな美しい女性だ。
いや、ところどころ赤く染まった白衣を着ながら「私は女神です」と言われても信じないな。
信じかけた直後に嘘だと気付き逃げる。
そんなことを考えていると先生が頬まで伸びた髪を触りながら話し始めた。
「今回の旅もなかなかだっただろう。やはりしっかり記録しておかなければと思ってね」
そういいながら机の上から包帯で巻かれた何かを両手で取り上げた。
それはバレーボール2つ分くらいの大きさで、明らかに人間の形をしている。それも子どもではない。成人している人間の形をしているのだ。
先生と僕はいわゆるミイラ取りとして認知されている。
何千年、何万年前に建てられたお墓や遺跡に行き、そこに眠るお宝や謎、ミイラの調査・保存をしている。
決して略奪や泥棒行為をしているのではない。
先生は特殊な許可をもらい、調査及び保存を目的とした行為に限り世界中での調査を許されているらしい。
一応だが、「クロック」という調査団に所属している。
先生の調査についてはいろいろな所から文句を言われてはいるのだが、、、
今先生が持っているミイラも調査の産物だ。
先生はミイラを見つけるだけでなく、ミイラを自身で作ることもしている。
時には人間を含む動植物をミイラにすることもある。情報を収集し、それを型に流し込みミイラとして保存したりもする。
現在の情報を過去に引き継ぐための活動らしい。
先生がどうしてミイラ取りをしているのかの理由は詳しくは知らない。
自身の好奇心のためなのか、それとも別に崇高な目的があるのかもしれない。
しかし、一つだけ言えることがあるとしたら、僕は先生と会ってから……
「どうだい?今回も良いできだろう?」
「さて、次はどこに行こうかな」
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